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蓮里小学校女子バスケットボール部  作者: ジェイソン
小学生全国大会編本戦
221/251

決戦場の相対者

頂から眺めるのは

上か下か

それとも

配点(真正面)

side喜美


「……あら、朝?」


気持ちいいくらいパッチリと目が覚めた。


ムクリと起き上がり、テーブルの上に置いてある目覚まし時計を確認する。


鳴り出す5分前だった。


「……」


二度寝が出来る時間でもなかったので、そのまま起きることにした。


抱き着いていた咲を放して、隣の沙耶も起こさないように注意してベッドからはい出る。


カーテンを開けないように注意して、窓から外を見てみる。


薄暗いが、わずかに太陽が昇っているのが見えた。


「……」


ボケッとしていても仕方ないので、顔を洗って来る。


そのまま練習着に着替えて、その上からジャージを着る。


着たあたりで目覚まし時計が鳴りはじめた。


「……ハッ!?」


沙耶が全身のバネを利用して飛び起き、咲も目をこすりながら起きる。


「あぁ……朝?」


「ええ、朝よ」


「そっか。もう、今日か」


咲がボンヤリと呟いて、そのまま危なっかしい足取りで洗面所に向かう。


沙耶も髪の毛を手で撫でながらその後を追う。


私は念のために兄さんとイリヤの部屋のほうに行く。


「兄さん。起きてる?時間よ?イリヤ?」


「はいはーい!起きてるよ喜美!」


声をかけるとすぐにイリヤがドアを開けてくれた。


「あれ?兄さんは?」


「えー?壮はまだ寝てるよ。私ちょっと外の空気吸って来るから、起こしておいてくれない?」


「ええ、いいわよ」


イリヤが欠伸をしながらエレベーターに乗って下に降りていくのを確認して部屋に入る。


イリヤの言う通り、兄さんはまだベッドの上にいた。


「眠い……」


「どんな寝言よ」


とりあえず、寝返りを打った勢いを利用して空中にぶん投げてみた。








「死ぬところだった!あと数センチで俺の脊椎は破砕されていたぞ!」


「まさか兄さんが空中であんなふうに体捻るなんて思わないわよ」


「だいたい兄を投げて起こす妹がいるかッ!こう!お兄ちゃんの体の上に馬乗りになって『起きて!お兄ちゃん!起きて!もう!起きないとキスしちゃうぞ!』って言うのが妹ってもんだろ!?」


「どこの妹よ、それ」


朝のバイキング。


6人揃ってテーブルについて、そんなことを話していた。


イリヤや沙耶は食べるのに忙しいようで、ガツガツとパスタを食い、パンケーキを食い、トーストを食い、と栄養補給に余念がない。


咲はあまり腹に入らないらしく、野菜ジュースを飲むだけだった。


織火もバナナ食ってヨーグルト食って終わりだ。


私はイリヤ、沙耶と同じように割とガツガツと食べていた。


午前中は近くの体育館で最終調整。


午後の2時から決勝が始まる。


と、バイキングの入口のほうが何やら騒がしくなった。


「いやぁ!着いた着いた!ありがとうございます善鬼さん!」


「別に構わないよ。拾ってやるだけだったからね」


「知佳ちゃん、俺は?」


「だって剛志さん、後ろの座席で寝てただけじゃないですか」


「うん……何も言い返せない……」


母さんと父さんと、知佳姉さんだった。


「ヤッホー喜美ちゃん!朝からテンション高い!?高いよね私!?だって可愛い幼なじみの決勝だもん!」


「ええ。出来ればテンション下げてくれると嬉しいわ」


蓮里の他のみんなも知佳姉さんに気づいて軽く頭を下げる。


「最後の調整、付き合ってあげるよ。軽くやるからさ」


というわけで、兄さん、知佳姉さんという贅沢過ぎる2人を練習相手にすることになった。








sideアル


「ッシ!」


メリルの3pが決まる。


「調子いいですわ。今日はロングもドライブもやれますわよ」


「確かにね」


桜の厳しいディフェンスを受けながらもメリルは次々とロングを沈めて見せる。


「メリルのところが1番点を取りやすいからね。頼むよ」


「お任せあれ!」


「では、私もやりますか」


ボールを受け取り、リングを見据える。


ジャンプしてシュート。


ボールがネットに絡まるあの特有の音が聞こえる。


「相変わらず確率高いわね……」


「さぁ、もっと動きましょう。最初から全力をぶつけるために、今から体暖めておきますよ」


「「「「イエッサー!」」」」


みんな程よい緊張感の中で、リラックスしてプレイしている。


決勝に相応しい、最高の調子です。


「勝ちに、行きますわよ」


決勝まであと4時間。







sideイリヤ


「とうとう来ちゃったか……」


今まで何度も死闘を繰り広げてきた体育館。


その死闘も、今日で最後だ。


目の前に聳える体育館。


今から2時間後にここで試合が開始する。


調整も終わった。


壮、知佳姉さんを相手にかなりいい練習ができた。


後は今までの練習の成果を吐き出すだけだ。


全てを、置いてきてやる。


体育館の入口の前、何となく逡巡していると、他のみんなもやって来た。


「何ボサッとしてるのよ。早く行くわよ」


と喜美はサッサと入ってしまう。


「やれる。やれる」


咲も私が目に入っていないようにブツブツ呟きながら行ってしまう。


おぉ、変な感傷に浸ってるのは私だけですか。


「イリヤ。今は試合に集中しましょう」


「そうだね」


織火に肩を叩かれてハッと我に返り、そして苦笑する。


私もかなり緊張しているのかもね。


軽く顔を叩いて、気合いを入れ直して体育館に入る。






sideリール


「……時間だ」


大祐の言葉でつぶっていた目を開く。


アルもメリルも、目を開いて顔を上げていた。


メリルは少し緊張している。


それに対して、アルの表情はまったく変わらない。


不気味なくらいにいつも通りの無表情だ。


本当に、頼りになるキャプテンだわ。


桜はサポーターを着けており、千里もテーピングを巻いている。


いつも通りの春沼だ。


たとえ決勝だろうと変わるところはない。


「お前ら。まず礼を言う」


全員の注目が集まったのを確認して、大祐が口火を切る。


「俺をここまで連れて来てくれて、ありがとう。コーチとしては最高の名誉だ」


「当然です」


アルが間髪入れずに言う。


「ここまで来るのは当たり前です。その程度のことで、お礼を言われることはありません」


「それでも、だ。ありがとう。ここまで連れて来てくれて」


大祐がこんな素直に自分の気持ちを吐露するなんて滅多にないので、みんな黙ってしまう。


「お前ら、ここまでは色んなことを考えながらやってくれていたと思う。春沼のためとか、俺のためとか」


「まさか」


桜が皮肉っぽく言うが、大祐は動じない。


「ここまでは他のためにやって来てくれたと思う。だから最後は。この決勝は。お前らが自分自身のために戦ってくれ」


「「「「「……」」」」」


「自分が満足出来るような試合にしてくれ。俺はそれを全力でサポートする。全てをこの試合で出し切る」


「「「「「イエッサー」」」」」


「だからお前ら。お前らの好きなようにやれ。楽しんでくれ。それで、勝ってくれ」


「「「「「Sure!」」」」」


「この日本、いや、この世界でお前らより強いチームなんて存在しない!俺が保障する!」


「「「「「Sure!」」」」」


「だからお前らッ!全力を尽くせッ!全てをこの試合で出して来いッ!!」


「「「「「Yessir!」」」」」


「恐れることはありません。今までやってきた練習を信じましょう。私たちの強さを信じましょう。最後に勝つのは絶対に私たちです」


「「「「「Sure!」」」」」


「みんな、勝利のために全力を捧げて下さい」


「「「「「Sure!」」」」」


「勝つのは我々、春沼です!」


「「「「「Sure!」」」」」


春沼の、いつもの掛け声が響く。


今まででもっとも大きい声で。


ロッカールームから体育館全体まで響き渡るほどの声で。


強く。強く。






「1、2、3!」



「「「「「Fight!」」」」」







side織火


「時間だ」


お兄さんの声で全員が顔を上げる。


イリヤは体を伸ばしていて、沙耶はシューズの紐を全て解いている。


喜美はリストバンドを着けている最中で、咲も指にサポーターを嵌めていた。


こんな光景も、これで最後なんですかね。


おっと。試合に集中、ですよね。


「お前ら、決勝だ」


「「「「「押忍」」」」」


「これで、最後だ」


「「「「「押忍!」」」」」


「長かった。ここまで、よく来た。褒めてやる。よく練習についてきたよ、お前らは」


「「「「「押忍!」」」」」


「ハードワークは、全て勝利のためだ。ここで勝つために俺達は厳しい練習を積んできた」


「「「「「押忍!」」」」」


「勝てる。お前らなら絶対に勝てるッ!」


「「「「「押忍ッ!」」」」」


「全てを出し尽くして来いッ!」


「「「「「押忍ッ!」」」」」


「ここまで来たわよッ!」


「「「「「押忍ッ!」」」」」


「これが本当に最後の試合になるわッ!」


「「「「「押忍ッ!」」」」」


「楽しむわよッ!心の底から楽しむわよッ!」


「「「「「押忍ッ!」」」」」


「絶対勝つ!勝つのは私たち、蓮里よッ!」


「「「「「押忍ッ!」」」」」


喜美を中心に、6人が小さくジャンプを繰り返す。


右手を上げて、全員で合わせる。





「蓮里ッ!」


「「「「「ファイッ!」」」」」


「蓮里ッ!」


「「「「「ファイッ!」」」」」


「蓮里ッ!」


「「「「「ファイットオオオオオ!!」」」」」







side健二


『さぁ、小学生全国大会女子バスケ。もうすぐ試合開始です』


決勝まであと30分後。


ついにテレビで中継され始めた。


決勝だけはテレビで映してくれるのだ。


知美はそれでも生で見たいと行ってしまったようだが……


『それでは試合開始前に、それぞれのチームのスタッツを確認してみましょう』


画面に全国でのここまでの平均スタッツが出る。


『まずは蓮里。ここはやはり沢木喜美が圧倒的ですね』



画面にパッと顔写真付きで5人の平均スタッツが出る。


『沢木喜美が平均で46点。これは……』


『まぁ蓮里はオフェンスのチームですからね。5人しかいなければ、これくらいの点になっても不思議ではありません。それでもすごいですけど』


『他の4人の得点は、石田イリヤが31点。木下沙耶が12。瀧澤咲が11。佐藤織火が5、と続きます』


『木下沙耶はリバウンド、佐藤織火はアシスト、瀧澤咲は3pと役割が明確に決まっていますからね』


『それでは、得点、リバウンド、アシストのトップ3を見てみましょう』


画面が切り替わり、3部門での上位3人の名前とトップの顔写真が出る。


『得点は沢木喜美、リバウンドは木下沙耶で14。アシストは佐藤織火で……これも18ですか。総じて高いですねぇ』


『5人しかいないので、ここまで伸びるのでしょう。それに蓮里はアリウープやインサイドでの合わせ、外に出しての3pを多用しますから』


『対する春沼は……やはりこの3人ということになりますね。得点トップはアルの32。2位がメリルの24。3位がリールの21。リバウンドは千里、アル、メリル。アシストはリール、アル、メリルですね』


『やはりビッグ3と言ったところですね。やはり強いです』


強い。


そんなことは誰でもわかる。


問題は、どれほど強いかがわかっているかどうかだ。


蓮里はそれをわかっている。


1度戦って負けているからわかっている。


アル、メリル、リールの強さをわかっている。


正直、西条が春沼と当たっていたら。


俺は何も対策を見出だすことができなかっただろう。


今だって、春沼をどうやって倒せばいいのかビジョンが見えていない。


沢木はどうやって春沼を倒す気だ?







side知美


試合開始まであと少し。


両チームともコートに出て練習をしている。


会場のボルテージが上がっている。


早く、早く。


早く始まってくれ。


早く見せてくれ。


会場全体がそう言っているかのように揺れていた。


「「「「「春沼ッ!春沼ッ!」」」」」


「リール姐さんファイットオオオオオ!!」


「ブッ潰せ蓮里おおぉ!」


試合開始前からこれだけ声が飛び交っているのだ。


試合が始まったらどうなるのだろうか?


そして、コートに立っている10人はどんな気持ちなのだろうか?


立ちたい。


あの全国決勝の舞台に立ってみたい。


「アル!アル!私行きますわよ!?」


「ええ。メリル、お願いします」


「派手にやって来ちゃって」


と、春沼のほうに動きがある。


メリルが抜け出して蓮里のほうに行く。


「頼みますわ」


リングの方を指差して、手を振る。


「じゃ、どうぞ」


織火が、ボールを思い切り床に叩き付けた。


「あら!?」


予想外のボールの出し方にメリルが一瞬戸惑う。


ステップが乱れるが、


「余裕ですわ!」


すぐにタイミングを計り直して、アリウープを決めた。


「あら、やるわね」


「これくらい余裕ですわ!喜美さん!」


「じゃあ私が行こうかな?」


蓮里のほうからはイリヤが出る。


「……」


リールはイリヤと目を合わせることもない。


そして出し抜けに、まったくタイミングを計らせずにボールを放る。


それをイリヤは、そのタイミングでそこに来ることを確信していたかのように飛んでいた。


「Уа!」


素直に両手でダンクを決める。


「そういやあの2人、同じチームだったんだよな」


楓が尋ねると美紗が肯定するように頷く。


同じ国の同じチームだった2人が、数年後にまったく違う国で別のチームとして激突するなんて。


まるで神様の采配としか思えない偶然だ。


そしてもう1組の運命的なマッチアップ。


「……」


「……フフフ」


イリヤが決める横で睨み合う両者。


世界最強の少女と、日本最強の妹。


アルと喜美のマッチアップ。


蓮里、春沼という互いに絶対エースを擁するチーム。


その核となる2人。


どれほどの戦いになるのか。


見たい。


早く、早く……!


ジワジワと時間が過ぎていく。


そしてついに、その時が来た。


「っしゃああああ!行くわよッ!」


喜美が叫びながら自分の顔を叩く。


「っし!行くわ!」


沙耶も叫んで己を鼓舞する。


「……」


手首を伸ばしながら、咲が深呼吸。


「ま、後はやるだけですよ」


織火はシューズの裏を手で拭き取る。


「そうだよね」


そしてイリヤが呟く。




「1度負けたからさ。1度勝ちに行こうよ」







sideイリヤ


負けは1度奉納した。


ここで加護を頂戴よ、神様。


アル、メリル、桜、千里と握手して回る。


そして


「よろしく」


「よろしくね」


リールと握手を交わして戻る。


「っしゃあ!行くわよ!」


沙耶が叫びながらセンターサークルに。


喜美が右に、私が左に。


織火が後ろに、咲が前に。


全員が配置に着く。


主審がボールを持ってセンターサークルに入る。


息を止める。


瞬間的に、全ての音が消え去った。


主審の手が沈む。


それに合わせて沙耶と千里の膝が曲がる。


主審の手からボールが放たれる。


空中に上がるボール。


千里が僅かに早く。


沙耶が僅かに遅れてジャンプ。


両者の手が同時にボールをぶったたく。


その瞬間、会場が歓声で爆発した。


さぁ!試合開始だよッ!

蓮里対春沼戦、スタートです。

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