天才の転換場
努力か
才能か
それとも
配点(選択)
side知佳
「さて、壮君。知佳姉さんは今、ヒマだから見に来てやったわけだけど……」
そこまで呟いて考える。
そして、
「べ、別に壮君が気になって見に来たわけじゃないんだからね!?ヒマだったから来ただけなんだから!」
「何やってんの……」
隣の京香から白い目で見られるが気にしてはいけない。
「気分だから気にしないで」
「気分……」
京香が俯いたけど気にしない。
目の前、コートで壮君たちのディフェンスになっていた。
「浦話は堅いよねぇ」
誰ひとりとして手を抜かない。
ディフェンスにもオフェンスにも全力だ。
ディフェンスがダメでオフェンスをリズムよくはできない。
その反対も同じ。
オフェンスとディフェンスは一体だ。
それが全員よくわかっているね。
それにそんな体力無視の動作ができるのは控えが厚いということだろう。
相手は外でボールを回すくらいしかやることがない。
中にまったく切り込ませてもらえないのだ。
「9秒ッ!」
相手コーチの怒号が飛ぶ。
相手のエース格、つまり壮君の相手が突っ込んできた。
まぁそこはエースに回したくなるよね。
で、そんなこと壮君はわかっているわけで。
「どうもッ!」
スティール、からの……
「植松ッ!」
超ロングパスが放たれた。
ディフェンスから一瞬で切り替えた植松が走っていたのだ。
相手はまさかエースがターンオーバーするわけがないと固まっている。
ボールが飛び、植松がキャッチする。
そこからドリブルを突く必要もない。
2歩でステップを踏み切り、飛び上がって両手で抱えたボールを軽く叩き込んできた。
「サァッ!」
「オッケー、ナイスだ植松、沢木」
「「押忍!」」
素早い攻撃で相手を浮足立たせる。
そして焦ったところのミスを拾っていく。
「沖縄と似てる……」
「ま、幼なじみだからね。チーム方針も似るんだろうねぇ」
まぁ私たちは幼なじみだから。
じゃあ私の幼なじみで壮君の妹なら、どういうゲームメイクをするんだろうねぇ?
side喜美
「ボール持ちすぎ!一旦戻して!」
「クソ……どうして抜けない……!」
私は仕方なくボールを返す。
美紗がフェイクからのドライブで切り込んで決めてしまった。
他の4人はあんな簡単に決めているのに……!
「喜美、才能に任せるんやない。それやったら全部読めてまうわ」
「才能に任せている……?」
それはそうだ。
私は常に感覚に従う。
なぜなら、今までそれでずっと勝ててきたのだから。
……じゃあ、勝てなくなったらどうするの?
この感覚は生れついて持っていたものだった。
感覚は常に私に話し掛ける。
こうすれば勝てる、こうすれば負けない。
負けることが許されなかった私はその言葉に従った。
体も感覚が動かしてくれた。
今までそれでずっと勝ててきた。
それが今、
「才能あるんが自分だけやと思わんといてぇな!」
琴美のドライブに反応することさえできない。
「右や思うたやろ?」
「ええ。そう思ったわ」
ここは素直に聞くべき場面だ。
私は琴美よりも弱い。
それをしっかりと受け入れた。
「どうすればいいの?」
「そりゃ喜美、自分で克服するしかないわ」
しかし琴美にピシャリと言われる。
「ええか?感覚に流されるんやない。そんなん、同じ感覚の持ち主なら読めてまうわ」
「感覚に……頼らない……?」
「そや。やってみ」
美紗が私にボールを渡してくれる。
ありがたいわね。
「じゃあ、行かせてもらうわ」
ボールを持ち、下げる。
左右にユラユラと揺らす。
感覚が右を告げた。
だから左だ。
頭ではわかっている。
私は左に行くべきだ。
左に行かなければいけない。
だが、
「ぬぅ……グ……!」
体が右に動きかかる。
それをギリギリで止めた。
感覚に逆らうのは初めてだ。
今まで感覚に従うのが当たり前になっていた。
私は今初めて自分の感覚に逆らおうとしている。
「13秒ッ!早く!喜美ッ!」
知美の声を聞く。
動きなさい私……!
足を左に動かすだけだ。
あまりにも簡単なことだ。
フェイクを入れる必要もない。
それなのに体は琴美が作る隙に反応して右に行こうとしている。
「行け……!」
歯を食いしばり、足を運ぶ。
1歩を確実に踏み込んだ。
「行け……行きなさい……!」
2歩を踏み込む。
「行けッ!」
3歩目からは疾走となる。
体は揺れる。
まるでいきなり虚空に身を放り出されたような感覚。
次にどうすればいいのか。
次に何が起こるのか。
相手はどう反応するのか。
全てがわからなかった。
初めての土地に降り立った時のような感覚だ。
自分の身があまりにも無防備であるような錯覚を得る。
そう、錯覚だ。
私は足を踏み込んでいる。
走れている。
私は、感覚に逆らっている。
「上出来やッ!」
琴美が素早く動いてこちらのコースを塞ぎにかかる。
感覚はドライブでの強引な突破を選択した。
だから私はその場でのジャンプシュートを選択した。
動く足を無理矢理に止めて真上に飛び上がる。
その瞬間、感覚がドライブからジャンプシュート用に切り替わった。
従うべきだわ。
考えて私は従うことを選んだ。
感覚による調整を得たシュートはいつもの通りに放たれた、いつものように決めた。
「決まった……決まったわ……!」
「喜美!今までと違ったよ!」
「ああ、予想外だったぜ。いつものお前なら切り込んでいたはずだ」
「やったじゃん」
「喜美……いいですよ。今のシュート、アルみたいな感じでした」
周りの4人が駆け寄ってきてバシバシと体を叩く。
「ま、とりあえず壁を1つ越えたな」
「ええ」
「でも、こっからやで。喜美、才能を使うべき場面と才能に逆らうべき場面と。どうやって見分けるか」
琴美がボールを持つ。
「これはホンマに自分で体得するしかあらへん。こっからは私も本気や。あらゆるフェイクも使うし、心理戦も使うわ。挑んでみ、喜美」
「ええ。相手をお願いするわ」
いける。
何かコツのようなものは掴んだ気がする。
あとはこれをどれだけ使いこなせるようになるか、だ。
「強くなるわよ……!」
side沙耶
「はぁ……はぁ……」
「休むか?」
「誰がッ!」
「いい威勢だ。続けるぞ」
私はひたすら1対1での部長からの特訓を受けていた。
部長は朝から夕方までずっと付き合ってくれる。
「お前な、俺受験生なんだけど」
「大丈夫。部長ほどの人物なら東大も余裕ね」
「んなわけねぇだろ。D判定だぞコラ」
「大丈夫。追い詰められたほうが人間力を発揮できるものよ」
「追い詰められてそのまま潰されて終わりじゃないですかねぇッ!?」
「大丈夫よ。じゃあこうしましょう。私が浦話高校に泊まるわ」
「はぁ」
「そして部長も泊まるわ」
「おぉ」
「私が寝ている間に勉強すればいいじゃない。練習は5時までだから12時間勉強できるわ。やったじゃない!」
「やってねぇよ!?何にもやってねぇよ!?その計画だと俺寝てないんだけど!?」
「東大行くならその程度の根性見せてくれないとねぇ」
「り、理不尽だッ!」
それでもやってしまうあたり部長は流石である。
まぁ実際に浦高に泊まっている私も流石だと思うんだけど。
飯は近くの定食屋で食べている。
最近の一押しはモヤシがうずたかく積み上げられたラーメンだ。
そして今は昼飯を食べてからの練習だ。
「アガディール湾ダンク!」
「ぐはぁッ!?」
「ラタナコーシンアタック!」
「グワァッ!?」
「デカブリストフェイント!」
「ぬおおおおぉ!?」
「ガポン司祭フェイクッ!」
「ぎゃあああああ!!」
「トドメだ……バルカン問題について100字程度で簡潔に説明せよおおおおぉ!」
「ぐわあああああああぁ!!」
強い……強すぎる!
確かパンゲルマン主義とパンスラヴ主義が……いや、そっちじゃない。
「でかいだけじゃないのね」
「でかいだけで日本一が取れると思うか?それにでかいならもっと他にいた」
野崎のことだろう。
この人はあの野崎すら退けているのだ。
「確かに体格も重要さ。だがな、技術も重要だ。それこそある程度の身長の相手も倒せるくらいね」
それはわかる。
私がそうだ。
千里に最後のリバウンドを奪われたのだ。
千里は技術で私を圧倒していた。
私は二度とアレを繰り返すわけにはいかない。
「いいか、こうやってスクリーンアウトをしてだな……」
部長の教えてくれることを熱心に聴く。
強くなりたい。
その一心が、私を謙虚にしていた。
現在全員が順調にレベルアップ中。
織火はビデオ見ながらの見稽古でレベルアップってことで。




