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【書籍化】双子の妹に殺された姉、二度目の人生は初恋のイケおじ王弟にフルベットします!  作者: 黒猫ている
2章:荒波を越えて

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34:双子の姉は、交渉する

(いよいよ、来たわね──)


国籍不明の船。

前世でも、同じ時期、同じ港町アンガスに、フィーラン王国の軍船が入港した。


ラトリッジ王国と国交を持たぬフィーラン王国は、これを機に海路での国交樹立を求めるとして、強硬な態度で臨んでいた。

当然、一男爵に判断しきれる話ではない。

クィルター男爵から寄親であるガザード家に知らせが入り、ガザード家から王家へ。

軍備を備えた使者の急な来訪にラトリッジ王国は後手に回り続けた。


その間にフィーラン王国の特使であるカーティス・マクブライド海軍提督は外洋を根城とする海賊と話を付け、ラトリッジ王国への安全な海路を確保。

フィーラン王国との交易は、彼等の言い分の多くを飲まざるを得なくなってしまった。


不平等な条約は、ラトリッジ王国の財政を圧迫した。

しかし、今は違う。


(フィーラン王国と対等な関係を築ければ、今後の交易に有利になるはずだもの。それに……)


フィーラン王国から輸入される品々は、数年後にはラトリッジ王国で広く取り扱われることになる。

それを一商会で独占出来たなら──、


(こんな商機、逃す訳にはいかないじゃない?)


「国籍不明だなんて……一体どこの船なのかしら」

「大丈夫よ、まだ入港した訳ではないのでしょう?」


不安げなミリアムに一度微笑みかけてから、ディアナは事態を知らせてくれた従者に向き直った。


「男爵様は?」

「領地の視察に出ておられまして、現在使いの者を走らせております」

「そう、港に直接見に行くわ。アラン様にも連絡を入れてちょうだい」


港に向かうディアナの後を、ミリアムが追いかける。


「ミリアム、貴女馬には乗れる?」

「乗馬ですか? 人並み程度には……」

「それで十分よ」


巨大な軍船に怯える港町には、緊張感が漂っていた。

不安げな領民達の間を縫うように、馬を走らせる。

港に到着するよりも先に、沖に碇泊したフィーラン王国の軍船が否応無しに目に入ってくる。


小さな港町の領民を、圧倒する姿。

沿岸諸国の造船技術の粋を集めた船だ。

しかし、ここで圧倒される訳にはいかない。

巨大な軍船を前に、ディアナは毅然と顔を上げ、馬を走らせた。




「ですから、許可無く港に碇泊させる訳には──」

「我等はその許可を求めているのだ」


港の桟橋には、小舟が停まっていた。

軍船を入港させる為の交渉に来た使者と、港町の警備を預かる兵士達が話し込んでいた。

話は早いと、ディアナが馬を降りて彼等に近付いていく。


「先触れも寄越さずに、随分と性急な話もあったものね。せめて、我が国に来られた理由や、そちらの国籍、特使の身分などは開示するべきではないかしら?」


ディアナの言葉に、男達が一瞬声を失った。

突然現れた女に胡乱げな視線を向けた兵士は、ディアナと共に居るミリアムの姿を見るなり、慌てて頭を垂れた。


「こ、これはお嬢様!!」

「この場はディアナに──ガザード公爵令嬢に、お任せしましょう」


ミリアムの一言で、その場の視線がディアナに集まる。

兵士達は姿勢を正し、相手を知らぬながらに“公爵令嬢”という身分を聞いた使者は、恭しく腰を折った。


「これは失礼を。我等はフィーラン王国より参りました。ラトリッジ王国と親睦を深めることが出来たなら、これに勝る喜びはございません」

「フィーラン王国……」


使者が告げた国名に、ミリアムが息を呑む。


ラトリッジ王国とフィーラン王国は、決して近隣国とは言えない。

陸路で向かおうとすれば、紛争地帯や広大な砂漠など、一筋縄ではいかぬ旅程となるだろう。

無論、それは海路であっても同じこと。

魔物と海賊が蔓延る外洋は、出航するだけで命懸けの危険地帯。

両国の国交を前に立ちはだかる障害は、あまりに多い。


「親睦を深めるかどうかは、そちらの出方次第です」


恭しい態度の使者に、ディアナがぴしゃりと告げる。


「軍船で威圧するこの態度──平和な話し合いの席に着くというよりは、武力を持って圧倒することが目的のように見えますが、いかが?」

「とんでもない!」


ディアナの言葉に、使者が大仰に両手を広げて見せた。


「我等の武力をもってしても、ここまでの旅は危険を伴います。こちらの軍備は、必要に駆られてのもの。王国の方々を威圧するつもりは、微塵もございません」


(まぁ、口では何とでも言えるわよね……)


ディアナが、小さく息を吐く。

事実、見慣れぬ巨大な軍船を前に、港町の人々は怯えを隠せずにいた。

前世でも、フィーラン王国は砲撃の間合いに軍船を停泊させることで、交渉を“実質的に強制”した。

対応したクィルター男爵も、彼等を前に強い態度に出ることが出来ず、半ば強引に奪われる形で港の使用権を明け渡してしまったのだ。


ディアナの嘆息を掻き消すように、蹄の音が近付いてくる。


「──ディアナ!!」


逞しい軍馬を駆って現れたのは、アランだ。

戦に慣れたはずのアランも、巨大な軍船を前に、呆然と遠洋を見つめていた。


「こちら、フィーラン王国から来られたそうです」

「フィーラン王国だと?」

「ええ、我が国との国交を望んでおられるようですが」


アランとディアナが見つめる先。

沖に止めた巨大軍船にも、動きがあった。

一向に話が纏まらぬことに苛立ってか、一艘の小舟が下ろされたのだ。


ゆっくりと、近付いてくる小舟。

その先頭には、遠目にも映える燃え盛るような赤毛の男が居た。


(来たわ……)


フィーラン王国特使、カーティス・マクブライド海軍提督その人だ。




外国船がやってきたと聞いたクィルター男爵は、卒倒しそうな勢いだった。

彼はすぐさま全権限をディアナとアランに委ね、男爵邸で話し合いの席を用意するに留めた。

軍船は沖に停泊させたまま。

海軍提督が少数の従者を伴い、上陸した形だ。


「小さな港町と思ったが、まさかこんなところに王族と相まみえるとは」


カーティス・マクブライドは三十手前の美丈夫だ。

アランよりは年下だが、ディアナと比べたら遙かに経験を積んでいる。


「王族と言っても、臣籍に下った身。しかも、個人的な旅行の最中であれば、気楽にしていただきたい」

「かたじけない」


元より、他国の王族にそれほど敬意を払うつもりはないのだろう。

話し合いの席についてすぐ、カーティスが姿勢を崩して足を組む。


「こちらの提案は、先ほど申し上げた通り。海路での国交と、交易船の往来。その為にも、この国に我等フィーラン王国の拠点を築きたい」

「そのようなお話、本来であればこのような地方ではなく、王都に直接持っていくべきと思いますが……」

「王都に赴くより早く、興味深い方々に出会えたのでね。交易とは“縁”だ、そうは思わないか?」


カーティスが、小さく笑う。

クィルター男爵一人で、この男に太刀打ち出来る訳がない。

与えられた権限も、所有する武力も、人としての器も──何もかもが違い過ぎる。

それを分かっていて、わざわざ小さな田舎の港町に上陸してきたのだろう。


そして、前世では見事に小さな港町はこの侵略者に搾取されてしまった。

港町だけではない、ラトリッジ王国での交易も、何もかもがこの男の思うがままだ。

だが──今世では、そうはいかない。


「それでは、こちらの要求も聞いていただきましょう」


燃え盛る赤毛の下、緑色の瞳が細く眇められる。

さぁ……暴れる海竜に、首輪を付けさせてもらいましょうか。


忙しさが一段落したので、今後は毎週金曜日18:20に定期更新していきたいと思います。

最近ちょっと話が逸れていますが、のんびりお付き合いいただけると嬉しいです。

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