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儀礼場の通過者達

ただの通過地点

それでも確かな場所

配点(旅立ち)

side織火


光陰矢の如し。孔子様はそう仰った。


その言葉、今ならよくわかる気がする。


「ここにも、もう来ないのかしらね……」


ひたすら前向きで過去など振り返らない親友が、そんな言葉をポツリと漏らしてしまうくらいには、今の私たちは感傷的になっていた。


卒業式を5日後に控えたある日のこと。


私と喜美は放課後に家庭科室を訪れていた。


最後だし、学校中を巡ろう。


なんて殊勝な理由があるわけもなく、いつものように喜美がやらかして、その後始末をしていたに過ぎないのだが。


それとも喜美はこうなることを狙って、オムレツを盛大にひっくり返したのだろうか。


おかげで現在、天井に張り付いたオムレツをこそげ落とす作業に追われている。


「喜美がそんなことを言うなんて、意外ですね」


「そうかしら?えぇ……そうね。私らしくない……」


机の上に置いた椅子の足を支えながら、喜美が呟く。


私はその椅子の上に乗って、懸命に天井を掃除しているので喜美の顔が見えなかった。


「楽しかった……のよね。やっぱり」


「そりゃそうですよ。楽しい時代でした」


「こんなに楽しい場所、他にないんじゃないかってくらい、楽しかったわ」


「他の場所を知りませんからね」


「これからも楽しいこと、ずっと続いていくのかしら?」


「楽しいと思いますよ、喜美」


「そう……そうよね」


天井に付いた卵を削り取り、ジャンプして一気に床に落ちる。


「っと、こんなものですか」


「そうね。これでいいでしょう。この調理室、散々迷惑かけちゃったけど。これでチャラね」


「こんなものでは相殺できないくらいのことを今までやらかしているような気もしますけどねぇ……」


「どれもこれも、楽しかったわね」


「そういえば喜美。答辞、ちゃんと考えてますか?」


「考えてないわ」


「なんのために私が譲ったと思っているんですか……」


普通答辞は生徒会長が読むものなのだが、今回は喜美がやりたいと立候補、校長に直談判、校長がゴーサイン、教職員胃痛というコンボが決まっている。


「答辞は、送辞を聞いてから考えるわ」


「それで何とかなるからすごいんですよ、喜美は」


常人の胆力ではない。


「何かを残して行きたいと思うのは、卒業生のエゴかしら?」


「そんなことないですよ。喜美の言葉、聞きたい人は多いと思います」


何だかんだ、ほとんどの生徒は喜美を好いている、尊敬している、畏怖しているの3パターンのどれかに当てはまる。


良くも悪くも、蓮里史上2度と現れないような人物だろうし、彼らの人生においても2度と現れることはないだろう。


誰もが望んでいるはずだ、喜美のことばを。


「喜美の答辞、私も楽しみにしています」


「先に言っておくけど、泣かないわよ」


「そうですか」


「泣くのは、文化祭でやったわ。2度ネタは許さない主義なの」


「笑うんですか?」


「高笑いしてやるわ」


「流石ですね」


きっと蓮里小学校での卒業式は、生涯忘れられないものになるだろう。






sideイリヤ


「それではお母様、行ってきます」


「行ってらっしゃい、イリヤ」


この学校に来て最初の数ヶ月。


陰惨な地獄を見た。


こんな学校、辞めてやると、殺意をこめて校舎を見上げた。


それが数年で、こうも変わるものなのか。


「……これで最後、か」


今日は卒業式。


蓮里小学校を訪れる、最後の機会。


卒業したら、もうここには絶対に来ないつもりだ。


それは恐らく、皆がそうである。


昇降口に入り、靴を脱ぎ、下駄箱に入れて、上靴を取り出して、履く。


何千回と繰り返した動作が、今はたまらなくいとおしい。


いや、中学に上がってもどうせやることになるんだけど。


階段を上がり、自分の教室へ向かう。


思い出が詰まった我が教室。


扉は既に開いていて、中が見えた。


みんながそこにいた。


今日の私はゆっくり歩いていたので、遅くなったらしい。


「みんな、おはよう」


「お、イリヤじゃん。おはよう」


「おはよー、可愛いね、その洋服」


「うん。卒業式だからね。とっておきだよ」


きているのは、薄紫のブレザーに白のスカート。


好きな色の組み合わせだ。


まぁ目立つ。


でもいいじゃん、これが私なんだから。という余裕が、ここでの生活で身についていた。


「おはよう、イリヤ」


「おはよ」


机にランドセルを置くと、沙耶と咲が寄ってきた。


「おはよう。沙耶、相変わらずそういう服は似合うね」


「そうでしょ」


「先生と間違われても仕方ないレベルだよ、それ」


沙耶はスーツを着ていた。


可愛げがないかもしれないが、それが沙耶っぽい。


反面咲のほうは、フリルでふりふりの可愛らしい洋服だった。


「喜美と織火は、もう体育館?」


「うん。なんか打ち合わせがあるとか言って。けっこう前に行ったよ?」


あの台風コンビが目の届かないところにいるのは若干、いやかなり不安だ。


この卒業式という大舞台で、あの喜美が何をするのか想像がつかない。


「確か答辞が喜美の受け持ちになったんだよね。大丈夫かな?」


「大丈夫でしょ」


沙耶が鼻を鳴らして答える。


「絶対に外さないわよ、喜美は」


「なんだかんだ、やってくれる」


2人は無条件に信頼しているようだ。


ま、私もあまり不安はないのだけれど。


はやく卒業式になってほしいという思いと、もう少しここでみんなと話したいという思いが絡み合う。






side喜美


体育館で先生たちと打ち合わせをした。


先生たちは一様に私を見て、


「ああ、さらば胃痛の日々よ……」


「胃薬代、出世したら返せよ」


などなど言いたい放題であった。


しかしそれでも来るものはあるらしく、


「俺の人生、お前のような生徒を受け持つことができてよかった……!」


「沢木。精進しろよ」


「6年間、楽しかったわ」


と、涙ながらに握手してくる先生たちもいた。


「何よ、泣くのは早いわよ先生。私の答辞で泣いてもらわなくちゃ」


「言いますねぇ、喜美」


呆れたように言う織火を軽く睨んで黙らせる。


「まぁ、今回は何も文面考えてないから、どうなるかわからないんだけど」


「ということで、何か突拍子もないこと言うかもしれませんので。それでは先生、また後で」


と織火が話を切って立ち上がる。


私も席を立ち、先生に一礼をする。


「先生。6年間、ありがとうございました」


「……泣かせるなよ、問題児」


胃痛の最たる被害者だった教頭が、ポツリと呟いた。


織火と2人、教室に戻る。


教室のドアを開けると、みんなが座って待っていた。


「……アンタ達、覚悟はいい?行くわよ」


返事は1つ。


「「「「「押忍ッ!!」」」」」






side織火


卒業式が始まる。


プログラムどおり、つつがなく進行していく。


そしてついに、送辞、答辞になった。


5年生の1人が在校生代表として、壇上に立つ。


緊張したように、対面にいる喜美の目を見る。


そしてその5年生は大きく息を吸い、


「送辞。


6年生の皆様、ご卒業おめでとうございます。


先輩たちとは、私たちが入学してから5年間を共に過ごした仲です。


先輩たちはアグレッシブな人が多く、なるほど、これが上級生というものか、と驚く毎日でした。


まぁ後々、それが蓮里だけの特殊例であることがわかるのですが」


この5年生も在校生代表に選ばれるだけの傑物であるようだ。


「先輩たちは、偉大でした。


様々な行事において、常に超えなければならない、でも決して超えられない高い高い壁でした。


私生活においても、先輩たちの気合の入った活動は常に見てきました。


流石に先輩たちのように、とは行きませんが、多くのことを学び、多くのことを成し遂げることができました。


私たちにとって、先輩たちは特別な存在です。


私たちは一生、先輩たちを目指し、超えます。


ですから先輩たちも、私たちにそう簡単に超えられないように、中学へ行っても精進してください」


そこで言葉を切り、ニヤッと笑う。


「返事はッ!?」




「「「「「おおおおおおおおおお押ッ忍!!!」」」」」




その子の気合に、6年生全員が全力で答えた。


その子は笑顔で礼をして、送辞を終えた。


そして、喜美の答辞が始まる。


「いい気合だったわ、アンタ。


いい目だわ、アンタ達。


全員、私たちの後輩として、恥ずかしくない人物になったわ」


喜美が体育館にいる5年生を睥睨する。


「いい学校だわ、ここは。


身内びいきかもしれないけど、私はそう確信している。


この日本、いや、世界において、蓮里を越える学校はないわ。


私はそう信じている。


信じられるくらいの学校にしたつもりよ。


それくらい、この学校が大好きよ、私」


フッと笑顔になる喜美。


しかし、と少し険しい顔つきになる。


「でもね、私はもう2度とこの学校に帰ってくるつもりはない。


私だけじゃない、みんな、もう2度と帰ってくるつもりはないと思うわ」


その言葉に、6年生の全員が頷いた。


「私たちはタイムカプセルは埋めない。


ここに帰ってくるべき理由は作らない。


だって、ここでの思い出は濃すぎるから。


気を抜けば、いつまでもここでの思い出に浸っていられる。


それくらい、すばらしい場所だから。


だから私たちは帰らない!


絶対に過去を振り返ったりしないッ!


口が裂けても、あの頃がよかったなんて言いたくないッ!」


6年生の全員が頷く。


私もその1人だ。


「私たちはここでの思い出に縛られない!


ここでの思い出が色あせるくらいの、そんな最ッ高に素敵な中学生活にしてやるわよッ!


私たちがメッチャ楽しそうなのを、ここから眺めていなさい!


悔しい?悔しいでしょう?


悔しかったら!」


そこで大きく息を吸い、目の前の在校生代表を睨みつける。


そして、


「私達を超えなさいッ!アンタ達ッ!!」


喝ッ!という勢いの轟音だった。


そのあまりの音量にマイクは機能せず、体育館は静まり返る。


喜美は不遜にステージの5年生を見下ろし、


「返事はッ!?」


「「「「「押忍ッ!」」」」」


「声で負けてるわよッ!」




「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっす!!!」」」」」




先ほどの私たちを超える返事が返ってきたことに満足して、喜美はマイクの電源を切った。


そしてマイクを使わず、素の声で、


「以上よ。卒業生代表、沢木喜美の言葉。胸に刻みなさいッ!!」


そう叫ぶと、壇上から降りた。


それが、喜美の答辞であった。








side喜美


送辞答辞が終わると、あとはあっけないものだ。


卒業証書の授与はクラス単位で行われ、30分ほどで終わった。


そして校歌を歌い、退場。


本当にあっけないものだ。


感動の退場、6年生で泣く者は1人もいなかった。


だってこれから先、もっと面白いものが待っているのだから。


泣くなんてありえない。


教室に戻ってもみんな、笑ってお互いに喋っていた。


大半は近くの公立校に進学することになるが、私立へ進学する人もいる。


そういう人たちとは、ひょっとしたら最後の別れになるかもしれない。


でも、笑いあっている。


「ねぇ喜美。写真撮ろうよ。みんなでさ」


という沙耶のひと言で、写真だけは撮ったが。


後で織火が配送に頭を悩ませることになるだろう。


教室での連絡事項も全て終わり、織火の号令で全員が起立した。


「ありがとうございました」


「「「「「ありがとうございました!!」」」」」


「さようなら」


「「「「「さようなら!!」」」」」


いつもの挨拶、全力で叫んだ。


「頑張れよ、みんな」


先生の激励に、全員が力強く頷く。






外に出ると、兄さんが待っていた。


「よ、喜美」


「あら、兄さん。卒業式にはいなかったのに」


「まぁな。出るほどでもねぇだろ。でも、この校舎に挨拶だけはしたくてな」


「なるほど、それもそうね」


「あ、壮!」


「お兄さん、来ていたんですか」


「壮、終わったよ」


「コーチも、これで蓮里最後ね」


みんなでしゃべりながら兄さんのほうに寄る。


「そうだな。これで、最後だ。だから、最後に一礼するぞ。で、振り返らない。いいな?」


「「「「「了解」」」」」


「よしッ!じゃあお前ら、気をつけ!礼!」


「「「「「ありがとうございました!!」」」」」


校門で、校舎に向けて礼をする。


そして校舎に背を向ける。


「ねぇ壮、このあと暇だよね?パーティーしようよ!」


「宴会ですね!ひゃっほう!」


「私、焼肉がいいなぁ」


「手巻き寿司に1票」


じゃれあいながら、それでも振り返らないみんなの背を見て、フッと笑う。


そして心の中でもう1度。


ありがとう、蓮里。


それだけ呟いて、私も駆け出した。

次回で最終話となります。

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