拍手 057 百五十四話 「ティーサ」の辺り
静かな部屋の中に、かすかな作業音だけが響いている。
「さて、これで大方は出来上がった、と……最後は、乗せる人格だね」
大規模な研究実験都市が造られるのに併せて、都市を円滑に機能させる為の支援装置の開発が試みられた。彼女が今組んでいるのは、その基礎部分である。
「人に寄り添うものだから、人に近い考え方をするよういじる必要があるけれど……それだけじゃねえ」
市長となる人物を支援するだけでなく、市長の横暴から都市を護る機能も持たせるべきだ。もっとも、その裏の機能は仕様書に記載していないのだけれど。
市長に就くのは、研究に寛容な人物が望ましい。だが、そうした人材だけが市長に就く訳ではないのが、悲しいかな現実だ。
「支援型は市長になり得ないけど、暴走や横暴は止められる。支援型なくして市長になり得ないし、市長なくして支援型が機能する事はない」
ブツブツと呟きながら、彼女は各支援型の基礎人格を決めていく。何もないところから組み上げるのはさすがに彼女にも負担が大きい。
だから、知り合いの性格を模倣する事を思いついた。一番都市の支援型には、特に人をまとめるのが得意な人物を思い描きつつ組んでいく。
支援型の名前は、既に決まっていた。それはすなわち都市の名前にもなる。とはいえ、都市の名前を呼ぶ研究者は少ないだろう。
今でさえ、都市に振られた番号でのみ呼び合っている有様だ。合理的といえばそれまでだが、名付け親としては少々寂しい。
だからか、支援型には都市の名前をそのままつける事にしたのだ。一番都市は名前がティーサだから、支援型も「ティーサ」。
名付けには、古い神話の十二姉妹神を使っている。彼女達はそれぞれに細かく司るものがあったが、十二神合わせると学問と研究を司る女神とされているからだ。
ティーサとは、その十二姉妹神の長女の名だった。
他にも次女、三女と人工人格を組んでいく。基礎は共通しているとはいえ、骨の折れる作業だ。それでも、これが彼女にとっての最後の仕事だ。気合いが入るというものである。
「都市が完成したら、ぜひ見たいものだねえ」
もっとも、それまで彼女の命がもつかどうか。都市の建設には時間がかかるし、彼女に残された寿命は短い。
もし、完成までに間に合わなくとも、きっと今組んでいる支援型が代わりに見てくれる。だからこそ、最後の支援型の人格には、こっそり自分の一部を与えておいた。
「都市があり続ける限り、支援型もあり続ける。あんたは長生きしておくれ」
今し方組み終わった人工人格を前に、彼女はそう言って笑った。
研究実験都市が完成したのは、それから四十五年後の事だった。彼女が作った支援型は旧型として実際に使用される事はなかったけれど、人工人格はそのまま流用される事になったという。




