畳上の展望者
夫と妻と
けっこう大事な
お互い立場の
探りあい
配点(夫婦)
side喜美
「イリヤ……」
「お父様、イリヤも壮を愛しています」
「しかしイリヤ。早すぎる。まだこれからの出会いがあるだろう?そういうのを全て捨てるのかい?」
「壮が、壮こそが、イリヤの相手です」
イリヤが真剣に言う。
子供の戯れ事と流されるかどうか。
「なるほど。お互いに真剣ではあるんだな?」
お義父様は流さない。
キチンと理解を示す。
しかし、
「だがあまりにも幼い」
そう。
結局はここに終始するのだ。
お義父様は何が何でもこの婚約を認めたくない。
用意周到な兄さんに対抗するためには、この年齢をカードにするしかない。
「お父様。婚約なら年齢は関係ないでしょ?」
「イリヤ。お前のためを思って言っているんだ。まだ小学生だろう?急ぎすぎだよ、イリヤ」
「小学生なんて関係ないでしょう!お父様!」
イリヤがじれったくなったのか声のトーンが上がる。
マズイわね。
ここでイリヤとお義父様で言い争うと、本格的に認めてもらうことができない。
私は目でお義母様に合図した。
同時攻撃。
了解。
短く伝え、私は発言する。
「よろしいかしら?お義父様」
「……君は?」
「フフフ、私は沢木喜美。沢木家次期当主よ」
「次期当主……?壮君ではなく、喜美が?」
「その通り。沢木家は女系の一族。もっとも強いのは、沢木家直系の女性なのよ」
現在それは、私1人だ。
子供であろうと大人として扱われる沢木家。
私は既に当主の重責を担っていた。
「沢木家当主として、イリヤの友達としてではなく、兄さんの妹としてでもなく、沢木家当主として言わせてもらうわ。沢木家としては、早ければ早いほどありがたいわ」
なぜか、と問われれば
「今沢木家、けっこうピンチなのよね。もう4人しかいないのだから」
私たち一家以外は全ていない。
この4人が何かの間違いでポックリ行けば沢木家滅亡である。
日本の防衛的に許されないことだ。
だから、
「沢木家としては、さっさと結婚してもらって、さっさと子孫作ってもらいたいのよね、ええ」
「し、子孫ッ!?」
お義父様が咳込む。
「フフフ、当然でしょう?結婚とは要するにそこに帰結するのだから」
イリヤが女を産んでくれれば次期当主が確定するし、男を産んでくれれば沢木家の血筋を絶やさないことになる。
私が嫁に行くと沢木家からは除外されるので、できればさっさと次の当主を確定させておきたいのだ。
「お義父様。何か勘違いされているようだから言わせてもらいます」
表情は微笑みで固定して、でも声色は冷たくして。
「私たちが沢木家である、ということをお忘れなきよう」
つまり、
「私たちの立場、沢木家に嫁に来るという意味。そちらに求めることも多い、ということです」
できる限り冷酷に。
「いい?沢木家は普通の家とは違うわ。日本でも最高の名家、沢木家に嫁にやれる。ありがたいことではないでしょうか?」
必殺奥義、上から目線。
要するに、
しょうがないから嫁にもらってやるよ!
感謝しろよ!
って感じだ。
この場で、相手に娘さんをください挨拶をしている最中に言うことではない。
しかし、
私が言わなければね。
沢木家に嫁に来るという覚悟、意味。
それを言っておかなければいけない。
「そちらが沢木家だということは、わかっているつもりだ」
お義父様が言い返す。
「フフフ?本当かしら?」
実際のところ怪しいが、ここは引き下がるとしよう。
「わかっているならいいわ」
お義母様に目で合図。
十字砲火
了解
「あなた」
「うん……アイリはどう思っているんだい?」
「私はもう壮君ともイリヤとも話したわ。いいと思う。2人とも、本当に真剣よ」
お義母様はこちらの味方だ。
これは兄さんの成果だ。
「壮君も立派な人よ。私は、壮君にならイリヤを任せていいわ」
ハッキリとした物言い。
いい女ね。
「わかった。壮君、君の思いを認めよう」
それは肯定の言葉。
兄さんとイリヤの顔が破顔する。
しかし、
「最後に1つだけ質問だ。壮君」
そう。
まだされていない質問が1つある。
前回、お義母様に出された問題。
兄さんはここで決着させなければいけない。
side沢木
ついにこの質問が来た。
沖縄でお義母様にもされた質問だ。
あの時は即答してやることはできなかった。
今はどうか。
あれからさらにイリヤと過ごして、俺は覚悟できたのか?
自問自答する。
あえて頭の中で模範解答は作らない。
その時正直に思ったことを言葉にすればいい。
「壮君。君は、日本国籍を捨てる覚悟があるかい?」
これは、俺の人生を左右しうる質問だ。
答えによって、俺の人生は大きく変わる。
俺は、どう思う?
4月にイリヤに出会い、一目惚れした。
すぐに告白して、フラれた。
諦めずアタックし続け、ついに振り向かせることに成功した。
それから一緒に過ごして、愛情は深まるばかりだ。
それこそ、一生を共にしてもいいと思えるくらいに。
……うん。
そうだな。
「それはできません」
正直な言葉が流れ出た。
「何だと?」
お義父様が眉をひそめる。
「どういうことだ!」
それは父親として当然の怒声。
娘を思う父親なら、普通はこうなのだ。
俺はお義父様をまっすぐ見つめる。
「俺はこれからの人生をイリヤのためだけに生きるのではありません」
わざと抑揚を抑えて言う。
「俺の人生です。俺のために生きるし、他の誰かのために生きることもあるでしょう」
将来の話であり、不確かなことだ。
でも、
「イリヤのためだけに生きてしまっては、他の誰かのために生きることができない」
視界の端でイリヤを捉える。
イリヤは満足そうな顔をして、俺の目線に気づくとウインクをしてくれた。
可愛いな。
そう改めて思いながら言葉を紡ぐ。
「俺は俺のために生きるし、他の誰かのために生きる。イリヤは他の誰かの中の1人です」
お義父様は黙って先を促す。
少し満足そうなのは、さすがに俺の錯覚か。
「俺がイリヤのために生きるのではありません。イリヤが俺のために生きるのでもありません。お互いに手を繋いで、支え合って生きていくのです」
それはつまり、
「俺とイリヤはパートナーってことです」
俺は思う。
夫婦とは、どちらかがどちらかに奉仕するものではないよな、と。
お互いがお互いに支え合うものだよな、と。
「時には喧嘩もするでしょう。罵り合いだってするかもしれない。でも、意見が対立するということは、良いことだと思います」
だって、
「それは、お互いに対等ってことじゃないですか」
だから、
「国籍のことに関して、俺には意見があります。イリヤにも意見があります」
ですから、
「この挨拶が終わったら、俺とイリヤで喧嘩します。お互いに自分の意見言い合って、ぶつけ合って、罵り合って。喧嘩します」
イリヤが頷く。
俺はそれを確認して言う。
「それが、俺とイリヤです。それが、俺たちの考える夫婦です。ですから、お義父様の意見には従えません」
言った。
正直な気持ちを言った。
俺がたどり着いた境地。
ただベタベタと、馴れ合うだけではない。
それは夫婦ではない。
お互いに対等なものとして向かい合う。
それが俺たちの考える夫婦だ。
「そうか」
お義父様が静かに言う。
「ならば、私から言うことはもう何も無い」
そう言って頭を下げる。
「娘を、よろしく頼む」
見事なDOGEZAだった。
「承知。この沢木壮、イリヤとよきパートナーとして生きていくことを誓います」
「お父様。私も、壮と対等なパートナーとして生きていくことを誓います」
俺の言葉にイリヤも重ねてくれる。
「あぁ……幸せになるんだぞ、イリヤ」
「はい!お父様!」
こうして、俺はついに挨拶を成し遂げたのだった。
sideイリヤ
壮の挨拶が終わり、私たち女性組はお茶をしていた。
男2人は男の話があると言って和室に残った。
気になるが、聞いてはいけないものだ。
男同士のなにかがあるのだろう。
それは女同士にもある。
「フフフ、よかったわ。無事に済んで」
「そうね。あの人は頑固なところがあるから。でも壮君の誠意が勝ったわね」
「兄さんにしてはよくやったほうだわ」
お母様とお喋りする喜美を見る。
「あとはウチね、イリヤ」
「そうだね」
そう。
壮はその試練を果たした。
お父様に自分の意見を述べ、認めさせた。
次は私だ。
目の前の憧れの人を見る。
この女を倒さなければいけないのだ。
沢木家の女2人から認めてもらわなければいけないのだ。
最後にして最大の、最強の試練。
今日は壮が頑張ってくれたのだ。
私が頑張らないでどうする。
私は、近い将来の試練に思いを馳せ、気合を入れなおすのだった。
挨拶編完結ッ!
次回から壮の体育祭編、蓮里運動会編、壮のテスト編、壮の文化祭編、蓮里文化祭編、と続きます。




