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沢木家の芸術家

それは

見えぬものを

触れえぬものを

表現する者

配点(絵描き)

side沢木


俺達は世間一般で言うところの夏休みに入った。


夏休みに入った最初のほうに両親から海に行かないかと誘われたのだが、断った。


理由は簡単。


俺が2度と海を見たくないような心境だったからだ。


ウチの学校には臨海学校というものがある。


臨海学校と言っても皆が想像するような楽しさはない。


本当に。


1度海に入ると最低1時間は陸に上がれない。


ひたすら泳がされるのだ。


それも朝8時くらいから夕方5時まで。


そして夜は教師の講演会。


飯は驚くほどマズイ。


おいしくない、ではない。


不味いのだ。


冷えたご飯。我慢できる。


冷えた八宝菜、まぁいいだろう。


冷えた味噌汁。テメェはダメだ。


しかも寝る環境も最悪だ。


狭い部屋に10人ほど押し込んで雑魚寝である。


部屋は砂だらけ。


冷房なんて気の効いたものがあるわけもなく。


それどころか網戸すらなく。


ひたすら虫にうなされることになった。


そして最後のトドメとして男だけ。


起きても男寝ても男。


男子校の面目躍如。


もう本気で逃げたかった。


そんなことが4日も続き、浦高の生徒は全員こう思った。


2度と海に来たくねぇ……




そんなわけで海は断り、俺達はホームタウンで夏休みを過ごしている。


練習もさらにきつくなり、みんなゲーゲー吐いている今日この頃だ。




そんな中、夏休みの宿題ということで喜美が絵を描きはじめた。


喜美が絵を描く、というのはすごいことだ。


我が妹喜美は、なぜか高校の美術の教科書に見開き2ページで特集組まれるほどの人物だ。


たぶん小学生のも、中学生のにでも載っているのだろう。


喜美は芸術に才能があるが、絵画に関してはずば抜けた天才だった。


教科書曰く、音の魔術師、ということだ。


音を絵で表現する。


それができてしまえる人物だという。


そんな喜美が絵を描きはじめると家がピリピリする。


というか喜美がピリピリして、家がそれに巻き込まれる。


喜美が絵を描いている時の世話係は俺である。


喜美は絵を描きはじめると自室から1歩も出ないような生活を送る。


それを俺がサポートしてやるのだ。


水を上げたり、食事を出したり引き取ったり。


俺はお前の執事か、という働きっぷりである。


集中して絵を描いている時の喜美は別人のようになっている。


集中を乱すものには容赦なく襲ってくる。


昔、俺が間違えて部屋に入ってしまったら喜美に窓から放り出された。


正気に戻った喜美が謝ったが、俺にトラウマを植え付けるには十分だった。


だが今ではもうわかっている。


喜美は調子がいいと騒ぐ。


大音量で鼻歌を歌い、足を踏み鳴らす。


反対に集中できず調子が悪いと押し黙る。


俺はそのタイミングを見計らって部屋に突入するのだ。


「おぅ、食事だぞ、喜美」

「あら兄さん、ちょうどいいところに来たわね」


喜美が振り返る。


目の下の隈が恐ろしいことになっている。


「調子が出なくて気分転換したいタイミングだったのよ」

「そうだろうと思ってな」


俺は夜ご飯なのか朝ご飯なのかよくわからないものを出す。


ちなみに現在午前3時。


意味がわからない。


俺まで不眠不休である。


「というか何書いているんだお前?」

「あら、わかるかしら?」


キャンバスに描かれた絵はとんでもないものだった。


「え!?なんでこれ電灯光ってるの!?」

「光ってるように描いたからだけど……」

「いやいや!絵で描けるレベルじゃねえだろ!?お前音の魔術師じゃねえの!?」

「別にこれくらい普通よ」


えぇ。天才には何言っても無駄ですね。


描かれていた絵はバスケのシーンだった。


栄光戦の1場面を切り取ったものだ。


たぶん主観で描いている。


動きがわかる、熱気が伝わる。


ドリブルの音が聞こえる。


たぶんスピンムーブで楓を抜こうとしている。


視界がグルリと回っている最中だ。


右端にいるイリヤが叫んでいる。


「打って!喜美!」


ビックリして周りを見渡す。


当然イリヤはいない。


俺は絵に目を戻す。


左の端に沙耶がいる。


「こっち!」


あぁ、この時ボール呼んでたのか、沙耶。


また脳内で音声が再生される。


なるほど、これが……音の魔術師、という奴か。


「あとどれぐらいかかるの?」

「ぶっちゃけ手直ししようとすればいつまでも時間かけられるのよね、コレ」

「どこで妥協するか、か」

「いつまでもこんなことやって部活に支障が出たら嫌だもの」

「でもお前丈夫だな、それでも部活行くんだから」

「さすがにこれを言い訳にはできないわよ」


そう。


喜美は今までと違い、部活の時には外に出て運動するようになった。


まぁその疲労度は通常の比ではなく、いいのか悪いのか判断が分かれるところだが。


「まぁぶっちゃけ今日で終わらせようと思っているのよね」

「へぇ、いいのか?」

「修正はできるけど、どうせ小学生のコンクールだし。あんまり難しいもの描いても理解されないのよね」


お前審査員の人たちに喧嘩売ったぞ?


「それに日本代表としてコンクールに出展しなきゃいけないのもあるし。彫刻だから面倒なのよねー」


そうだった。コイツ、天才だった。


「何彫ろうかしらね。あ、いいこと思いついた」

「なんだ?」


悪い予感がしたが、それでも聞いてやる俺。


「兄さんを彫ってあげる」

「やめろ」

「いいえ、決めたわ。もう決めたわ」


そして機嫌よくなったのかそのまま猛烈なスピードで絵を仕上げていく。


後日、木を彫って作られた彫像がコンクールに出品され、最優秀賞を獲った。


『兄さん』という題名で彫られたソレは、現在外国のどっか有名な美術館に飾られているそうだ。


ちなみに、非常に生き生きとした躍動感に満ちた素晴らしい猿の彫り物だった。


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