拍手 157 二百五十四「二番都市」の辺り
ギルドからの帰り道、セロアは二人組に捕まった。
「お疲れ」
「ザミ、シャキトも」
ティザーベルが帝都に着いて間もなくの頃、知り合った同業者の友達二人だ。彼女達が当時入っていたパーティーのメンバー絡みで少々問題も起こったが、今では別のパーティーで元気にやっている。
その二人が、セロアの帰りを待ち伏せしていたらしい。
「話は夕飯食べながらでいい?」
「え? どうしてわかったの?」
「ザミはわかりやすい」
「ええ?」
幼馴染みでもあるシャキトゼリナに言われ、ザミは慌てている。単純に、こんな時間にいきなり顔を見せるのなら、何か急な用事があるからだと推測しただけなのだが。
遊びの誘いなら、彼女達はこちらの都合を聞いて、きちんとスケジュールを立ててくる。いきなり来たのなら、そういう事だ。
三人で向かったのは、ここ最近セロアのお気に入りの店だ。
「最近メドーから出店してきた店でさ、辛いけどおいしいのよー」
カレー専門店だった。メドーからは、都合三店が同時に出店してきているが、なかでもこの店がセロアの一番のお気に入りである。
カレーメニューも豊富だし、何よりライスがついてくる。ナンもいいけど、やっぱりカレーにはライスでしょ! というのがセロアの持論だ。
繁盛している店内は、客で一杯だった。
「入れるかな……」
店先で中を覗いていると、ちょうど行き会った店員に奥の個室が開いていると薦められる。有料ではあるけれど、ゆっくり食事が出来ると聞いて、三人とも飛びついた。
メニューを決め、まずは飲み物が届くと三人で乾杯する。
「あー! 疲れた体に染みるー!」
「セロア、おじさんみたいだよ?」
「いいのよ! 毎日毎日面倒な連中の相手してれば、このくらいにはなるんだから!」
「な、なんかごめん……」
セロアはギルドの職員だ。彼女が面倒な連中と言えば、ギルドを使う冒険者の事だろうとザミにも察せられるのだろう。
「別にザミ達は悪くないから。面倒な連中は他の男共よ!」
やれ受付には美人を座らせろだの、依頼料をもっと上げろだの女子職員の制服はもっと色っぽくしろだの、相手をする必要すら感じないような事を平気で言う連中の事だ。
男性陣でも、常識的な者達もいる。そういう冒険者達は、皆高ランク冒険者なのは、やはり関係があるのだろうか。
「それはまあいいとして。それで? 私に話ってのは、何?」
セロアからの促しに、ザミとシャキトゼリナは言葉に詰まっている。言いにくい事だろうか。
「その……セロアの方には、ベルから何か報せは届いていない?」
「ベル? 一度手紙が来てからは、音沙汰なしだわね。あの子の事だから、珍しい魔物がいたってんで、目の色変えて追っかけてるんじゃないかなあ?」
嘘ではないが、本当でもない。セロアの元に届いた手紙には、ネーダロス卿からの依頼でラザトークスの大森林の奥地へ向かった事や、そこで見つけたもの、罠にはまって見知らぬ大陸に飛ばされた事も書いてあった。
だが、さすがにそれをここで話す訳にもいかない。対外的には、ベルは依頼で帝都を長期留守にしている事になっている。
――まあ、誰が別の大陸でエルフ助けてます、なんて思うってのよ。
別の大陸にはエルフがいた事も驚きだが、獣人もいると書いてあった。さすがにティザーベルもまだ見ていないようだったが。
こことは違う、別の大陸。それこそ、冒険者のロマンではなかろうか。
――帰ってきて、未発見の魔物を買い取りに出したりしたら、買い取り所の連中、驚くんだろうなあ。
果たして、それらに値段はつくのか。つくとしたら、どんな値がつくのか。セロアとしては、そちらの方が気になる。
「セロア……正直に答えてね?」
「何?」
「ベルは……生きてるの?」
ザミからの質問は、酒を飲むセロアを止めた。
「何をバカな――」
「だって! ベルが帰ってこなくなって、もうどれだけ経ったと思うの!? その間、一度も噂話ですら消息を聞かないんだよ? おかしいよ!」
依頼で長期間街を留守にする冒険者は少なくない。それでも、余所から流れてきた噂で、どこそこの街や村、森にいるという話は聞こえてくるものだ。同じ大陸、同じ国にいるのだから、当然かもしれない。
だが、今ティザーベルがいるのは別の大陸、別の国なのだ。
――とはいえ、それをここで話す訳にもいかないし……
セロアは少し俯いて、すぐに顔を上げた。
「正直な話、今どこで何をやっているのかは、私も知らない」
「なら!」
「でも、あいつは生きてるって信じてる」
「セロア……」
「理屈じゃなくってね」
ただ、そう感じるし、信じてる。そして、セロアの友達はそれを裏切るような奴じゃない。
「まあ、どこほっつき歩いているんだか知らないけど、とっとと帰ってこいとは思うかなあ」
今頃ティザーベルはくしゃみの連発をしているのではないだろうか。笑いがこみ上げるセロアの耳に、今まで黙っていたシャキトの声が響く。
「……そうだね」
「シャキト……」
「ザミ。私達も信じよう? 信じて待ってよう? ベルは、絶対に帰ってくるから」
シャキトゼリナの言葉は、自分自身に言い聞かせているように聞こえる。それでも、彼女の言葉はザミに届いたようだ。
「うん……そうだね。信じて、待ってる!」
「うん」
どうやら、二人の不安も消えたらしい。ちょうどその時、頼んでいた料理が来た。
「お、来た来た」
「いい香りー」
「おいしそう」
胃袋を直撃するスパイスの香りに、三人ともが空腹を思い出す。そこからは、料理のおいしさが主な話題となった。




