絶望場の追撃者
何もできない
己を恥じるか
何もさせない
相手を恐れるか
配点(絶望)
side琴美
おっちゃんがタイムアウトを要求した。
戻る私達を迎えて、おっちゃんが口火を切る。
「速攻は出させたらアカン。それだけ意識しよ」
「「「「「はい!」」」」」
「アルのミドルは打たせてええ。レイアップとダンクはやれせへんで」
「「「「「はい!」」」」」
「安藤、琴美に固執すんな。安藤が決めてええよ」
「はい!」
「浮足立つ必要はないで。ウチのバスケをやるだけや。5人でゲームを作っていこう」
「「「「「はい!」」」」」
「あーちゃん、アルを振りきってから呼ぶわ。そしたらパス入れて。それ以外は行かへんわ」
「オッケー。ならファーストオプションは私。積極的に決めて行くで」
「あーちゃんがインサイド寄ってヘルプがあったら、空いたところにパス出すよ」
「声出していこう!声を絶やさないで!」
「行けるで!全然行けるわ!」
「テンション上げてくッ!」
「っしゃあ!勝つでッ!」
「「「「おうッ!」」」」
タイムアウト明け、こちらのオフェンスで開始される。
谷さんや恵美をスクリーンにして何とかアルを振り切ろうとする。
しかしアルはずっとついている。
構わない。
私1人でアルを封殺してるってことやからな。
あとは4人に任せる。
桐生院はそれができるチームだ。
「さぁ、行こかッ!」
わざと大声を出してリールを圧するあーちゃん。
そして前に突っ込み、急停止。
反応して止まったリールの隣を再び加速して抜こうとする。
リールはすぐに反応してギリギリで追いついた。
しかしわずかな隙間があればあーちゃんは飛び込める。
ギャロップが炸裂する。
一飛びで一気にペイントエリアに飛び込んだ。
そのままゴール下でのショット。
「そんなん読めるって」
あーちゃんの手からボールが離れた瞬間に千里の手がそれを捉えた。
ボールがぶったたかれ、飛んでいく。
マズイ……この形、さっきの蓮里と同じ……
「もらいますわよ!」
俊足がそれを拾って、スタートを切る。
その脚力で一気に桐生院の追撃を振り切る。
「Easy!!」
そのまま飛び上がってワンハンドダンク。
マズイなぁ……流れ、完全に持ってかれてるわ……
side喜美
「琴美……」
「あの桐生院がここまでボコボコですか……」
織火の顔も若干青くなっている。
なんか、県大会の時よりはるかに強くなってない?
ディフェンスの厳しさがさらに増している。
メリルのカウンターが効果的だ。
あの俊足を止めるのは難しい。
琴美もアルを止められていない。
そしてそのディフェンスのリズムの悪さがオフェンスに影響する。
「9秒ッ!」
中に切り込むことができず、ただ時間だけが過ぎていく。
ボールは外を回り続ける。
そしてショットクロックギリギリで琴美がショットを打つが、アルのディフェンスに遭ってズレる。
それを千里が確保してリールへ。
そこから再びロングの縦パス1本でメリルに繋がる。
「Yes!」
再びのワンハンドダンク。
桐生院がやりたいことが、全て春沼にやられている。
流れとしては最悪だ。
桐生院は結局その流れを断ち切ることができず、メリルとアルの猛攻を浴びつづけて1Qが終了してしまった。
桐生院13ー24春沼
sideアル
「よしよし!オッケー完璧だ!」
「ええ、なんか調子いいわね」
リールがドリンクを飲みながら言う。
「というか、メリルの調子がいいね」
桜がメリルを話題に出すと全員の目線がメリルに集中する。
そこに、目茶苦茶イイ笑顔の美少女がいた。
「ええ!もう最ッ高ですわ!近年稀に見る絶好調ですわよッ!!」
腕をブンブン振って、そりゃもう全身で喜びを表現している。
メリルは好調、不調の差が激しい波のあるプレイヤーだ。
北海道戦などはそれが悪い方向に顕著に出た。
メンタル的な問題もあるんですよね。
だが、一旦ハマったメリルはヤバい。
下手をすれば私の得点を超えかねない勢いで点を取りまくる。
その脚力がいい感じに生かされるようになり、速攻はもちろんパスカットにも大活躍。
いいプレイが出来てテンション上がってさらにいいプレイ……の好循環が生まれる。
波があるのはプレイヤーとして問題かもしれないが、それを準決勝に合わせているのは、やはり何か持っているんでしょうね。
「私今日行けますわ!どんどん回して下さい!」
「そうね。大祐、どうする?」
「俺は回していいと思うが」
「私もいいと思うわ。無理に殺す必要もないわ」
メリルがハマった時のヤバさは春沼の全員が知っている。
「オフェンスはメリルとアルを中心に。速攻行けたら積極的に行け」
「「「「「イエッサー!」」」」」
「千里。お前もよくやっている。谷はあれでいい。ペイントエリアから押し出せ」
「ま、だいたい沙耶と同じだし。あの馬鹿力はないけど」
「桜はサポートに徹しろ。フリーになったら打ってもいいけど、基本ディフェンスを重視」
「オッケー。任せておきなよ」
「桐生院に3pを出させるな。3pが出なければ、流れに乗られることはない」
「美波の3p注意ね。わかってる。継続するよ」
「リールは今のままでいい。ゲームコントロールは任せた」
「ま、余裕よ。安藤ってのも結構やるけど、私の敵じゃないわね」
「アル、琴美はあれでいい。だいぶフラストレーションも溜まっているだろう。ファール誘えるか?」
「さて。ファールを誘うのは苦手でして。避けてしまうので」
「お前は無茶苦茶だな……」
「ファール誘いますか?」
「いや、いい。今の流れを無理に崩すこともない。このテンポを保っていきたい。ちょっと停滞したらお前が1人で早く決めろ」
「了解です。任せてください」
言葉を切り、大祐の目を見据える。
「何せ私は、世界最」
「時間でーす!選手は戻って下さい!」
「……」
「……」
みんなが無言で肩を叩くのが虚しかった。
side琴美
「結局流れを切れず、か……」
「おっちゃん!どうする!?」
「そう焦んな、美波。まだ1Qやろ。そんな10点くらいパパッと逆転できるわ」
そうやな。
今まではそうやった。
でも、春沼相手に出来るんか……?
そんな疑問を全員抱いていた。
強い。
言い訳もなにもない。
春沼は強い。
「メリルを止めなアカン。速攻出させるのはマズイわ」
「「「「「はい!」」」」」
「5人で1つのオフェンスを作るで。5人や。ウチのバスケをやればええ」
「「「「「はい!」」」」」
「ディフェンスは基本をしっかり。腰を落として、手を上げよ。最後まで粘り」
「「「「「はい!」」」」」
「慌てることはない。ウチのやることやればええねん」
おっちゃんのいつもの声を聞いているうちに、焦りが静まってくる。
そうや。
やることやれば勝てる。
「2Q、踏ん張るで」
「勝つでッ!」
「「「「「おうッ!」」」」」
sideメリル
2Qが開始される。
「まず1本や」
琴美が安藤にボールを渡す。
「っし!守るわよ!」
「「「「Sure!」」」」
リールの叫びに全員が答える。
声も出せている。
絶好調ですわ!
「行こうか」
安藤から谷にボールが入る。
谷がパワードリブルを仕掛けるが、千里が退かない。
「余裕余裕ッ!」
ずっと沙耶対策をしていましたもの。
あの馬鹿力にも対応できるのだ。
谷に負けるわけがありませんわ。
谷から外の美波へボールが流れる。
「さぁ、言い訳は考えたかい?」
「面白い冗談やな」
美波がシュートフェイク1ついれて中に切り込む。
上手いですわね!
桜は飛ばされて、その隙に美波がだいぶ中に入ってきた。
そこからレイアップに飛んで、ブロックに飛んだ千里の横を抜くパスを出して谷へ。
谷が受け取ってそのままダンクを叩き込んだ。
「オッケィ!今のよかったで!」
「さぁ、言い訳できるんか!?」
おぉう、カッコ悪いですわ桜……
あれだけの口を叩いた次の瞬間に決められるとは……
「いやぁ、今のは負けだなぁ」
言い訳しない!
カッコイイですわ!
「私が取るから平気ですのよ」
「そうね、思いっ切りやりなさい」
リールからの長めのパスをキャッチして前を見る。
3pライン付近に接近して恵美と向かい合う。
速さのミスマッチがありますわね。
ここはやらせてもらいますわ!
右に踏み込み、そのまま脚力頼みで抜きにかかる。
工夫も何もないドライブですけれど、だからこそ単純な速度では最高ですわよ!
1歩、2歩を鋭く踏み込む。
「ヘルプ!」
恵美が叫んで美波が来る。
「それだけですの!?」
右、フリーになった桜が手を挙げる。
そちらに目を向けてボールを出す、フリをした。
面白いように美波が引っ掛かり、右に体が動いた。
がら空きの左を抜く。
「Easy!楽勝ですわ!」
そのままレイアップで決める。
すぐに戻ってディフェンスを固める。
再びアルと琴美が熾烈なポジション争いをやっている。
私も負けていられませんわね。
私のマッチアップ相手である恵美はそこまで強くない。
私のところは絶対に決めさせない。
あとはみんながやってくれますわ。
「美波!」
安藤から美波のボールが入り、ワンタッチで琴美に繋がった。
「キマスカ?」
「今のところは見逃してやるわ」
琴美も受け取るとすぐにパスを出す。
「恵美がスクリーンですわ!」
恵美が不自然に止まったのを見て叫ぶ。
「あ、ヤバ」
千里がそこに激突した。
谷が千里を振り切る。
フリーになった谷に素早くボールが回され、ミドルのショットを決められた。
「いい流れや!今の続けるで!!」
「「「「「おぅ!」」」」」
向こうの監督が叫び、全員が叫んで応える。
またテンションが上がってきましたわね。
「決めれば関係ありませんわ」
「頼むわよ」
リールからパスをもらって前を見る。
「……ダブルですの?」
桐生院のディフェンスの形が少し変わっていた。
基本に忠実なマンツーマンではない。
少し緩いゾーンのディフェンスになっている。
レイアップやダンクは何が何でも防ぐということですの?
そうですわね……打たされるみたいで癪ですけれど、ここでシュートタッチを取るのも悪くないですわね。
「よっと」
桐生院の5人が内側に縮まったままなので、フリーでの3pを打つ。
「あら?」
少し長かったですわね。
リングの奥に当たったボールが跳ねて、谷が取る。
ま、守ればいいだけですわ。
side琴美
ここや!
ここで流れが変わるで!
こちらがオフェンスを決めて、ディフェンスも成功させた。
あれで3p入ったらヤバかったけど、序盤のメリルはそこまで3pは入らない。
冷静に桜に回されたら終わっていたが、今のメリルがそんなことするわけない。
案の定自分で打って外してくれた。
ここで3p決めれば、流れは一気にウチに傾く。
絶対決める。
この点、絶対決めなアカン。
「あーちゃん!寄越し!決めるわ!」
「あぁ、頼むで琴美」
高い位置、まだアルがディフェンスに来ない位置でボールをもらう。
3pライン付近に近づくとアルが前に来た。
「今度は勝負や」
「Comeon」
グッと身を低くする。
マズイ……この間合い、1歩で詰められるわ……!
「シゴウチ行くで!」
サインを叫んであーちゃんにボールを返す。
そこから一気にコート外まで出て、ベースライン沿いにいる谷さんをスクリーンにする。
左から右へ一気に駆け抜ける。
アルは……やっぱついて来るよなぁ!?
走っている間にボールは回っている。
私が右へ走り抜け、そこから一気に切り返して中のほうに戻る。
しかも美波のスクリーンつき。
「む!?」
流石のアルも方向転換が間に合わず美波に激突する。
その隙に45°の位置でボールをもらった。
早くも復帰したアルがブロックに来たが、私が打つほうが早かった。
見慣れた放物線を描いて飛んでいくボール。
沈むわ。
確信してガッツポーズの準備をする。
ボールが音すらたてずにリングを射抜く。
「ッシ!!こっからやッ!一気に詰めたるでッ!!」
「「「「「おうッ!」」」」」
試合始まってようやく流れを掴んだ。
このまま一気に逆転まで持っていくで!
「さぁ守るでッ!死ぬ気で守りやッ!!」
「「「「「おぅ!」」」」」
「リール。私がやります」
「ええ、頼むわよアル」
今度はアルがすぐにボールを持った。
高い位置から1人で持ってくる。
「さて、と」
腰を落とし、手を上げる。
ここで守る。
ここや。
集中しろ琴美。
ここやで。
自分に言い聞かせる。
絶対やれると念じ続ける。
「メリル」
アルがメリルにボールを出した。
メリルがボールをキャッチしてすぐにアルに返す。
アルは横のほうに移動していく。
右の0°、3pラインに立つ。
「行けますね」
「琴美ッ!千里スクリーンやッ!!」
「マジでッ!?」
ヌッと横から現れた巨体。
千里が壁となってアルの姿を覆い隠す。
マズイ。
右から来るのか左から来るのかもわからへん。
左はベースライン沿いだから来たがらないやろ。
右から来てダンクか?
『感覚』も右を主張。
ってことは、
「左やなッ!?」
「Oh?」
やはりアルは『感覚』の逆を突いてきた。
これで止めれば、さらに流れを引き寄せられる……!
アルは私のディフェンスで飛べず、そのままベースライン沿いにリングの下を駆け抜ける。
よっしゃ。
1つ凌いだわ。
その時、私はまだアルという少女を見誤っていた。
世界最強という異名はシャレでもなんでもなく、まさしくその通りなのだと、まだ気づいていなかった。
強いとは思っていた。
だが、まさかこれほどなんて……
アルがゴール下をドリブルして駆け抜け、リングの下を潜り抜けた直後にボールを掴む。
そこから1歩を踏んで、2歩目を振り返りながらジャンプ。
リングから遠ざかりながら、しかもリバース、さらにフローターというショットだった。
もはや見ているしかできなかった。
フワリと優しく舞い上がったボールが、吸い込まれるようにリングに入る。
会場の全員が息を呑んだ。
驚愕のあまり声を出すこともできない。
それは私たちも同じだった。
勝てない。
この少女には絶対に勝てない。
着地の時にコロコロと転がっていたアルが起き上がる。
こちらを見る彼女は変わらずの無表情だった。
あれだけのショットを決めたのに、眉がピクリともせぇへんな……
「守りますよ」




