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予感咲き場の憂い人

不思議な違和感

高鳴る期待は

何を求める

配点(予感)

side織火


「うむむ……」


「えー、というわけでね。このマイナスという概念なんだけど……」


「ぐぬ……」


「こう、棒線を描いてみるとわかりやすい……」


「ぬおおおおぉ!」


「喜美。少しは話を聞いてあげましょうよ。先生可哀相ですって」


先生の目が厳しかったので、後ろを振り向いて喜美を注意する。


喜美は紙に何か文章を書いているところだった。


「……今度は何の仕事ですか?」


「香水のレビューよ。えぇい知るかッ!自分で使って確かめなさいよ畜生ッ!私に合ってもアンタに合うって保障ないでしょ!?」


「喜美!喜美!ぶっちゃけてる場合じゃないですよ!」


「うがあああぁ!終わらない!何この殺人的な仕事量!?私を殺す気!?殺す気なんでしょう!?わかってるわよこれが沢木家を潰そうとする陰謀ってくらいね!」


「喜美、落ち着きましょう」


「落ち着け!?落ち着けですって!?このレビューは今日中というか放課後までに!インタビューの答えは5時まで!書いてるエッセイのほうも6時ッ!そして今描いてる絵は今日中よッ!?死んだ!ハイ私死んだ!」


喜美……もう哀れむしかないですね。


「耐えられるか畜生ッ!もういいわよアトリエのほうに行くわよッ!あの山奥で死ぬほど仕事してから帰ってくるわよ!織火!アンタも来て頂戴!」


「無茶言わないで下さいよ」


喜美がガンガン机を拳で叩きながら叫ぶ。


クラスのみんなも事情はわかっているので、喜美を糾弾することもない。


「織火、お願いよ。アンタだけが頼りなのよ。いつも手伝ってくれるじゃない?給料も弾むわよ?ねぇ?ねぇ!?」


「やめてくださいよ喜美。それに私、本当に無理なんですって」


「何でよ」


「いやぁ、近くの塾の人に受験してくれって頼まれまして」


「はぁ?受験?」


「ええ、受験です。数が稼ぎたいみたいで。私、昔にお世話になった塾ですから断れないんですよねぇ」


それに、ちょっと興味があるのも事実だ。


自分の実力がどこまで通じるのか確かめたくもあった。


「え?ちょっと織火、聞いてないわよ?どういうこと?え?もしかして中学は……」


「そんなわけないじゃないですか。ただの実力試しですよ。でも、勉強しないで乗り込むわけにもいかないですからね。1週間くらいは勉強漬けです」


「マジで……」


「咲や沙耶に頼んだらどうですか?」


「咲も沙耶も慣れてないでしょう?下手に手伝わせても、2人も大変だし、私も大変なだけよ」


「じゃあ1人ですね。イリヤも四天王会談ですし」


「うがあああぁ!どこかにヒマで有能な人間転がってないかしら?アトリエにもう1人欲しいわ……」


「そんな都合のいい人間、いるわけないじゃないですか」


「ま、そうよね。あああぁ……この歳にして過労死するのね、私は……」


「受験終わったら手伝いますから。それまで頑張って下さいよ、喜美」


「ええ、そうするわ……」


この時、私も喜美も予想していなかった。


まさか本当にヒマで有能な人間が転がっているなんて。







昼休み。


咲と沙耶は2人で遊びに行き、私は喜美の仕事を少し手伝っていた。


「……喜美、これ速くじゃなくて早くですよ」


「あら、ありがとう」


「あと誤字脱字がメッチャ多いんですけど。逆に能率下がってません?」


「仕方ないでしょ。そこまで気を回す余裕がないのよ。とりあえずこっちで大雑把にやって、あとは校正さんに丸投げするわよ」


「それ校正さんに申し訳ないですって」


校正さんの胃のために、ここは私がチェックするとしましょうか。


「っていうか喜美、英語の文も書いてたんですか」


「私それ感覚で書いたから、文法ミスの指摘お願いね」


サラっと頼みますねぇ。


しかも本当にミス多いですし。


2人であーあー言いながら仕事をしていた時だった。


「え、えっと、喜美さん」


「あぁ?」


唐突に声がかけられた。


喜美は仕事続きでささくれ立っているようで、非常に怖い声で返事した。


「あら、結城君じゃない。どうしたの?」


喜美に声をかけたのは、6年になった時に転入してきた結城君だった。


珍しいこともあるものですね。


男子で喜美に自ら声をかける猛者は最近めっきり減ってしまった。


誰も自分から地雷を踏み抜きに行く勇気はない。


しかも爆発する確率がほぼ100%の地雷だ。


「き、喜美さん。さっき、お手伝いが欲しいって言ってたよね?」


「あら、そんなこと言ったかしら?」


「喜美、ついさっき言ってましたよ。どこかにヒマで有能な人間が転がってないかって」


「あぁ、言ったわね」


ポンと手を打って喜美が思い出す。


そして仕事の手を休めることなく、結城君の顔を見る。


「それがどうかしたの?」


「うん。それ、僕を雇ってくれないかなって」


「あら、そう。アハハ、いいんじゃ……はあああぁ!?」


「ゆ、結城君!?大丈夫ですか!?頭打ちましたか!?さっきの給食にヤバいもの入ってましたか!?」


「入ってないよ?」


「喜美!至急病院に連絡して下さいッ!自分から喜美の手伝いを申し出る人間がマトモな訳ありません!」


「ええ!私自分で言うのも何だけどありえないと思うわッ!自分から腹空かせたライオンのいる檻に生肉持って入るようなものよね!?全裸でッ!」


「なんで全裸?」


「そこッ!冷静なツッコミしないッ!」


「ご、ごめんなさい」


喜美がケータイを取り出し、病院に連絡をする。


「あ、もしもし。ええ、そうよ私よ。いえ、違うわ私がやったんじゃないわよ。間接的でもないって。何か私の手伝いをしたいって男子が……あ、大丈夫?え?至急救急車回す?あら、助かるわ。なるべく早くお願いね」


「なんか僕の知らないところで何かが始まって終わったような……」


「平気ですよ、結城君。病院に行ってちょっと頭をビリッとすれば治りますから」


「落ち着いて、喜美さん、織火さん」


結城君が苦笑いしながら私たちの肩に手を置く。


「大丈夫。僕、正気だから」


「狂ってる人は自覚がないものよ」


「流石。狂ってる人が言うと説得力ありますね」


喜美に手を叩かれた。


ちょっと痛かった。


「いい?結城君。貴方が今からやることは1つよ。水道に行って顔を洗って来なさい。さぁGo!」


「う、うん!」


結城君が飛び出して行く。


「ふぅ、これで正気に戻るかしら?」


「いやぁ、戻るとは思えませんねぇ。重症みたいですから」


「洗ってきたよ」


と、すぐに結城君が帰ってくる。


「あら、何かしら?結城君?」


「僕に手伝わせて欲しいな」


「ダメです喜美ッ!やっぱ治りません!」


「仕方ないわね。救急車が来るまで私たちで抑えていましょう」


「僕、正気だってば……」






「というか、何で私の手伝いしたいわけ?」


どうやら狂っている訳ではない、ということが判明したため病院に撤回の連絡を入れた。


病院の方からはしきりに検査の要求があったが、大丈夫だからと断った。


「僕が、喜美さんの手伝いをしたかったから」


「理由になってないわよ。それがどうして?って聞いているの」


「それは……」


喜美の追求に結城君も押され気味だ。


ちょっと援護射撃でもしてあげますか。


「いいじゃないですか、喜美。アシスタント欲しいっていうのは事実なんですから」


「さっき私はこう言ったのよ。ヒマで、有能!OK?有能よ有能!YouKnow!?」


「うん、わかってるよ」


英語のほうもわかったらしい。


「具体的に言うと織火並に有能でないと困るわ」


「喜美、それを人に求めるのは酷ですって」


自分で言うのもアレですけど、私くらい喜美の世話ができる人間はいないと思う。


「大丈夫。僕、できる」


「あら」


「おやおや」


思ったよりしっかりとした答えが返ってきてビックリする。


結城君ってこんな人でしたっけ?


「喜美、じゃあちょっと試験してみたらどうですか?それで喜美が納得すれば雇うってことで」


「そうね……えぇ、それでいいわよ。いいわね?結城君?」


「僕はいいよ、喜美さん、織火さん」


「ではこうしましょう。これ、今私が書き終えた香水のレビューなんだけど」


と、喜美が書いていた手を止めた。


まさかこの女、話しながらずっと書いていたんですか?


「文章に間違いがないか、チェックしてくれないかしら?ちなみに、わざと間違いを入れたから、間違いなし、なんてことはないわよ」


「ええ、そうですね」


チラッと見ただけで間違いが大量にある。


こんなの出したら担当の人卒倒しますね。


「制限時間は10分。どう?」


「喜美、10分は無理ですよ。私で……まぁ10分ですね。いや、9分54秒くらいですね」


「私は織火と同レベルを求めているのよ。やるの?やらないの?」


「やるよ」


短く、小さい声。


でもしっかりとした返事だった。


「じゃあ始めるわよ」


喜美が携帯を取り出し、タイマーをセットする。


「よーい……ドン!」


合図と共に結城君が文章を読みはじめる。


私と喜美も10分間ボケッとしているヒマはないので、それぞれ仕事を進めた。


そして10分が経ち……


「あら、終わりね」


タイマーが鳴り、試験終了を伝えた。


結城君が紙を置いて、手を離す。


「じゃあ織火、チェックお願いね」


「はいはいっと……」


その紙を手にとって、ザッと読み流す。


結構赤が入ってる。


わぁ、意外ですね。


こんなに直せるとは思いませんでした。


「どう?織火?」


「そうですね。専門用語の間違いなんかは指摘出来ないみたいですね。若干漏れもありますし」


「じゃあ」


「でもコレ、喜美がわざと間違えたんですよね?もし喜美が本気で書けば、たぶん全部チェック出来ると思いますよ?」


「……ふぅん」


喜美はまだ納得いかない、という顔をしている。


しかしアシスタントがいなければ喜美の死は必至。


何とかして認めさせなければ。


「喜美。結城君、思ったより優秀ですよ?それに喜美。お金で雇った人よりはよっぽどいいと思いますよ。信用的に」


「それもそうね……」


結城君は黙って結果を待っている。


こういう寡黙さも、なかなか喜美にはピッタリだと思いますけど。


「……結城君。料理は出来る?」


「出来るよ」


「掃除は?」


「大丈夫」


「洗濯」


「平気」


矢継ぎ早に質問していき、結城君もその全てに即答する。


というか喜美、そんなこともやらせる気ですか……


「……親の許可は?言っておくけど、京都の山奥のボロくて小さい庵に1週間くらい篭ることになるわよ」


そこで結城君は、少し笑った。


「平気だよ。全然平気。絶対に許可は降りるよ」


……何かやけに断定形ですね。


そんなことを頭の片隅に入れておく。


「……明日よ」


「え?」


「明日の朝に出発よッ!始発の新幹線に乗って行くわよもう決めた今決めたわッ!荷物も今日中に送るわよ!結城君ッ!」


「は、はい!」


「明日朝5時に1週間生きられる装備を整えて私の家に来なさいッ!」


「はい!」


「遅れたらその場で腕立て100回よ!いいわね!?」


「うん!」


「よし解散ッ!」


「うん!」


結城君は機嫌よく自分の席に戻って行った。


今教室に私達しかいなくてよかったですね。


他の男子が聞いていたら大変なことになっていただろう。


全員が結城君を引き止めようとするに違いない。


喜美と2人で1週間。


それなんて罰ゲーム?って感じですからね。


「……それにしても、意外だったわ」


「ええ、そうですね。私もあまり予想していませんでしたよ」


「なんでかしら……私に惚れたのかしら?」


「ハハハ、冗談は胸だけにしてくださいよ、喜美。喜美の本性知ってるクラスメートが喜美に惚れるわけないじゃないですか」


「フフッ、そうよね。ということは……」


たぶん喜美も私と同じことを考えている。


頭がキレるというのも考え物だ。


余計なことまで思い至り、人の隠していることを暴いてしまう。


「ま、意識するヒマもないと思いますけどね」


「ええ、そうね」


喜美がさっきの香水レビューを写真で撮ってメールで送りながら呟く。


「ま、せいぜい使い倒してやるわよ」


「あんまりいじめないで下さいね」


「フフフ、無理言わないで頂戴。あんないじめがいのある子、なかなかいないわよ」


笑いながら、喜美は仕事を片付けていく。


「ほどほどにしてあげてくださいね」


「織火も、私の手伝いサボるんだから、キッチリ受かって来なさいよ」


「はいはい。わかってますよ」


「でもあの子、」


と、喜美はそこで頬杖をついて窓から外を見る。


本当に、美人って何やっても絵になるんですね。


そんなことを思っていたら、喜美が小さな声でポツリと呟いた。


「なんか、私と同じ匂いがするのよね」

ついに結城君、登場です。


次回は喜美と結城君の京都旅行の話です。

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