拍手 155 二百五十二「崩壊」の辺り
「おい……何だ? ありゃ?」
「ば……化け物……」
「あそこ、大聖堂でしょ? 何であんな……」
「大聖堂、崩れてるわよ?」
「どういう事!? 何でこんな――」
「いいから逃げろ!」
聖都は大混乱だ。そんな中、逃げる民衆にもみくちゃにされている人物がいる。サフー主教だ。
ただし、今日は聖職者としての服ではなく、平民のような服を着ている。明らかに、お忍びで街に出ていた様子だ。
「これは……何とした事だ……」
呆然としつつも、人の流れに逆らえずに流されるまま、彼は街中を移動していた。これでは、自分の屋敷に帰る事も出来ない。
本日彼が街中に出て来たのは、ある情報を得たからだ。
聖都の地下で、大規模な奴隷市が開かれる。出品されるのは、エルフが多い。
この情報に、彼は一も二もなく飛びついた。奴隷市に出されるエルフが女性なら見向きもしなかったが、今回の市は男性ばかりだというではないか。これは行かざるを得ない。
そう思い、一目で聖職者とわからぬよう変装までしたというのに。
流されつつ、彼は己の不運を呪った。
ちょうどその時、目の端に見慣れた屋敷が映る。ヨファザス枢機卿の屋敷だ。聖都の南に向かっていたサフー主教は、何故か人の波に流されて南とは反対の北に来ていたようだ。
枢機卿の屋敷が見えるのなら、自分の屋敷もそう遠くない。これなら何とか帰り着く事が出来る。
そう思ったのもつかの間、ヨファザス枢機卿の屋敷の様子がおかしい。何とか人並みから逃れて屋敷を覗くと、見知らぬ者達が門を開けて何やら運び出しているではないか。
「な、何をやっている、お前達! ここを誰の屋敷と心得るか!」
この混乱に乗じた盗賊か。そう思い、彼等の前に出たサフー主教の目に、一斉にこちらを向く男達の顔が映った。そのどれもに、深い憎しみが見てとれる。
思わず怯んだ主教に、一人の男が進み出た。
「ほう? 誰かと思えばサフー主教ではありませんか」
「お前……フォーバル!?」
進み出た人物は、ヒベクス枢機卿の腹心フォーバル司祭だ。教会組織の身分制度から言えば、フォーバルはサフーよりも格下になる。
「貴様、ヨファザス枢機卿の屋敷で何をしておる! 聖職者にあるまじき行動だぞ!」
「はっはっは。あなたに言われたくありませんね。もちろん、この屋敷の持ち主であるヨファザス元枢機卿にも」
「何? も、元?」
フォーバルの言葉に聞き捨てならない箇所があり、聞き直すと、フォーバルは鼻を鳴らした。
「おや、まだお聞き及びではありませんか。彼は既に枢機卿の任を解かれ、この先は罪人として扱われますよ」
「ど、どういう事だ!?」
「どういうも何も、あなたもご存じでしょう? 彼がこの屋敷でどんなおぞましい事をしていたか」
サフー主教は答えられなかった。ヨファザスとは、趣味が近い事で知り合った仲なのだ。サフーは成人の男性を好むが、ヨファザスは幼い女児を好む。差はそのくらいだ。
がたがたと震えるサフー主教に、フォーバル司祭がずいと近づく。
「ああ、そうそう。今頃、あなたの屋敷にも捜査の手が入っていますよ」
「何!?」
「あなたの屋敷から助け出された者達が、訴えたそうです」
「バカな! あれは亜人! 人ではないのだぞ!!」
「これからもそうとは、限りませんが」
「へ?」
間の抜けた声を上げたサフー主教を、いつの間にか屈強な男達が囲んでいた。
「大聖堂の方でも何やら動きがあったようですし、これからこの聖都も変わっていくでしょう。その場に、あなた方はふさわしくない」
「フォ、フォーバル!」
「ごきげんよう、元主教。あなたとヨファザスの魂が安らかでありますように」
それは、死者に送る言葉だ。そう返そうとしたサフー主教だが、すぐに猿轡を噛まされて何も言えなくなった。
手は後ろで縛り上げられ、抵抗する事も出来ない。彼はそのまま、混乱する聖都で捕縛された。




