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蓮里小学校女子バスケットボール部  作者: ジェイソン
ウィンターカップ編
163/251

春沼の帰省者達

変わらない場所

暖かい場所

配点(故郷)

side桜


「ふぅ……国内でもこんな所に帰るのは時間がかかるね……」


新幹線に乗って1時間。


私鉄に乗ること2時間。


バスに乗ること1時間。


歩くこと1時間。


それだけの時間をかけてようやく帰ってきた。


目の前にそびえる門に手をかける。


軽く開け放って中に入る。


どうせこの時間は外で遊んでいるみんなが帰ってくる頃だから開けっ放しでいいだろう。


敷地に足を踏み入れるとそれを目ざとく見つけるものがいた。


「わぅっ!わん!」


「うん、チロル。帰ったよ」


脱兎の如く走り寄ってきた柴犬の頭をしゃがんで撫でてやる。


「わぅ!わぅ!」


「うんうん。よしよし。覚えていてくれたんだね、チロル」


「わぅ!」


するとその鳴き声に気づいたみんなも僕を発見した。


「あーッ!桜姉さん!」


「嘘ッ!?ホントだ!姉さん!」


「桜姉さんが帰ってきたぞー!」


「お姉ちゃん!」


「うんうん。ただいま、みんな」


駆け寄ってきた弟や妹達を抱きしめてやる。


「ねぇねぇどうだったの!?バスケ!」


「うん。それもちゃんと話してあげるからさ。とりあえず繁樹さん、どこ?」


「オッサンなら掃除してるけど」


「じゃあちょっと挨拶行ってくるからね」


「はーい」


手を振る弟や妹に別れを告げて建物に入る。


「あれ、桜!?帰ってきてたの!?」


「うん。久しぶり。帰ってきたよ」


「電話くらい入れなって。心配したんだから」


「アハハ、ゴメン」


家に入って出くわした奈津美姉さんに挨拶をする。


「あ、繁樹さんどこいるかわかる?」


「繁樹さんならたぶんオヤツの準備してるわ」


「あ、リビングね。ありがと」


それから家の中でも兄さんや姉さん達と挨拶を交わす。


やっぱり年末年始はみんな帰ってくるものだね。


そしてようやくリビングにたどり着く。


リビングのドアを開けるとキッチンで奮闘している男がいる。


「ただいま帰りました。繁樹さん」


「おや」


繁樹さんが少しずり落ちていた眼鏡をクイッと上げる。


そして僕を確認すると目を細める。


「お帰りなさい、桜さん」


繁樹さんが手を洗ってこちらにやって来る。


「どうでしたか、春沼は?」


「うん。すごく刺激的だったよ、ハハハ。刺激に慣れたら人生終わりだと思うけど」


「楽しそうですね。さぁ、疲れたでしょう?まず荷物を……」


「うん。どこに置こうか?僕の部屋も他の人が入ったでしょ?」


「ええ。桜さんが春沼に行ってから3人増えまして……」


「うわぁ。部屋の空きないじゃん」


「4人1部屋ということに……」


「1部屋4人?いったい何人帰ってきたんだい?」


「桜さん含めて13人ですね」


「あー、じゃあしょうがないね。どの部屋空いてる?」


「胡桃さんの部屋が今3人ですね」


「じゃあ胡桃姉さんの所に行こうかな」


再び荷物を持ち上げる。


「桜さん」


そこを再び呼び止められた。


「お帰りなさい、我が家へ」


「……うん。ただいまだね、我が家」







胡桃の部屋は覚えているし、胡桃の部屋の住人も全員覚えている。


胡桃姉さん、加奈子ちゃん、舞ちゃんだ。


この時間帯なら加奈子ちゃんは遊びに行ってるかな?


胡桃姉さんは部屋で勉強しているはずだ。


部屋の前まで来てノックする。


「はいはーい」


胡桃姉さんの声だ。


8ヶ月くらいで懐かしくなるなんてね。


「僕だよ胡桃姉さん」


「あっれ桜!?」


入ると胡桃姉さんが慌てて椅子を回転させて振り返った。


春沼の寮での僕の部屋くらいの広さに机3つが詰め込まれている。


端に3つの机で隅に布団が置いてある。


中央には僅かにスペースがあるが、そこもちゃぶ台で占領されている。


そしてあちこちに私物が散乱している。


「ただいま、胡桃姉さん」


「まったく、夏のお盆に帰って来ないと思ったら……」


「そりゃ年末年始は帰ってくるよ」


「で、4人部屋でここが割り当てられたのね」


「まぁね。荷物置かせてもらうよ」


私物を払い除けて荷物を置く。


「みんな僕の心配をしてくれたかい?」


「してないわよそんなの」


「ひどい家族だ」


「アンタは心配されるようなタマじゃないでしょうが……!」


「ハハハ、信頼されてるね」


「むしろ春沼の他の子達を心配したわ」


「……」


春沼の4人を思い出す。


「僕はダメだよ胡桃姉さん。あの4人をまとめていける気がしない……」


「アンタも苦労するのね……」


本当にあの自己中の塊みたいな4人をまとめるのは大変だ。


しかしあの4人を思い出すと自然と顔が綻ぶ。


「オヤツ出来ましたよー!」


そこに繁樹さんの呼ぶ声が聞こえた。


「……行こうか、胡桃姉さん」


「そうね。繁樹さんを待たせるわけにはいかないわ」







僕には親がいない。


いわゆる、孤児というヤツだ。


昔にちょっとした事件があり、僕の一族は全滅してしまった。


親戚も何もかもが死んでしまった僕には頼るべきものはなかった。


だから施設に入ることになった。


幸運だったのは、その入居先がここだったということだろう。


繁樹さんがやっているこの家はとても暖かい場所だった。


誰もが本当の家族みたいな家だ。


僕はここで何年も過ごしてきた。


でも、成長するにつれわかってきたことがある。


いつまでも繁樹さんに負担をかけるわけにはいかない。


でも所詮小学生でしかなかった僕にはどうしようもなかった。


バスケは好きだった。


庭にあるリングでいつも遊んでいた。


一人でもシュートで遊べるのがよかった。


みんなでわいわい騒いで遊べるのもよかった。


でも、それだけだ。


僕のチームは弱かった。


だから私立に声をかけてもらうこともできなかった。


だけど、小学5年生のある日に理事長が来たのだ。


「ふぅむ。よし、君!君に決めた!ウチに来な!」


「え?」


「私は素人だけど、人を見抜く力はあるよ。君、君はやれるよ」


「あの、何のことですか?」


「君、名前は?」


「……桜です」


「いい名前。日本一の名木だよ、桜」


「はぁ、ありがとうございます」


「じゃあ桜、ちょっと日本一取ってみようか?」


「え?」


それからはすぐだった。


理事長が僕を欲しがり、僕も同意した。


繁樹さんは心配そうだったけれど決心はついていた。


これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。


全てのお金を春沼が払うと言ったのだ。


僕にとっては最高の条件だった。


そして僕は春沼へ行き、春沼のシューティングガードになった。


そして今に至るのだ。


本当に、繁樹さんには頭が上がらない。


僕の世話をずっとしてくれて、バスケをやらせてくれたのは繁樹さんだから。







「あー!桜姉ちゃんだ!」


「お帰りお姉ちゃん!」


「さくねぇお帰り!」


「うん。ただいま、みんな」


リビングに行くと集まっていたみんなが声をかけてくれる。


オヤツの時は集まるのが早いんだから……


変わってない、と思いクスリと笑ってしまう。


「お姉ちゃん!バスケどうだったの!?」


「うん。とりあえず県で優勝はしてきたよ」


「「「「「すごーい!」」」」」


無邪気な賞賛がちょっと照れ臭い。


すごいのはアルとかリールとかメリルなんだけどね。



千里は僕と同じ感じだからノーカウントだ。


「桜の試合見たいね」


神谷兄さんもそんなことを言ってくれる。


「えぇ。ですが、あまりプレッシャーをかけてはいけませんよ」


と繁樹さんが皆の興奮を抑えてくれた。


「私は、桜さんがバスケを楽しんでやってくれれば十分ですよ」


どうですか?と繁樹さんが僕に目を向ける。


「うん。楽しいよ、すっごく。だから心配しないでね、みんな」


そしてあくまでも自然体で、


「日本一は取って来るからさ」


それが救ってくれた繁樹さんへの、そしてみんなへの恩返しだと思うから。


「大丈夫だよ。僕のチームメイトはすごい奴らばっかりなんだから」






sideアル


「……久しぶりに帰ってきても、そこまで感慨はないものですね」


飛行機から降り立つ。


私の身はすでにアメリカにあった。


カウボーイハットを被り直して降りる。


審査を受けて入国し、荷物を受け取る。


スムーズに出来た。


そして出口に向かおうと振り返ったところで、


「アル!」


「……お父さん、ここまで迎えに来てくれたの?」


「当たり前だろアル。ああよかった。お父さん、お前が飛行機乗り間違えてアフリカとか行くんじゃねえかって心配だったよ」


「大丈夫だよ。途中で気づいたから」


「そうかそうか。そりゃよか……よくねぇ!?全然よくねぇぞ!?途中でってどういうこと!?」


「まぁいいじゃない。それよりお母さんは?」


「ああ、お母さんはアルを迎えに行くって昨日から張り切っていたんだが、興奮し過ぎで眠れなかったらしくてな。今は家で爆睡してる」


「お母さん……」


さすがに私が日本に行っている間にガッカリスキルが治っているということはないらしい。


まぁ日本に行く見送りの時みたいなことをされるよりはマシでしょう。


「どうする?何か食べるか?」


「飛行機で食べたから大丈夫。それより早く家に帰りたいな」


「そうか。じゃあ帰るか」


「うん」


空港から出て、駐車場にいた愛馬に飛び乗る。


「久しぶり。元気してた?」


「グル」


「そう。よかった」


「じゃあ行くぞ」


お父さんも自分の馬に乗って走り出す。


空港から家までは馬で2時間。


ちなみに車だと5時間でバスだと10時間近くかかる。


山を走り抜けながら思う。


ようやく、故郷に帰ってきた感じがしてきましたね。






sideメリル


「ただいま、ですわ!」


私の姿はドイツにあった。


空港に降り立つとすぐにお父さんとお母さんを見つけた。


お父さんに飛びつく。


「お帰り、メリル。無事で嬉しいよ」


「お疲れ様、よく帰ってきたわね」


「ええ。ねぇお父さん、お母さん。日本ってとっても面白いところなんですのよ!」


それから空港近くの料理店でソーセージとジャガイモを食べた。


ええ、これですわ。


日本でもよく食べていたが、やはり本場が一番だ。


日本料理もおいしいのだが、ジャガイモをすり潰すなど正気の沙汰とは思えない。


また、アルがたまに振舞うステーキも大雑把過ぎる。


日本のすき焼きもおいしいは美味しいのだが、肉が薄い。


そしてタレと卵の味が濃すぎる。


リールの料理は論外だ。


あれは肉に対する冒涜だと思う。


結論、これだけジューシーな肉の塊を食べるのは久しぶりだ。


「美味しい!美味しいですわ!」


「あらあらメリル。やっぱり故郷の味が恋しかった?」


「美味しいですわ……」


そりゃもう泣きながら食べた。


こんなに故郷の味に飢えていたとは。


お土産で持って帰るのもいいかもしれませんわね。


5つ買いましょう。


アル、リール、桜、千里。


そして喜美さんの分だ。


よし。


大丈夫ですわ。


私の計算に何も間違いはありませんわ。


どこからの寮長にあげるウィンナーなどありませんわ。


まぁ!男にウィンナーとか汚い!汚いですわ!


やっぱり大祐は不潔ですわね!


こうなったら嫌がらせで地元でマズイと評判のケーキをお土産にしてやりますわ!


そんなことを思いながらご飯を平らげた。






「ただいまですわ、おばあちゃん!」


「おや、お帰りメリル。待っていたよ。よく帰ってきたねぇ」


家に帰ってまず最初におばあちゃんに挨拶する。


「どうだったかい?日本は」


「とってもいいところでしたわ!おばあちゃん!」


「そうかい?それはよかったよ。おばあちゃんも、もう今の日本はあまりよく知らないからねぇ」


「おばあちゃんが教えてくれたような国でしたわ!とっても刺激的で毎日が楽しかったですわ!」


「そうかいそうかい。そりゃあよかったよ、メリル。メリルが楽しかったならおばあちゃん嬉しいよ」


「おばあちゃん!今日は何か物語を教えてください!」


「そうかい?そうだねぇ……それじゃあ浦島太郎の話でもしようかねぇ」


「ウラシマタロウ?どんな話ですの?」


「太郎が海底都市に行って海神ポセイドンを激闘を繰り広げて乙姫を救い出すドキドキ冒険モノだよ。好きだろう?」


「面白そうですわ!ぜひ聞かせてくださいな!」


「わかったから、とりあえず荷物を置いてくるんだよ、メリル」


「わかりましたわ!」


私は急いで荷物を自分の部屋に置きに行く。


帰ってきたのは半年以上振りだが、


変わっていませんわね……


故郷って、いいですわね。


そう思えた瞬間だった。

ちょっと挿話みたいなノリで実家帰りの3人を書きました。


アルの愛馬はすごいんです。


次回は再び修行中の蓮里連中及び試合中の沢木壮の話になります。

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