舞踏会場の集結者達
遂に来た
この時が
配点(全国大会)
side松美
全国大会の3日前。
私たちは既に岐阜に向かう新幹線に乗っていた。
私たちほどの強豪になれば、大会の数日前から現地入りして練習を行うのは常識になっている。
桐生院なんかや北海道なんかも既に来ているはずだ。
普通ならこのような新幹線による遠征は、テンションが上がることなのだろう。
実際、後輩の一部には修学旅行かというようなテンションのヤツもいる。
まぁそれを否定するわけではない。
楽しむのもいいことだし、明るい雰囲気になることはいいことではあっても悪いことではない。
しかし私はそこまでテンションが上がることは無かった。
乗り気じゃないわけではない。
ただ、慣れてしまっているだけだ。
こういう新幹線による遠征というのは横浜女バスとして十数回やっている。
そこに楽しみを見出せというのも無理な話だ。
新幹線は他の客もいるからそんなに騒ぐわけにもいかないし。
「だからもーちゃん、なんか話してよ」
「え!?わ、私っすか?いっやぁ。急に話振られてもなぁ」
隣に座るもーちゃんに話を振るが、ワタワタするだけで話の種を出すことはできない。
「す、菫先輩!菫先輩ほどのカリスマなお方なら!」
そしてあろうことか集中して本を読んでいる我らがキャプテンに話を振った。
な……なんてことを……!
もーちゃんは5年生なのにそこらへんの機微がわかっていない。
集中している菫にそんなことを言ったら……
「話?」
菫が本から目を上げて言う。
「はいッス!なんか無いッスか!?」
「フフン、いいよ。それじゃあそうね……」
あぁ、間に合わなかったか。
「もっともギャップのある受け方を考えてみよう。誘い受け?言葉攻め受け?無邪気受けなんてものもあるわ」
「公共の乗り物の中で汚い話をしないで菫」
「汚いとは何!?貴女にBLの何がわかるの!?」
「何もわかりたくないよ!私は男と女の健全なラブが好きなのよ!」
「ねぇ松美。男と女の間に友情って成り立つと思う?」
「その証明は聞き飽きたよッ!」
いかん。
私のほうがヒートアップしてきた。
この熱しやすい性格は何とかしたい。
「そんなことより今回の相手、どう思うの?」
菫をBLの道から正常な道に復帰させるためにはバスケの話をするしかない。
なんかその時点で人として色々終わっているように思えるのは私だけだろうか。
「今回の相手?誰?」
「たとえば琴美とか」
日本最強のフォワードの名前を挙げてみる。
「あ、それ私も気になるッス」
そこにもーちゃんも反応する。
「ポイントガードなんで、それなりには調べてるんッスけど、菫先輩の意見も聞ければ参考になると思うッス」
「私も、自分のマッチアップ相手になりそうだしね」
と、菫の隣で目をつぶっていた響が目を開けて会話に参加してきた。
「そう。琴美ね。私の意見でいいなら」
「お願いしまッス」
そう、と菫が腕を組んで口を開く。
「去年、5年生にして全国オールファーストチームのSFに選出された琴美。その個人としての力には計り知れないものがあるわ」
琴美の実力は見るだけでも圧倒的だとわかる。
人としてのレベルを超越している気がする。
努力だとか、練習だとか、そんな言葉が無駄に思えるくらいの圧倒的な才能だ。
流石に幼少の頃から神童と呼ばれているだけはある。
「個人的に何度かマッチアップした感想から言わせてもらえば、ハイテンションな点取り屋ね。完璧というわけではなく、たまに何度かミスをすることもある。こちらが完璧なプレイをして盛り上がるときもある。でも、変わらずハイテンション。そんな感じ」
あの流れるような関西弁トークを聞いていればそれもわかる。
「桐生院というチーム自体もかなり手ごわい印象ね。絶対エース琴美を擁していながら、琴美に頼りきりのチームではない。向こうの監督の考えが色濃く反映されていて、しっかり実現されていると思うわ」
菫の冷静な分析が続く。
菫の強さはこれだ。
ゴール下という、もっとも闘争心が必要とされるポジションにおいて冷静に相手を見つめることができる分析力。
それが菫を日本一のセンターに押し上げていた。
「全員でボールをシェアするし、琴美以外が得点トップのことも多い。平均的に得点を取ってくる。これほど厄介なチームもないわね。誰を止めればいいのかわからない」
一人だけ強いなら、止めるのは容易だ。
しかし5人となれば集中力も分散させられるのだ。
「桐生院を倒すためには琴美を止められるだけの実力を持ったエース、そして桐生院のアップテンポの点の取り合いにもついていける実力を持った4人が必要。本当に実力で勝つしかないわ」
「つまり、私たちってわけだな」
「そういうこと」
最後に私が纏めて桐生院の話を終わらせる。
さて、桐生院も今頃岐阜に向けて移動中なのかな?
side琴美
「いやぁ!新幹線での遠征ってのは何度やってもテンション上がるなぁ!そう思わへん!?」
「いやまぁそらちょっとはテンション上がるけど……」
あかんなぁ!
あかんであーちゃん!
「人生、前向きハイテンションで生きな損やで!?」
「琴美のは前向き過ぎやろ。たまに羨ましゅうなるわ」
「何ババ臭いこと言うとんねん!私ら小学生なんやから楽しまな!」
バシバシと隣のあーちゃんの背中を叩いてやる。
「そんなことより、琴美。アンタ今年の全国どう思う?」
と、唐突にあーちゃんがそんなことを聞いてきた。
「ん?今年?」
どう思う言われてもなぁ。
勝ちたいしか思っておらへんし。
「今年は最強世代言われとるやろ。おっちゃんにも注意されたやん」
「あぁ、そういえばそないなことも言っとったなぁ」
記憶の片隅にうっすらと残っている。
あぁ、おっちゃんの息が昨日食った焼肉のせいで臭くて大顰蹙だったあの時のことやな。
どうでもええことばっか覚えとるなぁ……
「最強世代言われてもなぁ。ウチが最強なんやから問題ないやろ」
「……ホンマ、前向き思考で有り難いわ。そやけど、警戒しとるチームはあるんやないの?」
あーちゃんに言われて少し考える。
警戒しとるチームなぁ……
「3つや。ウチに盾突けるのは、3つやと私は思っとる」
「3つ?」
「横浜、蓮里、春沼。この3つや。正直言うと、ここ以外には負けるビジョンが見えへんわ」
「おっちゃん苦笑いしそうやな」
「怒らへんのがええところや」
荷物の中から無造作に突っ込まれていた雑誌を取りだしぺらぺらとめくる。
「去年優勝の横浜。やっぱ経験がある言うのが脅威や。こればっかりは向こうにアドバンテージがあって、覆せんもんやしな」
「私たちは決勝を経験しとらへんからなぁ」
あーちゃんが残念そうに言う。
「菫と松美。全国オールファーストチームのセンター、シューティングガードに選ばれとる2人がいるわけやしなぁ」
特に菫が脅威や。
外からの3pに力強いパワープレイ。
変幻自在のプレイスタイルは既に我流を作っている。
「松美もケツ青いところはあるけど、実力は申し分あらへんからな。総合的に見ればウチが上やけど」
「そう。それで、あと2校は?」
パッと思い出すのは年末に特訓に来た人物。
「喜美、やな。やっぱ蓮里さんはウチに勝っとるしな。喜美も鍛えてもうたせいで強なったし」
「はぁ。なんで敵に塩送るねん」
性格でなぁ、としか言いようがない。
「長身左利きのイリヤ、背がアホみたいにでかい沙耶とか個性派が勢揃いしとるからな。勝負してて面白いからええねんけど」
特に喜美なんて個性が服来てるようなすごいカリスマ振りやしな。
「で、最後の春沼はやっぱり……」
「アル、リール、メリル。この3人は全員が私を超えるかもしれへんようなプレイヤーやしな。特にアルはホンマに強いなぁ。ビデオで見たけど、びっくりするくらいの強さやわ」
「珍しいやん。琴美がそないに手放しに褒めるなんて。弱気なんとちゃう?」
「実力を知っとると言ってな。ま、試合に勝つ方法はいくらでもある。それを教えたるわ」
「おぉ怖いわ。ま、そんなら私らも楽しめそうや」
「最強世代ゆうことは、そんだけ強い連中とやれるってことやろ?全国大会は最高やな」
あかん。
今から楽しみでしょうがない。
「よし。パス練でもするか」
「新幹線の窓ガラス割る覚悟があるならやればええんちゃう?」
覚悟を持ってやってみた。
結果から言うと、窓ガラスが思ったより頑丈で助かった。
side壮
「イリヤ……ダメだよ……」
「フフッ、何を言っているの?壮……これからだよ……」
「イリヤ……ヤバいよ。いくら婚約者だからってこんな……うぅ!?い、イリヤ?」
「なんで?お兄ちゃん。婚約者ならこれくらい当然でしょう?」
「イリヤ……他の人が見たらどうするんだ……」
「お兄ちゃん……!もうっ!あんまり私を興奮させないで……」
「アァ!イリヤ……ダメだ……これ以上はもう……!」
「いいんだよ、お兄ちゃん……我慢しないで……!」
「イリヤ……イリヤ……!うおおおおおおぉ!!」
俺はイリヤに誘われるままに全てを出した。
「勝負ッ!フルハウス!」
「残念。エースの4カード」
「畜生おおおおおぉ!!」
俺は、有り金を全てイリヤに搾り取られた。
「この世のどこに夫の金を全て持っていく妻がいるんだ!?」
「たぶんほとんどがそうだと思うよ?」
「畜生ッ!僕はこの男損女肥の世の中に反対です!」
俺とイリヤは岐阜行きの新幹線の中でポーカーをして遊んでいた。
しかも金を賭けた本気のポーカーだ。
やっぱりお金が賭けないとギャンブルはつまらない。
そんなわけでやっていたのだが、イリヤが強すぎて俺の全財産が没収される結果になっただけだった。
「……むぅ。兄さん……」
と、俺達が騒いでいたせいか寝ていた喜美が起きてしまった。
「喜美、大丈夫か?」
「最悪よ……悪夢を見ていたわ……兄さんがイリヤに犯されているのを目の前で見せ付けられる悪夢……時と場所くらい選ぶのよ……」
そのまま喜美は再び眠りに落ちていく。
いったい喜美はどんな夢をみていたのだろうか?
「ま、お金もなくなったし終わりにしよう?」
「そうだな。でもみんな寝てるから俺達が寝るわけにはいかないんだよな……」
織火もぐっすり寝ている。
緊張して昨日寝れなかったのか、それとも豪胆でフツーに寝ているのか。
どっちの可能性もあるのが蓮里のこの4人だ。
「いよいよだね、壮」
だから今は俺とイリヤの2人っきり。
久しぶりの2人きりだ。
「あぁ。ようやくこの舞台だ」
「全国大会。日本一を決める大会。やっとリベンジの場が与えられたよ」
イリヤの目に獰猛な光が宿る。
そんなイリヤもカッコイイなぁ、とどこかのんびり思うのだった。
体はボロボロですが最終章開始です。
最初のほうはサクサクと書いていこうと思います。




