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そう、これが私の六歳の頃の衝撃的なワンシーンである。
それから毎日のように私はキースに愛を伝えた。
理由はもちろん殺されたくないから。ただそれだけ。
あまり会う機会は多くはなかったけれど、そんな日は手紙!
紙にペンで想いを綴り続けた結果、少し変わった文才として花を咲かせた。「今日も王子のことを思うと幸せです」から「庭の花を眺めていると王子にこの美しさを共有したくなります」から「星と同じように私の愛も輝いています」なんてところまで書けるようになった。
長年の努力と言うのは凄い。……キースから返答の手紙が返って来たことは一度もない。
王子様は仕事で多忙のようだから、会ってもほんの少しの時間だけ。
ちゃんとした二人で過ごすお茶会は一年に二度あるかないか……。
これ絶対、私避けられてる~~! って思ったけど、そんなことを気にしている暇はない。
私はただ必死に愛を伝えることに励んだ。
ほぼ無反応なキースに対してよく頑張っている。
……あ、そういえば、従者の名が分かった。アッシュという。キースよりも二つ年上らしい。
彼は昔と変わらず、ずっとニコニコしている。冷たい王子に対しての私の奮闘を楽しんでいるように見えた。
兄のエヴィンはこんなに私がキースにぞっこんになるとは思わなかったのか、「俺がキースと仲良くて良かったな」なんて恩着せがましいことを私に言ってくるようになった。
正直、恋愛感情というものはよく分かっていない。
ただ、愛を伝えているうちに少しずつ愛情が本物になりつつあった。不思議な現象だ。誰かこの現象に名をつけてほしいぐらい。
キースどんなふうに愛を伝えようかというワクワクが私の日々を彩っていた。
花束を贈ったり、好きな匂いを送ったり、お気に入りの詩を送ったりなど、かなりロマンチックなニコルが誕生した。
そして、なにより私はお菓子作りのパティシエ並みに腕を上げた。
美味しいスイーツが好きと言うキースに私は毎日のようにお菓子を作り続けた。王子にとって美味しいスイーツを作りたいという一心で私は日々精進した。……まるで恋する乙女だ。
クッキーから始めて、今やウェディングケーキも作れるほどだ。十年と言う月日は恐ろしい。
送ったり、手渡ししたりしているけれど、食べてくれているのかどうかは分からない。
なんのフィードバックもくれないのだ。王子もなかなか薄情な男だ。
一度だけ、味の感想を聞いたことがある。「良い材料を使っているようだ」とだけ答えられた。
この男はもしや私が作っていることを知らないのでは? というような反応だった。
……が、そんなことはどちらでも良い。
私は十六歳になった今も、キースにずっと愛を伝えていた。
それなりに、順調で充実した人生を送っていた……はずだった。
この十年間の努力が水の泡となりそうな転機が訪れたのだった。一人の女の出現によって……。




