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兄にエスコートされながら、私が会場に入った瞬間、全員が動きを止めて私へと視線を向けた。
……ちょっっっっと、人多すぎない?
私は思わずその場に固まりそうになった………が、なんとか耐えて、表情を崩さず足を進めた。穏やかな演奏と私のヒールの音だけが会場に響く。
普段、王宮に足を運んでも王子に「今日も今日とて想ってます~~!」って言っているだけで、これほど多くの若い男女に会うことなんてない。
ましてや、ここにいる全員が私に注目している。
王妃教育よりも度胸の鍛え方を学べば良かった……。後の祭りだわ。
背筋を伸ばして、この空気に怯まないように歩いた。暫くすると、所々からコソコソと話す声が聞こえた。
「……あのお美しい方は?」
「キース殿下の婚約者ですわ。グレイス家のご令嬢様よ」
「ニコル様ですわね。……なんてお綺麗な方」
「まるで女神のようだ」
「ああ、噂には来ていたけれど、これほど見目麗しい方だったのか」
…………褒められている。
聞き耳を立てているけれど、今のところ悪いようには言われていない。
というか、ここで私の悪口を言えるような人間はそういないか……。
「ほら、ニコルが怖がることのほどでもなかっただろ」
エヴィンは小さな声で私にそう言った。
「これから挨拶のことを考えると気が遠くなりそうです」
「……確かにな。知り合い誰一人といないところで社交界デビューは俺も嫌だ」
「というか、いつまでこの空気感なんですか?」
「まさかここまでずっと見られ続けるとは俺も想定外だ。端っこによって何か飲もう」
彼はそう言って、私を会場の端っこへと誘導してくれた。
近くの柱で私は小さく息を吐いた。
……この少しの時間で随分と疲れた。気の張りようが尋常じゃない。
まだジロジロと見られているというものの、さきほどの騒がしい会場に戻った。
エヴィンは使用人が運んでいるトレイからシャンパンを取る。目で「いるか?」と私にも聞いてきたが、私は首を横に振った。
初の社交界で頭が回らなくなったら大変だもの。
「まぁ、すぐに慣れる。楽しめ」
そう言って、エヴィンはシャンパングラスを口につけながらアドバイスをする。
……他人事だと思って。
私は小さくエヴィンを睨んだ。
「そんな顔するなって。今という時間はもう二度と戻ってこない。なら、楽しまないと損だろ?」
エヴィンはそう言って笑う。
ぐうの音も出ない。せめてもっとおちゃらけたことを言ってくれた方が反論出来た。
…………今を楽しむって言われても。
私はぐるっと会場を見渡した。
もう完全にそれぞれコミュニティが出来上がっている。どこにも馴染めそうな気がしない。
「お兄様はどのグループと仲がいいのですか?」




