44:軋み
ブシロードワークスのセリーズノベルより、
「双子の妹に殺された姉、二度目の人生は初恋のイケおじ王弟にフルベットします! 1」
が3月6日に発売します!!
また、3月5日より同じくブシロードワークスのコミックグロウルで、同作品のコミカライズが連載スタートします!
コミカライズはえぽしま先生が担当してくださいます。
という訳で発売までの約一ヶ月は今作の更新に力を入れて、月曜・金曜の週2回更新で行きたいと思います!
月・金の18時20分更新予定。
どうぞよろしくお願いします。
かつて五大貴族と呼ばれた家門の中で、今なお権勢を誇るのはガザード公爵家とエルドレッド公爵家のみ。
その名門中の名門からの発注であれば、ディアナが知らぬはずがなかった。
身に覚えのない契約──だがエルドレッド家側は、ディアナと直接取引をしたと言う。
フィデス商会に乗り込んできたのは、エルドレッド公爵家の重鎮であり縁戚でもある、ドリス・クールソン伯爵だった。
彼を応接間に通し、商会主であるディアナが、自ら話し合いに臨む。
「最近評判になっているからとお願いした訳ですが、一体これはどういうことですかな」
「どうと言われましても、当商会にはそのような契約を交わしたという記録は、残されておりません」
クールソン伯爵の鋭い視線が、真っ直ぐディアナを睨め付ける。
病床に伏した現エルドレッド公爵の末弟であり、次期公爵であるクライド、王太子ローレンスの婚約者であるケイリーにとっては実の叔父だ。
「此度の式典、我がエルドレッド家にとってどれほど大事か、ガザードは承知してのことか!?」
「重々承知しております」
新たな公爵の誕生──それはエルドレッド家にとっては勿論のこと、国にとっても重要な意味を持つ。
現存する二大公爵家──ガザード家とエルドレッド家。
その一方に、新たな当主が君臨するのだ。
「ではなぜ、このようなケチをつける!!」
「身に覚えのないことを、その通りに申し上げているまで」
声を荒らげるクールソン伯爵に対し、ディアナはあくまで毅然とした態度を貫き通していた。
フィデス商会に、エルドレッド家及びクールソン家との取引が行われた形跡が無いのは事実。
相手がどれだけ強硬的な態度に出ようが、それを説明する他はない。
「ふん、我がエルドレッド家が王太子殿下の婚約者に選ばれたからと、ガザードは嫌がらせに走ったか……」
クールソン伯爵が吐き捨てた言葉に、ディアナの整った眉がピクリと震える。
(我がエルドレッド家? 彼は縁戚の身で、家門を代表する立場になったつもりなのかしら)
内心の悪態をひた隠しにして、声に出しては、ただ一言。
「聞き捨てなりませんね」
「ハッ、ガザード家のご令嬢が婚約者の居る王太子殿下に熱を上げているというのは、もっぱらの噂だぞ!!」
……それに関しては、言い返す言葉もない。
コーデリアが王太子ローレンスに淡い想いを抱いているのは、周知の事実なのだ。
「今回の件と、どのようなご関係が?」
肯定も否定もせず、ディアナが冷静に問い質す。
その落ち着き払った様に、クールソン伯爵がこめかみを震わせた。
「王家との縁を我が家に奪われたからと、そのような稚拙な嫌がらせに走るとは! 恥を知れ!!」
怒号の後、暫しの静寂が、応接間を支配した。
クールソン伯爵も、公爵令嬢相手に今更言い過ぎたと気付いてか、僅かに視線を逸らした後に、小さく咳払いをする。
「……とにかく。いつまでも知らぬ、存ぜぬでは、話が進まない」
「だからといって、身に覚えのないことを認めることは出来ません。お疑いであれば、契約の際に交わした書面全てをお持ちの上で、再度お越しください」
両者の話は、いつまで経っても平行線だった。
フィデス商会の応接間、豪華なテーブルを挟んで向かい合う二人の間には、果てしない距離が横たわっていた。
「そちらがそのような態度を取り続けるならば、こちらにも考えがある」
そう吐き捨てて、クールソン伯爵が立ち上がる。
「商会も、貴族も、信用が大事。世間知らずなお嬢様には、それが分からぬようだ」
いまだソファーに座ったままのディアナを一瞥し、伯爵が応接間を出て行く。
扉が荒々しい音を立てて閉まった後、ようやくディアナは深く息を吐いた。
(まったく……面倒なことね)
先方は、ディアナと直接契約を交わしたという。
だが、契約を交わしていないことは、自分自身が一番知っている。
であれば──考えられることは、ただ一つ。
(ついに、なりふり構わぬ動きに出てきたということかしら……)
双子の妹が姉を貶める為に暗躍するなど、考えたくもない。
だが、コーデリアに腹を抉られた時の感触を思い返せば──今でも、息が詰まるようだ。
ノックの音が響いて、ガチャリと応接間の扉が開く。
「大きな声が、向こうにまで聞こえていたぞ」
「アラン様……」
ディアナの夫であり、商会の共同責任者としても名を連ねているアランは、いまだソファーに身を沈めたままのディアナをじっと見つめた。
「ご迷惑をおかけします」
「迷惑などと、気にする必要はない」
クールソン伯爵にとって、ディアナは目上の公爵家の人間とはいえ、自分より遙かに年下の女性だ。
こと商売ごとに関しては、どうしても下に見られてしまう。
それを分かっていて、なおディアナはアランの同席を固辞した。
夫の立場を利用していると思われたくなかったのだ。
女だてらに商会を起ち上げたと、好奇と嫉妬の入り混じった視線が、常にディアナに向けられている。
ここで、悪意に飲まれてしまう訳にはいかない。
自分で解決出来ることを、証明しなくてはならないのだ。
「……あまり、気を張りすぎるなよ」
ドサリとソファーに腰を下ろしたアランが、ディアナの頬を撫でる。
それまで強張っていた表情が、ふと和らいだ。
「はい」
月のディアナと呼ばれる、冷徹な美貌──それとはかけ離れた、年相応の少女らしい笑顔だった。
その日から、フィデス商会の周囲には、黒い噂が纏わり付いた。
いまだラトリッジ王国では珍しいフィーラン王国の品は、フィデス商会でしか買い求めることが出来ない。
だからこそ、客足が絶えることはなかったが──出入りする客達の間で、ひそひそと囁き合う声が止むことはなかった。









