覚醒場の狂姫
自分が変わるとき
世界も変わるとも
配点(自覚)
side壮
「オッケーだ!よくやったぞお前ら!」
ロッカールームに引っ込んで、すぐに声を出す。
手をパンパンと叩きながら大声を出す。
「完全にウチのペースだ!ここからの逆転だったらウチの得意技だ!」
「悪ぃコーチ。最後、ブロックできなかった」
「いや、沙耶。潮田はお前のことを意識している。わざわざ難しいダブルクラッチを選んだ。それだけお前を注意しているってことだ。それでいいぞ!」
「押忍」
「それでお兄さん。後半はどうするんですか?」
織火がドリンクを飲み、一息ついてから言う。
その目線は
「ちょっと……キツイかも……ッ」
肩で息をするイリヤの姿があった。
まぁそりゃな。
前半、ゲーム作ってガードやって点数取ってれば疲れもする。
後半も同じゲームメイクだと、確実にイリヤが潰れてしまう。
控えのいない蓮里にそれは致命傷だ。
まぁ、だからコイツを温存していたわけだが。
「フフフ、ここで格好よく私の出番、ってわけね?兄さん?」
「あぁ、喜美。後半はお前がファーストオプションだ。全員聞いてくれ!」
俯いて息を整えていた咲、沙耶が顔を上げてこちらを見る。
「後半は喜美にボールを集める。イリヤ、少し休もう。4Qでまたイリヤの力が必要になる」
「……押忍」
ゼーゼー言いながらイリヤが答える。
「喜美。お前からは沙耶、咲にパスを出してもいい。咲、貰ったら躊躇なく打て!ゾーンに対しては3pがどれだけ決まるかが重要になってくる!」
「「押忍!」」
「沙耶、お前も貰ったら積極的に攻めに行け!勝負しろッ!」
「押忍ッ!」
「いいか!ここからだッ!この後半、ウチの強さを見せるぞッ!」
「「「「「押忍ッ!」」」」」
「勝つぞッ!」
「蓮里ッ!」
「「「「「ファイッ!」」」」」
「蓮里ッ!」
「「「「「ファイッ!」」」」」
「蓮里ッ!」
「「「「「ファイッットオオオオオ!!」」」」」
side菫
「いいぞお前ら。完全にウチのペースだ」
「「「「「はい!」」」」」
「モー子、ラストによく決めた。いい終わり方ができたぞ」
「余裕ッスよ」
生意気な……
しかし、この強気がもーちゃんの強さだ。
「松美、菫。シュートタッチは取れたな?」
「「はい!」」
「よし。なら後半は横浜のバスケをやるぞ。菫、響、一條。インサイドを攻めるぞ」
「「「はい!」」」
「蓮里のディフェンスは外に広がる。そこを突くぞ。菫の1対1で決めていく」
「「「「「はい!」」」」」
「モー子、相手がインサイド固めて来たらワンダブ狙え」
「はいッス!」
「で、ディフェンスだが。蓮里は後半、喜美を中心に攻めて来る筈だ」
全員に緊張が走る。
わかっていたことだが、それでも喜美のオフェンス力は脅威だ。
「ゾーンのままッスか?」
「プラン通り、マンツーマンディフェンスに切り替えるぞ。流石に喜美をゾーンで抑えることは出来ない」
「「「「「はい!」」」」」
「イリヤは休ませようとするはずだ。ダブルチームは解除していい。モー子、もし来たらお前が責任持って止めろ」
「はいッス。もう抜かせないッス」
「その代わり、イリヤに対するディフェンスを喜美にもやる。松美が常に見て、3人の誰かが見ておけ」
「響、松美!声掛け合うよ!ちゃんとコミュニケーション取るよ!」
「「はい!」」
ディフェンスが横浜の強さだ。
しっかり守って確実に決める。
ディフェンスからリズムを作っていく。
「横浜ッ!」
「「「「「ファイッ!」」」」」
side琴美
「おもろい展開になっとるなぁ、あーちゃん」
「あ、琴美。アップ終わったん?」
「軽く動いて来たわ。後半そろそろか?」
観客席の1番上。
全員を見下ろす所であーちゃんと試合を見る。
大きな体育館で唯一行われている試合は、まもなく後半が始まろうとしていた。
選手はコーチの元で最終確認をしている。
目線を移動すると、観客席の最前列に楓、美紗、知美がいる。
そして右のほうに北海道、東福岡もいる。
林檎、試合見る時は眼帯取り……
そして私達の向かい側、反対に春沼がいた。
5人全員がストレッチをしながら試合を見ている。
アルと目が合った。
満面の笑みで手を振ると、チョコンと会釈をされる。
その隣で気づいたメリルが、応えるように満面の笑みでブンブン手を振る。
うわ可愛いッ!
「可愛いなぁあーちゃん!」
「琴美、あれ相手やで」
「わかっとる!でも可愛いねん!」
「はぁ……」
聞き慣れたあーちゃんのため息。
「ま、調子は良いみたいやしな。やれるんやろ?」
「任しとき。日本最強の意地見せたるわ」
「そか……で、今日のゲームは?」
「フッフッフ……今日のは取っておきを用意しておいたで」
「取っておきとかあるんや。で、何なん?」
「ズバリ、『どうぶ○の森』や」
「ほのぼのッ!!」
「テンション上がるなぁ!」
「どこでッ!?テンション上がる要素どこッ!?」
「勝手に家を増築して、不当に高額なローンを請求する悪徳商人との終わりなき戦い……!」
「うわ!なんかそれっぽい!」
そんな風にじゃれあっていると、蓮里と横浜の3Qが始まった。
織火がすぐに喜美にボールを渡す。
「さぁ、見せてみ喜美」
ついに喜美が動き出した。
side喜美
織火にボールを渡され、3p付近でドリブルを続ける。
背中は向けず、松美を真正面から見据える。
チラリとインサイドを見ると、沙耶と菫が激しくポジション争いをしている。
菫が何か指示を出す。
インサイドの、ローテーションの指示でしょうね。
兄さん予想では私へのダブルチームがある。
松美と、インサイドのビッグマン。
その2人をかわして決めなければいけない。
アルだったら簡単に切り裂くんでしょうね。
なら、私にやれない道理はない。
「どうした?来いよ」
松美が挑発するように言う。
「そうね。お言葉に甘えるわ」
強く踏み出す。
右に軽めの、しかし高速の1歩を踏み出す。
『感覚』任せのドライブ。
「読めるッ!」
そのコースを松美は完璧に読んでいた。
見事に私のコース上に立ちはだかる。
「読んでるわよ」
しかしその程度、私にもわかっている。
勝負はここからだ。
『感覚』に逆らう。
ドライブを主張する『感覚』を切って、無理矢理ターンに切り替える。
そこで再び『感覚』がアジャストする。
『感覚』がターンに切り替わり、そこに自分を乗せる。
「1人ッ!」
松美を抜く。
「響!」
「任せろッ!!」
そしてインサイドにもう1人の壁、響。
『感覚』は無理矢理にぶつかって捩込むことを主張。
今度は最初から『感覚』任せだった。
響なら、『感覚』で十分だ。
ペイントエリアに侵入し、ボールを両手でしっかり掴む。
そのままステップを踏み、響にぶつかりに行く。
ジャンプして、響の上からシュートを打つ。
しかしリングに嫌われる。
「リバウンドッ!」
「私のよッ!!」
外れても、自分で取って無理矢理捩込むッ!!
「ラァッ!!」
「嘘ォ!?」
インサイド、潜り込むようにして一條の内側に入り、背中で一條を押し出す。
そのまま響とのリバウンド争いになり、
「取りよッ!」
空中でボールを引っつかみ、床に着地してから再びジャンプ。
「クソッ!」
上から抑えに来る一條を無視して、ゴール下のシュートを決めた。
「ッシャア!」
「ナイス喜美ッ!」
戻る途中でイリヤと手をたたき合う。
そう、私はこれでいい。
ようやくわかった。
私は兄さんとは違う。
私には兄さんのプレイはできない。
あんな一瞬で相手を置き去りにするような、鮮やかなプレイは出来ない。
私は兄さんとは違う。
私にはあのスピードがない。
だが、私には天性のバランス感覚と鍛え上げたフィジカルがある。
強引に切り込んで、無理矢理打って、外れても必死でリバウンドを取って、何とかして捩込む。
綺麗なプレイではない。
泥臭いプレイだ。
それでも、決めればいい。
チームが勝てればいい。
カッコイイとか、カッコ悪いとか、そんなの関係ない。
叩かれて、殴られて、ボロボロになって!
それでも決めるのが私だ!
これが私だ!
覚醒した。
side楓
「喜美のヤツ……確立したな」
「確立?何を?」
知美はわかっていないらしい。
今の喜美が、県大会とは桁違いの強さになっていることに。
「自分を、だ。自分のスタイルを確立したぞ、アイツは」
雰囲気でわかる。
目の色が変わった。
インハイ横浜羽沢戦の沢木壮、球技大会蓮里戦の美紗と同じだ。
覚醒している。
横浜がインサイドにボールを入れて、菫が取る。
そのまま菫と沙耶の1対1。
菫は右に行くと見せかけて、左に出る。
沙耶は気づいて素早くコースを塞ごうとするが、菫がその下に潜り込んだ。
そのままステップを踏んでリバースショットで決める。
やっぱ上手ぇ……!
蓮里のオフェンス、織火はすぐに喜美に託した。
喜美が高めの位置で松美と見合う。
そこから強引なドライブを選択した。
速くはない。
松美もついていける。
なのに、喜美を止めることができていなかった。
強引にペイントエリアまで侵入する。
そこには一條が待ち構えていた。
さらに響と菫が見ている。
横浜の誇るビッグマン3人が喜美を見ていた。
それでも喜美はステップを踏む。
両手でしっかりボールを掴み、飛び上がる。
そしてブロックに飛んだ一條の上から……
「ラッシャアアアアァァ!!」
喉を裂かんばかりの咆哮と共に強烈なダンクが決まる。
沢木壮、イリヤのような相手を置き去りにするダンクではない。
相手がいて、それでも無理やりに叩き込むダンクだ。
イリヤがクールなプレイなら、喜美はハードなプレイだ。
心を熱くするような、タフなプレイだ。
その一撃は会場を沸かせ、チームを盛り上げ、流れすら変えてしまう。
インサイド中心の、タフなオールラウンドプレイヤー。
それが今の喜美だった。
そのプレイはチームメイトにも影響を与える。
「ッサァ!!絶対守るよッ!」
「「「「「押忍ッ!!」」」」」
イリヤの叫びに全員が応える。
全員のテンションが上がっている。
「落ち着くッスよ!なんでもないプレイッス!1本決めるッスよ!」
「「「「「はい!」」」」」
潮田が菫に上がれと指示を出す。
菫が上がってきて、潮田と何事か言葉を交わす。
そしてすぐに横に展開した。
3pライン付近、45°付近に位置する。
沙耶を外に引っ張り出そうという魂胆だ。
潮田が響にボールを入れて、響から松美にボールが渡る。
松美はもらってすぐにシュートフェイクを入れて咲を飛ばせると、それを抜いて中にドライブ。
「ヘルプッ!」
「私よッ!」
喜美が1歩でそのコースに体をぶち込んだ。
それを見て松美はノールックで左に投げる。
リング真正面にいた潮田がそれをキャッチする。
同時にドライブで中に切り込む。
と見せかけて左にノールックのパスを出した。
それを菫がキャッチ。
1つドリブルを入れてステップを踏もうとする。
「させるかあああぁぁ!!」
しかしそこに、抜かれた直後の沙耶が強引に入った。
菫の目を真正面から見つめ、吼えながら立ちはだかる。
それを見た菫は、素早くボールを手放した。
沙耶の脇を射抜くような鋭いパス。
そこから一條につながり、一條がダンクを決める。
上手ぇ……!!
「オッケィ!ナイスアシスト菫ッ!」
強いセンターなら何人も見てきたが、上手いセンターは菫くらいしかいない。
プレーを見て、思わず上手いと呟いてしまうのは菫だけだ。
そこからお互い、エースが爆発した。
横浜は菫がインサイドでゴール下を決め、アウトサイドで3pを決め、パスを供給し、リバウンドを取る。
1人で得点、アシスト、リバウンドのチームハイを叩き出す勢いだ。
沙耶は何とか喰らいつくがが、そこは経験の差と技術力で菫が優位に立つ。
蓮里は喜美が完全に覚醒した。
インサイドに強引なドリブルペネトレイト。
ファールして止めようとしても止まらない。
圧倒的なフィジカルの強さと、バランス感覚で次々に得点を量産していく。
空中で相手にぶつかっても、そこから再びシュートフォームを作って打つのだ。
滞空時間が目茶苦茶長い。
お互いにエースの取り合いとなり、スコアはグングン伸びていく。
そして3Qのラストオフェンス。
喜美がボールを持った。
残り14秒。
ドリブルで時間を潰す。
そして残り5秒、動き出す。
必死の形相で追い縋る松美。
と、喜美が唐突にドライブを止めた。
ここまでドライブドライブで決められていた横浜は、完全にドライブ警戒態勢だった。
そのため、ほぼフリーでの3pショット。
放った喜美が小さくガッツポーズを取った直後、ブザーと共に3pが沈んだ。
蓮里75-79横浜
次回、横浜戦決着です。




