鬱屈場の怒者
それは人を強くし
弱くするもの
配点(憤怒)
side知佳
「よーし、じゃあ東雲。この問題解いてみろ」
「先生、この世に解ける問題なんてないんですよ……」
「言い訳はいいからとりあえずやれるだけやってみろ」
チッ、最初の方はこの対応に戸惑っていた先生も流石にこの時期になれば慣れるか。
「数字をいじくり回して何になるんですか、先生」
それでも抵抗のためにぶつくさ言いながら前に出る。
「つまらないことを熱心にやる訓練になるんだ、東雲」
ぶっちゃけやがったよこの先生。
ふと時計を見るとウチの子達の試合の時間だ。
喜美ちゃん達とやり合わないといけないってのも大変だねぇ。
あまり口は出していない。
私は壮君のように下の子に教えるのはあまり上手くない。
全部感覚で出来ちゃうからだろうねー
蓮里対策何かない?と聞かれたので1つだけ言っておいた。
「東雲。蓮里-(喜美+イリヤ)=弱ってどういうことだお前」
「そのまんまです先生」
「東雲。今は数学の時間だ。数学は数を使うから数学って言うんだ。お前の式、数が入ってないが?」
「先生、常識に縛られちゃダメですよ。だから先生髪の毛前線が後退するんですよ。頭部前線異常ありですね。ヤバい今の私うますぎッ!」
殴られた。
クラスメイトの笑い声に笑顔で答えて席に戻る。
「えー、この式だがな……うん。東雲の言う通り先生も常識に縛られているかもしれないな。よし。じゃあこの式をなんとか活用して解いてみよう」
悪い先生じゃないんだよね。
私にもやれるだけって言ったし、頑張らせてくれる先生だ。
ふざけてごめんなさい先生。
でもやっぱり全国が気になるんです、私。
壮君、どう戦ってくれるのかな?
「出来た!出来たぞすげぇ!自分でも感動モンだよコレ!」
「「「「「マジでッ!?」」」」」
この1年後、先生がノーベル賞を取ることになるのだが、それはまた別の話。
side壮
横浜の試合を見終わることはなく、途中で俺達はアップのほうに移動した。
ジョギングやダッシュ、フットワークをこなしていく。
今日の相手の沖縄のことはビデオを見て研究済みだ。
俺が指示を出すまでもなく、織火が自分でゲームプランを組み立ててみんなに説明していた。
まぁ最初はそれでいいし、何事もなければそのまま織火に任せればいい。
だが、沖縄にはある意味蓮里キラーがいる。
不確定変数、人類という範疇から明らかに生物学的に外れている人物。
俺と喜美と知り合いで、他の蓮里の面々についても知っている全国一の女。
俺と同じく夏冬を連覇したプレイヤー。
東雲知佳が、沖縄にはいる。
流石にここまで来ているということはなさそうだが、練習の時に口を出している可能性が大いにある。
本当に、知佳は怖い。
平気で外道戦法を取って来るからな。
喜美の弱点を知った上でそこを突いて来る恐れがある。
天敵だ。
だが、それを倒すことで俺達は自信をつけて第4シードの東福岡との対戦に挑むことができる。
いい試練だと思ってやらせてもらうさ。
アップも終わり、時間になった。
ロッカールームに移動する。
「さて、いいですか?沖縄については説明した通りです。相手に突出したエースはいませんが、そのぶん全員で得点を取りに来ます。ディフェンスはしっかりやりましょう。オフェンスは喜美、イリヤでいつも通り取りまくります」
「「「「押忍ッ!」」」」
「ここから本気よッ!気を抜いたら負けると思いなさいッ!気持ちで勝ちに行くわよ!声で捩じ伏せるわよッ!」
「「「「押忍ッ!!」」」」
「蓮里ッ!」
「「「「ファイッ!」」」」
「蓮里ッ!」
「「「「ファイッ!」」」」
「蓮里ッ!」
「「「「ファイッとおおおおおおおおおお!」」」」
「お願いします」
「フフフ、よろしくね」
握手を交わす。
しっかりとこちらを睨みつけて来た。
シューズの底を手で拭いて滑り止めとする。
見るとセンターサークルに2人が入り、ボールが上がった。
沙耶が危なげなく弾いて咲が取り、織火に飛ばす。
さて、決めようかしら?
前に走り出そうとすると何故か相手にぶつかった。
「は?」
sideアル
「沖縄は喜美とイリヤに対してのオールコートを選択しましたね」
喜美とイリヤに2人がオールコートでぶつかり、プレッシャーをかけ続けている。
徹底的なエース封じだ。
「よく研究しているわね。全員がそれなりの実力を持っている東福岡や横浜はともかく、沖縄は喜美、イリヤを抑えられるプレイヤーがいない。だったらどうするか。その答えの1つが」
「オールコートのディフェンスというわけだね?体力無視の全力ディフェンスでボールを持たせないようにするわけだ」
いくら強いプレイヤーでもボールを持てなければ点を取ることはできない。
体力はあっという間に切れるが、そこはベンチでカバーしようということか。
「それでも沖縄は織火、咲、沙耶を相手にすることになりますわ」
だが、メリルの言う通りだ。
特に沖縄の身長では沙耶を止めることは出来ないように思う。
予想通り織火は沙耶にボールを投げ込んだ。
沙耶がキャッチして、背中で一気に押し込んでいく。
相手は耐えることができずにジリジリと後退させられる。
そのまま沙耶が押し切ってゴール下でのシュートを確実に決めた。
「あれを何とかしなければどうしようもないと思うのですけれど……」
「いえ、たとえ沙耶に決められるにしても2人についている意味はあるわ」
リールが言わんとしていることはわかる。
「蓮里が速攻する時、決めるのはだいたい喜美かイリヤです。それを止めるということは、蓮里に速攻を出させないということです。自分達の流れに持ち込みづらくさせるつもりでしょう」
流れというのは、バスケにおいて非常に重要だ。
15点くらいならあっという間にひっくり返せる。
蓮里はその流れを掴む機会を奪われたことになる。
いやらしいやり方だ。
と、イリヤが得意の素早い動きでマークを引きはがした。
その一瞬を見ていた織火がパスを飛ばす。
ついにイリヤにパスがつながった。
が、
「この……邪魔ッ!」
すぐに相手がイリヤに腕を絡める。
しかもしつこく纏わり付かせて離れない。
しかも御丁寧にエルボーまでぶち込んでいる。
当然の如く笛がなった。
蓮里のスローインでの再開だ。
「流れをぶった切られたわね」
「えぇ。徹底的です」
とうとうイリヤがボールを持ったと思えばコレだ。
蓮里は流れに乗ろうにも乗れない。
そんなもどかしい状態が続いている。
「僕ならここでトラッシュトーク使ってキレさせるかなぁ」
いい性格ですね、桜。
実際、桜がその場でトラッシュトークを使えば乱闘が起きそうなくらい蓮里は殺気立っていた。
喜美と織火はいつもの表情だが、イリヤと沙耶が露骨にイライラしている。
さて、それが悪い方向に行かなければいいのですが。
とか思っていたらやはり沙耶が強引に行き過ぎてオフェンスファールをしてしまった。
5人しかいない蓮里にファールは致命的だ。
退場なんてことになれば確実に負けてしまう。
ファールを取られた沙耶が納得いかないというように審判に抗議している。
かなり熱くなっていますね。
すぐに喜美が引き離したから大事には至らなかったが、テクニカルを取られる寸前だった。
流れを掴むどころか相手に持って行かれかかっている。
マズイ流れですよ、蓮里。
さぁ、壮はどうしますか?
side織火
マズイですね。
沙耶がヤバい。
流石に乱闘は避けないといけないですね。
相手の人体に回復不能の傷害を負わせる危険がある。
早々カードを切るのはあれですけど仕方ないですね。
お兄さんにサインを出す。
『タイムアウトお願いします』
『お前で何とかしろ』
わぁ!
丸投げですね!
素晴らしいです!
しかしお兄さんがやれと言ったらやるしかない。
話す時間をもらうためにフリースローが欲しいですね。
しかしドライブが出来る2人は今も激しくねちっこいマークのためパスをもらえずにいる。
だったら私がやるだけのことです!
レッグスルーで誘い出す。
ドリブルのテンポを変えて惑わしに行く。
お兄さんとの個人特訓では1人で決める技を集中的に練習している。
こんな時のためにやっておいたものだ。
さて、行きますよ。
心で宣言して一気にドライブを開始した。
相手がついて来る。
そう、これくらいでいい。
前を見ると咄嗟にヘルプで沙耶の相手がコースを塞ぎに来た。
相手シューティングガードも寄ってきた。
後ろから1人、前に2人。
余裕ですとも。
右にステップを切るフェイントをかけると見事に相手は引っ掛かった。
動いたセンターとシューティングガードの間、僅かな隙間に体を捩込む。
巨乳の喜美や沙耶やイリヤには絶対にできない技。
オパーイが相手に引っ掛かって抜けることは出来ないでしょう。
しかし私なら。
貧乳の私なら……やれる!
「らあああああぁッ!」
咄嗟に相手が出した手で顎を叩かれながらもリングから目を逸らさなかった。
放ったシュートは外れていた。
だが笛はしっかり鳴っていた。
目標通り、フリースロー2本だ。
「ナイスよ織火!」
喜美が手を垂直に動かしながら褒めてくれる。
「ナイス貧乳!」
「いい貧乳だったわよ!織火!」
「ナイス貧乳織火」
「えぇえぇありがとうございますねぇッ!!」
なんか私のほうのボルテージが上がっているような。
観客席のほうからも
「ナイス乳!ナイ乳やん!ギャハハハハッハ!」
と爆笑している日本最強の声が聞こえてきた。
「沙耶、落ち着きましたか?」
それらの声を耳から弾いて沙耶に話しかける。
沙耶は腰に手を当てて深呼吸をしており、だいぶ落ち着いたようだった。
「オッケ、大丈夫。ありがとうね、織火」
「なぁに。これがポイントガードの仕事ですから」
と拳をぶつけ合う。
「「「「「貧乳!貧乳!貧乳!」」」」」
とかコールしている沖縄の奴ら試合後に1人1人鼻の穴に針突っ込んで脳天串刺しにするから覚悟しておいてくださいよ。
そんなことを思い名がら打ったフリースローはしっかり決まっている。
2投目までの間に後ろで喜美が沙耶に、咲がイリヤに話しかけている。
とりあえず、お兄さんの助けなしで切り抜けることはできましたかね。
じゃあ、ここから反撃開始といきますか。




