山寺の議論者
憤りを問いに
閃きを言葉に
配点(証明)
side織火
茜……かなり自己チューのプレイヤー。
こういうタイプには喜美をぶつけてトラッシュトークで自滅させる……
「あ、イリヤちゃんいらっしゃーい」
「織火ママお邪魔しまーす!」
で、相手は……落ち着き過ぎですね……速いテンポをぶつければどうとでも……
「織火ー、って臭ッ!?」
「このチームのプレイヤーの対策は立て終わりました……ハハ、次はどのチームを研究しちゃいましょうかねぇ……フヘヘヘ」
「ゴメン織火ッ!放っておいた私たちが悪かったから!正気に戻って!」
「横浜見ちゃいますよぉ……ヘヘヘ」
「き、聞こえてない!?むむ……こういう時は荒療治!御免ッ!」
あー、なんか体が浮いてますねぇ……フヘヘヘ
「風呂に入れッ!」
イリヤに風呂の中に沈められた。
「いやぁ、助かりましたよイリヤ。危うくあの世に行くところでしたよ。若干三途の川が見えましたからね」
「たぶん織火は5人の中で1番キツイ修業をしていたと思うよ……」
3日振りくらいのお風呂は最高だった。
垢やら埃やらを取るのは爽快だった。
このために3日風呂に入らなくてもいいやと思うくらいみは爽快だ。
「それで織火、修業の結果はどうだったの?」
「ええ。後は横浜と北海道を残すのみですね」
「去年の優勝校だよね?」
「菫と松美を要するチームですねぇ。見ます?」
「今日はいいんじゃないかなぁ。休んだほうがいいよ、織火」
目の下のどす黒い隈は何とかしてほしい。
同じ女として悲しい。
「じゃあ今日は休みましょうか。沙耶や咲はどうなったんです?」
「2人とも今日で特訓終了だよ」
「じゃあ明日、5人で見ましょうか」
織火がサラっと言った数字を聞き逃さない。
「5人?ってことは……」
「ええ。帰ってくるそうです」
ついにあの人が帰ってくるのか……
「変なところで息ピッタリだね」
「えぇ。誰もお兄さんの応援行かないところとかすごいと思いますね」
「うん……」
俯くしかない。
いや、違うんだよ。
行くのが面倒臭いんじゃないんだよ。
信頼だよ信頼。
そう、これは壮に対する信頼なんだよ。
夫を信頼する妻。
うん、いいねぇ。
良妻そのものだね、私。
つまり私は壮の応援のために兵庫に行く必要はないんだよ。
「あの、イリヤ。なんか今ものすごい勢いで自分に言い訳してませんか?」
「アハハ、そんなわけないじゃん。いやー、私って賢妻だねぇ、良妻だねぇ」
やっぱり夫が戦いに勝って帰ってくるのを迎えるのは妻の勤めだよねぇ。
喜美もそんなこと言ってたしねぇ。
「じゃあイリヤ、リールが一緒にいるのはいいんですか?」
「その話詳しく聞かせろッ!!」
side喜美
帰りの新幹線に揺られる。
向かい合わせの座席で5人が座っている。
誰もが黙って中央を凝視している。
「……」
「……」
「……?」
「……」
「……ッ!」
知美が、動いた。
あまりにも早すぎる動き。
しかし、それを見逃さない人物がいた。
梨華だ。
その巨体に似合わぬ素早い動きで腕を引いた。
しかし、その動きを抑える者がいた。
「フフフ、逃がさないわ」
私だ。
私の圧力で梨華と楓と美紗の手がテーブルにたたき付けられる。
「クソが……!」
新幹線の中なので叫ぶに叫べない。
楓がそんな表情で私を見る。
だがそんなものに目を暮れず、私は知美の動く手を凝視する。
知美の手が引き抜かれ、1番上の私目掛けて振り下ろされようとしている。
早ければ、下の3人に逃げる機会を与える。
遅ければ知美の一撃を喰らう。
普通は誰もが早く逃げることを選ぶだろう。
しかし、私はそうではない。
なぜなら私は沢木の女だから。
知美の手の上昇が止まり、手首のスナップを追加しての直下攻撃が放たれる。
その速度とタイミングを見抜いた。
美紗の手に載せて、押さえ付けていた手を払う。
後ろに引くのではなく、横に切るように払う。
後ろに引くのには腕全体の力がいる。
しかし、横にスライドするだけなら手首の動きで実現できる。
だから逃げきれる。
「日本一ナメないで……!」
しかし美紗もそこからの回避を実現した。
腰の捻りをも入れた全身利用の手首の超高速スナップだ。
ほとんど瞬間移動の様相で逃げきった。
そして、その下の楓。
顔を歪めて指を梨華の手にたたき付けて反動で逃げようとする。
そして思い切り腕を引いて
バチンッ!
「痛ぇ!畜生!」
「楓、新幹線の中だよ。静かに」
「フフフ、そうよ。静かになさい」
「なんか私ばっか貧乏くじ引いてねぇか……?」
「気のせいだよ。じゃあ続けよ?」
「あ、ああ……」
それから駅に着くまでに、楓の手は2倍に膨れ上がっていた。
「それじゃあね。今回は助かったわ」
「喜美が素直に礼を言うと不気味でいけねぇ」
楓が笑って肩を叩いてくれる。
その手が膨れ上がっているのを見てやりすぎたかと思うが勝負の上だしつまりオッケーだろう。
「ま、私の練習にもなりましたしねー」
美紗も気軽に言ってくれる。
「私も桐生院に通用するってわかったから。ちょっと自信戻ったよ」
梨華もそう言って手を振り行ってしまった。
アッサリした別れなのは、どうせすぐに会えると確信しているからなのか。
「知美。貴女もありがとう」
「べつにいいよ。私も琴美と勝負できたのは刺激になった」
「そう。ならよかったわ」
「喜美」
「何かしら?」
「アルに、勝てる?」
その質問に私は笑顔になることができた。
そして、
「証明してあげるわ」
笑顔で、自信満々に言い切ることができた。
side壮
「はい!というわけでー、今日の議題はこちらです」
3回戦を圧勝した夜。
準々決勝の前日に俺達は宿である寺で島田先輩の指す先に書かれている議題を読む。
「はい!先生!」
「なんでしょう前田君」
「『どうしてカップルは爆発しないのか』という論題は証明不可能だと思います!」
「はぁ!?何!?じゃあお前、東大の入試で大問3、『どうしてカップルは爆発しないのか証明せよ』って出たら諦めんの!?馬鹿なの!?」
「いや、誰にも証明できないでしょうソレ」
「じゃあなに!?お前は『わかりません』って書いて駿台予備校東大クラス現役進学すんの!?」
「やめてくださいよ先輩!なんか生々しいですって!」
「1年間自分を見つめ直す時間を得るわけ!?」
「先輩!ポジティブに言い換えても無駄です!」
「というかどうしてこんなこと言い出したんだお前」
と澤田先輩が半目で問い掛ける。
「よく聞いてくれた。俺はな、今日の試合で32点を決めてヒジョーに気分がよかった」
「まぁ相手、沢木と植松警戒でインサイド固めてたからな。外はがら空きだわな」
「そして勝った後ロッカールーム出て廊下に出たら、さっきやった豊嶋のキャプテンと女の子がいた」
「ほぉ」
「そしてな、奴らは『負けちゃったよ、俺』『大丈夫だよ、私にとっては和俊君が1番だから!』とかやっていた!」
「「「「「おぉ!?」」」」」
「そして!なんと!奴らは!キスを!キ・ス・を!していたんだよおおおおおぉ!!」
「「「「「爆発しろオンドリャアアア!!」」」」」
みんなの思いが重なった瞬間だった。
だいたい、今日やった豊嶋というところが気に入らなかった。
浦高生が嫌いな学校の条件は3つある。
1つ、私立であること。
浦高生は貧乏人のひがみで私立が大嫌いである。
2つ、共学であること。
浦高生は男子校のひがみで共学が大嫌いである。
3つ、スポーツで人集めてるくせに半端に勉強もできるとこ。
スポーツで人を集めて、勉強で人を集める。
浦高生はこれが1番嫌いだ。
どっちも同時にこなせる人間が集っている浦高からすればそんな生徒を分けるようなことはありえない。
しかも勉強のヤツは勉強しかしないからたまに浦高を進学実績で抜いて大はしゃぎしてるところもある。
そういうのを見ると、殺意が沸く。
ふざけんなコラ、と。
ウチはどっちもやってるんだ、と。
10キロ走らされて、3キロ泳がされて、半分殺し合いみたいな体育祭し、50キロ走らされて、ラグビーで骨折らされて、柔道剣道でズタボロになるまで殴り合ってまた走らされるのだ。
俺たちだって……俺たちだって青春したかったんだよちっくしょおおおおおぉ!!
とまぁ、これが男子校生の魂の叫びである。
「センパイ!やっぱりそれについてしっかり議論しましょう!証明するべきですよ!」
「待て!これを証明したらカップルが爆発しないことを証明してしまう!」
「じゃあカップルが爆発しなければいけないことを証明しなければいけないんですね!?任せてください!」
全員が床にノートを広げてなにやら書き始める。
「よし。俺も証明してみるか」
俺も参加しようとした。
「これで公立の星……」
リールがつぶやくが、そこを気にしてはいけない。
と、その時。
電話が鳴った。
見てみると、イリヤからだった。
リールを見て、電話を見る。
出たくない。
すごく出たくない。
でも、イリヤにはリールを連れて行くと説明したはずだ。
これでリールのことについて言われたら俺は怒っていいだろう。
そう思って俺は電話に出た。
『壮ッ!アンタ何考えてんの!?私という婚約者がいるのにリールと一緒にお泊りでお出かけッ!?呆れてものも言えないよ壮ッ!おい壮!聞いてんのかおいコラ壮ッ!!このわた』
切った。
みんなが何事かと目で問うが気にするなとサインを出す。
ふぅ、大丈夫だ。
俺は幻聴を聞いたんだ。
そうさ、イリヤがあんなことを言うはずがないじゃないか。
あれは幻聴だったのさ、ホラ、このイリヤの電話に出ればきっとあの天使の声が
『何!?電話切るってことはやましいことがあるってことだよね壮ッ!!アンタなにふざけたことしてんのよこっちはね!どういう思いだったかわかんのかオラァ!!』
切ろう。
切って、寝よう。
心を無理に押さえつけてそう思う。
リールがどうしたの?と首をかしげる。
その様子に癒されて俺は心を鎮めた。
ふぅ、大丈夫。
イリヤは誤解をしているだけなのさ。
「イリヤ。ちゃんと説明しただろう?リールを連れて行くよって。そしたらイリヤ、うんって言っただろ」
『知らないし言われてないよそんなことッ!』
「いや、言ったよ」
『言ってない!そうやって壮は嘘をつく気なんでしょ!?』
「おいおい、イリヤ。ちょっと落ち着こうぜ。周りに声が漏れるレベルだぞコレ」
『へぇ!?じゃあなぁに?今、壮は私の声が聞こえたらマズイ相手が近くにいるんだ?へぇ!ちょっと変わってよそこにいるんでしょリールッ!』
理由はまったく違うが、結論が当たっているところが恐ろしい。
「いるけどさ。ちょっと落ち着けよイリヤ」
『なぁに!?私にはそんな態度なんだ!?リールとかには優しくて、私にはそんな態度なんだ!?何?そんなにリールがいいの!?』
「だからそういうことじゃないって。イリヤッ!」
いかん、俺もついつい声が荒くなる。
これじゃあインハイの時と正反対だなぁ。
あの時はイリヤの優しい声を聞いて癒されたというのに。
『このバカ!アホ!このッ……この……後は自分で考えてよね!』
「うわ、すげぇ癒された」
『そんな言葉でごまかさないで!え?ちょっと織火何すんのお母様まで!離して!離してノオオオオ!!ダメ!脇の下はダメ!反則!はんおそおおお……ええ。変わりました。織火です』
何か織火の声の後ろで妻の悲鳴が聞こえる気がするがスルーさせてもらおう。
『いやぁ、すいませんお兄さん。イリヤ、ここ最近ずっと負けたこと気にして練習ばっかやってたから。結構ストレス溜まってたみたいで』
「あぁ、うん。そんなとこだろうとは思ったけど」
『お兄さん、本当にイリヤに説明したんですよね?』
「ああ、したけど」
確かに覚えている。
絶対に言った。
『じゃあお兄さんが正しいんでしょうねぇ。ま、イリヤのアレは突発的ヒステリックみたいなもんですから。帰ってきたときには機嫌よくなってると思います。……意味わかりますよね?』
織火に言われるまでもない。
既にその準備はしてある。
「わかってるよ。イリヤの誕生日だろ?」
『ま、そりゃ覚えていますよね。どうするんですか?郵送で出すんですか?』
「いや、帰ってから渡すよ」
『それがいいと思います。じゃ、イリヤは落ち着けておくんで。無事に帰ってきてくださいね』
と電話が切れた。
アイツ、優勝して来いとか、頑張ってとか言わなかったなぁ。
当然ってことか。
そして俺は電話をしまうと、みんなが俺を見ていることに気づいた。
「……彼女もちの男は、ああいう試練があるんだな」
「先輩。俺、彼女いなくていいかも……」
「そうだよな!?大丈夫!画面の向こうに理想の彼女がいるさッ!」
「おお!そうだそうだ!」
その日、議題は『二次元の嫁は許されるかどうか』だった。
ちなみに、許されるということで証明が完了していた。
それが俺たちの準々決勝の前日だった。
今日も2つ投稿しましたよ。
これで修行編は終わりましたから、あとは壮の話をガンガン進めていくだけですね。
あ、知佳姉さんもいたか。




