拍手 176 二百七十三「大事な言葉」の辺り
「大体さあ、どいつもこいつもこっちに仕事投げすぎだっての」
「あんたは私に仕事を投げすぎだって事、自覚してる?」
「あ、すんません、助かります」
クイトは事務机にうずたかく積み上げられた書類を裁くセロアに対し、ペコペコと頭を下げた。皇弟の威厳、台無しである。
場所は皇宮の端にある離宮の一室だ。この離宮は現在、丸ごとクイトの執務室扱いになっている。
彼は新大陸との交易、それに伴う新大陸からの移民の受け入れ、交易から生み出される新規事業、魔法士部隊の大改革、その他諸々を請け負っていた。
半分は現在五番都市で療養中のネーダロス卿が抱えていた案件で、彼が心身を壊して本当の隠居生活に入ると上に報せた際、問答無用で押しつけられたものだ。
最初はこれまで同様、魔法士部隊の部下達とそれらを捌いていたのだけれど、段々と滞る書類達に、クイト自身より先に部下が悲鳴を上げた。その為、書類整理専門のスタッフを呼ぼうと、セロアに白羽の矢を立てたのだ。
彼女の仕事ぶりは、ギルド統括長官であるメラック子爵ゼノストから聞いていた。もちろん、彼にもセロアを借り受ける根回しは済んでいる。
五番都市にセロアを迎えに行き、そのまま彼女をこの部屋に放り込んで早三日。机どころか部屋のそこかしこに積み上げられていた書類が、ものの見事に消え去った。
彼女の事務処理能力は、本物なのだ。
その代わり、さすがあのティザーベルの友達というだけはある。口が悪い事この上ない。しかも、こちらの身分などお構いなしだ。
クイトとセロアの間にも、共通項がある。どちらも日本からの転生者なのだ。クイトは前世の記憶を取り戻した時期がかなり珍しい成人後――すなわち十五歳以降だったが、セロアはティザーベルと同じで物心ついた頃から前世の記憶があった。
「大体さあ、そんな子供の頃に、どうやって『これは前世の記憶だ!』なんてわかるわけ? おかしくない?」
「別におかしくないでしょ? 逆に、成人後にいきなり思い出す方が怖いわよ。価値観も何もかも違うじゃない」
「そうなんだよー、大変だったんだよー。聞いてくれる?」
「その前に手を動かせ」
「あ、はい」
そんな二人のやり取りを、魔法士部隊時代の配下達も側で見ている。セロアの華麗なクイトへの対応に、誰より彼の被害に遭ってきた補佐官が涙をこぼした。
「素晴らしい……あの怠けものをあそこまで働かせる事が出来るなんて……本人の能力も高いし、もうこのままずっとあのぼんくらの飼い主として君臨してほしい」
上司に対して随分な言い様だが、周囲の誰も彼女を止めない。それどころか、同意してうなずき合っている程だ。クイトが配下にどのように見られていたか、よくわかるというものである。
「大体何なのこの書類! 形式も何もかもめちゃくちゃで。誰よ作ってるの!」
「そういや、君がここに来て最初にやったのって、各書類の差し戻しだったっけね……」
「当たり前でしょ! きちんとした形式が整わないものは書類とは呼びません。ただの紙! 各部署に、それは徹底させるべき!」
「イエスマム! それでは書類作成をしている連中に、その旨伝えて――」
「それは他の人が行けばいい話。ちょっと! 誰か、この見本を各部署に配ってきてくれない?」
折角この地獄から抜け出して息抜きをしようと思ったのに、セロアに速攻却下を食らったクイトはその場にくずおれた。
そんな彼の代わりに、先程補佐官と一緒に頷いていた配下の一人が勢いよく手を挙げた。
「あ、俺行ってきます!」
「はい、よろしく」
束になった書類見本を彼に渡し、セロアは再び黙々と書類を捌いていく。そして時折、サボろうとするクイトを蹴飛ばすのだった。




