試合前の挨拶者
差し出された手
握り返すは
力か心か
配点(挑発)
side菫
「……決まったわ」
「何がッスか?菫先輩」
「勝つほうが、よ。もーちゃん」
林檎の目つきが変わった。
さっきまでのふざけた感じがなくなった。
気分屋の林檎がようやく本気を出すということだろう。
コート上、林檎にボールが渡った瞬間に空気が一変する。
「……」
林檎の目が相手のポイントガードの目を射抜く。
相手の目を睨むままに林檎は素早いドリブルでどんどん上がっていく。
「ッ!?」
相手のポイントガードが驚き、すぐにダブルチームを要請する。
「遅い」
しかしその一瞬が命取りだった。
サインを出そうと目線が林檎から外れた瞬間に抜かれたのだ。
「速いッ!」
もーちゃんが叫ぶが、林檎が凄いのはここからだ。
一気に突っ込みに行き、相手がヘルプで寄ったところで減速した。
いきなりのスピードダウン。
林檎と相手の間に空間が出来る。
その空間を利用して林檎はパスを出す。
「ありがとさん!」
それをゴール下にいたセンターが受け取りダンクで決めた。
「今の……パスに行くつもり、なかったッスよね」
もーちゃんが目を細めて断言する。
「途中で相手がいたから変えたって感じッス。あの短い間にそこまで考えたんッスか?」
「林檎は自分で点を取れるから、それをフェイントに使える。しかも今のは、間違いなく打っていい場面だった」
そこでパスを出すのが林檎らしい。
パスを出していい場面で自分で決めて、シュートを打っていい場面でパスを出す。
変則派ポイントガードの面目躍如と言ったところか。
「この勝負、残念だけど相手に勝機はないわね」
side林檎
最後のオフェンスはボールをキープして終了にしてやった。
勝ちが決まっている状況なら、不必要な点は取らないのが礼儀だ。
相手はよく頑張った。
最後まで諦めずによく粘った。
本当によく頑張ったと思う。
だが、私達の勝ちだ。
試合終了のブザーと共に崩れ落ちたお嬢様を見る。
「ああ……ッ……!」
こういう時、どういう言葉かけてやればいいんだろうねぇ?
「林檎、お疲れ」
「はいよー。じゃあ挨拶しよっか。ね?」
チームメイトに肩を叩かれて私はそれしか言えなかった。
「……はいッ……みんな、挨拶するよ……!」
「「「「はい!」」」」
お嬢様は頑張って立ち上がり、コート上で泣いているみんなを集めて整列させる。
「「「「「ありがとうございましたッ!」」」」」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
そして挨拶を交わす。
下げた頭を上げると、お嬢様はまだ頭を下げたままだった。
「本当に……ありがとうございました……!」
「うん」
返事をしてやるとようやく頭が上がる。
そしてそのままこちらに飛びついてきた。
おぉう!?
「林檎さん……頑張ってください……絶対に……勝ってください……!」
「そりゃー確約できないなぁ。優勝って難しいし」
「そうですよね……ごめんなさい」
「でも、全力でやることは確約するよー。まぁ任しときな、お嬢様」
「……はい!応援してますから!」
お嬢様は最後までいい人だった。
私はポンとお嬢様の頭に手を置いてロッカールームに下がった。
side喜美
試合が終わり、着替えて観客席に座る。
兄さんのほうは早々と東福岡の試合を見に行き、その後別の試合のビデオを撮りに行くそうで別行動となっている。
「それで私たちは桐生院のほうを見ておけってことですね」
「桐生院ね。優勝候補とも言われているけど」
実際、私、知美、楓、美紗、梨華という県の上位校のエース級ばかりで組んだチームと互角だった。
やっぱり琴美が強いし、他のメンバーも十分実力がある。
始まるまで少し時間がある。
何かイリヤと話そうかしら?
「蓮里さんでしょー?」
何気なく上を見ると、真上から私を見下ろす少女がいた。
「ええ、そうだけど」
白色の下着……鉄板すぎてつまらないわね。
体を回して後ろを見る。
「じゃーご挨拶ってとこかなぁ?初めまして。東福岡のポイントガード、林檎だよー」
そこにいるのは、私が言うのもアレだけどアレな少女だった。
短いスカート。
まぁいいわ。
この際、今は冬だというツッコミはナシにしましょう。
お洒落の基本は我慢だものね?
ゴツいベルト。
まぁいいわ。
それもお洒落の一つよ。
それにスカートに結構合ってるからむしろいいんじゃないかしら?
その上のジャケット。
ええ、いいわ。
カッコイイ系のスタイルね?
了解よ。
私もたまにするもの。
ええ、もうこの際だからその上に羽織っているマントも無視してあげるわ。
そうよね。
魔法使いはマントを羽織るものよね?
ええ、いいのよ。
別にいいの。
私は流石にマントは羽織ったことはないけれど、そういうものなのよね?
ええ、わかったわ。
東福岡は魔法の国なのね?
魔法の国ならマントを羽織るのも仕方ないわね。
ええ、いいわよ。
でもその眼帯は何よッ!?
アンタさっきまで元気にバスケしてたでしょうがッ!
眼帯付ける理由0でしょうがッ!
しかも普通の白い眼帯ではなく、黒に金の意匠が施された無駄に高級そうな眼帯だった。
一瞬どこで買ったのかしら、という疑問が浮かぶが頭を振って打ち消す。
隣の織火は思考停止に陥っているし、イリヤも金魚のように口をパクパクしている。
沙耶は何も見なかったというように試合のほうに目をやっている。
私も是非そうしたいのだが、この場面では私しか答えられる人間がいない。
咲は興味深そうに少女を見ているが何を言い出すのか不安だ。
私が対応するしかない。
兄さんがいれば兄さんに押し付けられたのに……
「は、初めまして。蓮里の喜美、沢木喜美よ」
「わぉ、本当にあの沢木壮の妹なんだねぇ?ビックリだよー」
私はアンタの格好にビックリよ。
「じゃ、まーよろしく頼むよー?3回戦、楽しみだよ。いい試合にしようねぇ」
「え、えぇ」
差し出された手を握り返す。
この私が気圧されるとは……
やはり全国4強の一角。
(喜美!喜美!このファッションについて言及して下さい!知的好奇心的に気になります!特にその眼帯を恥ずかしげもなく付けられるその神経が気になります!)
(嫌よ。自分で聞きなさいよ、そんなこと)
(流石にマントに眼帯少女にそんなことを聞けませんよ!)
(私だって無理よ)
(喜美はお洒落に精通しているじゃないですか!こう、洒落友みたいな感じでお願いしますよ!)
そこまで言われれば引き受けないわけにもいかない。
「あの……その眼帯なんだけど……」
「うん?」
周囲の空気が固まった。
私たちの周りでチラチラと少女のほうを見ていた他校の生徒が一瞬で固まる。
「……その、目が悪いというわけでは」
「ないよー。流石に片目で3pはキツイかなぁ」
「え、ええ。そうよね。じゃあその眼帯は一体……」
これで、『いやぁ、いつもはこれで封印しておいてやらないと暴走してねぇ』とか言うならまだよかった。
この林檎という少女はつまりそういう少女なのだということで分類して対応することができる。
しかしこの少女は、
「んー?そりゃあ決まってるよ。お洒落」
「……」
非常に返答に困る答えだった。
私は別に初対面の相手だからと言って遠慮しているわけではない。
似合っていなかったらその子のために『もっと綺麗になれる方法があるわよ』くらいは言う。
そして指導もしてやれる。
しかしその少女は、ミニスカにジャケットにマントに眼帯という強烈なファッションにも関わらず、やたらと似合っているのだ。
おかげで否定ができない。
お洒落かと言われればお洒落だ。
雑誌のモデルもやっている私が言うのだから間違いない。
奇妙奇天烈なのにそれが似合っている。
だが、だからと言って肯定できるわけでもない。
やはり奇天烈なのだ。
歩いてる人の10人が10人、写真を撮ってネットにアップしたくなるレベルの奇天烈さなのだ。
どうしよう。
途方に暮れて織火を見る。
織火もまさかここまで清々しく断言されるとは思っていなかったらしく、再び思考停止に陥っていた。
「おっと、そろそろ琴美の試合が始まっちゃうねー。それでは、また明日ね。いい試合にしようねー!」
そして少女は来たときと同じくらいの唐突さで駆け出して、私たちに散々苦手意識を植え付けて去って行った。
side琴美
「……時間やで、琴美」
「そか。悪かったな、ちょっと緊張しとったんや」
「そうなんか。緊張しとったんか」
「ああ、緊張しとったんや」
「緊張しとったら試合前に廊下でゲームやるんか」
「マ〇オとかたまにやりたくなるやろ?あれやあれ」
「……琴美、実は緊張なんてしとらへんやろ」
「おっちゃん怒っとったか?」
「苦笑いやったわ」
「そっか、ええおっちゃんや。ホンマ」
マリ〇の電源を切る。
あとちょっとでゴールやったんやけどなぁ。
「相手どこやっけ?」
「本気で言っとるんか?」
「どうやと思う?」
「相手は香川や。ご近所さんやな」
あーちゃんはホンマに私のことをよくわかってるなぁ。
「じゃあボチボチ行きましょか」
「はいはい」
ロッカールームには戻り、すぐにコートの方に出る。
さぁて、ウチらの全国初試合やな。
2回戦は6つの学校がそれぞれで試合をやるから長いです。
次回は桐生院、その次に春沼で最後に北海道です。




