激戦地の不退者
怖くても
恐れても
退かぬ者
配点(不転)
side菫
「切り替えよ。返すよ」
「先輩、こっちッス」
手を叩くもーちゃんにボールを戻す。
もーちゃんはボールを運び、そこで1度止まる。
「先輩ッ!」
もーちゃんの指示より早くポジションを取る。
沙耶を背中で押し出す。
クソ……粘りもあるわね……!
もーちゃんからのパスを受け取る。
リングまではまだ少し遠い。
もっと近くに!
「……ッ!」
「こんの馬鹿力……!」
パワードリブルで押していく。
重心を低く、下から上に突き上げるように。
技術のないパワーだけの相手ならこれで押せる。
だが、
「それなら楽勝よ!」
沙耶は私と同じ台詞を吐き、上手く勢いを吸収して受け止める。
コイツ……県大会の時はこんなことできなかったはず……
県大会から全国の間に覚えたの?
でもね、これだけじゃないって!
右にターンを切り、そこから一瞬で反転する。
最初の動きに釣られた沙耶が右に動き、空いた左のスペースに体を捩込む。
そこからステップ2歩。
ダンクには厳しいが、それでもギリギリまでリングの近くにボールを持っていく。
そしてレイアップ気味にボールを放る。
「ッシャア!」
「流石ッス!先輩!」
「「「「「ナイスショット菫!」」」」」
応援のみんなの声を背負い、腰を落として手を広げる。
「さぁ来い蓮里ッ!挑んで見せろッ!」
side楓
「行くわよ織火」
「オッケーです」
喜美が織火にボールを投げ入れ、並走する。
さぁ、蓮里はどうする?
織火は寄って来たイリヤに手渡しでパス。
そのまま喜美、織火、咲の3人が左に寄る。
イリヤのためにスペースを作ったか。
「来るッスか?」
それはつまり、潮田とイリヤの1対1ということだ。
ここの勝負もすげぇぞ……!
どちらも速いタイプのプレイヤーだ。
身長はイリヤのほうが上だが、身体能力は潮田のほうが上だろう。
イリヤがその場でドリブル。
レッグスルー、ビハインドバックと手足のようにボールを操る。
イリヤの奴、ボールハンドリングも強化してきたか。
その場で数回突っ込むフェイクを見せる。
それを見て潮田がジリジリと後退する。
それを見たイリヤが一瞬でシュートフォームを作り上げる。
「まだッス!」
潮田が飛び上がるが、その長身左利き、独特の間合いという厄介極まりない特徴を持っているイリヤのシュートは止められない。
シュートが放たれた。
「ロングです」
美紗が呟く。
美紗の目に狂いはなく、ボールはリングの奥に当たって外れる。
「「「「「リバンッ!!」」」」」
横浜、蓮里の全員が叫ぶ。
「沙耶!抑えろッ!」
ベンチから立ち上がって猿が絶叫する。
しかし菫がキッチリスクリーンアウトをしている。
「取らせなきゃいいッ!!」
そこに猿の絶叫が追加。
沙耶はそれに答えず、ただボールを見ている。
そして菫が飛ぶよりも早くジャンプ。
反応するように菫も飛んだ。
つかみ取ろうとした菫と、ただ弾こうとした沙耶。
その差が、2人のポジションの優劣をひっくり返した。
「嘘でしょッ!?」
知美が驚愕の声を上げる。
ボールは首の皮一枚の差で沙耶の爪先が弾いた。
あの菫に、ポジションで負けておきながらオフェンスリバウンドを奪ったのだ。
どういう身体能力してんだアイツ……!
そして弾かれたボールには、咲と一條の争いになる。
「私のッ!」
「うるせぇ私のだッ!!」
2人して一切の躊躇なく飛び込んだ。
咲が先に指先をボールに引っ掛けて、
「こっちです」
とりあえず声のした方にぶん投げる。
ボールは声を放った織火から少し離れた所に飛ぶ。
外に出る軌道だ。
「まだです!」
織火はそれを飛びながら片手で抑える。
そのまま足が床に着く前にノールックでパス。
そんな無茶苦茶なパスを、喜美は見事にキャッチした。
横浜のゾーンは完全に崩れている。
蓮里の必死のオフェンスが、鉄壁のゾーンをこじ開けていた。
喜美が置いて来るようにしてレイアップを決める。
「ディフェンス!」
そして横浜が体勢を立て直すより早く自陣に戻った。
戻りが早いな!
横浜は潮田がボールを持ち、一旦落ち着ける。
この程度で王者が揺らぐことはない。
再び菫が中に入り、ボールを呼ぶ。
高めの緩やかなパスが放られ、菫が受け取る。
再び菫と沙耶の対決。
菫が素早くターンを切り、中に切り込もうとする。
しかしそれは沙耶が読み切ってコースに入った。
しかし菫の手にボールはなかった。
「松美ッ!!」
猿の叫びに蓮里は反応しきれなかった。
菫の巨体に遮られ見えなかったのだ。
松美がボールを受け取り、ミドルでのショットを放つ。
「余裕だな」
シュートは音すら立てずに決まった。
やっぱ横浜強ぇ……!
sideアル
「どう見ますの?アル」
メリルがストレッチをしながら尋ねて来る。
ウンウン唸りながらストレッチとか私を萌え殺しするつもりですか、メリル。
「横浜は変わらず、かと。いつも通りの菫、松美、潮田を中心としたプレーを展開しています。菫のポストプレーから派生していく、横浜のバスケです」
「蓮里はどうなんだい?」
桜に言われて、県大会で倒した相手に目を向ける。
「そうですね。やはり序盤はイリヤが点を重ねるようです。イリヤにボールを集めています」
初撃はイリヤ、終撃は喜美、というのが蓮里のパターンですね。
見ている先、イリヤがステップフェイクからのミドルジャンパーを決めた。
イリヤのあそこのシュートは確率が高い。
「しかし喜美が大人しすぎる」
と、後ろで見ていた大祐が呟く。
「喜美はもっと絡む。だがこの試合、まだほとんどボールを持ってねぇぞアイツ」
それが蓮里の作戦なのか、松美のディフェンスが素晴らしいのか。
蓮里のベンチを見る。
作戦ボードにバナナの絵を描く男がいた。
「蓮里負けましたね」
「あぁ!思っても言わなかったことを!言わなかったことを!」
「いや、メリル。あれ絶対現実逃避しているでしょう」
「わ、わかりませんわよ!?ひょっとしたら動き方を描いているのかもしれませんわよ!?」
「本気でそう思いますか?」
「思いませんわ」
しかし沢木壮。
どうするつもりですか?
現状、まったく菫を止めることが出来ていないのですけれど。
side壮
ここが悩み所だ。
沙耶を菫につけたままか?
今のところ沙耶は菫を止めていない。
いいようにやられている。
点数こそほぼ同じだが、点の取り方が違う。
横浜は菫のポストプレーからのほぼ確実なゴール下のショットばかり。
対してこちらはイリヤのミドルに頼っているところが大きい。
今日のイリヤのシュートタッチは完璧で、開始から3本続けてミドルを沈めている。
しかしいつかは外れる。
そうなった時に今のままだと確実に離される。
どうする?
ディフェンスを何とかしなければいけない。
喜美を菫につけるか?
体格のミスマッチが出来るが、喜美ならその差も埋められる。
だが、沙耶に任せると言って送り出しておいてマッチアップを変更したら沙耶のテンションが下がるのでは?
そんなことを気にしている場合ではない、なんてことはない。
ここまで来るとそういうテンションも重要になって来るのだ。
テンション上げてのオフェンスで相手を圧倒する蓮里のバスケではテンションが重要だ。
下手に下げるわけにはいかない。
どうする?
どうすればいい?
タイムアウトを取るか?
とってどうする?
変更か?やんのか?
クソ……俺が試合に出ているなら、とりあえず自分でやってみるんだが……
いや、その前に選手の言葉聞こうぜ、俺。
「織火ッ!織火ッ!!こっち来い!」
菫が強引に押し込み、止めようとした沙耶がファールをしてしまったところで織火を呼ぶ。
腰を屈めて織火と目を合わせる。
「どうだ織火?沙耶は」
「お兄さん!沙耶はやれます!」
織火は、俺の目をまっすぐ見返して断言する。
「やられてんぞ?」
「沙耶ならアジャスト出来ます!ここでマッチアップを変えないで下さいお兄さん!沙耶ならやれます!」
監督に向かって堂々と言い切った。
仲間の絆とか、そんな安っぽいものじゃない。
沙耶の実力ならやれる。
そう確信している目だった。
……そうだよな。
コートに出ている選手にしかわからないことがある。
織火は、それを感じ取れるまでに成長していた。
「……わかった。だが、喜美にヘルプに行けるように言っておけ。1本でも止めておきたい」
「わかりました!」
織火が叫び、コートに戻っていく。
危ねぇ……織火の言葉聞いておいてよかった……
side沙耶
「沙耶。お兄さんが、菫とのマッチアップを続けろと」
マッチアップを変更されるかと恐れたが、コーチは私を信頼していた。
菫を止めるのは、私しかいないと信じてくれているのだ。
応えてやりたい。
みんなが私に期待している。
応えてやりたい……!
「こっち!」
ゾーンの中に飛び込んで手を上げる。
そこに織火のパスが入った。
背中に菫がくっついている。
息遣いまで感じられる。
自分と同じ背丈。
しかも経験がまるで違う。
だからどうした!
「ラァッ!!」
「ッ!?強引!」
退くな!退くな私ッ!
怖じけづくなッ!
外しても構わない!ブロックされても構わない!ファールしても構わないッ!
だが、絶対に退くなッ!!
振り向き様のショットはリングの奥に当たり外れる。
「取りよ!」
「こっちですッ!」
しかし菫がリバウンドに参加できなかったぶん、喜美がオフェンスリバウンドを取れた。
そのまま織火にパスが飛び、すぐにイリヤに飛ばされた。
サイドに展開して待っていたイリヤの手にボールが入る。
同時にジャンプして3pショット。
「げ、ズレた」
イリヤが顔をしかめる。
ボールはリングの手前に当たって弾かれる。
「「「「「リバンッ!!」」」」」
再びのリバウンド対決。
蓮里は喜美、私が。
横浜は菫、響、一條が飛んだ。
「そう何度も負けられるか!」
響のところにボールが落ちていく。
少し遠い。
諦めるか?
馬鹿言え。
ここが私の仕事だろうがッ!
退くなよッ!!
「嘘だろッ!?」
思い切り跳躍し、響に背中をぶつけてボールを取りに行く。
笛は吹かれていない。
そして響より先に、私の指がボールを弾いた。
「危ないッスよ!」
しかし弾かれたボールは潮田が飛び込んで抑える。
「先輩ッ!油断してるんじゃないッスか!?何やってるんッスか!?」
「悪ぃ、みんな」
「沙耶は取ってくるッスよ先輩」
「ああ、次は絶対に1本で抑える」
「頼むッスよ」
クソ……取れなかった……
だが、今の感じ……
「沙耶。よかったわよ。私たちは泥臭く、粘って取るわよ」
「ええ、絶対にオフェンスリバウンドを取る!」
今の、何かを掴んだ。
そう、退かなければいいのだ。
ボールは既にこちらの3p近くに運ばれていた。
「楽々ッス!」
潮田と織火の1対1。
潮田が松美をスクリーンにしてクロスオーバーを仕掛ける。
速い!
だが、
「させねぇよッ!!」
そこに飛び掛かって行く。
潮田がジャンプした場所、タイミングから到達点を推測。
「オラァッ!!」
「マジッスか!?」
ボールが潮田の手から離れた瞬間に、思いっきりぶったたいてやった。
「よくやったわ沙耶ッ!」
「喜美ッ!ラストオフェンスできるこっち寄越してッ!!」
飛んだボールは喜美が掬い取り、イリヤに回される。
慌てて戻る横浜。
その5人に対してイリヤは1人で突っ込みに行った。
一気に3pラインのかなり後方まで切り込んで、
「3本目は外さないって」
急ストップからのジャンプシュート。
ここまで2本落としていたシュートだが、3度目は沈んだ。
「ッシ!決めて終了ッ!!」
これが1Q終了の合図となった。
1Q終了時点での点数
蓮里14-20横浜
かなり低いスコアのゲームになっています。
1Qでは蓮里はイリヤが、横浜は菫が最多得点を取っています。




