試練場の二人
何が起きるかではなく
いつ起きるか
配点(緊急事態)
sideイリヤ
「お父様、お母様。大変お世話になりました」
三つ指着いて、頭を下げる。
お父様もお母様も、心配そうな表情をしている。
「イリヤ……」
最後になるかもしれない挨拶を済ませ、私は家を出る。
そこには腕組みをした喜美とお義母様が待っていた。
そう、これから試練なのだ。
私の人生を左右する、直接的に左右する戦いの日なのだ。
side喜美
なんて声をかければいいのかしら。
母さんが運転する車の中は静寂に包まれている。
母さんは何も喋らない。
私はイリヤに話し掛けることはできない。
イリヤは目をつぶって集中している。
「……」
「……」
「……」
静寂を保ちながら、私たちは沢木家の本拠地に帰ろうとしていた。
side壮
授業中。
いつもだって俺は授業に集中していないが、今日は輪にかけてしていなかった。
今朝の母さん、喜美、イリヤの唐突な出立のせいだ。
どこに行くのかと聞いたが、誰も答えてくれなかった。
最後にイリヤが困ったようにこちらを見て微笑んだのが気になる。
女3人で旅行……なんて雰囲気じゃなかった。
喜美のテンションが低かった。
どうしたんだ、あいつら。
嫌な予感がする。
そして、俺の嫌な予感は大抵当たる。
何事もありませんように。
俺は神に祈るしかなかった。
「じゃあ沢木君。この問題を」
「神よお助けください……!」
「すばらしいッ!完璧な和訳だッ!」
sideイリヤ
集中するために目をつぶっていたら寝ていたらしい。
緊張のために昨日は寝れなかった。
目を開けると、そこは山の中だった。
「お義母様、ここはどこですか?」
「どこだと思う?」
「山の中です」
「木曽山脈だ」
「……」
どこだろう?
まぁいいや。
どこでやったって変わらない。
ついに到着する。
山の中も山の中。
鬱蒼と繁った森の中に突如として現れた大屋敷。
「降りな」
お義母様に命令されて私と喜美は降りる。
「試練はすぐにでも始めるよ。喜美の準備ができ次第だ。いいね?」
「はい」
「喜美行くよ」
「ええ」
お義母様と喜美はサッサと大屋敷の中に入っていく。
私もそのあとに続いて入った。
side喜美
「ふぅ……」
何年ぶりかしら、ここに来たのは。
母さんにここのことを教えられて以来かもしれない。
そんなことを思いながら着替える。
白い着物だ。
白無垢。
「喜美、わかってんだろうね」
「ええ。わかってるわよ」
沢木の女として、やらなければいけない。
たとえ相手が友達であろうとも。
しかし、私は……
「喜美、アイツはアンタの兄を奪った女だ」
「兄さんを……」
「アンタの兄だ。喜美」
「私の兄さんを……」
「よこから来て、掻っ攫った女だ」
「兄さんを……!」
「アンタの、だ。喜美。アンタの兄をアイツは奪った」
「私の兄さんを」
「アンタが勝てば、壮は奪われない。壮は一生アンタのものだ」
「兄さんが……私の……」
母さんが私の耳元で囁く。
「負けたら、壮はアイツのものだ」
「イリヤのモノになる」
「壮はアイツに犯されて、アイツの男になる」
「私の……兄さんが……!!」
「嫌だろう?喜美。お前は負けたら目の前で兄が犯されるのを見るわけだ」
「私の兄さんに……触れるな……」
「そうだ喜美。それでいい。勝てば壮はいつも通り。喜美と一緒に笑ってくれる」
「私のモノ……」
「負ければ、イリヤのものだ。アンタは一人ぼっちで見ることになる」
「独りで……?」
「そうだ。アンタに壮以外に一緒にいる奴なんているのかい?アンタは一人だ。アンタには壮だけなんだよ」
「私が……私の……」
「殺したいだろう?喜美。イリヤをグチャグチャにしてやりたいだろう?」
「殺したい……殺したい……!」
「ああ、殺してしまいな、喜美。そうすれば壮はアンタのものだ」
「ああ……アアアアアアアァァ!!」
side善鬼
やれやれ。
これで本気なるなんて、沢木家直系はやっぱズレてるね。
この呪文は女々さんとの決闘が終わった後に教えてもらったんだけどねぇ。
ここまで効果があるとは思わなかったよ。
一族を守ろうとする意思の強さ。
沢木家の人間は例外なく、異常なまでに一族を守ろうとする。
だから戦争系に強いんだよねぇ。
私なんかは割と平気で子供を谷に突き落とせるんだけどねぇ。
「殺す……殺す……」
喜美がブツブツと呟く。
こりゃ、効果ありすぎたかもね。
アタシとしてはイリヤを応援しないでもない。
なんせ昔の私と似た境遇だ。
頑張れ後輩、って感じだ。
でも、何でかねぇ。
沢木家の血が混じったからかもしれないけど、ちょっとムカつくところもあるんだよねぇ。
母の情なんてものが私にもあったのか、何なのか。
でも、この戦いは私には関係ないね。
私はもう古い世代の人間で、次を支えるのはこの子達だ。
いちいち面倒見るほど優しくないんだよ。
私は喜美を土蔵に放り込んでイリヤの元へ行く。
表情を消す。
ここからは、沢木家の女として、だね。
「イリヤ。行くよ」
sideイリヤ
ついにこの時が来たか。
8月にこの試練のことを告げられて2ヶ月。
お義父様にある程度のことは教わった。
全ては、この時のために。
屋敷の地下へ降る。
階段を降りた先、ドアがあった。
巨大なドアで、開けるのも一苦労しそうだ。
つまり、逃げようとすれば開けようと頑張っている最中に背中を刺される。
即死だろう。
撤退は不可能だね。
するつもりはないけど。
「お義母様、私の力。証明させてもらいます」
「お義母様なんて呼ぶんじゃないよ」
「ごめんなさい」
「次出て来た時に、そう呼んでおくれ」
「……わかりました」
お義母様の激励を受け、私は扉を開ける。
そこで待っていたのは……
side壮
「ちょっとお兄さん。どうしたんですか?」
「え?あ、うん。悪い……」
「喜美とイリヤがいないのがそんなに寂しいの?」
沙耶にからかわれる。
「何か、2人とも帰ってこねぇんじゃねえかって」
「寂しいんじゃないですか」
「というか壮、はやくタオル」
「あ、悪い……」
咲にタオルを渡されてビショビショになった体を拭く。
「それにしても唐突に降ってきましたねぇ」
「ゲリラ豪雨ってやつ?」
沙耶と織火が体育館の入り口から顔を突き出して外を見る。
と、空が光った。
「対ショック姿勢!4、3、2、1、インパクト!」
インパクトと叫んだ瞬間に雷鳴が轟いた。
「お兄さん無駄に凄いですね……」
「ハッハッインパクト!」
「「「うわああぁ!?」」」
慌てて伏せる3人組。
「それにしても随分空が暗い」
「雲真っ黒だn「インパクト!」ぎゃあああ!」
小学生女子はやはり雷が怖いらしい。
「壮、背中拭いてあげようか?」
「お、頼む」
咲がタオルを奪って背中を拭いてくれる。
2人は頭を抱えてヘソを防御しようとしている。
「咲は平気なのか」
「平気。壮のほうが気になる」
確かに、このまま10分いれば風邪ひく恐れがある。
俺は真っ黒な空を見上げて呟く。
「やっぱ嫌な予感がインパクト!」
「「「ぎゃああああ!!」」」
sideイリヤ
土蔵の中を素早く確認。
足場は土だ。
床じゃないから滑らない。
明かりは松明の炎。
あれを消されたら終わりだ。
闇の中での戦闘訓練は流石にやっていない。
そして喜美が目に入る。
松明がグルリと囲む大きな部屋。
その中央で喜美は正座して目を閉じている。
武器はなし。
「……」
「……」
どうする?
一撃目を叩き込むか?
……無理だね。
「喜美」
だから私は声をかける。
それに応じて喜美の目が開く。
私を見据える。
「……私の名前を呼ぶな、牝豚」
「喜美……何を言っているの?」
あまりにも予想外の言葉に私は呆然とする。
だが、私の言葉に返答せずに喜美は構えを取る。
ヤバい。
咄嗟に横飛びで避けた。
隣を疾風が駆け抜ける。
「チッ……牝豚風情がちょこまかと……」
「……」
もう試練は始まっているのだ。
「返してよ……」
喜美は私を睨みつけて言う。
「私の兄さんを返してよッ!!」
「ッ!?」
軽く5歩ぶんは離れていた。
1歩で縮められた。
懐に入り込んだ喜美に危機を感じる。
投げられたら負けだ。
頭から地面に叩き落とされて殺される。
「ぐッ……!」
後ろに下がって合間を取る。
「返してよ……返してよ……」
だが、それを見逃す喜美ではない。
体を大きく左右に振り狙いを絞らせないまま接近してくる。
「ラアッ!」
左から喜美の手が伸びる。
咄嗟に受けて後ろに逸らす。
同時、入り込んだ喜美の腹に膝を入れようとする。
「ッ!」
喜美はそこから空中前転で私の蹴りを避けた。
「まだッ!」
私は後ろに行った喜美に振り返り、追撃をかける。
お義父様に言われていたことがある。
「戦いが5分を超えたら命請いをしろ」
「できませんよ、そんなこと」
「するんだ。イリヤ。これは絶対だ」
「……何でですか?」
私は仕方なく聞く。
お義父様に教えてもらうしかないのだから。
「喜美は技を覚える。5分も戦えば、丸裸にされる」
「お義父様はまたそうやってセクハラを……」
「厳しいッ!厳しいよイリヤ!俺はね、最近のそういう風潮に断固反対だよ!職場の女の子褒めようと思って『お?綺麗になったね!』とか言ったら大ブーイングだよ!?意味わかんねぇ!」
「お義父様。話の続きを」
「前にウチの部下が出産で休暇取るときに『まぁ気にせず頑張れよ』って声かけたら減給されたよちっきしょう!しかも善鬼にチクリやがって死ぬかと思ったね!」
「そっちじゃないですッ!」
まぁ、ようするにこういうことだ。
5分経てば技を全て覚えられ、最善の対処をされる。
5分、それがリミットだ。
それまでに勝てなければ死ぬしかない。
「貰うよ喜美……!」
尖らせた爪で首を狙う。
しかし喜美が素早く首を捻ってそれを避け、私の手首を掴んだ。
しまっ……!
た、と思う間もなく天と地がひっくり返る。
ヤバい!
体を必死で捻って頭から落ちないようにする。
間に合え……!
ギリギリだった。
地面に叩き付けられた痛みが全身を襲う。
肺から一気に空気が漏れだす。
グエッ、なんて変な音が出た。
笑ってる場合ではない。
体が浮く。
そして、再び地面にたたき付けられる。
また持ち上げられ、思い切り地面にたたき付けられる。
……殺そうとしていない?
持ち上がった瞬間に何とかして喜美の顔を見る。
喜美の顔に諧謔の色が見えた。
私を虐めていた奴らと同じ表情だ。
喜美……やめて……そんな表情をしないで……!
side喜美
壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ
sideイリヤ
とにかくこの無限ループから抜け出さなければ。
全身を痛みが襲っているのに冷静な私すげぇ。
とにかくがむしゃらに喜美の手を引っ掻く。
尖らせた爪が皮膚を切り裂き、血を滴らせる。
「ッ!?」
喜美が私の襟から手を離した。
「牝豚風情が……この私に血を流させるか……!!」
喜美が、おかしい。
目が危険な色を宿している。
ヤバイ、本気で殺しに来てる。
壮……頑張るよ、私!
side織火
「ふっふふーん」
咲が鼻歌歌いながらお兄さんの背中を拭いている。
咲は雷怖くないんですね……
「はぁ……はぁ……」
「壮?どうしたの?」
「はぁ……はぁ……」
「どうしたんですかお兄さん?咲のエロティックなタオル捌きに興奮したんですか?」
「はぁ……!はぁ……!」
「お兄さん……お兄さん!?お兄さんッ!!!」
信じられないものを見た。
お兄さんが、床に倒れた。
顔から真っ直ぐ、受身さえ取らずに。
「え?え?」
何が起きているのかと呆然とする咲を突き飛ばして私はお兄さんの隣に駆け寄る。
お兄さんは床にぶっ倒れたまま、異常に大きな息をしていた。
「はぁ……!はぁ……!」
「お兄さん!?大丈夫ですかお兄さんッ!私の声聞こえますか!?聞こえたら頷いてくださいお兄さんッ!!」
お兄さんが頷く……いや、頷いたのか?
お兄さんの体が痙攣しているだけじゃないのか……?
「沙耶ッ!保健室に行って翔子さん呼んできて下さいッ!余計なこと言わなくていいからとにかく連れてきてッ!咲ッ!職員室に行って119に電話してくださいッ!とにかくまず住所を伝えて、蓮里小学校って言えばいいですからッ!」
「え?ちょっと織火」
「蓮里」
「早くしてくださいッ!!」
インパクト!のくだりがなければどシリアスな展開になっていましたねぇ。
というわけで、ここから一気に動きます。




