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蓮里小学校女子バスケットボール部  作者: ジェイソン
インターハイ本戦編
45/251

王道の導き手

誰もがきっと

望んでいることを

躊躇うことなく

私は選ぶ

配点(先生)

4Q


side喜美


お互いに殴り殴られの戦いが続いている。


早め早めにショットを打ち、決めていく。


浦話はここまで兄さんと植松を主軸に得点を稼いでいる。


対して相手は全員が少しずつ獲っている状態だ。


4Qも残り5分。


浦話はここでスターティングメンバーに戻してきた。


対する相手も全員を戻す。


ここからが正念場だ。


浦話102-100千里山


とかなりの接戦になっている。


「こっち回せ!」


浦話のオフェンス。


兄さんが右に切り込み、一気に左に戻す。


クロスオーバーという動きに相手は付いていこうとする。


その開いた足の間に兄さんがボールを叩き込む。


レッグスルーのバウンドパス。


それは向こうにいた井上につながり、相手のブロックを1回フェイクを入れてかわしてから決めて見せた。


「よっし!先輩ナイス!」

「任しとけよ!」


浦話104-100千里山


「気持ちで負けないで!!」


一気に浦話に流れが傾こうか、というときに声が響く。



相手の顧問の声だ。


その声に、千里山のプレイヤーが顔を上げる。


「負けねえぞ」

「美子先生を勝たせてやるんだ」

「こんなところで負けるわけにはいかねぇんだよ……!」


千里山の面々が吼える。


ここに来て、さらに闘志を燃やしていく。


そして相手エースが兄さんをにらみつける。


「勝つぞ、テメェに!」




回想


side千里山キャプテン


俺たち千里山は全国屈指の強豪だ。


そう言われていたのは何年前のことだ。


確かに激戦区の北大阪を制して毎年インターハイに駒を進めている。


しかしいつもそこで止まっている。


どうしてか。


なぜなのか。


いつしか俺たちはそれを考えることを止めていた。


インターハイに出場できる。


それだけで満足していた。


今思えばなんということか。


俺たちは停滞していた。


その淀んだ空気を吹き飛ばしてくれたのは新しく来た顧問だった。


1学期が始まる前。


まだ春休みの段階でその先生は練習に来た。


「ということでー!新しく採用されました、里美美子といいます!皆さんよろしくお願いしますね!」

「「「「「……お願いしまーす」」」」」

「あっれれー!?皆さん元気ないですねー?」

「「「「「……」」」」」


なんだこの女は。


全員がそういう目をしていたのは間違いない。


「そんなんじゃあ全国制覇なんてできませんよー?」


その言葉に部員から失笑が漏れる。


「いやいや、優勝とかしょせんムリだし?」

「そうそう、神奈川が強すぎだし」

「っつうかインハイ出れればオッケーつうか」

「早いとこ受験勉強始めたいしな」


それが俺たちの本心。


どうやっても勝てない。


先輩たちからそんな空気ばかりを受け継いできた俺たちは、そのような心境だった。


どーせ勝てないし。


必死になって優勝目指す奴がおかしいんだって。


キャプテンである俺もそう思っていた。


そして、


「え?優勝したくないんですか?」


そのひと言で、俺たちは変わった。


「いやいや、そりゃ勝ちたいけどさ。どうせ優勝できっこないし」

「でも勝ちたいんですよね?」

「そ、そりゃー……勝てるんだったらな?」


いやに食いつく教師だと思った覚えがある。


「じゃあ勝っちゃえばいいじゃないですか」

「それができないんだって」

「そーそー、先生わかってねえんだよ」

「っつうかバスケやってたのかよ?」


先生の言葉にみんなが反論する。


やがて先生のクリッとした大きな瞳に、涙が溜まっていく。


「うぅ……ダメ、ですか?」

「おいコラ誰だ美子さんを泣かした奴!テメェかアァン!?」

「はぁ!?俺じゃねえよふざけんなよ誰だ泣かした奴出てこいやゴルァ!!」

「はいはい俺ですよすいませんでしたーーーーー!!!!」


犯人がトリプルアクセル土下座を披露してその場が収まる。


女の涙で簡単に堕ちる俺たちだった。


「でも美子さん。ぶっちゃけマジできついんですよ。優勝とか」

「そうそう。別格なんですよ、神奈川は」

「そ、そうなんですか?すいません男子のほうはよく知らないで、私……」

「あぁ!先生泣いちゃダメ!!」


こんな泣き虫でよく教師になろうだの思ったものだ。


「皆さん、バスケは好きですか?」


バスケは好きか。


その言葉に俺たちはハッとさせられた。


強豪と呼ばれるチームに入って、地区では勝ち続けて。


インハイでは速攻で負けて。


そんなことに慣れて。


慣れて、慣れて、反抗することも忘れて。


そんな淀んだ空気の中で作業みたいにバスケをしている。


それが今の俺たちだった。


「「「「「……」」」」」

「あ、あのー」


突然黙りこくった俺たちを心配したのか、美子さんが恐る恐る声をかける。


「み、皆さんゲームは好きですか?」

「「「「「エロゲーなら大好きです!」」」」」


「姉が好きです!」


「妹が好きです!」


「巫女が好きです!」


「幼馴染が好きです!」


「金髪巨乳が好きです!」


「銀髪が大好きです!」


「先輩が好きです!」


「後輩が好きです!」


「ロリが好きです!


猛烈な勢いで答えるみんな。


「ロ、ロリはいけないと思います……」


中田のジャンルはダメだったらしい。

まぁロリコンなんてキモイよな、うん。


小学生を「俺の嫁!」とか言ってる奴は頭がおかしいに違いない。


というかなぜこんなことを話し始めたのだ?


「え、えぇっとエロゲですか……」


美子さんは困ったように笑って、しかし立ち直る。


「じゃ、じゃあエロゲで喩えて見せます。これでも国語教師ですから!」


そして先生が語りだす。


「えっと、皆さんエロゲは好きですよね?」

「「「「「はいっ!」」」」」

「そんな元気に返事しないでください。で、エロゲってヒロインを攻略するんですよね?」

「まぁ、そうなりますね」

「えっと、皆さんはプロローグ始まった瞬間から主人公にホレまくりのヒロインと、最初はずっとつれなくてツンツンしているんだけれど、主人公が頑張ってアピールしたら何とか振り向いてくれたヒロインと。どっちが好きですか?」

「「「「「……」」」」」


これは非常に高度かつ、哲学的な問いだ。


最初から主人公に惚れていて、いつもいつも好意的なラブラブ発言というのもうれしい。


だがしかし、そこに攻略する楽しみはない。


あるのはただクリックするという作業だけだ。


それに比べてツンツンしているヒロインはどうか。


素直じゃない、どころではない捻くれたヒロイン。


あるいはとにかく頑固なヒロイン。


そして主人公にまったく興味を示さないヒロイン。


こういうヒロインたちの選択肢はとても難解だ。


選択して、先に進むとバッドエンド。


別のを選択して進むとバッドエンド。


どうやっても進めない。


そもそも最初の選択肢を間違えていたことに気づくのは下手をすれば4日後くらいになる。


それゆえに、成功したときはうれしい。


「な、何よ!別にアンタのことかっこいいな、とか思っていたわけじゃないんだからね!」


とか


「う、うん。そうなんだ……じゃあちょっとくらいは……」


とかいう展開になると涙する。


そこには魅力がある。


必死で努力して、攻略ノートまで書いて到達した終着点。


たとえそのエンディングが最高に幸せ、とは言えないものでも、俺は絶対にそのことを忘れない。


だって、本当に頑張ったうえでの結末なんだから……!!




俺は顔を上げる。


美子さん、いや、美子先生が何を伝えたかったのかわかった。


他の奴らを見渡すと、全員の顔が引き締まっている。


全員が直立不動の気をつけをして、美子先生を見る。


「あ、あの……皆さん、いい顔ですね」

「「「「「はいっ!」」」」」

「夕くん」


俺の名前が呼ばれる。


「はいっ!」


俺はあらん限りの声で返事をする。


「えっと。もう一度聞かせてください。優勝したいですか?」

「優勝して見せます!」

「「「「「おうっ!」」」」」


俺の声に全員が付いてくる。


「俺たちの目を覚ましてくれた先生のために!何がなんでもトロフィーをプレゼントします!」

「「「「おうっ!」」」」」

「……はい。皆さん、頑張ってください!」

「「「「「押忍ッ!」」」」」


ひときわでかい声で返事すると先生がビクッと震えた。


「あ、あの……すいません。大きな声出されちゃうとビックリしちゃって」

「「「「「すんませんしたーー!!」」」」」


俺たちは全員で低めムーンサルト土下座をして謝罪した。




それからは世界が違った。


「ちょっと夕!こんな時間にどこ行くの!?」

「母さん、朝練に決まってんだろ!」

「え?今4時……」

「行って来ます!」


「遅いぞキャプテン!」

「お前ら……!」

「ほら、練習始めるぞ!」


体育館には全員が欠けることなく来ていた。


「あれ、美子先生は?」

「ああ、そこで寝てる」


見ると美子先生はジャージ姿で、パイプ椅子に座って寝ていた。


「俺が3時に来て職員室から鍵パクろうとしたら、先生もう体育館で寝てたんだぜ?」


副キャプテンの吉田が言う。


「先生……」


まだ新任で。


初めての教師生活に不安も一杯で、準備しなきゃいけないことも山ほどあるだろうに。


それでも先生は……!


「お前ら」


俺は涙をこらえて言う。


「「「「「……」」」」」

「練習始めんぞ」

「「「「「押忍」」」」」


俺たちは静かに練習を始めた。




「ほらどうした!そんなものじゃねえだろ!」

「押忍!」

「もっと激しく行けよ!気持ち強く!」

「押忍!」

「おら1年!ボーっとしてんじゃねえぞ!」

「お、押忍!」


新学年が始まり、俺たちは新入生を迎えて練習を始めた。


「オラ!どうした!?」

「……ぐおおおおおおおお!!」


練習に対する熱意が変わった。


たった1本のプレーにも全力を注げるようになった。


「みなさーん!頑張ってください!」

「「「「「はーい!」」」」」

「お前ら手を振ってるんじゃねえよ!」


美子先生はいつも俺たちの練習に付き合ってくれた。


朝の3時には体育館を開けて、夜の11時に体育館を閉める。


美子先生はそんなハードなスケジュールを笑顔でこなした。


俺たちの先生に対する尊敬の念は増すばかりであった。


でも美子先生も疲れることはある。


たまに練習中に寝てしまうこともあった。


「おいテメェ!なに美子先生の寝顔撮ってるんだよ!?」

「あ!おい携帯出せやコラ!」

「す、スマン!つい出来心で……」

「馬鹿野郎!美子先生に許可も取らないで写真撮るんじゃねえよ!」

「だってお前、美子先生に写真撮っていいですか?って聞いたらちょっと困った顔になって、苦笑いしながら「だ、ダメです」って言うに決まってるだろ!?」

「「「「「それもいいな!!」」」」」


惜しむらくは、時間が足りなかったことか。


先生は春休みに来て、地区の予選は6月からだった。


地区予選の日、会場で先生は直立不動の俺たちを前にしてこう言った。


「皆さん!今日はがんばって試合しまひょ……しましょう!」

「「「「「うおおおおおおおおぉ!!」」」」」


地区予選、全ての試合で30点差をつけてインターハイに駒を進めた。




「あの沢木壮のチームか……」

「強いんですか?」


先生と一緒に抽選会に行き、当たった相手を見る。


初出場の浦話だった。


あの沢木壮のいる高校だ。


「沢木は……化物です。直接やったことはないけど、ウチのエースの戸田が完全に抑えられたそうです」

「そうなんですか」


先生は俺の持っている紙を覗き込むようにして言う。


先生、近いです……!


先生のふんわりした栗毛が俺の体にかかる。


そんな俺の動揺をよそに美子先生がこちらに顔を向けてニコッと笑う。


「皆さんのほうが強いですよ!先生、知ってますから!」






「負けねえぞ」


負けるわけにはいかない。


今ここが、インターハイの舞台。


俺たちが活躍する場所。


ここまで頑張ってきた自分のためにも。


さっき声を飛ばしてくれた美子先生のためにも。


何が何でも、負けるわけにはいかないんだよ!


「3番チェックしろ!」

「3番オッケー!」


4Q残り3分。


点差は4点だ。


相手のオフェンス。


声を飛ばされ、俺は疲れきった体に鞭を打つ。


このポイントガードを止める。


そして……!


「っと」


この男、沢木壮を止める!


沢木にボールが行った瞬間にダブルチーム。


「っとと、危ないなオイ」


沢木は笑って俺と戸田の間を切り裂くようにドライブ。


「ッ!」

「止めろ!」


俺はギリギリでついていく。


「よっと」


沢木が右の島田にパスを出す。


「福田!マーク!」


声を飛ばす。


島田がシュートを放つ。


同時に福田が飛び上がる。


ブロックはできなかったが、シュートはリングに弾かれて、安田が獲る。


「安田ッ!」


俺は走りながらボールを呼ぶ。


縦パスが繋がる。


俺の前に植松が立ちはだかる。


「吉田、頼む」


俺は1回吉田にボールを渡す。


そしてエンドラインを走りぬけ、追いついた安田をスクリーンにフリーになる。


そこに吉田からのパスが通った。


俺はパスを受け、1歩下がって3pラインより後ろに出る。


そこから少し溜めて、放つ。


決まった。


打った瞬間に確信する。


そしてボールは美しい放物線を描き、リングを通る。


「「「「「よっしゃあああああ!!」」」」」


全員の声が重なる。


「夕くんすごい!」


美子先生の声が聞こえる。


俺はそれだけでさらに頑張れる。


相手のオフェンス。


植松が持って上がり、俺はそれについていく。


「っはあ……はぁ……」

「ッ……」


お互いに息も切れて、体が鉛のように重い。


極限状態で戦っている。


植松がドライブを仕掛けてくる。


すさまじいスピードで、ペイントエリアに侵入してきた。


俺はそれをすんでのところで押しとどめる。


と、植松がノールックで肩越しに後ろ向きにパスを出した。


それに反応したのは相手の部長。


そいつが安田の手を払いのけて押し込んだ。


決まる。


これで3点差。


そこから俺たちは1本返して1点差に詰め寄る。


そして、戸田が沢木を止めた。


沢木はなんとか左のフックシュートで決めようとしたが外した。


「タイムアウト!!」


美子先生の声が響く。



「どうする!?最後誰が打つ!?」

「どうやって決めるんだ!」

「戸田は……沢木がいるから……」

「ここは夕先輩が!」

「みんな」


俺たちはどうしようと興奮しているところへ、美子先生の声が響く。


「目を閉じて」


俺たちは何も言わずに言うとおりにした。


目を閉じる。


それだけで、気持ちが落ち着いた。


「どう?」

「俺が行く」

「ああ、そうだな」


最後は、俺が決める。




ラストオフェンス。残り15秒。


決めれば逆転、外せば負け。


俺はドリブルをついて時間を潰す。


植松と睨み合う。


そして、残り7秒で動き出した。


突っ込む。


植松がついてくる。


かまわない。それでも切り込む。


残り4秒。


俺は右手1本でのフローター気味のシュートを選択した。


打つ、ふりをした。


俺のフェイントにつられて植松が飛ぶ。


残り2秒。


俺は今度こそシュートを放つ。


残り1秒。


視界の横から手が飛び出してきた。


そして沢木が視界に飛び込んでくる。


俺の放ったボールは沢木にブロックされた。


ブザーが鳴る。




side喜美


ラストオフェンスが失敗し、試合が終了した。


途端に、千里山のプレイヤーが崩れ落ちる。


拳で何度も床を殴りつける。


人目もはばからず号泣している。


「ああああぁぁぁああああぁぁ!!!」


だが、そんな千里山のプレイヤーを顧問が抱き上げる。


何かささやいて、プレイヤーは何度も頷き、そして顧問に抱きついて号泣する。


「……お前ら、整列しろ」


そこに、自力で立ち上がった千里山のキャプテンが声をかけた。


その声に反応し、皆が顔をグチャグチャにしながら、でも確かに立ち上がる。


「「「「「ありがとうございましたっ!!」」」」」


そしてしっかりと挨拶。


会場はそんな彼らの健闘を称えて拍手が沸き起こる。


最後に千里山のキャプテンと兄さんが何事か言葉を交わして、2校は下がっていった。


こうして兄さんの初戦は幕を閉じた。


1回戦


浦話113-112千里山

1話で終わりとは……


美子先生。惜しい人を失くした……


今回は相手側の描写もいれてみました。


まぁ相手だって負けたくない理由はあるし、それは主人公よりも強くてカッコいいものだったりする。


でもそれは、勝てる理由にはならないということです。


相手側から見たら沢木は悪魔でしょうね。


自分たちの願いを簡単に踏みにじっていくんですから。

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