異国者の修羅場
私のです
いいえ私のです
配点(取り合い)
sideアル
「アルちゃん、何を読んでいるの?」
給食を食べた後の昼休み。
私は日本の本を読んでいた。
猿でもわかる日本語、というらしい。
わかったら苦労しない。
ナメているのかこの題名は。
それよりも今、クラスの女の子から問われていることが問題だ。
何を読んでいるの?
何、というのはWhatを表す言葉であったはずだ。
を、は目的を表す後置詞であった。
読んでは読む、を変形させたものであろう。
いるの、とは確か所在存在を表す助詞だ。
の、の後に音が上がったことから疑問の終助詞と思われる。
つまり、私は何を読んで存在しているのか、という疑問だ。
私はどのような書物を読み、どのような考え方を吸収して私という人物を作り上げたのか、という疑問だろう。
日本人は頭がいいと聞いたがまさか日常でこのような哲学的な問いをしてくるほどとは。
私の人格形成に影響した書物ですか……
「えっと……そんなに考え込まなくても……」
やはり叔父にもらった『八つ裂き全集』だろうか?
それとも母にもらった『世界のダメ人間全集』だろうか?
あれは反面教師という意味で非常に役に立った。
それとも父にもらった冒険小説だろうか?
「あの、先生ー、アルちゃんが考え込んじゃったんですけどー!」
「あ?何聞いたんだお前」
「何を読んでいるの?って」
「考え込むようなことか?おい、アル」
或いは父に貰った『最強な俺のヨーロッパ制圧物語』は面白かった。
ナポレオンがチート能力で叩きのめして回るのだ。
ライバルのピットとか、ネルソンがイイ味を出していた。
ネルソンの最期の言葉がカッコイイのだ。
「I have done my duty……」
「アル、どうしていきなり辞世の句を残すんだ?」
いや、しかし待て。
私を変えた本とは、つまり今読んでいるこの本ではないか?
いや、正しくは変えている本だ。
つまり、この本が私を変えている本だ。
本に優劣があるのではなく、ただ目の前の本を集中して読むべきだとこの子は言っているのだ。
私が集中していなかったことを見抜いて言ってくれたのだろう。
日本人は奥ゆかしいと聞いたことがある。
なるほど、直接言わずに間接的に言うとはこういうことか。
となれば、この子にはそれ相応の礼を言わねば。
「……」
「あ、これ読んでいるんだね?」
私が固まっている間ずっと横にいてくれるとは何と素晴らしい人物だ。
髪を撫でられていたような気もするが気のせいだろう。
「アリガトウ……ゴザイマセ」
「え?お礼?何で?」
何と!
お礼を受けるとは思っていなかったらしい。
これくらいは当然ということか。
とてもいい子だ。
「トモダチ……ナレマスカ?」
「え?え?いいの?うん!なるなる!なろうよアルちゃん!」
今日、初めて友達が出来た。
名前は知らない。
side大祐
まさかアルからあのような発言が飛び出すとは。
ホストファザーも兼任している身としては感慨深いものがある。
「うりゅうりゅー」
感慨深い……
「ザラザラー」
「メリル。お前は何をやっているんだ?」
「この感触が堪らないんですの」
練習も終わり、みんながシャワーを浴びた後だ。
ご飯が炊けるまで全員お休みタイムとなっていたのだが……
「ズリズリー」
メリルが俺のあごひげにほお擦りしてくる。
「小さい頃はお父さんのヒゲで出来たのですけど、最近は剃るようになってしまったので久しぶりです」
ほっぺたをヒゲに擦り付けてウットリしながら言うメリル。
「えっとな、メリル」
「うりゅうりゅー」
この歳の女の子のほっぺはプニプニしているな。
引っ張ったらどこまでも伸びそうだ。
というか、
「近い、近いぞメリル」
「だってそうしないと触れられないじゃないですか。大祐さんは馬鹿ですわね」
そういうことじゃないんだがな……
どうしようか、と思っていたら横から手が飛び出してきた。
「……大祐は私のパートナーです。メリルのパートナーは千里でしょう。千里と遊べばいいです」
珍しくアルが介入してくれた。
「パートナーとか関係ないですわ。あー気持ちいい」
しかし構わずメリルはほお擦りを続行。
何とかしてくれと桜に目を向けるが面白がっているのか傍観を決め込んでいる。
「……」
と、アルが無理矢理メリルを引きはがした。
「……」
「……ッ!」
右から回り込むと見せかけて左に回ったメリルをアルが瞬発で押さえ込む。
こんなところでリバウンドの練習をするなよ。
「大祐は私のパートナーです!」
「大祐さんのヒゲは私のものですわ!」
「俺のものなんだけど……」
混乱してきたところでリールが帰ってきた。
「何やってんのアンタ達?」
リールが至極真っ当なツッコミを入れる。
「メリルとアルが大祐を取り合っているんだよ」
桜もまたそういう言い方を……!
「あら!この男私のメリルに手を出す気?容赦しないわよ!さぁ行けバディー!」
「自分で行かんのかい!」
リールが千里に出撃要請をしたが拒否された。
「うぐぐ……この!」
「私のです……!」
足ならメリルだが、それ以外では基本アルが勝っている。
アルがメリルをソファーに押さえ付けてくすぐりだす。
「さぁ降参したと言いなさい」
「嫌ですわ!負けていませきゃあ!そこはダメです!」
「面白そうね私も参加するわよ!」
「殴り合いなら私も入るわ!」
「じゃあ僕は見てるよ」
さらにリールと千里も飛び込んできてソファーの上が目茶苦茶になる。
しかしおかげでメリルから解放された。
「この!この!ブラジャーなんて百年早いわよ!」
「おぅおぅ!ツルペタちゃんはいいですなぁ!ブラジャーにお金かけなくていいんですかぁ!」
「この女……!」
「おーい、お前ら。ソファー壊すんじゃねえぞ」
一応注意しておいた。
sideアル
異国での生活は飛ぶように過ぎていく。
朝も昼も夜も練習を続けて、休日は中学や高校に行って練習をした。
敵の実力はアメリカにいたころと変わらないが、仲間の実力は段違いだ。
「リール!」
「打ちなさい!」
リールから飛ばされたボールは相手の手を擦り抜けてすっぽり手の中におさまる。
フェイクを入れて相手を飛ばせ、その隙にさらに桜へとパスをする。
桜が正確に3pを射抜いた。
「OK!」
このチームは誰がボールを持っていても決められる。
今のようにしっかりと繋げてフリーにしてあげれば決めきれる人達だ。
「ラッキー!」
リールが叫んでバウンドパスを出す。
長めのバウンドパスはペイント内に飛び込んだ千里がキャッチする。
そのまま飛び上がってダンクを決めた。
今のパス、針の穴に糸を通す、とまでは言いませんが1メートル先のコップにゴルフボールを投げ入れるような正確さだ。
それをラッキーと言いますか。
なるほどリールというのは優れたポイントカードだ。
口ではいつもああ言っているが、プレイ自体は献身的だ。
自分の得点が少なくなっても他人に決めさせることを優先することもあれば、流れが悪い時は自分で強引に決めることもできる。
メリルも速攻だけでなく、ハーフコートオフェンスで活躍できる。
私がかなりインサイドで決めるタイプなのでメリルが外から打てるのはありがたい。
それに千里も数字には現れないが、チームに非常によい流れを持たせてくれる。
パスの繋ぎでもスクリーンでも、いて欲しいところにいてくれるのだ。
そしてボールを渡せば中距離のショットなら確実に決めるし、インサイドでもパワープレイで押し込むことができる。
高校生とさえ互角に戦えているのだ。
「回して」
言われて桜にパスアウト。
飛んで放つ。
異様に高いループを描いたボールは綺麗にリングを射抜く。
桜はシューターとして非常に優秀だ。
それにここぞという時に決められるシューターだ。
そしてシュートだけでなくドライブも普通に上手い。
並のガードよりもボールハンドリングに長けているし。
こんな4人がいるのだから滅多なことでは負けない。
最初の頃は中学にも負けていたが、最近は中学相手なら快勝、高校生相手でも互角になっていた。
「アル、行きなさい」
リールにボールを託される。
その場で素早くドリブルをして、左から切り込んでやる。
スピードを上げてレイアップに持ち込もうとするがヘルプでもう1人が寄って来るのが見えた。
仕方ありませんね。
「っと」
その場で飛んでフローターを放つ。
それはボードに当たってリングに入る。
フローターのバンクショット。
ま、これくらいは当然ですね。
side大祐
7月の中旬。
練習が終わり、寮に帰ってきたみんなを集めた。
「明日から夏休みなわけだがー」
「あぁ、そういえばそうだったわね。はぁ?通知表?何それ美味しいの?」
「ごみ箱にビリビリに破いて捨てたのはお前かリール!」
復元した通知表をみんなに見せてやる。
「うわぁ……そりゃ国語がダメなのはわかるけどさ」
「算数もダメなんですの?リール」
「理科もダメダメだなぁ。ハハハ」
「それにこの一言。『もっと積極的に』リール。留学生なんですから積極的に行かないと」
「わかってるわよじゃかあしいわ!」
リールがキレて奪い取り火を着けた。
まぁデータは俺のパソコンにあるのでいくらでも復元してやることはできるのだが。
今はそんなことより話すべきことがある。
「横浜との練習試合が入った」
俺の一言で5人の顔つきが変わる。
ようやくか、というような笑いだ。
「前日本一でしょう?ようやく相手らしい相手が来たわね」
「横浜なら本気を出してぶつかれそうだね」
「やる気出てきましたわ……!」
「それで、いつでしょうか?」
アルに問われて俺は答える。
「あさってだ」
「明後日?まぁ大丈夫ですけど」
「私はいつだって大丈夫よ」
「ここに横浜のDVDがある。自分のマッチアップする相手をよく確認しておけ」
「「「「「はい」」」」」
「まぁ俺から注意するべき人物は2人だな」
顔写真付きのプリントを配る。
「菫と松美だ。2人とも5年生で小学生1stチームに選ばれている。それぞれシューティングガードとセンターだ。桜と千里は知っているか?」
「やったことはないね。僕の前の学校は弱かったから」
「私もないわ」
2人とも直接対決はしたことがないのか。
そうするとこれはかなりの好マッチアップになるかもしれない。
「こっちのシューティングガードは基本、何でもやる。センターのほうもアウトサイドに出てきたり3p打った
り、かなりトリッキーなチームだ」
だが、全国の頂点に立ったということはそれだけの実力があるのだ。
「さぁてどんな人かなぁ」
桜がDVDを持って上に上がる。
5人が全員上がり、俺は横浜戦をどう戦うかの対策練ることにした。
蓮里と比べてなんと微笑ましい修羅場か。




