前夜の孤独者
王者とは
常に他を
引っ張る者
配点 (エース)
side喜美
終始優勢で試合を進める兄さん達。
野崎に押し込まれてもすぐに兄さんかガードが決めるのだ。
しかし4Q初め、相手の3pが連続で成功する。
浦話が数本外したこともあり、勝負は振り出しに戻っていた。
「うわぁ、すごい戦いだね」
「あ、知佳姉さん」
隣で声がしたので右を向くと知佳姉さんがいた。
「知佳姉さん試合は?」
「終わったよ。3回戦進出だね」
「知佳姉さんもすごいわね……」
「それより壮君があれだけ接戦というのも初めてかなー」
知佳姉さんが言う。
「あぁ、野崎のところか。うん」
「そうね。確かにアイツ強いけど……」
「壮君がついていない……フムフム。なるほど、そういうことか」
「どうしたの?」
「接戦かと思ったらそうでもなかったね。布石はもう打ってあるよ」
知佳姉さんが自信ありげに言う。
兄さんが負けるなんて微塵も思っていない顔つき。
「野崎、もう4ファールだね。それなのに出場し続けているということは?」
「野崎を出さざるを得ない状況、という訳ね?」
「そうそう。たぶん壮君そろそろ動くんじゃないかな?」
「さすが知佳姉さん。兄さんのことよくわかってるわね」
「まぁね。あ、動いたね」
知佳姉さんのその言葉で私はコートに視線を戻す。
side健二
4Q初っ端、壮が動いた。
合図を出して、井上や部長を野崎から外す。
そして壮が野崎にマッチアップする。
ここに来て壮と野崎の対決となった。
「……ッ!」
「ハッハッハ!そんなものか!?」
こちらに聞こえるほどの声。
壮が野崎のパワードリブルを完全に止めていた。
「嘘!?明らかに体格違うでしょ!」
「お兄さんはバランス感覚が異常ですからね。ええ、喜美ほどではないですけど」
野崎が焦ったように振り向き様のシュートを放つが外れる。
すぐに部長がリバウンドを取り、植松にパス。
植松が駆け上がり、しかし3p手前で待つ。
その間に愛和の5人は戻った。
「あ、お兄ちゃんに」
ボールが渡った。自分のマッチアップ相手をスピンムーブでかわし、ゴール下を守る野崎にパワードリブルを仕掛ける。
「おいおい、押してるぞ……」
下から突き上げるような強さ。
壮は確実に野崎を押し込んでいく。
野崎の顔が歪む。
その一瞬を狙って壮がターンアラウンドからのショットを放とうとする。
それに気づいた野崎が何とか阻止をしようと飛んだ。
壮のシュートはフェイクだった。
打つフリをして落ちてきた野崎に体を当てる。
そしてぶつかりながらシュートを放ち、決めた。
「しまった……ッ!!」
野崎がここにきてファールアウト。
しかも3pプレイ。
「よしっ!壮、流石だ!」
「いいぞ壮!」
ビデオからも周りの声が漏れて来る。
「フフフ、流石ね兄さん。ホント勝負所の兄さんは化け物ね」
喜美の呟きもしっかりと記録されていた。
勝負所であればあるほど力を発揮する天性のパフォーマー。
それが沢木壮だった。
「すごい……しかもあそこから決めるなんて……」
奈那子もそう言うしかない。
精神的支柱を失った愛和の動揺はかなりのものだ。
交代で他の奴が入ってきてもあっさりと井上に押さえ込まれてターンオーバー。
植松から壮へ直上パスが上がり、それを壮が叩き込んだ。
一気に浦話へ流れが来る。
「なるほど、お兄ちゃんは最初からこれを狙っていたんだね?」
イリヤが1人で何か納得している。
「どういうこと?」
知美が尋ねる。
「野崎に2人をつけて4ファール。焦ってなんとかしようと出てきた所に壮がマッチアップ。2人の実力に無意識に合わせていた野崎は壮について来れなかった。壮は最初からソレを狙っていた」
咲が解説してくれる。
でもそれって……
「4Q開始までに4ファールじゃないと成り立ちませんよね?」
「2人なら絶対できる。そういう判断」
咲がアッサリと答える。
「相変わらずコーチの読みは恐ろしいほど当たるね」
結局試合は、そのまま浦話が走って圧勝に終わった。
「というわけで本日の解説は、兄さんの妹沢木喜美、兄さんの幼なじみ知佳姉さんのご提供でお送りしました!」
「お送りしました!」
という言葉でビデオが途切れた。
「あれれ?昨日に余計な女は排除したはずなんだけどなぁ?」
あれ?イリヤのこめかみがヒクヒク震えている。
「ヤバいみんな逃げて!」
沙耶のその言葉で蓮里以外がリビングから脱出した。
side沢木
なんとか今日も勝った。
しかし今日の勝利は神様のおかげというより先輩たちのおかげなので何か代演奉納を強要されることもないだろう。
俺達は喜びながら民宿へ帰り、すぐに明日の対策に入った。
明日はついに第1シードの横浜羽沢高校だった。
現在インターハイ2連覇中の高校だ。
最強と呼ばれる高校。
面白い。
そう来なくては。
どうせ目標は優勝だ。
どこだろうとゴッ倒す。
「横浜羽沢高校の対策会議を始めます」
「「「「「押忍」」」」」
全員目の色は真剣だ。
横浜羽沢高校
ポイントガードのエース小野寺を筆頭にした強力なチーム。
「このポイントガードが1番やっかいです。でかいくせに身軽で視野も広い。自分で得点もできます」
皆が頷きながらノートに書き取る。
「小野寺がボールをもらった瞬間に植松と島田先輩でダブルチームに行ってください」
「「押忍」」
頷いてノートに何事か書き込む。
「そしてシューティングガードにはピュアシューターの神代がいます。小野寺から神代への連携が多いので、井上先輩がずっとついていて下さい」
「俺が?」
「横浜羽沢の試合を見ていましたけれど、井上先輩なら神代にもついていけます」
見ると喜美も何か熱心に書いている。
真剣な表情だ。
喜美ですらここまで本気になっている。
「スモールフォワードで宮澤がいるんですけど、こいつは俺が止めますので」
宮澤は俺が中学2年のときに優勝したチームのエースだった奴だ。
しかし1対1なら俺のほうが上手だ。
「で、そうすると、この宮永がフリーになるわけですけど……」
皆が頷く。
「コイツはその場で指示します。得点能力はありません。スクリーンをかけたり、パスを繋いだりというタイプですから」
「じゃあこのセンターが俺か?」
「そうですね。部長はとにかくリバウンドだけを狙ってください」
「わかった。それだけ狙おう」
部長が熱心に頷きノートに何か書き取る。
一体何をそんなに書いているのだろうと見ると、ゴリラみたいな男に部長が挑みかかっている落書きだった。
「何描いてるんですか部長!?」
「え?イメトレ?」
「なんで相手ゴリラなんですか!?さすがに失礼でしょコレ!」
「いやぁ、第一印象っで怖いよね」
「部長のほうが怖いですよ!?なんでゴリラにバックドロップ仕掛けてるんですか!?」
「不可能に挑戦することに意義がある」
「厳かに言えば勝ちと思ったら大間違いですよ!?」
俺の尊敬を返せよ部長!
っつうかこの流れは……!!
「おい植松!なんでお前スラムダンクの牧と戦ってるんだよ!しかもお前の顔が宮城に似てるし!」
「いや、ちゃんと相手の特徴を捉えた上でイメトレした」
「確かにそうだけどさ!?」
いかん。まともな人はいないのか。
井上先輩を見るとキチンと文字が書いてある。
もうその時点で感動した。
しかもまともなことを書いている。
「井上先輩さすがですね!」
「うん?ああ、この文章縦読みしてみ?」
「といれいきたい……知らねぇよ!?行ってくださいよ勝手に」
「じゃあ行ってきまーす」
ダメだ……島田先輩……お願いします……
「こんなものか」
見るとAAで牧を書いていた。
「やる気ねぇだろあんたら!!」
喜美を見てみる。
俺とイリヤがゴリラを相手に戦っている見事な絵だった。
心が震え立つような素晴らしい絵だけど関係ねぇ!
「ヤバい……ふざけて描いたら傑作ができてしまったわ……!!」
「おぉ!さすが姐さん!」
「教科書に出てるだけありますね!」
「すげぇ!俺の絵が霞んで見えるぜ!」
もうやだコイツら。
畜生いいもんいいもん!
イリヤと電話しちゃうもん!
side喜美
兄さんが
「イーリヤー!!今会いに行くぞおおお!!」
と叫びながら部屋から出て行き、主人にうるさいと蹴飛ばされて静かに海のほうに駆け出して行った。
「ふぅ。悪いわね、みんな」
私はみんなに謝る。
「いえいえ。姐さんと壮のためですから」
部長が答えてくれる。
「いやぁ、姐さんがこっちに合図出してきた時は驚きましたよ」
「なんでもいいからふざけろなんて、ねぇ?」
「まぁ姐さんがノートにゴリラ描きはじめた時点で方針がわかりましたけどね」
そう。
ふざけるように言ったのは私だった。
「兄さん珍しく緊張して焦った様子だったのよ。だから落ち着かせてあげようと思ってね?」
「さすが姐さん!なんて気が利く妹だ!」
「姐さんみたいな姐さんが欲しかったぜ!」
私のふざけた合図にすぐに反応してくれたこの人達もどうなのかしら?
みんな兄さんの緊張に気づいていたのだろう。
「当たり前でしょ?可愛い兄さんのためだもの」
私はみんなに答えてやる。
そしてさて、と一息つく。
「後は任せたわよ?イリヤ」
遠く離れた故郷にいる仲間に託すことにした。
sideイリヤ
お風呂から上がってお母様に体を拭いてもらっていた。
お父様は今お風呂に入っている。
お父様は一緒にお風呂に入らないかと誘ってくれたが、お母様が笑顔で拳を叩き込んで風呂に投げ込んだ。
「お母様、お父様浮いて来ないよ?」
「大丈夫よイリヤ。お父さんは全身でお風呂を楽しんでいるだけだからね?」
何やら苦しげな表情だったがお母様がそう言うならそうなのだろう。
今度お兄ちゃんに試してみよう。
「ねぇねぇイリヤ!」
「なぁに?お母様」
「あのお兄ちゃんからは連絡来ないの?」
「うーん、この前連絡が来てからないかな?」
「あら、そうなの……」
お母様は少しがっかりした様子だった。
「どうして?」
「フフッ、だって我が娘の初恋ですもの。応援したくなるのが母親よ?」
「お父様は?」
「絶対に話しちゃダメ。いい?」
「うん。わかった」
どうしてかよくわからない。
しかしお母様のことだから何か考えがあるのだろう。
「でもいい?イリヤ。男なんて結局獣なんだから。躾はキチンとしないとダメよ?」
「うん!お母様の言う通りにしてるよ?」
「よしよし。この前幼なじみの子が出てきたときはヒヤヒヤしたわ」
お母様が目をつぶって呟く。
「お母様はお兄ちゃんのこと好き?」
「フフッ、好きって言ったらイリヤが怒るでしょ?」
「どうして?イリヤ、お母様にお兄ちゃん好きになってもらいたいよ?」
「そうね。ゴメンね。私が間違っていたわ。うん。お兄ちゃんのこと大好きよ?沢木、壮君でしょ?」
お母様が悪戯っぽくウインクする。
とても綺麗だった。
と、その時だった。
「あれ?」
携帯が鳴っている。
見てみるとお兄ちゃんからだった。
「お兄ちゃん!」
「え?ホント!?イリヤ?」
「うん!やったぁ!」
「さぁさぁ早く!」
お母様に促されて電話に出る。
「もしもしお兄ちゃん?」
「ああ、イリヤ……」
「お兄ちゃん?」
出てみると、お兄ちゃんの声は沈んでいた。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「ああ、イリヤ……イリヤの声を聞いたら元気出てきた」
「?」
お兄ちゃんは何か悩んでいる様子であった。
「どうしたの?」
「あぁ。イリヤ、俺ひょっとしたら緊張しているのかもしれない」
「緊張?」
お兄ちゃんからは程遠い言葉だと思っていた。
喜美がアレなのでてっきりお兄ちゃんも緊張なんてしまいのだと思っていた。
お母様がジェスチャーで何?と聞いてくる。
お兄ちゃん緊張しているんだって、とジェスチャーで返す。
「緊張?ああ、なるほどね?」
お母様は何か思案して思いついたようだ。
「俺焦ってたみたいでな、それを喜美とかみんなに指摘されたよ」
「お兄ちゃん、緊張しない人のほうが珍しいよ?」
「そりゃそうだ。でもな、俺がいつもと違ったらダメなんだよ。俺が浦話のエースなんだから」
お兄ちゃんは時々自分に何かを強いることがある。
お兄ちゃんは能力が高いからそのほとんどは苦労せず処理できるのだろう。
でも今回は負荷が大きかったようだ。
初のインターハイ、慣れない地。
先輩達を負けさせたくないという思いと、最強の相手。
さすがのお兄ちゃんもこれは処理できなかった。
どうしよう?
何て言って慰めよう?
「イリヤ、傷ついている男はチャンスよ!自分がその人の1番なんだって思い知らせるチャンスよ!」
お母様の言葉もある。
「お兄ちゃん。イリヤはお兄ちゃんの気持ちわかるよ?」
「わかってくれるか?イリヤ」
「うん!だってイリヤはお兄ちゃんのお嫁さんだよ?」
「よし!いいわイリヤその調子!」
お母様の励ましを受ける。
「お兄ちゃんは自分でなんとかしようとしすぎだよ」
「そうかな?」
「そうだよ。お兄ちゃん、ここまできたら後は神様頼みでしょ?」
と、お母様がジェスチャーで試合何時から開始か聞いてくれと言われた。
どうして?と思ったけど聞くことにした。
「ねぇお兄ちゃん。試合は何時から?」
「え?午後2時からだけど……」
お母様に伝えると、携帯をいじり始めた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんのことをわかっているのはイリヤだけなんだから」
「そうだな。俺のことをわかってくれるのはイリヤだけだ」
「他の女なんてみんなお兄ちゃんのこと何もわかってない。外見でしか判断していないんだから!」
言っていて、自分で感情が昂ぶるのを感じた。
「ねぇお兄ちゃん。お兄ちゃんことを本当に愛しているのはイリヤだけだよ?」
「俺だってイリヤが1番……世界で唯一イリヤだけが特別だ」
「フフッ、よろしい」
お兄ちゃんもそう言ってくれた。
と、お母様がこちらに向き直って笑顔で親指を立てる。
「イリヤ、明日朝に沖縄に向けて出発するわよ!」
「うん!……うん?ってええええええ!?」
お母様反対していたんじゃないの!?
「フフッ、将来の義息子だものね!イリヤの応援で優勝させてあげないと!」
「お父様はどうするの?」
「大丈夫よ、イリヤ。お父さんはね、ちゃんと家でお留守番しているからね?」
可哀想だと思ったけれど、お母様が言うのだから何か考えがあるのだろう。
「どうした?イリヤ?」
携帯の向こうでお兄ちゃんの声が聞こえてくる。
どうやって伝えよう?
「あのね、お兄ちゃん。イリヤね、お兄ちゃんのところに行くから」
よくわからないのでストレートに伝えることに。
「へ?イリヤが?お母さんに反対されていたんじゃなかったっけ?」
「そのお母様が一緒に来てくれるから大丈夫だって!」
「へ?」
お兄ちゃんの言葉が止まる。
「どうしたの?」
「お義母様が来るの?マジで?」
「うんうん。マジだよお兄ちゃん」
「……イリヤ、明日の俺の活躍ぶりを見て惚れろよ?」
「フフッ、楽しみにしてるよ、お兄ちゃん。それじゃあ明日ね?」
「ああ。おやすみ、イリヤ」
「おやすみ、お兄ちゃん」
電話が切れて、私とお母様は風呂から出てきそうになったお父様を再び風呂に沈めて旅行の準備に取り掛かった。
というわけで、インターハイ編にイリヤ参戦!
知佳姉さんと直接絡んで沢木の胃がストレスでマッハ!
お義母様までやってきてさらに波乱が起きる!?
そんなこと関係なく試合は進む!
次回から事実上の決勝、浦話対横浜羽沢の試合をお送りします




