夜間の努力者
本当の強さとは
誰にも見えない
配点(努力)
side沢木
あ、ありのままあったことを話すぜ……!
片づけを健二たちに押し付けてよっしゃーとか思って気分よく校庭で逆立ちをしていたら突然ケツにすさまじい衝撃が襲ってきたんだ。
それで倒れちまって、誰だよ!と思ってそっち向こうとしたら頭に紙袋をかぶせられてそのまま拉致されたんだ。
何を話しているのかわからねぇかもしれねぇが。
あれはSとかMとかそんなものじゃねぇ。
もっと恐ろしい性癖に目覚めちまうところだったぜ……
「で、なんで俺を拉致した?楓?」
「あんたお菓子作ってくれるって言ったじゃない」
紙袋かぶせられたあたりで本気だそうかと思ったけど、その後俺を連れ去ろうとした手がか細い小学生女子の手だったので俺はおとなしく連行されることにした。
階段でずっこけること5回、誰かに見つかりそうになったこと3回。
誰かに見つかったこと1回。
そこまでの犠牲を払って自室に俺を連れ込んだのはよりによって楓だったのだ。
しかもそんな理由かよお前……
「いいから早く作ってよね!」
「へいへい。ここまできたらもうやってやるよ」
俺は楓の部屋の冷蔵庫を見る。ふむ。材料があることにビックリだ。
「っていうかここ相部屋じゃないのか?もう1人はどうした?」
「今シャワー行ってるのよ」
「……」
それって後々風呂上りの女子が帰ってくるということではないか?
その子のトラウマになりそうなんだけど。
「それにしてもお前そんなにお菓子が好きだったのか」
俺のあの発言は小学生ならお菓子大好きだろ!という短絡的思考のものだったのだが。
「そうよ。甘いものは好き。それに、アンタとも少し話したかったし……」
「ハッハッハ!やっぱ惚れたか?」
「そんなわけないでしょ変態野郎」
にべも無いな。
「アンタのおかげで先生に褒めてもらえたし。アンタにアドバイスもらえばもっと強くなれて、もっとほめてもらえそうだから」
……楓も、やっぱり努力しているのだな。口ではあんなことばかり言っているけれど、やはり全国常連のエースというのはとんでもない重責に違いない。
それでも必死でもがいて、もっと強くなろうとしている。
「まったく、素直じゃねえな」
「うるさいわね」
楓の頭を撫でて、脛を蹴られる。
痛えなオイ。
「そんな貴様にクッキーだ」
まず焼いたクッキーを出す。
俺の調理スキルを持ってすればクッキーなど10分もあれば出来上がる。
「おいしそうね。いただきます……ぶうっひええええ!?」
楓が珍妙な叫び声を上げる。
「何よこれ!」
「おお、1枚目から当たりか。運がいいなお前。10枚に1枚胡椒クッキーを混ぜたんだ。スリルあるだろ?」
「ねぇよ!」
それから暫く楓はバスケのことだけでなく、自分の日常のことも色々話してきた。
そして話題が勉強のことに移ったあたりでそのシャワーに行っていたという子が帰ってきた。
楓の中ではシャワー=風呂なのか。
「だ、誰ですの!?」
バスタオル1枚のその半裸に俺は手を合わせた。
「ごっつあんです!」
本日2度目のハイキックが炸裂した。
バカな……タオルの隙間から……ショートパンツを穿いているなんて……畜生!
「それでですね。やはり特殊な学院ですから男の子の友達もまったくできないんですの」
「ふーん」
「でもでも、この前大会に行ったとき会った男の子とですね」
「へえ」
「ちょっと聞いてますの?」
そこからその子の恋愛相談だった。
知らない。中学のときはモテナイーズ筆頭として有名だったし、高校は男子校だ。
小学校の頃は
「沢木!野球しようぜ!」
とか言う女子とばかり友達だったのでそういうスウィートなことは知らない。
そして厄介なのは電話で俺が楓の部屋に来ていることを知った硯谷のみんながわらわら集まってきて抜け出せなくなったことだ。
「壮さんみたいなお兄さん欲しかったです」
「あ、あの……お兄ちゃんと呼んでも……」
俺にはイリヤという嫁がいる。
こういう状況は浮気のように思われてイリヤから不誠実だと思われるかもしれない。
ヤバイ。それはヤバイ。俺は携帯でイリヤに電話を掛けた。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「イリヤ!俺がすきなのはイリヤだけだからな!いつか伝説の木の下で告白してやるからな!覚えてろよ!」
「いや、それどこ?お兄ちゃん。それにお兄ちゃん。なんだか電話口から他の子の声がするんだけど、誰かなぁ?」
ハッと気づいて回りを見ると4人くらいが
「誰と電話しているの?」
と通話口に耳を当てようとしている。
それで姦しく喋るのだからイリヤじゃなくても気づく。
「えぇっと、これはだな。イリヤ。違う、違うんだ」
「……ねぇ、お兄ちゃん。だぁれ?その子。まさか、硯谷の女の子、な訳ないよねぇ?」
「ひいっ!」
「お兄ちゃん、今どこにいるのかなぁ?イリヤ、お兄ちゃんに会いたいなぁ?」
「いいいいいいイリヤさん?落ち着こうよイリヤさん」
俺もう敬語。それでも空気を読まない硯谷の子はしゃべるしゃべる。
「ねぇ壮さん。この子誰ですか?」
「あ、彼女?」
「お兄ちゃん。イリヤのこと、お嫁さんにしてくれるんじゃないの?」
「そ、そうだぞイリヤ!お前が一番好きだ!」
「ふぅん。それじゃあ2番はだぁれ?3番はだぁれ?好きな人、あと何人いるのかなぁ?」
怖い!怖いよイリヤ!こんな側面があったなんて知らなかった!
そんな嫉妬深い面も大好きだけどやっぱり怖いよ!
「い、イリヤさん。後でなんでもいたしますので、どうか今はお見逃しください……」
「ふぅん。何でも?今何でもって言ったよね?お兄ちゃん」
「は、はい……」
「楽しみだなぁ。それじゃあね、お兄ちゃん」
ブチッ!
俺が人生で聞いた電話の断絶音の中でこれほど強烈な音があっただろうか。
俺は呆然としたまま硯谷の子達に髪を引っ張られたりして遊ばれた。
side健二
片付けが終わって、知美に食後の散歩に行きませんか?と誘われた。
まだ寝るような時間でもなかったから快諾した。
そして少し歩くと足音が聞こえてくる。
「何ッ!?」
お化けかと思ったらしい知美がぎゅっと手を握ってくる。
それがコートでの凛とした表情とギャップを生み、すごくかわいらしい。
「あらあら、熱いわねぇ!」
現れたのは蓮里の喜美、イリヤ、織火、沙耶だった。
4人は凄い汗をかいている。
「は、走ってたの!?あれからずっと!?」
「あれからってちょっと前じゃん」
沙耶が苦笑する。
「今日も、練習して。それでもまだやってるのか?沢木の指示なのか?」
「お兄ちゃんには許可をもらっただけだよ。今日の練習だけだと物足りないし」
硯谷の練習がそれほど楽だとは思えないのだが。
「もしかしていつも」
「はい。練習が終わってお兄さんの家に行くときは走っていきますから」
「咲は?」
知美が聞く。
「咲はたぶんどっかでシュート練習。どっかゴールを設置できるような木を探しに行ったんじゃないかな?」
沙耶がそう答える。
「じゃあねご両人!熱い夜を!」
「あ……」
そして喜美の言葉で4人は走って行ってしまった。
「健二さん……私、もっと頑張らないと」
知美が意気込む。
その後帰ってテントで寝る準備をしていた時に4人が帰ってきた。
みんなイリヤを怯えた目で見ていたのは何故だろう。
そして沢木がパンツ1枚で、テントの外でずっと正座しているのは何故だろう。
俺は目をつぶって現実を見ないことにした。




