拍手 122 二百十九「救出」の辺り
ここは、怖いところ。ここに連れてこられたのは、私がうんと小さい頃だった。
『明日から、偉い人のお屋敷に行く事になりましたからね』
孤児院で私達の世話をしていた修女様が、凄く嬉しそうにしていたのを覚えている。偉い人に褒められると、修女様がいる教会や孤児院にお金が入るんだって聞いた。
だから、偉い人を怒らせないようにしなさい、とも。
連れて行かれた先は、とても大きなお屋敷だった。まるで絵本に出てくる王子様が住むお城のよう。
一緒に来た同じ孤児院出身の子も、驚いて見上げていた。
でも、お城はお城でも、ここは悪魔の城だった。お風呂に入れられて、新しい服に着替えて、おいしいご飯が食べられて、最初はなんて素晴らしい場所なんだろうって思ったのに。
夜になったら、ここはとても怖いところなのだとわかった。最初の夜は、痛みで気を失っていたらしい。気がついたら、大きな部屋のベッドに寝ていた。
周囲には、同じような年の子がたくさんいる。一緒に来た子は、見当たらなかった。
周りに聞いて見たけど、答えてくれる子は少ない。答えてくれた子も、その子の事は見ていないと言っていた。
『多分、旦那様に気に入られたんだよ』
その子の言葉が、何だか怖い言葉のように思えたのを、今でも覚えている。
そして、それが本当だった事も。
一緒に来た子は、夜に連れて行かれる地下の部屋で再会出来た。その姿に、悲鳴を上げかけて、脇にいる子に口を塞がれる。大声を出してはいけない、目をつけられるから、と。
口を押さえられた私の前、あの子は酷い目に遭わされ続けた。あの子の悲鳴が、耳にこびりついて離れない。
最後には、悲鳴すら上げられないようになって、そうしてやっと「旦那様」から解放された。
あの時の、「旦那様」の笑顔。あれは、悪魔のものだ。
その後も、何人もの子がやってきた。来た事すら知らない子も、中にはいたのかもしれない。あの時のあの子のように。
私も痛くて苦しい思いを何度もしたけど、気付けば部屋で一番年齢が上になっていた。生き残ったのは、多分私が「旦那様」の好みではなかったから。
あの地下室で、「旦那様」が話していたのを小耳に挟んだ事がある。もう少し年がいけば、私はどこかの娼館に売り飛ばされる予定らしい。
その時には、ここでの事をしゃべれないように、喉を焼くとも。
とても怖い話だったのに、私は嬉しかった。もう少ししたら、この悪魔の城から出られるんだ。そう思ったから。
でも、もっと早くあそこから出る事が出来た。いつここに来たのか、覚えていないけど。
最初は、場所を移されただけで、怖くて痛い事はこれからも続くんだって思った。そうじゃないんだってわかったのは、ここに来て少し経ってから。
知らないお姉さんが、教えてくれた。私達は、もうあの屋敷に戻らなくていいんだって。これからは、別の国の人達と一緒に暮らしていくんだって。
その国は、今大変な事になっているけれど、みんな頑張って生きているから、あなた達も一緒に頑張ってほしいって。
よくわからないけど、あそこに戻らなくてすむなら、どこへでも行けると思う。大丈夫、私は、あの子の分も絶対に生きてやるんだから。




