夏終わりの狩人
夏休みの
定番といえば
配点(宿題)
side沢木
さぁ、本日もやってまいりました。
8月31日でございます。
宿題との血みどろの殲滅戦を繰り広げることになるこの日。
今年はいつもと一味違った。
「終わらねええええええ!」
畜生ッ!
進学校の宿題の量をナメていた!
こんなに多いとは思わなかった。
というか教科書1冊予習って頭オカシイんじゃねえの?
5教科全てでそのレベルの宿題が出ている。
いつもは少しずつやっていって、8月31日に残党狩りをするパターンなのだが、今回は残党と呼べない。
本隊である。
そして俺を追い込むもう1つの要素がある。
「うるさいわ、兄さん」
「お兄ちゃん!ここ教えてー」
「あ、咲。その飲み物取ってください。いえ、そのキュウリ味のコーラではなく普通のを。誰ですかこんなの買ってきたの……」
「パス」
「わっかんねー!コーチ!全部やって!」
「うるせぇのはお前らだ!」
4人が追加されていた。
夏休み最終日も一緒にいるとか仲いいですねアンタら!
「フフフ、兄さんは精々悲鳴をあげて勉強しているといいわ。私は終わったらゲームしてるから」
「なんてウザいんだ……」
「あれ?織火、ここどうするの?」
「ああ、旅人算ですか。えっと、こっちの速度をX、こっちの速度をYとして連立を組んでですね……」
待て、織火。
お前小6だよな?
「文字定数分離をしてグラフにして……」
俺も知らねぇよ!?
「というかお兄ちゃん、何やっているの?」
イリヤが俺の作業を覗き込む。
俺の背中に抱き着いて、肩にアゴをのせている姿が可愛らしい。
「ああ、今は社会だな。地理の宿題で、テーマを1つ見つけて地図を書くんだと」
「へぇ!面白いね、お兄ちゃん!」
そうだろうそうだろう。
傍から見ている分には楽しいだろう!
やってみると面倒過ぎて泣ける。
「喜美、絵を描いてくださいお願いします」
だから俺は喜美に土下座して頼んだ。
「フフフ、どうしようかしら?」
喜美は、俺が絶対に頼み込むことがわかっている。
おそらく引き受けてくれるだろう。
しかし、そこに至るまでにどれほどの身銭が必要になるか……
「こんな腐れ兄貴の宿題をこの賢い妹がやらなければいけないというのもねぇ?」
喜美に土下座した頭をグリグリと踏ん付けられる。
妹に罵られながら頭踏まれるなんて……悔しい……でも感じちゃう!
「ちょっと兄さん、何クネクネしてるの?キモいからやめて頂戴」
「ゲヘヘ、喜美様のご命令とあらば」
「この腐れ兄貴、手段を選ばないわね……」
よし、喜美が俺との会話を嫌がっている。
これはさっさと会話を打ち切ろうと引き受けてくれるに違いない。
「そうねぇ……じゃあ今度デートしてくれればいいわ」
「ゲヘヘ、ありがとうございます喜美様」
「もうやめて……妹として情けないわ……」
これが高校生になった俺の実力だ。
本気を出せばこんなものだ。
喜美にデカイ方眼紙を渡す。
「何を書けばいいの?」
「これだ」
と、俺は植松と共に調査したデータを渡す。
「野良猫……?その付近にいる野良猫の種類と棲息数?」
「ああ、多い場所と少ない場所で何か違いがあるんじゃないかって植松が」
面白そうだったから採用した。
そしたらデータ集めがすごく大変だった。
さっき見つけた野良猫と違うか確かめなきゃいけなかったし、色々なところに潜り込んだせいで何度も通報されかけた。
非常に緊張感のある調査であった。
「で、私は調査とグラフとデータと野良猫の絵を描けばいいわけね?」
「ゲヘヘ、お願いしますよ喜美様」
「わかったからその口調やめなさい」
「頼んだ」
よし。これで社会は終わった。
喜美が仕事するから、内閣総理大臣賞とか取れるかもしれない。
「というか喜美のほうは終わったのか?」
「あぁ、読書感想文だからどうでもいいわ」
読書感想文か。
喜美は昔からコレが嫌いだったからな。
「読んだ感情を文章にしろとか馬鹿じゃないの?くだらないって正直に書いたらダメだったし」
当たり前だ。
思ったことを書いていいですよ、とか言っておいて、本当に思ったことを書いたらダメと言われる。
意味がわからない。
喜美はここまで果敢に挑戦してきた。
あらゆる本を読み、完全に理論武装してある本の理論を完全論破してもダメだった。
じゃあ賛成すればいいのか、とマルクス主義にあらゆる論拠で以って賛成してもダメだった。
しかしマルクス主義の感想文は論文として提出されたらしい、
結果、沢木喜美は読書感想文に絶望した。
「もう今回はふざけて書いたわ」
喜美は色鉛筆で地図を書きながらそう言う。
読んでみると確かに、喜美が書いたとは思えない普通に面白い感想文に仕上がっている。
しかし俺は違和感を感じた。
これは……!!
「横読みができるだと!?」
作文用紙で横読みができる。
それも適当な文ではなく、読書感想文の批判文章であった。
しかも読んでいてめっちゃ面白い。
こ、これをふざけて書いた……だと!?
結果、喜美の読書感想文は素直に縦読みした教師陣によって出品され、全国で最優秀賞を獲得した。
しかし当然気づく奴もいて、大騒ぎになった。
しかし喜美は
「書いたら偶然こうなったわ。奇跡ね」
と主張。
まさか1度授賞したのに取り消すわけにもいかず、読書感想文協会は喜美の感想文を最優秀として掲載しないわけにはいかなかった。
横読みすれば痛烈な批判である。
喜美、恐ろしい……
ちなみにこの文章、喜美文と呼ばれるようになり、21世紀最大の奇文として世界的に有名になった。
「っていうか小学校の宿題って何があったっけ?そんなに大変なのあったか?」
「お兄さん、自由研究を忘れていますよ。あと絵ですね」
ああ、そうだ。
自由研究という七面倒くさいものがあるのだ。
俺はペットボトル2本を用意して、片方に空気を、片方に排気ガスを入れた。
そして車内に放置して温度を上げてから外に出して冷やした。
結果、排気ガスを入れたほうが温度が下がりにくいというものだった。
面白みも何もないですねー。
「あれ?喜美は何やってたっけ?」
「しゃっくりを止める薬を開発したわ」
「自由研究の領域じゃねぇよ!」
平然と常識を突破する女だな!
「兄さんの食事に混ぜたのだけれど、副作用もないみたいでよかったわ」
「お前なぁ……!!」
もう怒るに怒れない。
「イリヤは何を?」
「夫の浮気を見抜く方法50だよ、お兄ちゃん?」
「お前なぁ……」
というかよく50個もあったな、そんなの。
「織火は?」
「全自動調理マシーンを作りました」
「またすごいの来たな……」
「いえ、食材切るだけですから」
謙遜するが、それでも相当なものだろう。
「沙耶は?」
「バックドロップに見るプロレス史よ」
「お前ら小学生女子がやりそうなものはないの!?」
どうして全員こうも濃いのかなぁ!
「咲、お前は?」
「天体観測」
「咲、さすがだよ。俺の期待にお前は応えたよ」
「イェイ」
咲とハイタッチ。
「なんか最近お兄ちゃんと咲の仲がいいような……うぅん。気のせいだよね?」
「どうした?イリヤ」
「あ、なんでもないよお兄ちゃん!」
イリヤが何かボソッと言ったのが聞こえたが、内容までは聞き取れなかった。
「絵のほうはどうなったんだ?あ、喜美は知ってるから」
喜美の絵はあのバスケの絵だろう。
「イリヤは教会の絵!」
「私は大鷲を。ええ、墨で」
「私はラリーアットをキメた瞬間を……」
「咲、何描いた?」
「ヒマワリ」
俺は咲と固く握手を交わした。
さすが蓮里女子バスケの良心。
「というかイリヤはなんで教会?」
ロシアが関係あるのかな?
だったら夫となる俺は知っておかなければいけない。
「お兄ちゃんと結婚する時の教会を描いたんだよ」
「もぅ可愛いなぁ!」
いじらしい!
可愛い!
と、ふざけている場合ではなかった。
宿題の残党狩りに取り掛からねば。
いったいどうしてこのような血みどろの殲滅戦になったのか。
宿題が多いこともあるのだが、夏休みの真ん中までインターハイだったことが最大の理由だ。
1週間以上を沖縄で過ごしていたし、インターハイ中に宿題をする気力はさすがになかった。
それから1週間は砂漠に合宿に行っており、あんな地獄で宿題ができるわけもない。
よってこの状況である。
これに加えて予備校行っていたら死んでいたな。
予備校には絶対に行かないつもりだったからよかった。
だいたい、予備校は浪人生のためのものであって、現役生のためのものではない。
予備校に行って高い金を払うんだったら、その先生が書いている参考書でも読めばよろしい。
だいたい、予備校なんてもう一度授業を受けるようなものである。
だったら、先生が言っていることを活字にした本を読めばいいではないか。
予備校に行くと様々な人がいる。
言うと悪いが、アホもいる。
頑張っているのはわかるのだが、如何せん遅い。
先生はその生徒のペースに合わせるから出来る組としてはイライラしっぱなしである。
本ならば好きなペースで読める。
わかっているところは飛ばせばいいし、わからないところはじっくり読む。
繰り返し読めるのもポイントだ。
授業は繰り返し見ることができない。
わからないところが質問できない!
という反論があるかもしれない。
何のために高校に行っているんだ。
先生に聞け、あれでも頭は相当いいのだ。
そうでなければ教師などできない。
というわけで、予備校に行く必要なし。
と、母さんに論破された。
俺も別に行きたくはなかったのでありがたかった。
母さんは聡明な女性で、教育に非常に熱心である。
俺も喜美も、毎朝母さんの特別授業を受けることになっている。
小学1年生のころからその習慣がついていたので、もう勉強が苦ではなくなった。
それに、勉強ほど簡単なものはない。
だってやればできるじゃん。
中学の定期テストなら、本気を出せば1位を取るなど楽勝だ。
出す範囲だってわかりきっているんだし、簡単な問題しか出てこない。
英語なら出てくる範囲を丸暗記すればいい。
音読を30回ほどやれば頭に叩き込まれる。
ああ、なんて簡単なのだろう。
少なくとも、社会では1度も1位を譲ったことはない。
だって中学の社会なんてたかが知れてるじゃん。
俺は中学の時はスポーツも勉強もできる天才とか言われていた。
馬鹿言うな。
この程度で天才など片腹痛い。
天才というのは、喜美みたいな人間か、浦話のトップクラスの人間を言うのだ。
浦話に来て実力の差を、というか才能の差を知った。
あれは無理だ。
天才だ。
だって教科書配られた次の日に全部とき終わっているんだぜ?
がり勉というわけではなく、当たり前のようにやってる。
どんなものでも3回くらい読めば覚えられる奴とかいるし。
社会でも1位を取ることはできなくなった。
まぁ1桁は死守しているけどね!
いやぁ、最初のテストで英語が45点で発狂するかと思ったよ。
今では56点くらい取って
「よっしゃあああ!今回調子いいなぁ!」
といえる程度には成長した。
とまぁ、とりとめもないことを考えながら宿題を終わらせていく。
「フフフ、兄さん。終わったわよ?」
「サンキュー……絵が上手すぎるわ!絵だけで賞がもらえそうな勢いだよ!」
目茶苦茶上手い猫の絵が描かれていた。
「いやぁ、明日から2学期ですか。早いですね」
織火がしみじみという。
たしかにこの夏休み、長いようで短かった。
「お兄ちゃんと1日中一緒にいられないなぁ……」
「たまに会うほうが嬉しいだろ?」
「フフッ、そうだね!」
「熱いわー。夏の暑さに加えて熱いわー」
「ホントね、沙耶。熱すぎて冷やしたくなったわ。ほら、織火」
「な、なんでそこで私に振るんですか!?」
「いいからいいから」
「しょうがないですね。じゃあとりあえず行動しようか。こう、どうしようか、という風に……」
「「「「……」」」」
「流石織火!見事に冷えたわ!滑りの神!」
「ええ!ええ!わかってましたよこの展開!」
とうとう長かった夏休みも終わる。
そして明日から2学期。
そして、すぐに京都へ向けて旅たつことになる。
そのときの俺はまだ知らなかった。
まさか小学生の修学旅行であれほどの大事件に巻き込まれることになるとは……
夏休み編ついに完結!
夏休みの宿題ネタをもう1個加えておきました。
読書感想文はネタでしたね。
喜美文を1度でいいから書いてみたい。
小学生の夏休みの宿題は大変ですよね。
自由研究が自由すぎて何すればいいのかわからなかった。
さて、明日からついに修学旅行編に入ります。
あ、そんなに大事件にはなりませんからね?




