拍手 058 百五十五話 「再起動」の辺り
里に帰ったのは、夕刻にはまだ間がある時間帯だった。
「カルテアン! 戻ったのか?」
仲間がこちらを見つけ、声をかけてきた。族長の亡骸は、マントで包んであるので彼からは見えない。
「今戻った」
「族長は? 一緒だったんだろう? 重鎮がさっきまで愚痴をこぼしていたぜ。里の外に出るなど、危険過ぎる! とか何とか言って」
「そうか……」
彼等の心配が、的中したのがなんとも言えない。カルテアンは声をかけてきた仲間に、重鎮への言伝を頼んだ。
「すまないが、重鎮達を族長の家まで集めてもらえないか? それと、『仲間』も集めて重鎮と一緒に来てくれ」
「いいけど……何があった?」
「後で話す」
どのみち里の者全員に、族長が亡くなった事を話さなくてはならない。それに、重鎮達には他にも話す事がある。
「テアン……」
心配そうに、アルスハイが声をかけてくる。彼も「仲間」だ。この先の事に、不安が募るのだろう。
「アル、これはいい機会だ。そうは思わないか?」
「思うよ……でも」
「『でも』はなしだ。里の未来の為、俺たちの未来の為だ。いいな?」
俯くアルスハイに、強めに言いつけたカルテアンは、里の下の道を進んで族長の家までたどり着く。
ここには、族長が一人で住んでいた。使用人を置くよう重鎮達から何度も言われていたけれど、そのことごとくを退けて、彼は一人で住む事を選んだのだ。
その裏に、どんな思いがあったのか。
――六千年……長く眠る期間があったとはいえ、共に暮らした者達に置き去りにされる時間とは、一体どれだけのものなのか。
地下都市で聞いた、族長の過去。彼はティザーベルに語って聞かせていたが、おそらくその場にいた自分達にも聞かせていたのだろう。
そこには、エルフの成り立ちの秘密があった。よもや、自分達が作れられた存在だったとは。
族長の寝室に、亡骸を寝かせる。この姿を見せるのは気が引けるけれど、族長が死んだ事を見せなければ、重鎮達は承知すまい。
もっとも、もう彼等の言葉を尊重する気などかけらもないのだけれど。
外から人の声が聞こえてくる。主に重鎮達の声なのは、おそらくカルテアンに対する愚痴を言っているからか。大方、族長を里の外に連れ出すなど不敬である、といったところだろう。
果たして、彼等は顔を出したカルテアンに対し、罵りの言葉を浴びせた。だが、こんなものはまだ生ぬるい。
カルテアンは薄ら笑いを浮かべて、全員を中へと通した。
この日をもって、里の制度ががらりと変わる。重鎮達は里の隅に追いやられ、変わってカルテアンを中心とした若手のエルフが里を仕切るようになった。
次の族長は、とりあえずカルテアンが引き受け、次代は里の皆で話し合って決める事になっている。
里が置かれている状況は、かなり厳しい。外に出ないエルフ達は知らないだろうが、里の周囲に張り巡らされた結界も、綻びが出始めている。
ここらで生き残りをかけて、周囲の里との連携を強化する必要があるのだ。なのに、重鎮達はこの提案を却下し続けた。彼等は、里が滅びに向かっているというカルテアン達の言葉を信じなかったのだ。
今となっては、もう彼等の事はどうでもいい。自分達は、自分達が生き残れる道を模索するだけである。
埋葬を済ませた族長の墓の前で、カルテアンは無言で祈る。止める間もなかったけれど、目の前で族長を死なせてしまった罪は死ぬまで背負っていく。里を守る為にこの身を捧げるのは、彼の一種の償いだ。
「楽園にて、ご覧あれ。必ずや、この里を守り抜いて見せましょう」
カルテアンは誓いも新たに、墓を後にした。




