山奥の無礼者
燻りはするが
咲かないもの
配点(謙虚)
sideアル
1月22日。
私は岐阜に降り立った。
「……山ですね」
「見事な田舎っぷりですわね」
「いいから早く行くぞお前ら。渋滞してたせいで少し遅れているんだから」
バスから降りると大祐にそう急かされる。
「遅れるって、試合は明日よ?」
「練習があるだろうが」
その通りなのだが。
初戦が練習のようにも思いますけどね。
口には出さないが心ではそう思っていた。
ビデオで散々確認はした。
私たちが手こずるような相手ではないということはわかった。
言っては悪いが、県予選の相手のほうがずっと強かったように思う。
「大祐、僕はあまりキチンとしおりを見ていなかったんだけど。宿はどこなんだい?」
と、桜が最後に忘れ物のチェックをしてから降りてきた。
むぅ、小賢しいところで点数を稼ぎますね、桜。
私も参考にしよう。
「なんだ見てないのか桜?」
「ああ。どっかのワニが食べてしまったからね」
「私のパンケーキもチロルが食べたじゃない!お互い様よ!」
「チロルは食べ物を食べたんだ。紙は食べ物じゃない」
「関係ないでしょ!だいたいあんなところに置くのが悪いのよ!」
「ハハハ、早速こっちに責任なすりつけて来たね。これだからペット馬鹿は」
「なんですってえええぇ!」
「……お前ら、どうして全国前日にそんなに仲悪くなれるんだ。ちなみに宿だが、アレだ」
大祐が指差した先に、情緒溢れる旅館があった。
「「「「「おぉ!」」」」」
すぐに全員の機嫌が直った。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
「大祐さん!これがRYOKANなんですのよね!?OKAMIさんもいますわ感激ッ!」
メリルが騒ぎながら荷物を振り回し上がる。
「こら。ちゃんと挨拶をしろ、メリル」
その首根っこを引っつかんで大祐がメリルの頭を叩く。
「メリルですの。よろしくお願いしますわOKAMIさん!」
メリルはハイテンションのまま挨拶をして解放される。
途端にピューッと走って奥の方に行ってしまった。
いくら日本文化に興味があったとはいえ、あれほど興奮しますか普通。
しかもいつもの礼儀もどこかに置き忘れてドタドタ走っていますし。
フッ、まだまだ子供ですねメリル。
ここはキャプテンである私が1つ、大人な対応を見せてやりましょう。
アダルティーアルがやってやりますよ。
「……アル。お前は一体何をしているんだ」
「二礼二拍手一礼ですよ、大祐」
大祐が唖然とした顔になる。
OKAMIも驚愕の表情になった。
どこからどう見ても外国人な私が日本の古式礼に精通していることに驚いたのだろう。
フッ、これで大祐が私に惚れ過ぎて明日の試合に集中できないなんてことになったら嬉しいのですが。
……おっと、本音が。
「大祐、私に惚れないで下さいね」
念のために釘を刺しておく。
大祐は公私を混同してしまうかもしれませんから。
恋を抑えてみんなとの和を優先するとは。
私のアダルティーっぷりはとどまるところを知りませんね。
もうアダルティーを超えて最上級のアダルティストですね。
超大人。
ヤバイ。
カッコいい。
「さぁみんな、早く部屋に行きましょう」
荷物を持ち上げ、靴を脱いで上がる。
sideリール
さて、いつから私がツッコミ役に回ることになったのかしら。
こちらの立場に回って思う。
ボケの立場は気楽でいいわね。
言いたいことを言っていればいいのだから。
私はいつのまにか春沼の中では常識人の立場を獲得してしまったようだ。
何故だろう。
蓮里の人間や壮とかかわりがあるから、私が一番狂っていてもいいはずなのに。
それにしても、と私は外から見た旅館の姿に嘆息する。
本当に和風の旅館って感じね。
メリルのような人間が喜ぶわけだ。
木造の大きな建物。
どこか家庭的なたたずまい。
玄関は広く、その手前の庭も十分に手入れをされていて素敵だ。
玉砂利の中に石のプレートを置いて通り道としているのも日本的で面白い。
その通り道を渡っていった先、玄関から入る。
そこは広々とした土間だった。
日本特有の大きな玄関だ。
床に座って靴を脱ぎ、下駄箱に入れる。
ついでにメリルとアルがはき散らかして行った靴も入れておいてやる。
ああ、なんか私がどんどん桜ポジションになっていく……
桜ポジション=苦労系ということだ。
というか千里、なんでアンタも脱ぎ散らかしていくのよ。
後で説教決定ね。
全員分の靴を下駄箱に仕舞い、準備されていたスリッパを履く。
「いらっしゃいませ」
そしてその隣に正座している女将さんがいた。
さっきアルはすさまじい礼をぶちかまして行ったが、まぁあそこまでしないでいいだろう。
軽く会釈で済ませ、
「……オネガイシマス」
覚えている日本語で言ってみる。
女将さんの表情が綻んだから正解ということだろう。
土間から上がると、そこは……ロビー、なのかしら?
対応する日本語がよくわからない。
正面に階段があり、右にはどこかに続く通路が。
左のほうは少し入り組んだ通路になっているようだ。
むぅ。
日本の屋敷は忍者屋敷だと聞いていたけれど、なるほどその通りね。
まるで初めて来た人を惑わせるためのような建築だ。
これはメリルとアルは間違いなく迷子になっているだろう。
「大祐、探しに行ったほうがいいんじゃない?」
「お前は行かないのか」
「私は面倒だから行かないわ。それに私と桜くらいは部屋にいないとね」
「え?……って千里のヤツまで探検に行きやがった!あいつら本当に小学6年生か!?」
大祐が憤りながら奥のほうに探索に行くのを手を振って見送る。
そして右の桜に振り返り、
「行きましょうか?」
「……リール、随分大人になったね」
桜が怪訝そうな顔つきをする。
「悪いけど、いつものリールならメリルと一緒に走り出すと思ったけど」
「あら、そこまで子供じゃないわよ」
桜の予想はおそらく正しかった。
もし私が壮や浦話の連中とウィンターカップに行くという経験がなければ、私もメリルと同じことをしていただろう。
肩に引っ掛けたバッグを抱えなおして、私は軽く一歩を踏み込む。
「まぁ確かに。私も変わったかもしれないわ。色々あってね」
「ふぅん。ま、恋は女を磨くって言うしね」
やはり桜には敵わない。
何でもお見通しらしい。
「振られたのかい?」
「全国大会前日にそんな傷口穿り返すようなマネをするの?」
「あまり気にしているようじゃないからね」
アッサリばっさり言われればむしろ清清しい。
こんな場所で、こんな話をすることになるとはね。
私は案内を見ながらしおりに書かれている部屋を探し歩く。
「振られたわ。そりゃもうものの見事に」
「そうかい。見たかったね。プライドの高いリールが振られるところ」
「なんて嫌な女なのかしら」
「同性に言われればそれは褒め言葉だよ」
飄々と返す桜。
軽く睨み付けて階段を上がる。
「別にショックはなかったわ。理由もよくわかったし」
「納得したのかい?」
「ええ、納得したわよ。私は自分が思っていたよりダメなんだなって思ったのよ」
「そりゃすごい進歩だね」
平気でそんな言葉を吐く桜。
その正直さがありがたい。
「だからまぁ、今は謙虚に。自分の実力を確認して、相手の実力を認めて。そしてちょっと自分に自惚れてみたり。そんな風に思うようになったのよ」
「へぇ……本当に進歩したね」
桜が皮肉げな口調から本気の感嘆に変わった。
「だから、ええ。少し今は自惚れているわ。今の私は、県大会の時の私よりずっと強いだろうとね」
「そうだね。それは練習をしていて思うよ。リールだけじゃない。みんな、やっぱり蓮里戦で何か思うところがあったんだろうね……っと、ここだ」
桜が指し示す先。
そこに私たちの部屋『鳳凰の間』があった。
中に入ってみると、予想通り誰もいない。
4人は旅館でかくれんぼ+鬼ごっこをして遊んでいるらしい。
とりあえず私たちは端に荷物を置いて座椅子に座ってふーッと息を大きく吐く。
「あ、お茶だ。飲むかい?緑茶だけど」
「あら、グリーンティーね。頂くわ」
桜が気を利かせてお茶を入れてくれる。
そして再び桜が口を開く。
「蓮里も負けて悔しかっただろうけど、僕たちも結構悔しかったんだよね。あれ」
「そうね。私も少しその気持ちはわかるわ」
春沼は世界中から選手を集めたのだ。
それもアル、メリル、そして私というヨーロッパや世界レベルでその名を轟かせる選手を、だ。
「それだけ集めているんだから、逆を言えば勝って当たり前っていうのもあるんだよね」
「そりゃね。ネットでも結構批判されてるじゃないの私たち」
「リール、あんまりああいうのは見ないほうがいいよ。どうせ自分じゃ何もできない屑共の言葉なんだからね」
桜の語調が若干強いのが気になるが。
「ま、とにかく。あれだけ詰められたっていうのは意外と言えば意外だったわけだね。そして、自分たちの考えが甘いことを思い知った
」
「そうね。こっちに帰ってきてからの練習。アルもメリルも、さらに集中力が研ぎ澄まされた感じだったわね」
「僕たちはあの頃よりずっと強くなった。それだけの自負はある」
そして苦笑して、
「ま、言葉でどれだけ言ってもしょうがないね。結果で示すしかないんだ。リール、少し早いけど練習の準備をしよう」
「ええ、そうね」
さぁ、横浜、桐生院、それに蓮里。
私たちは、準備万端よ?
明日が地獄なので、ひょっとしたら明日の更新はできないかもしれません。
ごめんなさい。




