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戦中の認め人

人は何故

忘れるのか

配点(思い出すため)

side喜美


1Qから早くも激戦になっている。


栄光はやはりゾーンディフェンスに切り替えてきた。


インサイドを中心に攻めて来る相手に有効なディフェンスだ。


でも、そんなの関係ないわね!


私は織火からもらったボールを掴み、一気に切り込みに行く。


分厚いディフェンスだ。


同時に2人も3人も襲って来る。


しかし関係ない。


切り裂いて中に侵入した。


「行かせないっての!」

「行かないわよ」


そこから外のイリヤにパスアウト。


イリヤがシュートフォームに入る。


ゾーンディフェンスから外に広がるのは難しい。


イリヤは完全にフリーの状態で3pを放つ。


当然決まった。


これで広がるはずね……!


しかし相手のオフェンスを止めなければどうしようもない。


試合のリズムはディフェンスで決まる。


タイトに、厳しく。


でもファールはしないギリギリの範囲で。


私たちはファールができないのだ。


楓が大袈裟にフェイントを入れる。


誘っているの?


しかし思考とは関係なく体が勝手に動く。


楓が次に来るであろう場所に体が飛び出す。


パスかしら?


パスだった。


楓がノールックで右の円香にパスする。


私が楓のディフェンスについていたのでフリーになっていたのだ。


だから私の体は一瞬で円香の前に飛んだ。


「速ッ!?」

「どこを見ているの?」


突然の私の出現に驚いてボールへの意識が逸れた。


そこを狙い手を出す。


ボールを弾いて、前にぶん投げる。


既にイリヤが走り込んでいた。


何とか追いつこうとした楓がブロックに飛ぶが、それが逆にファールとなった。


シュートのほうは外れたが、フリースローは安定して決める。


ゾーンディフェンスを仕掛けて来るなら、そのゾーンを作る前に決めてしまえばいい。


私たちには速攻もあるのだ。


「ナイスアシスト喜美!」

「イリヤ。よく走ったわ」

「いいですね!攻め気で行きますよ!」


それに速攻というのは盛り上がる。


蓮里のテンションも一気に上がる。


「落ち着いて。返せばいいだけです」


しかし美紗が上手く皆を落ち着かせる。


みんなのテンションを上げまくってパフォーマンスを高める織火とは違うわね。


私はどちらかと言えば織火のスタイルのほうが好きだけれど。


しかしこういう場面では美紗のスタイルのほうが効果的だった。


栄光は1回落ち着いた。


美紗がボールをキープして時間を稼ぐ。


織火も美紗には厳しく行くわけにはいかない。


ある程度以上近づいてしまうと、一気に抜かれる恐れがあるからだ。


「はいっと」


その美紗がまずパスをする。


パスは梨華に渡り、すぐに円香に渡る。


私が再びプレッシャーをかけてボールを離させる。


千晴にボールが渡り、咲とのマッチアップになる。


蓮里と栄光のミスマッチの1つ。


咲と千晴のマッチアップだ。


咲はオフェンスに関してはその正確さを武器に全国上位レベルと互角に渡り合えるが、ディフェンスに関しては劣っていた。


だから蓮里は全員が少し咲のほうに寄る。


特に私と沙耶が咲に寄った。


イリヤのほうは楓を排除するために徹底的にマークし続けている。


千晴が動き出す。


単純なドライブだったが、さすが栄光のレギュラー。


確かな上手さでもって咲を抜き去る。


中に侵入してきたのに反応して沙耶が反応するが、その沙耶のマークが外れた梨華にボールが渡り、決められた。


楓と美紗がまったく参加せずとも決められる。


栄光はそれを証明した。


「平気だよ。私が返すから」


しかしイリヤは平然と言って織火からボールを受け取る。


織火のペネストレイトからイリヤへのパス。


さっきとまったく同じ手順で以ってイリヤは3pを決めた。


2連続3pだ。


「オッケー、完璧ねイリヤ!」

「任せてよ。私が勝たせてあげるから」


イリヤがうそぶく。


時計を見ると残り1分を切った。


ボールは楓に託される。


今度は咲とイリヤのダブルチームとなった。


「絶対に決めさせないんだから……!」

「何度もやられないって!」

「ハン!ナメんな蓮里!ダブルチームなら止められると思ったか!」


しかし楓もそれに拮抗する。


素早いドリブルで相手に手を出させずにキープする。


「決めな!」

「任せてください」


そこから美紗へのパスを出され、美紗のミドルが決まる。


織火が構わないというように私たちに合図して上がる。


栄光はゾーンディフェンスを続けている。


イリヤの3pでもいい。


今日のイリヤは調子もいいようだし、自信もある。


しかし織火はそこでリング付近にボールを投げ込むという博打を打った。


栄光の面々の目の前を放たれたボールが凄い勢いで通り過ぎる。


栄光が手を伸ばせばボールを弾いてターンオーバーできるようなパスだ。


しかし唐突過ぎるパスに栄光は反応することができなかった。


そのギリギリのパスをギリギリで沙耶が受け取り、そのまま飛んで後ろのリングにギリギリの姿勢で放り込んだ。


ボールはギリギリでリングに乗っかって、ギリギリで決まった。


「っしゃあ通してやりましたよ!見ましたか美紗ッ!」

「……クソッ」


織火が大喜びで叫ぶ。


あの冷静な美紗が苛立っている。


これはもしかしたらいいかもしれない。


私は人が怒る姿を見るのが誰よりも大好きな女沢木喜美。


栄光のオフェンスは再び成功した。


咲のミスマッチからの攻撃は止めづらい。


オフェンスの時、織火に合図を出した。


織火は


正気ですか?ああ、正気じゃないですね知ってましたよええ。わかりましたからそのイラッと来る笑顔やめてください!


という目で私を見る。


そして仕方ないという表情でサインを出す。


同時に全員が動き出した。


織火が私とイリヤのダブルスクリーンでフリーになる。


織火がフリーとなり、全員がそちらを止めようと織火を見た。


蓮里が得意とするセットプレーの1つ。


織火がフワリとボールを浮かせる。


そのパスが出た瞬間、楓と美紗がしまったという表情を見せる。


「梨華ああああぁ!後ろ!後ろだ!!」


もう遅い。


織火のパスに合わせて沙耶が飛んでいた。


織火の浮かせたボールを片手で掴み、右腕1本でリングに叩き込んだ。


「っしゃああああああッ!」


沙耶のアリウープが炸裂した。


同時、1Qの終了を告げるブザーが響いた。





side楓


「クソッ!畜生ッ!わかっていたのに!ダブルスクリーン使った時点でアレが来るってわかってたのにッ!畜生!!」


美紗が荒れに荒れていた。


最後2つのオフェンス。


織火が見事としか言いようのないパス2本を決めたせいだ。


それは2つともギリギリのパスだった。


美紗はその2つともに気づけた。


それでも止められなかったのだ。


「美紗、落ち着きなさい。ポイントカードの貴女が吠えてどうするのですか」

「ッ!……すいません」


春秋先生の声で美紗の怒りが収まる。


しかしその怒りは全員が共有しているものだった。


負けている。


あれだけ練習して、血ヘド吐いてくたばるほど練習したのに負けている。


これほどショックなことがあるだろうか?


私たちは勝てない。


そう言われたようなものだった。


止めに最後のアリウープだ。


全員、メンタルにかなりのダメージを負っていた。


クソ……最後のアリウープを指示したのは間違いなく喜美だ。


あんな底意地の悪い指示を出せる奴は蓮里には他に……いるかもしれないが、とにかくあれは喜美だ。


最後に喜美がこちらを一瞥した時の表情でわかった。


どうする


どうすればいい


これだけ練習した。


間違いなく1番練習したと胸を張って言える。


それなのに、その上を行かれた。


どうしろと言うのだ。


「顔を上げなさいッ!」


春秋先生の一喝が飛び、全員が顔を上げる。


「貴女達が諦めてどうするのですか!貴女達のプライドはそんなにも安いものですか!私の教え子はそんなにも情けないのですか!?」


春秋先生の一喝で全員の目に生気が戻りはじめる。


諦めない。


そう思った瞬間、耳に音の奔流がたたき付けられた。


「栄光!栄光!」

「栄えあれ!」

「勝利あれ!」

「頑張ってバスケ部!」

「勝ってよバスケ部!」

「栄光でしょ!」

「王者でしょ!?」

「楓ちゃん!頑張って!」


「みんな……」


そこでようやく私は皆が応援してくれているのに気づいた。


栄光の全生徒が体育館に集まっている。


私は、これほどの声援にも気づかなかったのか?


「先輩!頑張ってください!」

「キャプテン!絶対に勝てますって!」

「行けよ楓!美紗!アンタ達がそれでどうするんだ!」


後輩の、チームメイトの声援も聞こえる。


そうだ。


これは私だけの戦いじゃない。


私たちの厳しい練習に後輩達を付き合わせた。


厳しい指導で何人も泣かせた。


率先して泣かされに来た奴は何だったんだろう。


「泣かされてます!私キャプテンに中されてますうううぃ!」


とか叫びまくってた後輩を思い出す。


そうだ。


私たちは5人だけで試合をしているわけではない。


このバスケ部全員を、栄光全員を背負ってプレイしているのだ。


であれば、負けられないのだ。


負けたくないのではない。


負けられないのだ。


もはや私たちだけの試合ではないのだから。


「何やってんだ私……」


そんなことに今頃気づくなんて。


見れば4人も苦笑していた。


レギュラーでやるのが当たり前になっていて、少し忘れていたのかもしれない。


私が初めて出番を貰ったのは3年生の頃で、3分の出場だった。


決めたシュートは1本だけ。


でも、今私はハッキリとあの瞬間を思い出せる。


あの後先輩達に頭を撫でられて褒められて、すごく嬉しかったのを覚えている。


みんなの役に立てたと、誇らしく思えたあの時を私は思い出せる。


忘れていたよ。


今、思い出したよ。


私だけでやってるんじゃないんだよ。


「アンタら」

「「「「はい」」」」

「今私、すっごい楽しい」

「「「「はい」」」」

「たかが練習試合だけど、今私、出場できてる」

「そうだね。試合、出来てるよね」

「試合させてもらってるだけでも嬉しいんだから。萎えてるヒマなんて無いって」

「楽しもうよ、この試合」

「そうだな。楽しもうぜ、この試合。こんな強い相手とやれるんだからさ」


ああ、もう認めるとも。


「蓮里は強ぇーよ。めちゃくちゃ強い」


相手を認めろ。


こんなはずではなかったと、嘆く期間はとうに過ぎた。


認めろ、相手は強いと。


「全力を吐き出すよ、アンタら。間違っても悔いなんて残すな」

「当然。全力だよ全力!」

「栄光全員で勝つ!」

「控え!アンタらに回すよ!私たちは今からスタミナも何も関係なしの全力で行く!アンタらもガンガン交代させるから覚悟しな!」

「「「「「はい!」」」」」


いい返事だ。


「先生、お願いします」

「いいですか?と聞けば却下するつもりでしたが。その言葉なら構いません。いいでしょう。全力で行きなさい」

「聞いたなアンタら!今まで溜め込んできたもん全部ここでぶちまけろ!」


大きく息を吸い込む。


「栄光あれ!」

「「「「「ッサア!」」」」」


5人が叫ぶ。


「栄えあれ!」

「「「「「ッサア!」」」」」


控えも叫ぶ。


「光りあれ!」

「「「「「ッサア!」」」」」


バスケ部全員が声を限りに吠える。


「勝利あれ!」

「「「「「ッサアアアアアア!」」」」」


栄光の全員が咆哮する。


体育館を揺るがすが如き声援。


私たちはその声を背中に受けてコートに立つ。


こっからはマジだ。


構えろよ蓮里。


油断するとぶっ殺すぞ?






side織火


栄光のテンションが上がっている……?


最後のアリウープで間違いなくメンタルはへし折ったはずだ。


それなのに栄光からの声は大きくなるばかり。


いやぁ、見事なアウェーですね。


北朝鮮で試合した男子サッカー選手の気分だ。


こりゃキツイですね。


「どうするの織火?」

「そうですねぇ。速攻を使いましょうか」


私は戦術の引き出しの中からそれを取り出した。


「ちょっとでも行けそうだったらファストブレイクで行きましょう。何か栄光のテンションが高まっているので、ゆっくりやると飲み込まれるかもしれません」


「相手もかなり速いテンポで来るわね。殴り合い?」


「決められたら決めればいいんですから」


「そうだよ。イリヤに任せといて」


「私も決められる」


「梨華も強くないからね。私も行けるよ」


「相手が何して来るかわかりませんけど、うろたえることはありませんよ」


皆を安心させる言葉。


「私たちはお兄さんの教え子なんですから。神の御加護は我等にあります」


練習を奉納して、神の加護を。


「そうね。私たちには神がついているわ」

「フフッ、じゃあ行こうか皆」


「蓮里!」

「「「「ファイッ!」」」」

どんどん栄光が主人公っぽくなっていく……


そしてどんどん喜美がラスボスになっていく……

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