27:双子の姉は結ばれる
お待たせしました、更新再開です!!
29話から2章開始。
週1~2回更新ののんびりペース予定ですが、お付き合いいただけると嬉しいです。
結婚式の後、侍女達がやけに慌ただしく動いていた。
その理由が察せられるだけに、ディアナもまた、緊張を隠しきれないでいる。
ドレスを脱ぎ、湯浴みで身を清めた後は、若々しい肌を最大限に引き立てる薄化粧のみで身を飾り立て、銀の髪に小さな花を編み込む。
別邸に連れてきたごく少数の使用人は、イアンが厳選した忠義に厚い者達ばかりだ。
そんなベテランの侍女でさえ、どこか浮かれたような表情を浮かべている。
そう、結婚式の夜──今宵は、初夜なのだ。
身支度を終え、薄手の寝衣姿で、ベッドに腰を下ろす。
ただ座っているだけなのに、ディアナの心臓はまるで戦場で鳴らす銅鑼のように大きく鳴り響いていた。
(落ち着くのよ、ディアナ。床入りだって、経験した身じゃない……)
そう自分に言い聞かせはしても、胸の高まりは一向に収まる気配がない。
呼吸を落ち着かせる為に一つ、二つと深呼吸をして、そろそろ三桁に届こうかという頃──ガチャリと、扉が鳴った。
「あ……」
激しかった鼓動が、一瞬だけ静止したかと思った。
その瞬間だけ、まるで時が止まったかのように、鼓動も、何の物音も聞こえなくなってしまった。
ただ、扉の向こうに立つ相手──アランの姿から、目を逸らすことが出来なくなっていた。
アランはアランで、こちらもディアナと目が合うなり、息を呑んで硬直してしまう。
扉に掛けたままの手が、じんわりと汗ばんでいく。
湯上がりに喉を潤したばかりだというのに、喉がひりついて、声にならない。
結婚初夜。
二人が用意した別邸の寝室。
大きなベッドに腰かけた妻は、月よりも儚く美しかった。
言葉もないままに扉を閉め、ディアナの隣に腰を下ろす。
二人ともに言葉もないまま、暫しの沈黙が流れた。
「……ディアナ。疲れてはいないか?」
先に口を開いたのは、アランだった。
剣を習い鍛えているとはいえ、ディアナは女性だ。
男で騎士のアランとは、その体力は比べるべくもない。
「私は大丈夫です。アラン様こそ、疲れてはおりませんか?」
「これくらいの疲れなら、心地よいくらいだ」
事実、疲労以上にアランは充足感に包まれていた。
王族に生まれながら、同じ血を引く親族にさえ疎まれていた日々。
ようやく離宮を出て、新しい暮らしを始めることが出来たのだ。
それも、誰よりも自分を慕ってくれる、若く美しい妻と共に。
「まるで、夢みたいだな……」
「夢などではありません」
呟くアランの声を、ディアナがキッパリと否定する。
これが夢であってはいけない。
目が覚めたらアランもウェズリーも既に亡く、自分は再びコーデリアに殺される運命だとしたら……ゾッと、ディアナの背筋に悪寒が走る。
「夢でなど、あってほしくない……」
「ディアナ……」
掠れた声で呟く妻の顔を、アランが覗き込む。
ディアナが時折、何かに怯えたような表情を見せることに、アランは気付いていた。
その苦しみを、どうにか拭い去ってやれないものか……そんな願いを込めて、華奢な身体を思いっきり抱きしめる。
「あ……っ」
強張っていたディアナの身体から、ふっと、力が抜けた。
アランの温もりに包まれて、彼の胸に顔を埋める。
トクトクと胸の奥で響く音が、耳元をくすぐる。
その鼓動に合わせるように、自分の胸も早鐘を打ちはじめ、二人の鼓動がやがて一つに重なっていく。
「そうだな、夢ではない。俺達は、夫婦になったんだ」
「……はい」
アランの大きな掌が頬を撫で、ディアナがうっとりと目を閉じる。
「ずっと……お慕いしておりました、アラン様」
幼い頃、彼に助けられたあの日から。
前世、彼の悲報を聞いたその日も。
愛を知らぬままに、他の男と夫婦になった、その後も。
ディアナの胸を焦がすのは、後にも先にも、アランただ一人。
彼が生きていて、自分と寄り添ってくれている。
彼と、共に初めての夜を迎えている。
それだけで、ディアナの心は熱く満たされていた。
「ディアナ、君は本当に……っ」
一方のアランは、それどころではない。
ただでさえ薄手の寝衣、抱きしめるディアナの温もりが直に伝わっている。
年下の妻を傷付けないようにと、必死に理性を保とうとしているのに、当の本人がその理性をぶち壊そうとしてくるのだから、困ったものだ。
「アラン様?」
今も、不思議そうに首を傾げて、自分を見上げている。
その仕草に、ごくりと、唾を飲み込んだ。
「約束する。一生、君だけを愛する。君を、必ず幸せにすると」
力強い、アランの言葉。
その言葉に、腕の中のディアナの表情が、ふわりと花が咲くように綻んだ。
「……はい!」
ぐいと、自らの両肩を抱く強い力に、ディアナが瞳を瞬かせる。
アランの息が、そしてアランの身体が──熱く昂ぶっていることに気付いて、ようやくに、ディアナの頬にも紅が広がっていった。
「ディアナ……」
「アラン、さま……」
互いの名を呼び合う声が、口付けに飲み込まれる。
薄暗い蝋燭の灯りの下、ディアナの睫毛がわずかに震える。
その儚げな姿に、アランはもはや理性の堰を保てなかった。
静かな別邸の窓から差し込んだ淡い月光が、白い寝具を照らす。
夜の闇に溶け込むような静寂の中、新婚夫婦の寝室だけが、いつまでも柔らかな明かりに包まれていた。









