殺し屋の本能
感情に身を任せたとき
強くなるのか弱くなるのか
配点(その先)
side琴美
神童と呼ばれたのは小4のこの大会からだった。
私は4年でバスケを初めて、夏からスタメンになっていた。
そしてその年、桐生院はベスト4まで進んだ。
そこから神童と呼ばれ初めて、去年は最優秀選手のタイトルも獲得したし、1stチームのsfにもなった。
神童、か。
私1人が強くても、チームが負けたら何の意味もないんや……!
「落ち着けお前ら。大丈夫や。冷静に振り返ってみよ」
2Qも終わり、今はハーフタイム。
ロッカールームに戻っている。
全員が俯いている。
声を出すこともできない。
「2Qの後半のアレは自殺点や。先にタイムアウト使ってもうた俺のミスや。まさか向こうのコーチ、この2Qにオールコートプレスをしてくるとは……」
そう。
春沼の御家芸。
豊富な体力と個人の強さがある春沼だからこそできる力わざのディフェンス。
オールコートでひたすら圧力をかけてこちらのミスを誘発するディフェンス。
「スマンおっちゃん……冷静になれへんかった……」
そこであーちゃんがパスミスをしてしまい、ターンオーバーからの速攻という春沼得意の形に持ち込まれつづけたのだ。
「しゃあないよ。私もアルを振り切れんかった」
「私がもらいに行くべきやったわ。悪いな、あーちゃん」
口々に慰め合うが、解決策は出てこない。
ここからどうやって勝ちに持っていくというのか。
「そやな……前半だけで27点差。数字にすれば、27の点が開いとる」
おっちゃんが静かに口を開く。
「あと2p14回、3pでも9本や」
「「「「「……」」」」」
あのディフェンス相手に14回。
しかもあのオフェンスを全て防いで、だ。
絶望的な数字だ。
「でもな、バスケはそんな単純やない。よぅわかっとるやろ、お前ら」
「「「「「……」」」」」
「ええか。お前ら。琴美、安藤、谷、恵美、美波。お前らや。ええか?言ってやるわ。27なんて、一瞬で追いつく」
「「「「「……?」」」」」
全員が顔を上げる。
「ウチのバスケはどうした?みんなでワイワイ騒ぐ、ハイテンションなランアンドガンの攻撃はどうした?」
「それは……」
「お前ら。今の前半、観客が見ていて面白いと思うか?」
「「「「「ッ!!」」」」」
「俺は詰まらんよ。んな葬式みたいな顔してボコボコにやられてる桐生院見たって、何も面白ないわ」
おっちゃんの言葉がいつになく厳しい。
いつもの笑顔がない。
私たちのプレイは、笑顔を生み出すことができていない。
「なぁ、何で俺らランアンドガンのオフェンスバスケしとるんや?見ていて楽しいからやろ?やっていて楽しいからやろ?」
そうだ。
オフェンスのバスケはやっていて楽しい。
決められても決められても、それ以上に決める。
その考え方が単純で、爽快なのだ。
「何でや、お前ら。何で俯いとるんや?笑顔はどうした?」
私は、
「こんな試合、見てる人達は何も面白ないわ。帰るわ、こんな試合」
単純なことを忘れていた。
「見ていてスカッとするバスケ。見ていて面白いバスケ。それを目指してきたんやろ?」
「見ていて面白いプレイをしようや」
「そうや」
あーちゃんが呟く。
「今、やってて笑顔がないわ。面白くないわ。やってるヤツが詰まらないのに、見ている人が面白いわけないやろ」
「そうや」
当たり前のこと、忘れていたわ。
「ウチら桐生院はオフェンスのチームや!点は取られて当たり前ッ!取られたらそれ以上に取ればええだけや!」
「「「「「おぅ!」」」」」
「開き直るでッ!もうここまで来たら失うものなんてあらへん!私たちがやりたいようにやるでッ!」
「「「「「おぅ!」」」」」
「笑うでッ!笑って試合して、最後に笑うのも私たちやッ!」
「「「「「おぅ!」」」」」
「点を取るッ!取られたら取れッ!しかも派手にッ!ド派手に行くでッ!」
「「「「「おぅ!」」」」」
「死ぬ気でボールをバスケットに叩き込めッ!そうすりゃ点は入るッ!」
「「「「「おぅ!」」」」」
「ここからや!またこっからスタートやッ!桐生院のバスケを、面白いバスケをやるでッ!」
「「「「「おぅ!」」」」」
「楽しんでッ!そんで勝つでッ!!」
「「「「「おぅ!!」」」」」
ハーフタイムが終了し、コートに出る。
会場が少し静かやな。
ええわ。
今から最高に盛り上げたる。
「点を取るで、あーちゃん」
「ああ。点を取ろうか、琴美」
笛が吹かれ、3Qが開始。
春沼はオールコートではなく、ハーフコートでのディフェンスを選択した。
ツメが甘いな。
その油断が命取りや。
「琴美!」
「さぁ、行こうかッ!」
あーちゃんからボールを受け取る。
真正面にリングを見据える。
あそこまで行って、ボールを叩き込む。
それだけや。
谷さんが中のほうに入って、ほかの3人は外に展開している。
そして私とリングの間にアルが立つ。
「キマスカ?」
「あぁ、勝負や。面白くしよ」
「Comeon」
その場でドリブル。
レッグスルー。
「らぁッ!」
そこから一気にボールを左に出して自分も飛び出す。
『感覚』がアルのディフェンスを警告。
構わへん。
力比べと行こうか!
「削ったるわ……!」
「む?来ますね」
アルの体に肩を当てて押し込んでいく。
あと4歩。
そしたらリングや。
アルの手がボールに伸びて来る。
日本人では不可能な、素早いスティール。
クソ……やっぱ日本人と外国人やと差があるよな……!
「だからどうしたッ!」
バックロールターンを決める。
アルの体に背中をぶつけて押し出しながらのターン。
「ヘルプ!」
アルが救援要請。
私が必死で前を向いてボールをコントロールしようとしているところに桜が来た。
「日本人相手なら負けへんわ……!」
ステップを踏む。
右に入り、一気に左に飛ばすステップ。
「うわ上手ッ!」
その場で棒立ちになった桜を抜き去る。
踏み切ってジャンプ。
ド派手にボールを叩き込む。
「ッシャアアアアアアァァァ!!!」
力の限りの咆哮。
「ッシ!!ナイスッ!」
「完璧ッ!」
「こっから詰めるでッ!」
「おうッ!!」
呼応するように他の4人も咆哮を上げる。
会場もこちらの派手なオフェンスでざわつく。
まだや。
もっと、もっとテンション上げるで。
「ざぁ来いッ!」
「決めてみろやオラァ!!」
声を出し続けながらディフェンス。
「私、行きます?」
「いえ。メリル、頼むわ」
「お任せあれ」
外国人3人が集まって小声で何かを言い合って散開する。
「アル見ろ!」
「メリルオッケィ!」
「リールオッケー!!」
「桜と千里にも仕事させるなッ!気合いで押さえ込めッ!」
「「「「「おぅ!」」」」」
「クソ……しつこくなった……!」
桜が美波に押されながら呟く。
「ま、1人で決めますわ」
メリルが高い位置に立ってドリブル。
メリルと恵美の対決。
速さのミスマッチ。
「Easyですわ!」
メリルのキレがさらに鋭くなる。
恵美の脇をかい潜るようにして抜き去る。
「ホンマか!?」
その目の前、あーちゃんが飛び出していた。
メリルが来るギリギリ前にコースに体を捩込む。
「ッ!?チッ!」
メリルはそれを見て、減速するのではなくさらに加速をぶち込んだ。
神速が止まったあーちゃんに激突。
あーちゃんが思い切りぶっ飛ぶ。
笛が吹かれる。
「邪魔ですわ!」
「メリル。落ち着きなさい」
「チッ……私のミスですわ……」
メリルが舌打ちをしながら戻っていく。
そんなものには目をくれずあーちゃんのところに駆け寄る。
「大丈夫かあーちゃん!?」
「クソ……メリルのヤツ、減速どころかぶつかるつもりで加速してきたわ……」
「あぁ、ホンマようやった!5人しかいない春沼にファールはでかいで!」
「痛て……」
打ち付けた腰をさすりながら立ち上がるあーちゃん。
「ったく……痛い思いをしたぶん、きっちり取るで!」
「あぁ、任しとき!」
あーちゃんにボールを投げ入れ、リールが来たのでこちらにボールが返される。
アルの脇を抜くようにバウンドパス。
谷さんに通す。
その谷さんにぶつかるようにしてボールを受け取る。
ステップバック。
両足が3pラインの後ろにいく。
その場で飛び上がりシュートフォームを作る。
恵美のスクリーンにかかったアルが1歩で詰めてきた。
関係ない。
「打てば入るわ……!」
アルの手の上からシュート。
「っしゃあああああ!!さぁッ!守るでッ!!」
「「「「「おぅ!」」」」」
ボールがリングを射抜く。
3pショット。
「私が行きますわ」
「もう平気?」
「ええ、冷静ですわよ」
リールが運んできて、メリルにボールを渡す。
「アルは任せッ!」
「メリル来るでッ!中見といて!」
「外の桜注意ッ!」
「千里オッケー!!」
全員が叫んでコミュニケーションを取る。
「行きますわよ!」
高めの位置でメリルがボールを持ちスタート。
先ほどと同じ要領で恵美を抜こうとして、恵美が反応したのを見てターンを決めた。
「どうや!?」
そして目の前に飛び出したあーちゃんを、
「壁にもなりませんわ」
ボールを左に移し、身を屈めてのドライブで抜き去る。
「固めろッ!」
おっちゃんの指示が飛び、谷さんが中に寄る。
その瞬間、『感覚』が体を動かした。
「ッ!?メリル!違いますッ!」
アルが気づいて叫ぶが遅い。
「え?」
「取りや」
メリルから千里に飛ばされたパスをカット。
「あーちゃん!!」
そこから縦パス1本を通す。
速攻狙い。
しかし、気づいたアルとリールが戻って速攻を決めさせなかった。
メリルもすぐに戻る。
「ゴメン、速攻できひんかったわ」
「しゃあないよ。私が決める」
あーちゃんからボールを受け取る。
手で指示を出してやる。
あーちゃん、谷さん、恵美が左に寄ってスペースを空ける。
「1対1ですか」
「あぁ、そろそろ超えるで。世界最強を」
アルの目を睨みながらドリブル。
何の色も浮かんでいない表情を見つめながら隙を探す。
感じろ。
呼吸を感じろ。
『感覚』やない。
もっと、もっと先のものを感じろ。
アルの目と口を凝視する。
動き出すタイミング、体の強張り、緊張。
全てを感じろ。
『感覚』の先の領域。
それを感じろ。
その時、アルの呼吸が見えた。
見えた、としか言いようがない。
そして呼吸を見た瞬間に、私の体は宙を舞っていた。
あのアルがブロックに飛ぶこともできずにいる。
アルが真正面にいるのに、フリーで打てている。
手首が返り、ボールが放たれる。
真正面のリングに向かって低い軌道で飛んで行き、沈んだ。
sideアル
「~~~~ッ!!」
獣のような咆哮をあげながら戻る琴美。
人ののものとは思えないような声を出している。
「アル、大丈夫?どっか体痛めた?」
リールが心配そうに寄ってくる。
「いえ。完全に呼吸を読まれました」
「呼吸……?」
さっきの琴美。
雰囲気が、アメリカでのファイナルの時に戦った相手のキャプテンのものに良く似ている。
senseの先。
instinctとでも呼ぶべきもの。
キラーインスティンクト。
殺し屋の本能。
神にもっとも近い男がゾーンに入った時の領域。
その領域に、琴美は足を踏み入れていた。
「面白いです。こうでなければ」
試合が始まって、初めて自分の表情が変わったのを感じる。
「アル……?」
「少しは、面白くなりそうですね」
笑みの形に表情が変わったのを自覚して、それをすぐに消す。
さぁ、楽しませてくれますか?
次回で春沼対桐生院、決着です。




