古都の旅行者
古の都
歴史の街
配点(京都)
side沢木
「あー、眠い……」
「ちょっと兄さん。せっかくの旅行なのに何?そのテンションは?」
「そうだよお兄ちゃん。もっと楽しもうよ!」
「コーチもノリが悪いわね」
「あのなぁ……」
俺はそこで前の3人に白目を向ける。
「小学生の修学旅行の引率でどうテンションを上げろと?」
俺は蓮里小学校の修学旅行の引率、という形で連れて来られたのだ。
『お願いだ!壮君!』
「いや、お願い言われましても。俺が行っちゃダメでしょ」
『そこを何とか!喜美さんを抑えられるのは壮君しかいないんだ!』
「妹はそこまでの問題児になっていましたか」
『5年のときの林間学校では、ちょっかいかけてきた他校の生徒を病院送りにしていてね……』
なんでそう、争いが好きなんだアイツは。
『今回の修学旅行でも問題を起こされると、苦情がきて来年できなくなるかもしれないんだ』
「うわぁ」
そんなレベルだったのか。
「とりあえず去年のことについては説教しておいたので、そこまで暴れるとは思えませんが……」
『しかし今回は女バスだけで班を組んでね。織火さんと咲さんがストッパーになるだろうけど』
ため息をつく織火の姿が容易に想像できる。
『スターターになる恐れもあってね……』
「ええ、よくわかります」
笑顔でキレて暴れる織火の姿も容易に想像できる。
咲1人で4人を抑えるのは困難だろう。
『頼むッ!来年の修学旅行を楽しみにしている5年生のためにも!この通りだ!』
この通りって、電話だから土下座見えないんだけど。
でも、しょうがないか。
他の人に迷惑がかかると言われれば保護者としては行かざるを得ない。
「いいですよ。俺も行きます」
『本当かい?いやぁ助かった!断られたら何て言おうか』
「何て言おうか?」
『あ、いや!なんでもないよ!それじゃあね!』
電話が切れた。
……織火あたりが先生に頼み込んだのか?
しかしまぁ、高校を休む理由を何かでっちあげなければいけないな。
そんなわけで俺は『一身上の都合により』修学旅行に来ていた。
女バスメンバーは全て俺に一任されることになった。
先生、敬礼はやめてください。
締め付けると暴走するというのは先生もよくわかっているようで、女バスメンバーはかなり自由に行動する権利を得ていた。
2日目、3日目は完全に自由行動である。
「フフッ、お兄ちゃんと旅行だね」
「そうだな、イリヤ。新婚旅行楽しみだな!」
「気が早いよお兄ちゃん」
イリヤと会話して安らぎを得ることにする。
「麻雀しましょう麻雀!」
「新幹線の中で麻雀やるんじゃねえよ」
「じゃあトランプ」
というわけで対面6人でトランプをすることになった。
「どうして7並べなんだ……」
トランプで絶対にやってはいけない遊びNo.1、7並べ。
仲が悪くなること請け合いである。
「誰!?スペードの10を止めているのは誰ッ!?」
「フフフ、知らないわ」
「おっと、俺でもないぜ?」
「私じゃないわ」
「パス」
「えー?イリヤじゃないよ?」
「じゃあ誰ですか!」
織火のストレスが早くも溜まって来ている。
7並べとは、カードを止めてキレる仲間を見て楽しむゲームである。
仲良くしたい友達とは絶対にしないように。
「はぁ……はぁ……終わりませんよ。いいんですか?」
織火が涙目になってきた。
「可哀相。出すよ」
咲がその様子を見てカードを切った。
「あら、珍しいわね。咲がからかうなんて。いいわよ!わかってきたわね!」
「何がわかってきたわね!ですか!」
咲の珍しい行動に喜美が驚く。
俺としても驚きだった。
クスクス笑っている咲。
ちょっと可愛い。
「それに服も珍しく可愛らしいのを選んだな」
咲は普段から練習着で過ごしているらしい。
何度か見かけた私服も素っ気ない黒っぽい服が多かった。
それが今日は、ものすごい気合いを入れてお洒落をしている。
可愛らしいフリルがたくさんある、ワンピースのような、ロングスカートのような……なんと言ったっけ?
キマシ丈だっけ?
頭にちょこんとミニハットを被っており、手には長い純白の手袋を嵌めている。
普通ならイタいファッションだが、咲の場合は似合い過ぎてヤバい。
洋風のファッションなのに、大和撫子という言葉がピッタリだ。
流れるような漆黒の髪がそれを助長している。
しかも旅行だからなのか、普段より笑顔だ。
いつも無表情な女の子の笑顔の破壊力はハンパじゃない。
実際、新幹線に乗るまでに10人に告白されている。
全て喜美が弾いたが。
ちなみに10人中6人がオッサンだった。
この国の将来が心配になってきた。
ロリコンは病気だね。
咲の服装には俺達も驚愕したが、喜美はお気に入りのおもちゃを見つけたとばかりにベタベタしている。
ちなみにここで他の4人の服装を紹介する。
イリヤは前回も披露した女子高生スタイルだ。
スカートの柄が変わっているな。
沙耶も女子高生スタイルで、ネクタイではなくリボンだ。
曰く、「修学旅行で京都に来た小学生と遊んであげている地元の高校生」スタイルだそうだ。
喜美はお気に入りの黄緑色の着物を着ている。
京都ということで、和服しか持ってきていない。
そんなわけで、まともな小学生スタイルが織火だけという。
可愛らしいシャツにデニムなのだが、如何せん4人と比べると……
「地味だなぁ」
「悪かったですね」
他の4人が派手過ぎるというか、小学生離れしているからなんだけれど。
それから大富豪に興じ、織火と喜美が都落ちと大富豪を繰り返し、他のみんなは平凡な暮らしをするのだった。
「京都だああああ!!」
沙耶が新幹線から飛び出して騒ぐ。
「静かにしろ、馬鹿。公共の場だぞ?」
注意する俺に先生たちが拍手する。
「騒ぐなら宿でな?」
先生たちが笑顔で親指を下に向けた。
俺たちはそのまま清水寺に直行することになった。
修学旅行の定番の清水寺にやってきた。
「フフフ、清水の舞台で舞う気分でって言うわよね?」
「飛び降りるじゃないですか?というか、本当に舞わないでください」
織火がさっそく喜美に振り回されている。
「高いね、お兄ちゃん」
「そうだなぁ。飛び降りたら骨折しそうだな」
というか下、石畳だから即死じゃね?
「昔は死体置き場だったのにな、出世したもんだ」
「何様なのコーチ」
「お、アルテイの墓じゃないか。久しぶりだなぁ!」
「知り合いなの!?というかアルテイって誰ッ!?」
なんだ、最近の小学生はアルテイも知らないのか。
「壮、このアトラクション行きたい」
「アトラクション言うな。一応悟りの道筋なんだからな?」
咲が行きたいとねだったのは清水寺の胎内ツアーだった。
なんか真っ暗闇の中を、手探りで進んで、奥にいる菩薩に対面するというもの。
中学の時にやったのだが、みんな異様にテンションが上がって、悟りが開けなかった。
あともう少しだったのにな……
「いや、俺はいいんだけどさ。喜美?」
「フフフフフ、兄ささん」
「喜美、声が震えてるぞ?」
「何を言っているの兄さんやはり頭がおかしくなったわね大丈夫よ叩けば直るわ」
喜美が動揺していた。
喜美の唯一と言ってもいい弱点。
怖がり、ということだ。
小さい頃にリングを見たのがいけなかったのだろう。
幼い喜美にトラウマが植えつけられ、喜美はお化けなどが大嫌いになった。
暗いだけなら大丈夫なのだが、そこにお寺とか、仏とか入ってくるとダメらしい。
「いいですね!行きましょうよ!さぁ、喜美!」
「織火、そんなに笑顔でどうしたの?大丈夫よ、あ、私お腹が……」
ここぞとばかりに織火が喜美をいじめる。
こういうところでバランス取っているんだろうな……
「壮、行こ?」
「フフッ、咲、お兄ちゃんは私と行くの!」
「イリヤ、咲、これはお化け屋敷じゃないからな?2人でとかできないからな?」
狭い通路なので、基本的に1人ずつ縦に並んでいくことになる。
「畜生……悟りが開けなかった……」
暗闇の中から菩薩が現れたとき、確かにその声を聞いた。
『惜しいな。あと1年早ければ君は悟りを開けたのだが』
「なんだって!?」
『小六では一つ多い。悟りの機会は失われた。来世にて励むことだ』
と言われた。
さすが菩薩、言うことがよくわからない。
俺は肩を落として清水寺から退散した。
その日は東寺とかを見て、宿に帰った。
初日から飛ばしすぎてもアレだしな。
宿屋は豪勢なホテルである。
おかしいな。
なんで浦話よりいい宿なんだ?
しかしまぁ、結構楽しくやれたと思っていた。
清水の悟りツアーのおかげで喜美はおとなしくなり、沙耶も抑えることができた。
イリヤとも楽しく過ごせた。
織火もあまり胃痛に苦しむことは無かった。
一生の思い出に残るかもしれない修学旅行としては、いい出来だろう。
実際、一生の思い出に残るような修学旅行になってしまったのだが……
「咲、どうしたんだ?こんなところに呼び出して?」
「壮、前のビーチフラッグでの権利、使わせてもらう」
ご飯を食べ終わって自由時間。
喜美が調子を取り戻して暴れ始める時間。
俺は咲から呼び出されて、ホテルの外にいた。
「ここで?何か欲しいものでもあったのか?」
「うん」
こんな急に呼び出すなんて、よっぽど欲しいものなんだろう。
一応お小遣いは持ってきているし、5万とかしなければ買ってやれる。
咲はそこらへんの常識はわきまえていると信じている。
「私が欲しいのは、壮」
「爽?お前アイスが欲しかったのか」
「違う」
咲はそこで一旦言葉を切り、俺の目を下から覗き込む。
「今晩、私と付き合って。壮」
「……はぁ!?」
というわけで、修学旅行編スタートです。




