最終地点の狂姫
心に焼きつく放物線
耳に残る静寂
そして世界は動き出す
配点(決着)
sideメリル
「「「「「うおおおおおおぉ!!」」」」」
いい……いいですわよ!
この会場の盛り上がり!
全員が私に注目していますわ!
「ナイス!ナイスというか最高ッ!完璧ッ!」
ベンチに戻る間に4人が飛びついて来る。
「よく決めたわ!よくやったわ!」
「流れ完全にこっち!勝てるよ!」
アル、無表情で頭撫でるのは怖いですわ……
「助かりました」
「ええ、アル。次は決めて下さいね?」
「はい」
正直、アルが外すとは思っていなかった。
クラッチシュートを外したところを見たことがなかった。
それだけ喜美さんが強かったということですのね。
ショットをボケッと見ていた蓮里の間隙をくぐり抜けた。
最悪の場合、万が一。
あるわけないのだけれども、もしアルが外したら。
そう思い、体が動いた。
その結果がこれだ。
もし蓮里が私に気づき、動きを封じていたら。
勝ちは蓮里のものだっただろう。
惜しかったですわね。
最後の最後、勝ちを逃しましたわね。
「よし。切り替えるぞ。オーバータイムだ」
大祐が手を叩き、全員の注目を集める。
春沼初めてのオーバータイム。
でも、私は、そして恐らくアルもリールも経験しているはずだ。
「素直に行くぞ。ここまで来たら気力の勝負だ。1本だって抜かせない!」
「「「「「Yessir!」」」」」
「ファーストオプションをアル、セカンドオプションはメリルだ」
「はい」
「了解ですわ!」
セカンドオプションであることに文句はない。
ウチのエースは押しも押されもしないのだ。
だからこその世界最強。
「あともう5分だ!もうすぐだ!勝つぞッ!」
「「「「「Sure!」」」」」
「1、2、3!」
「「「「「Fight!」」」」」
side喜美
「気にするな」
兄さんは笑顔だった。
まぁ、これでキレていたら私達のメンタルがヤバかっただろう。
ミスった、とは私達が1番強く感じているのだ。
目の前にあった勝利を拾うことができなかった。
「気にする。切り替えだ。ここまでの内容、全部忘れるぞ」
「「「「「押忍」」」」」
「喜美、イリヤ、沙耶。お前らを中心に突き崩す。時間なくなったら喜美が持って、強引にドライブに持っていけ。ファール貰ってフリースローで稼ぐぞ」
「押忍!」
「咲、体力は?」
「微妙」
「ディフェンスに専念しろ。この時間に桜に決められるのはマズイ」
「押忍」
「織火は?」
「私も守り専念で」
「よし。ヤバかったらサイン出せ。すぐにタイムアウト取るからな」
「押忍」
織火と咲はかなり限界に来ている。
沙耶と喜美はまだ元気。
私も……うん、10分なら気合いと根性で何とかして見せる。
ダブルオーバータイムに入ったら死ぬと思う。
「テンション上げるわよ!気持ち作り直すわよッ!ここからもう1度勝ちを取るわよッ!」
「「「「押忍!」」」」
「蓮里ッ!」
「「「「ファイッ!」」」」
「蓮里ッ!」
「「「「ファイッ!」」」」
「蓮里ッ!」
「「「「ファイットオオオオオオオ!!」」」」
side琴美
この大会では初めてのオーバータイム。
体力的にも精神的にも限界を越えた戦いになる。
私も片手で数えるほどしかやったことがない。
全て勝利はしたが、異様に疲れた覚えがある。
それがこのレベルの戦いになれば……!
「喜美!」
「任せなさい……!」
最初の攻撃、蓮里はすぐに喜美に入れた。
喜美が片手でローポストの沙耶に投げ込む。
沙耶がパワードリブルで千里を押し込んで行く。
そのままゴール下に到達すると、リングから離れるように飛びながらのショット。
ゴール至近距離でのショットは危なげなく決まる。
「この時間にインサイドで決めれるっていうのは強いな」
「千里も弱くないんやけど。菫に比べたら楽なんかなぁ……」
谷さんがちょっとガックリしたように呟く。
まぁ谷さん、千里に結構押し込まれたからなぁ。
その千里がああも簡単に押し込まれると、やりきれないんやろうなぁ。
春沼は返し、メリルにボールを預けた。
リールは走らずに後ろのほうに留まっている。
「ディフェンス優先……というか単純に体力切れやな」
「ここまで散々動いとったからなぁ」
リールは最後の2分くらいで爆発できるように、今は抑えているのだろう。
そしてその分をメリルが担当する。
「余裕ですわね!」
流石にワールドクラス。
フォワードの体格、身長にも関わらずガードとしての技術さえ持ち合わせている。
しかも俊足で可愛くて胸も少しある。
言うことなしのプレイヤーやな。
メリルの相手である織火は、もともと実力のミスマッチがある上に、体力切れもある。
メリルはアッサリと織火を抜いてボールを運んでいく。
そして高めに上がって沙耶を外に引きずり出した千里に手渡し。
千里がボールを高く掲げて、コートを見る。
同時、桜とアルでスクリーン成立。
千里がアルに投げ入れた。
「ッ!!」
アルはそこでシュートフェイク1つ。
喜美を飛ばせて抜いた。
「ラァッ!」
無表情のまま、しかし確かに吠えた。
春沼の4人はもう声を出さない。
ただお互いに思い切り手を叩き合って戻っていく。
蓮里ももう声を上げない。
お互いに目を見て意志を疎通する。
お互い、チームとして最高の状態に達している。
全員が、何をすればいいかわかっている。
織火がボールを持ち、イリヤにパス。
イリヤがすぐにリールを抜く。
3pラインを割り、インサイドに侵入。
すぐにチェックに入った千里を見てキックアウト。
ノールックで、サインもなかった。
しかしイリヤの出した所ピッタリに喜美がいた。
「フッ!」
息を吐き出すのと一緒にショットを放つ。
角度のない所からの3pショット。
アルは沙耶のスクリーンに引っ掛かっており、千里は咄嗟に反応できなかった。
ボールがリングを射抜く。
「~~~ッ!」
唸りながら沙耶とハイタッチ。
ホンマ、誰も外さへんな……!
春沼は桜にボールを渡した。
桜がすぐに持って上がり、3pラインで止まる。
そこで全員がポジションに着くのを待つ。
全員がセットし、ゲームが動く。
アルがリールとのスクリーンを成立させ、インサイドにフリーで飛び込む。
そこに桜のパスが入った。
しかしイリヤがすぐにアルの前に立ち塞がり、喜美もリールを突き飛ばしてダブルチームに。
その時、すでにアルの手にボールはなかった。
キャッチと同時に外にぶん投げていたのだ。
走り込んでいたメリルがそれをキャッチ。
45°の位置。
走った勢いで横に流れながらの3pショット。
飛んだ織火など目に入っていないかのようなショットだった。
距離、体勢、状況を考えるとかなり難易度の高いショット。
「ッシ!」
そんなの、今のみんなには関係ないんやろうなぁ。
3pショットが音すらたてずに沈んだ。
お互いのコーチはタイムアウトを取らない。
オーバータイムに追加で貰えるタイムアウトは1回。
もっと相応しいタイミングがあると確信している。
その代わり、ベンチから声を出しまくっていた。
「沙耶ッ!右!右!」
「左空いてるぞ!」
「寄れッ!いいから寄れよッ!!」
お互い声もガラガラだ。
コーチも全てを出し尽くす、まさに総力戦だった。
蓮里が再び織火に持たせる。
織火は3pの左45°の位置につく。
喜美がボールを貰いに行くように、左30°くらいの位置につく。
しかしアルの厳しいディフェンスで出すに出せない。
織火はボールを持ってしまったので、パスを出すしかない。
ペイントエリアに沙耶と咲が侵入。
イリヤは右の45°に展開してリールとのマッチアップ。
織火が高めのフワッとしたパスを出し、喜美がフィジカルを生かしてそれをキャッチ。
首を回してアルを睨みつける。
その瞬間、沙耶と咲が同時に上がった。
千里と桜がすぐに反応してそれについていく。
イリヤ、そして喜美はそれを見逃さなかった。
4人の塊をスクリーンにしてイリヤがインサイドに飛び込む。
同時に喜美がノールックでのビハインドパス。
アルが咄嗟に伸ばした手をすり抜け、リング下に到達したイリヤがキャッチ。
完全にフリーの状態。
「ラアアアアアッ!!」
吼えながらダンクを叩き込んだ。
今……誰もサイン、出してへんよな?
各自がその場で考えて、即興で合わせたんか……?
どんなレベルや。
蓮里の5人はもはや手を叩きもしない。
そんな時間も惜しいとばかりに必死で走って戻る。
時計を見ると、あと2分を切ったところだった。
あと2分で全てが決まる……!
side喜美
イリヤにパスを出して、すぐに走って戻った。
決められたら何にもならない。
それが功を奏して、メリルの速攻を防いだ。
「チッ!」
「メリル、戻してください」
メリルがアルに戻す。
アルが近づいてきたのを見て、3pラインまで上がる。
もう何度目の対決かしら?
もう何も考える余裕がない。
ただ必死に目の前の敵を倒すだけだ。
もう世界最強とかどうでもいい。
ただ、勝ちたい。
アルがドリブルしながら背を丸める。
飛び掛る寸前の猫のような構え。
「ッ!!」
アルが飛び出した。
「違うッ!?」
「ええ」
いや、違う。
アルのそれはフェイク。
実際には飛び出さず、その場で飛び上がっていた。
慌てて飛ぶが、私が最高点に達する前にショットが放たれていた。
高い弧を描くボール。
3pライン後方からのショット。
決まる。
それを見てもアルの表情はピクリとも動かない。
決めて当然。
心の底からそう信じていないと出来ないような無表情だった。
3点を決められたら、3点を決めないと。
脳が焼き切れそうだ。
しかし目だけは冴えている。
織火からイリヤに長めのパス。
イリヤはリールを押しのけてキャッチ。
そのままバウンドパスでハイポストに立つ沙耶に入れた。
沙耶が外の私にパスを出す。
キャッチ。
同時にドライブを仕掛ける。
強引に、泥臭く、粘り強く!
ついてくるアルを振り切るのではなく、押し込んでいく。
そのまま力尽くでリングに近づき、ステップを踏む。
「させませんわよ……!」
後ろから飛び掛ってくるメリル。
メリルの手が私の手を叩く。
ボールが零れそうになるが、気合でリングまで持っていった。
リングに乗っけて、そのまま床を転がる。
ショットは決まっていた。
しかもワンスロー。
「あ……」
「いえ、よくやりましたメリル。あれでいいです」
「そうよ。これで相手にプレッシャーは与えたわよ」
アルとリールが言うのを余所に、審判からボールをもらう。
ワンスロー。
決めなければたぶん負ける。
この時間帯に外すとかありえないわよね。
息を手に吹きかけて、ボールを手の中で回し、指に引っ掛ける。
放った瞬間に、決まると確信できた。
すぐに戻る。
春沼は再びアルにボールを預ける。
すぐにプレッシャーをかけてやる。
「ぐ……」
アルが攻めあぐねた。
「イリヤ!」
「わかってるよ!」
すぐにイリヤを呼んでダブルチーム。
ここでスティールできれば勝ちがグッと近づく。
「ぬぅ……」
アルが1歩を踏んだ。
さらにもう1歩、押されたように踏んだ。
あともう1歩さっさと踏め!
「アル!こっちだ!」
しかし私とイリヤの隙間の先に桜が飛び込んだ。
「頼みます!」
アルがバウンドパス。
桜が受け取る。
誰もが、そこからメリルに渡すと思った。
というかメリルも完全にそのつもりだった。
しかし桜はメリルにパスを出すフェイクを入れて咲を揺らすと、そのまま自分でショットを放った。
3pショット。
桜特有の異様に高い弧を描くショット。
リングに掠りもせずに決まった。
「「「「「うおっしゃあああああああああ!!」」」」」
応援席のほうから凄まじい歓声が沸き起こる。
これで同点。
時計を見ると、あと1分チョイだった。
決めるしかない……!!
「織火ッ!」
「頼みますよッ!!」
織火からボールをもらってすぐに前を見る。
アルのプレッシャーから逃げるようにイリヤにパス。
イリヤがハイポストの沙耶につなぎ、沙耶が外に展開した咲にパス。
咲がシュートフェイクを入れて、斜めから抉り込むように走る私にパスを出した。
「「「「「行け喜美ッ!!」」」」」
全員の声を背中に受けて、リングに向かって全力に疾走。
1歩を出来るだけ長く跳び、2歩でゴール下に到達する。
あとはダンク……!!
「させません!」
しかしそこに、上から覆いかぶさるようにアルと千里が跳んだ。
笛が鳴り、ファールはもらった。
フリースロー2本。
フフフ、誰もが1度は考える、最悪の状況でのフリースローね。
1本でも外せば、負けだ。
試合終了1分前のフリースローにはそれくらいの重みがある。
いいわよ。
そんなこと、いつも考えて練習していたわよ。
練習どおり打つだけ。
ほら、さっきだって決めたじゃない。
自分に言い聞かせ、審判からボールをもらう。
観客も静かにしてくれた。
痛いほどの静寂。
その中でボールを2度突き、手の中でボールを回す。
そのままショット。
「ッシ」
まずは1本。
そしてもう1本の準備をする。
沙耶とイリヤがすぐにリバウンドに飛び出せるように準備してくれている。
外しても、取ってくれるわね。
そう思ってショットを放つ。
2本目が決まった。
そこでタイムアウトがコールされる。
sideアル
タイムアウト中、何も話さなかった。
最後の春沼のプレーが何かなんて、話すまでもない。
私の3p。
そして守りきって私たちの勝利。
今度は外さない。
2度のミスはない。
ただみんな黙って最後のオフェンスとディフェンスに備える。
ブザーが鳴る。
無言のまま全員で腕をあわせる。
そして最後の掛け声を出す。
「1,2,3!」
「「「「「fight!!」」」」」
リールが運び、メリルにつなぎ、私が受け取る。
いつもの春沼の流れで私までボールが来た。
時計を見る。
あと32秒。
ショットクロックは残り16秒。
ギリギリまで使って決める。
手で指示を出し、千里と桜をスクリーンの位置に持っていく。
残り10秒を切るまで、ドリブルで喜美の手をかわしながら待っていた。
そして10秒を切った瞬間、一気に動き出す。
まず桜の横をすり抜け、千里の脇を通る。
そのどちらも突き飛ばすようにして迫ってくる喜美。
しかしわずかな時間、フリーになれた。
1秒あれば決めて見せますとも。
私は世界最強ですからね。
飛んだ喜美の手をすり抜けるような3pショット。
まぁ、外すわけないです。
確信を証明するように、ボールが音をたてて決まった。
「これで終わりですね」
side喜美
兄さんがタイムアウトを取った。
ラストオフェンス。
この試合の、この大会の、そして蓮里小学校女子バスケットボール部のラストオフェンス。
最後の、攻撃だ。
これで最後。
全てが決まる。
「喜美」
「頼みます」
「最後は決めてね」
「勝つよ」
「決めるわ」
5人の短い言葉を受けて、私はコートに出る。
返事は、決まっている。
「押忍」と。
ラスト18秒。
時間を使い切るつもりで立つ。
点差は1点。
2点でいい。
2点を決めれば私たちの勝ちだ。
ドライブでファールをもらっても良い。
ミドルで沈めても良い。
でもまぁ、と心の中で呟きながらアルと対峙。
何を打つかは、決まっているのだけれど。
『感覚』も私の意志も、同意見らしい。
目の前に立つ金髪の少女を見て、少し微笑む。
借りは返すわよ、アル。
残り7秒を切った瞬間、最後の時間が動き出す。
イリヤと織火のところでスクリーンが成立。
イリヤをフリーにするわけにはいかず、メリルがイリヤにマッチアップ。
同時、沙耶と咲でスクリーン成立。
こちらも咲をフリーにするわけにはいかず、千里と桜がディフェンスに。
これで邪魔者はいなくなった。
残り5秒。
私はまだ3pライン後方にいる。
4秒。
3pラインを超えて、ドリブルのペースを変える。
3秒。
「お返し、よ」
呟いて、ステップバック。
2pではなく、3p。
「ッ!!」
アルが気づいて飛んだ。
その目に焦りの色を見て、確信した。
2秒。
ジャンプ。
セット。
シュート。
手首が返り、ショットが放たれる。
1秒……0秒。
ブザーが鳴ったとき、ボールはまだ空中にあった。
もうどうすることもできない。
全員、そのボールの軌跡を見送るしかない。
会場の全員が固唾を呑んで見守る中、ただ1人、アルだけが面を伏せた。
その先、ボールがリングを射抜いた。
「「「「「「ッッ!!!!」」」」」」
瞬間、会場が爆発した。
蓮里対春沼、終了ッ!
長いッ!長かったッ!




