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蓮里小学校女子バスケットボール部  作者: ジェイソン
小学生全国大会編本戦
219/251

見送り場の挨拶者

涙は堪えて

たださよならを尽くす

配点(引退)

side菫


5点差を1分以内にひっくり返す余裕は、桐生院にはなかった。


アルの値千金の3p2連発で試合は決着した。


桐生院はそれでも諦めない。


全員で回して2pで決めた。


しかしリールがすぐにゲームコントロールをして、桐生院はファールゲームにせざるをえない。


リールはアルにパスを捌き、琴美がアルに対してファールする。


アルは外さない。


合計4回のフリースロー、1本も落とさなかった。


そのままリードを春沼に取られ続けて、


「終わった……ッスね」


タイマーが0をカウントし、ブザーが鳴り響く。


この瞬間、春沼の決勝進出が。


そして、桐生院の敗退が決定した。




桐生院102ー109春沼







side琴美


泣いたらアカン。


絶対に泣いたらアカン。


泣いたらアカン……!


約束したやろ。


去年のこの大会で、もう2度と泣かないって決めたやろ。


泣いたらアカンで、琴美。


「……整列や、みんな」


声の震えは抑えた。


その場でうずくまるあーちゃんの肩を叩く。


「まだ試合中や、あーちゃん。礼をするまでは試合中や」


「あぁ……ッ!」


手を掴んで引っ張って起こす。


「さぁ、整列しよ!みんな!」


「「「「「おぅ!」」」」」


絶対泣くな、琴美。


「整列しましょう」


アルも手を叩いて春沼の4人を中央に集める。


「気をつけ!礼!」


「「「「「ありがとうございましたッ!」」」」」


「「「「「ありがとうございました」」」」」


深々と頭を下げる。


頭を上げると、触れそうなほど近くにアルの顔があった。


「おぅ!?」


綺麗な碧の瞳が覗き込んで来る。


「シャッチョサン……」


「え?何や?」


「……チョイマチ」


そこまで言ってアルは困ったように首を振ると、向こうのコーチのほうに走って行った。


……何や?







side大祐


「アル!よくやった!最高だよお前は!」


「はぁ、そうですか。そんなことよりも大祐」


そんなことってお前……


「今からいう言葉、日本語ではどう言うのですか?」


「は?」








side琴美


再びアルが駆けて来る。


「何や?」


「コトミ」


アルが私の名前を言う。


「コトミ、今までで1番タフな相手でした」


その口から日本語が飛び出した。


少したどたどしいが、頑張って話してくれていた。


「久しぶりに楽しいバスケでした」


「あぁ……」


「日本に来てよかった」


「……そうか」


なんでや。


なんで嬉しいんや。


負けた直後やで?


目の前にいるのは、試合を決めた敵のエースやで?


「あなたに会えてよかった」


アルが笑顔で言う。


初めて見るアルの笑顔は、とても可愛らしいものだった。


「……次や」


「はい?」


「次は、私が勝つ。来年も日本にいるんやろ?絶対勝つ」


「……楽しみです」


アルと握手を交わす。


「勝ちや」


「Sure」


今は、認めてもらえただけや。


好敵手として認識されただけや。


来年は、私が勝つ。


「では」


「またな」


アルが身を翻して春沼のベンチに戻る。


私も桐生院のほうに戻った。


「琴美……」


「なんでおっちゃんが泣いとんねん」


「だってなぁ……お前……」


おっちゃんがボロボロ泣きながらしゃくりあげる。


「だってなぁ……勝たせてやりたかったんや……!お前らを日本一にしたかったんや……!」


「わかってる、そんなこと」


「ダメだ……悔いばっか残るわ……!悔しいわ……!畜生……!」


「次や、おっちゃん。次の代、勝たせてやって」


「そうだよおっちゃん。そら私らも悔しいけど……でも、楽しかった」


「楽しい桐生院のバスケやれたわ」


みんなも泣かずにおっちゃんを慰めている。


はぁ、ウチらしいわ。


「とりあえずロッカールームまでおっちゃん持ってくで。あーちゃん、そっち持ち」


「はいはい。ほらおっちゃん。いい加減行くで」






ロッカールームに戻ると、桐生院の全員が待っていた。


「先輩……」


「あぁ、みんな揃っとるな?ほら、おっちゃん。シャンとせんかい」


突き放すと、おっちゃんは何とか自力で立ち上がった。


「はいはい!整列や整列ッ!」


「「「「「おぅ!」」」」」


おっちゃんと向かい合うように桐生院の全員が一瞬で整列した。


「気をつけ!礼!」


「「「「「お願いしますッ!」」」」」


最後の話だ。


何度もやってきたこの時間も、最後や。


おっちゃんもやっと涙が止まってきた。


「……悔しい奴、手を上げろ」


全員が手を上げた。


「そうやろ。悔しいやろ。俺も死ぬほど悔しい」


おっちゃんの言葉を聞き、6年生の間で啜り泣きが漏れ始める。


「こんだけ練習してきた。でも、どこかで甘かったのかもしれへん。俺も甘かった。これでええ。そうどこかで妥協していたのかもしれん」


ええか、とおっちゃんが前置きをして、


「何年もバスケ指導してきたけど、今回が1番悔しいわ。お前らなら絶対優勝できる。そう思えるくらい強かったからな」


最強世代。


ホンマ、難儀な年に生まれたもんや。


あと1年でもどちらかにズレていれば、絶対に優勝できていた。


「それを優勝させてやれなかった。監督として、ホンマ情けないわ……!」


「おっちゃん……」


「でもな、お前ら。よかったわ。この最後の試合、お前らは最高の試合をした。俺が見た中で最高の出来やった。100点満点やった!」


歯を食いしばる。


泣くな。


泣くな、琴美。


「厳しいこともいっぱい言ってきた。よく、よく厳しい練習を続けてきた。6年生。誇りに思うで」


それでも、堪えきれない。


「お前らが中学行ってバスケをやるかどうかはわからん。やらなくてもええ。世の中、バスケ以外に面白いことは一杯ある」


畜生……!


「中学は、何でも自分の好きなことに打ち込めばええよ。でも、お前らが中学で何をするにしても、この桐生院での3年間は絶対にタメになる」


中学のことなんて、考えられへんよ……!


「4、5年生。お前らや。お前らも、先輩達の頑張りは見てきたやろ」


「「「「「はい」」」」」


「それでも、優勝には届かんかった」


「「「「「はい」」」」」


「確かにこいつらの代は最強世代やった。でもな、お前らの代が楽になるってわけやない」


「「「「「はい」」」」」


「北海道にはベンチにいた5年生が4人くらい残っているし、東福岡もスタメンで1人残している」


「「「「「はい」」」」」


「栄光だって、強いヤツはゴロゴロおる。来年は絶対に栄光が来る」


「「「「「はい」」」」」


「そして、横浜には潮田がいる。お前らの100倍悔しい思いをした潮田がいる。スタメンで、全国の最強世代相手に1歩も退かなかった潮田がいる」


「「「「「はい」」」」」


「お前らはそういう奴らを相手に、勝たなアカンのや」


「「「「「はい!」」」」」


「今までと同じで勝てると思うな。そんな甘いもんやない。ようわかったやろ」


「「「「「はい!」」」」」


「来年は、桐生院が勝つで」


「「「「「はい!」」」」」


「よし。じゃあ6年生、一言ずつ頼むわ」


ああ、あったなぁ。


毎年恒例の行事。


引退の時に一言ずつ言うってやつ。


正直何も考えていない。


キャプテンとしては、それなりのことを言わなアカンのやろうなぁ。


6年生のみんなが一言ずつ。


たまに5分くらい言うヤツもいたりして。


練習の苦しさ、おっちゃんへの恨みつらみ。


負けた悔しさ、後輩への説教。


それぞれがこの3年間で感じたことを吐き出した。


そしてついにあと2人。


副キャプテンであるあーちゃんが立ち上がってみんなの前に出る。


「私も3年間、きつい練習をこなしてきたわ。


pgって立場柄、みんなを怒るのはいっつも私やった。


キャプテンの琴美があんなやから、余計に怒る羽目になったわ。


みんな、私のこと怖いって思ったかもしれへん。


うるさい先輩や思ったかもしれへん。


でもな、みんな。


1人必要なんや。


誰か厳しい人が1人必要なんや。


手を抜いたらめっちゃ怒って、気を抜いていたらガミガミ説教する。


そんな人が必要なんや。


汚れ役かもしれへん。


私は嫌われてるかもしれへん。


でも、それでも必要なんや。


それは試合でも一緒。


琴美が5人いても勝てへん。


パスを供給する私がいて、スクリーンで琴美をフリーにする恵美がいて、外に展開して敵の気を引き付ける美波がいて、外した時にリバウンドを取る谷さんがいて。


それでようやく1つのショットが決まる。


琴美1人で決めているわけやない。


みんながみんな琴美を目指す必要はない。


そこ、よくわかってな。


確かに琴美はすごいプレイヤーや。


でもな、琴美が全力でプレイ出来るのは私たちのサポートがあるからや。


全員でやる桐生院のバスケ。


それをみんなにもやってもらいたいわ。


そうすれば、勝てる。


頼むで、みんな」


「「「「「おぅ!」」」」」


後輩は間髪入れずに返答する。


さて、じゃあ私か。


前に出てみんなと向かい合う。


見慣れた顔もいれば、あまり話したことのない4年生の子の顔もある。


こんなに多かったんやなぁ、ウチって。


「あー……なんや。正直、何も考えてないんやけど……」


腕組みをする。


「まぁ、なんや。あんま立派なことを言うつもりはない。説教はあーちゃんので十分やろ」


どういう意味や、とあーちゃんが呟く。


「あー……何やろ。何を言えばいいんやろ」


キャプテンなのになぁ。


「何も……何も思いつかんのや……!悔しくて悔しくて……!何も考えられへん……!」


「琴美……」


アカン。


泣かないって決めたのに。


「勝ちたかった……春沼に勝ちたかったんや……!アルに、世界に勝ちたかった……!」


やはり涙は止められなかった。


「優勝したかった……日本一に、なりたかったんや……!」


ただただ、日本一になりたかった。


並み居る相手を薙ぎ倒して、頂点に立ちたかった。


100回の勝利も、1回の敗北で無意味なものになる。


求めるのは、勝ち続けることなのだ。


「行けると思った……今までで1番調子よかったんや……!それなのに、勝てなかった……!」


涙が止まらない。


ダメや。


やっぱ負けず嫌いなんや、私。


どうしようもないくらい負けず嫌いなんや。


「ゴメンな、みんな……立派なこと、何も言えんわ。でも、1つだけ」


全員の注目が集まるのを感じる。


これが最後の言葉や。


名門桐生院のキャプテンとしての、最後の言葉や。


「練習で苦しむか。負けた後悔で苦しむか。選ぶのはみんなや」


どちらを選ぶかなんて、決まっている。


「悔いのない選択をしや」


「「「「「おぅ!」」」」」


力強く答える4,5年生。


今日からこの子達が桐生院だ。


色々不安な子たちだけど、来年の今頃は立派に成長してくれているだろう。


「これで私の話は終わりや。6年生、最後の挨拶や。並び」


「「「「「おぅ!」」」」」


サッと6年生が私の周りに集まる。


「涙拭きや」


「悪い」


あーちゃんからハンカチを受け取って涙を拭く。


最後くらい、私らしく笑顔でいよ。


「気をつけッ!礼ッ!」


「「「「「おっちゃん!3年間ありがとうございましたッ!」」」」」


「ああ……こちらこそ」


「4、5年に礼ッ!」


「「「「「みんな!ありがとうございましたッ!」」」」」


「「「「「ありがとうございました!!」」」」」


こうして、私の小学校でのバスケは幕を下ろしたのだった。

side壮


「お?」


携帯が震えて取り出すと、珍しい人からの着信だった。


「部長。どうしたんですか?」


『なぁ沢木。俺、大丈夫か?』


「いきなりそんなこと言い出す時点で大丈夫じゃないと思いますけど」


『え?大丈夫じゃない?だよな。やっぱダメだよなぁ』


「先輩、どうしたんですか……」


そこまで言ってハッと思い出す。


センター試験、3日後じゃん。


それじゃん。


「あー!いやいや部長!もう部長は完璧ですって!もう余裕で合格ッスよハハ!」


『沢木……なんか不安なんだよ。一応俺なりに頑張ってきたつもりだけどさ。本当に大丈夫なのかって……』


「先輩。先輩らしくないですよ」


『そうか?』


「先輩。俺たちは誰ですか」


『高校生だ』


「はい。しかも男子校。いいですか先輩。よく聞いてくださいよ。部長が3年間何をやってきたか。思い出してくださいよ」


『俺が……』


「遠泳、3年間女人禁制、歓迎マラソン、女人禁制、地獄の古河マラ、体育祭、というか騎馬戦、そして棒倒し、ラグビー大会、女人禁制、再テスト、情報の課題、部活」


『言葉にすると俺らよくやってるなぁ……』


「歯を食いしばった数なら、俺らが日本一です。そこら辺の軟弱な進学校の連中に負けるわけないです」


『ああ……』


「先輩、自信持って行きましょう!先輩なら絶対大丈夫です!俺が保障します!絶対受かります!」


『そうか?』


「はい。だから先輩、自信持って行きましょう」


『……そうだな。よし。落ち着いたよ。ありがとう、沢木』


「いえいえ、お安い御用です」


電話を切ってしまう。


「壮、誰から?」


「ああ、イリヤ。部長からだ」


「部長?なんで?」


「試験前の緊張をほぐすため」


「あはは、部長も緊張するんだね。あの体格で」


「体格関係ないだろ……」


「いい結果が出せるといいね、部長」


「出せるよ。部長ならな」




センター試験の季節ですねぇ。

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