決着場の鬼神
それは
平行線に
白と黒をつける時間
配点 (クラッチタイム)
side沢木
最後の最後まで、食らいついてくる奴だ。
面白い、そうでなくては。
逆転するほうが気持ちいいのだ、こちらも。
俺は前方にリングを見据えて思う。
右側に井上先輩と島田先輩
左側に部長と植松
目の前に小野寺。
さぁここだ。
俺のバスケ人生の1つの到達点だ。
来年はもうこのレベルの戦いができない。
楽しむなら今しかない。
俺は右に突っ込む。小野寺がすぐに寄ってきたが、構わず体を当てる。
そのまま押し込みながら横目でフリーを探す。
植松が抜け出した。
俺は植松にパスを送り、俺はスクリーンに入る。
宮澤が俺のスクリーンに引っ掛かった。
「しまっ!?」
「貰った!!」
植松がその時点でロングを放つ。
しかしギリギリのところでリングに嫌われる。
それを横から飛び出した部長がつかみ取った。
オフェンスリバウンドだ。
「もう1回だ壮!」
俺にボールが戻って来た。
こういう時は余り時間をかけないでさっさと攻撃したほうがいい。
俺はパスを貰ってすぐにロングを打つ。
打った瞬間に決まったことを確信した。
小野寺が飛び掛かってきたが手がボールを掠ることはなかった。
決まる。
よし!
これで大逆転だゴルァ!!
side喜美
「来たわね、兄さんの化け物タイムが」
残り時間5分。
今の兄さんは通常と比べても調子はいい。
それなのに化け物タイムに入ったらどうなるのだろう?
「お兄ちゃんカッコイイでしょ?お母様!」
「そうねイリヤ。とってもカッコイイお兄ちゃんね」
お義母さんにも認めてもらえてよかったわね、兄さん。
「あれ?イリヤ、お義父さんは?」
「お父様はお留守番!」
お義父さん……涙拭いてちょうだい……
しかしまぁ、今はこの試合が優先だ。
「さぁ、兄さん。試合を決めなさい」
side知美
爆発するとはこういうことを言うのだろう。
壮さんが終盤、さらに調子を上げた。
沢木兄妹は2人とも尻上がりに調子が上がる。
そして壮さんは喜美と違い、かなり感情が見える。
口の端が上がっている。
私と同じね。
逆境でこそ力を発揮する。
強い相手であればあるほど、さらに力を発揮する。
クラッチタイムでこそ真価を発揮する。
それがエースだ。
私と同じだ。
「……ッ」
壮さんが右に切り込みに行く。
違う、フェイクだ。
その場でレッグスルー。
そのままジャンプショットを放つ。
決まった。
隣の健二さんを見ると、腕がピクピク震えている。
私の腕も同様だった。
体が言うことを聞かない。
私の体はあそこに引かれている。
戦いたい。
あそこで、全国という舞台で戦いたい。
私が、壮さんのように敵を翻弄して勝ちたい。
あんなふうにバスケを楽しんでみたい。
「行きたいな、全国」
私の思わず漏れ出た言葉に健二さんが反応する。
私の頭に手を置いて撫でてくれる。
「行かせてあげるよ、知美」
「はぅ……」
健二さんが優しく言ってくれた。
カッコイイ、健二さん……
「ちょっと織火!今の録音しておいた?」
「当たり前じゃないですか沙耶!もうバッチリですよコレ!」
「片腹大激痛だ」
なぜか蓮里の皆が騒いでいる。
「喜美に聞かせたら笑いすぎて腹筋崩壊するんじゃないコレ?」
「お兄さんには聞かせないようにしましょう。決勝の残り5秒逆転のチャンスで思い出して手が滑ったら最悪ですから。だってイきたい、イかせてやるって……ブハッ!」
「織火、沙耶。手加減しよう。誰もわかってないから」
「いやいや、だってイかせてやるって……こう、真面目な声でイかせてやる……ブブフウゥゥ!?」
蓮里の3人が腹を抱えて苦しそうに悶えている。
どうしたのだろうか?
「おー?お腹痛いの?」
「はい……だってイかせてやるって……あんなマジ顔で……ヤバい思い出したらまた笑いが……」
いい加減心配になって救急車運んであげようかと申し出たが笑いながら断られた。
「そろそろラストですよ……ブフッ」
という織火の声で画面に目を戻す。
小野寺が切り込んでから外の神代にパスアウト。
3pが決まっていた。
side千里山キャプテン
試合で負けたからと言って帰るのもあれだったので、ギリギリまで残らせてもらうことにした。
美子先生には我が儘を言うことになったが許可してもらえた。
「もう、しょうがないですね!今年だけですからね?」
たぶん頼んだら来年もやってくれそうだ。
試合は最終局面。
まさに激闘と呼ぶに相応しい。
浦話はあの横浜羽沢を相手に一歩も退かない、それどころか押している。
それもこれも、あの男のおかげだった。
「こっちだ!」
小野寺がわずかに他の相手に注意を逸らしたところを沢木は見逃さない。
あっという間にフリーになり、ボールをもらう。
そしてその場でシュートフェイク。
ヘルプの神代をかわしてペイント内に侵入。
そしてあのスピンムーブが炸裂した。
「速いですねー」
美子先生がそんなことを言っているが本当にわかっているのだろうか?
沢木のスピンムーブは早過ぎて瞬間移動をしているようにしか思えない。
沢木がそのままボールを流し込んだ。
「っらああああああ!!」
吠える。
獅子奮迅の働きだ。
「鬼神が止まらねぇぞ」
回りの声が聞こえる。
浦話の鬼神、言い得て妙だ。
というか俺はあんなのと戦っていたのか?
あんな化け物と戦ってよく無事だったものだ。
「でもよかったじゃないですか、夕君」
「何がですか?美子先生」
「だって千里山は浦話と競りましたよね?だったら、あの神奈川とも競れるということになりませんか?」
美子先生の言葉で俺は、自分が神奈川に勝てるはずがないと言ったことを思い出した。
「確かにそうですね。やってきたことは、間違いじゃありませんでした。美子先生がもっと早く来ていれば……」
「じゃあこれからその分一緒にいればいいじゃないですか」
「へ!?」
「え?」
「……」
なんだろう。
美子先生、いつもと変わらない調子でそんなこと言うから。
変に勘繰った俺が阿呆らしい。
「大丈夫です、先生」
「え?大丈夫なんですか?」
なんだろう。とことん会話が噛み合っていない。
いかん。この話題を続けたら引き返せないとこまでいきそうだ。
俺はなんとか先生から目線を外して試合に戻した。
「とりあえず応援しましょう、先生。浦話が勝つように」
side沢木
吠えろよ感情。
叫べよ本能。
敵をぶちのめせ。
残り1分。
お互いにオールコートディフェンスに入っている。
こちらのオフェンスだった。
絶対に決めたい。
植松がスローインし、俺がボールを運ぶ。
ハーフラインを越えて、1度減速した。
中に部長が入っていくのが見えた。
俺は右の植松にパスするフリをして部長にノールックで通す。
体が震える。
こんな場面でノールックとか俺ギャンブラーだな!
しかし、せっかくこんな場面なのだ。
楽しまなければ損というものだろう。
部長が取ってバックショットで決めた。
もうお互いに声を出すこともできない。
ただ思い切り手をたたき合った。
声を出さずともわかる。
今俺は、目をつぶっていても誰がどこにいるのかわかる。
中学の時は2年間かけてこれだけの絆を築いた。
それを4ヶ月で築いた。
終わりたくねぇ。
この5人でずっと戦いてぇ……!
全員がそう思っているだろう。
横浜羽沢がラストオフェンスのためにタイムアウトを取った。
「……」
「はぁ、はぁ……」
「もう、大丈夫だな?」
「最後はお前だ、壮」
「押忍」
さぁ、勝負強さを見せてやろう。
スローインから横浜羽沢のオフェンスが始まった。
俺は目の前の小野寺を睨みつける。
ラストオフェンスを託されるとしたらコイツか、神代か、宮澤。
まぁ小野寺だろう。
だからここで俺が止めればウチの勝ちだ。
俺も小野寺も、今にも崩れ落ちそうだ。
気を抜いたら膝が抜ける。
意識を失う。
俺達は執念で立っていた。
ここまで来たら気合いの勝負だ。
小野寺が来る。
速い、ここにきてさらに速くなった。
しかし俺はギリギリ食らいつく。
と、小野寺が飛びながら左の神代にパスを出そうとした。
俺はとっさにそのパスコースをふさぐ選択をしてしまう。
しまった!
小野寺は手からほとんど離れかけていたボールを執念で掴み、落下しながらボールを上に打とうとする。
足がつけばトラベリング。
だから小野寺は海老のように体を丸めて、できるだけ地面から足を遠ざける。
そしてついに手からボールが放たれた。
そんな無茶苦茶な体勢から放たれたボールはしかしリングに当たり、往生際悪く3回転くらいした後に決まった。
「ッしゃあああああああああああらあああああ!!」
小野寺が咆哮する。
全ての力を振り絞ったかのような叫び。
そして次のラストディフェンスに向けてさらに闘志を漲らせるような叫び。
俺は時計を見る。
おしいな。あと10秒しかプレイできないのか。
俺たちは最後のタイムアウトを取った。
俺たちはベンチに座って何も喋らない。
必死で酸素を吸入しようとしている。
話さなくてもわかる。
次どうすればいいとか、そんなこと言わなくてもわかる。
俺はベンチに座りながら神様に最後の奉納をしていた。
この試合中の熱意を全て奉納。
そして、バスケを楽しいという喜の感情を奉納。
そして神の加護を得た。
さぁ、結果は見えた。
あとは神の導くままに俺たちが勝つだけだ。
ラスト10秒。
ハーフラインから植松が俺にボールを投げ入れた。
悪いがもう誰にも返さない。
これは俺の決めるべきボールだ。
目の前に小野寺。
これで最後と思うと寂しくもある。
「あぁ、楽しかったぜ、お前」
だからそんなことをつぶやいてやる。
「俺もだ。沢木」
小野寺も声を振り絞って言う。
残り6秒。
飛び出した。
右手でドリブルして、左手で小野寺をどけるようにする。
小野寺はそれについてきた。
残り4秒。
俺はそこからフローターを放つ。
と、それに反応して小野寺が飛ぶ。
神様の加護のおかげで俺はそのボールを抱え直す。
これは初戦で千里山のキャプテンにやられそうになった技。
残り2秒。
小野寺が右に飛んで行き、俺は左に飛んだ。
シュートを放とうとする。
と、左から宮澤が飛び出してきた。
おうっと!?
俺は空中で一度体を丸めて宮澤のブロックをかわす。
残り1秒を切った瞬間に俺は再び体を伸ばし、ボールを放つ。
ボールが放物線を描いて飛ぶ。
ブザーが鳴り響く。
それでもボールは空中にある。
決まれば逆転。
外せば敗北。
それは、俺の記憶にもっとも鮮やかに刻み込まれるシーンとなった。
誰も息もしないような静寂の中、ただボールだけが動いている。
誰もがボールを目で追い、手を握り締める。
俺は彼らの表情、動作。全てが見えた。
そして観客席の中にひときわ目立つ3人を見つけた。
白銀の天使イリヤ、そして俺の不出来な妹喜美。
2人だけは表情が違った。
こちらを見て、笑っていた。
それがとても印象に残った。
ボールがリング奥に当たる。
上に跳ねたボールは、リングを見事に射抜いた。
瞬間、会場が爆発した
というわけでまさかの浦話が勝利。
千里山にフラグっぽいものがあったので回収しておきますね。
女成分が足りない?
知佳姉さんで我慢しろ!
喜美は人じゃないからスルー。
さて、これでインターハイ事実上の決勝が終わりです。
ええ、あと3回の戦いありますけど。
明日は試合後のみんなと、沢木とお義母様の話になります




