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違和感と疑念



 昼食を終え、私達は午後の体育に向けて更衣室へ足を運ぶ。

 体操服片手に私達四人が中に入ると、既にA組の大半の子は着替え始めていて更衣室が多少手狭になっている。

 私達は部屋の奥にちょうどいいスペースを見つけると、そこへ向かいロッカーの中に体操服を避難させ、着替え始める。


 ブレザーを脱ぎ、リボンを外しシャツを脱ぐ。

 そこまで来て、自分の衣擦れの音以外しなくなったと思い視線を周りに向けると、何故か周囲の女子達の視線が私に集まっている。


「な、何?」

「やっぱお前、良い身体してるな」


 私が居心地の悪さを覚えながら質問すると、濃紫のレースの下着だけになった東城 夏樹がしげしげと私の身体を顎を撫でながら見てくる。

 周りを見れば皆彼女の言葉に同意するように頷いてる。


「まぁ筋肉は付いてるけど、傷だらけだしあんまり見ないで欲しいな」


 私の身体は確かに鍛えられているが、それ以上に過酷な訓練の所為で至る所に青あざが出来てたり小さな裂傷痕があったりで、お世辞にも綺麗とは言い難い。幸いなのは銃創が無い事位だが。

 里沙は傷跡にキスするのが好きだけれど、まぁあの子は私に依存しているから、普通の人が見ればまぁ多少顔を顰めるような物だろう。


 そんな私の言葉に東城 夏樹はあぁと頷き、九条院 純花はそんな事ないと気遣いの言葉を投げる。


「確かに所々生傷はあるけど、綺麗だよ。美琴ちゃんの身体」

「あはは、ありがとう」


 綺麗…ね。おおよそ、綺麗とはかけ離れてるけどね。

 九条院 純花は産毛をなぞる様に、私の二の腕を撫でる。それがこそばゆくて、でも不思議とそこまで嫌では無くて。だからされるがままに撫でさせる。

 私自身とても驚いた。普段彼女と話すときは少なからずイライラするのに、今だけは全く不快に感じない。


「あ!ごめん、つい……」

「大丈夫だよ」


 適当に愛想笑いを浮かべてると九条院 純花は顔を赤くしたまま逃げる様に着替え始める。私も、体操服を着ようとすると、一人のクラスメイトが近づいて来ておずおずと口を開く。


「あの、月島さん。私も身体触って良い?」

「え?あー」


 言われて周りを見れば、他のクラスメイト達も目を輝かせている。

 頬が引き攣るのを感じながら、私は。


「あ、え~っと。お手柔らかに?」


『いやっほぉぉぉぉぉう!!!』


 好奇心旺盛な思春期女子達にもみくちゃにされて、遅刻するだろうな。と遠くへ意識を飛ばした。


「ぐっ!衣擦れが辛い…!あっ…!うぅ……もうこのまま下着だけで…いや男が居るか」

「里沙、あんたは美琴の身体の傷どう思うんだい?」

「え?そんなのセックスの盛り上がりの一つでしょ?」

「ぶれないねぇ。所でアレ、止めなくて良いの?」

「え?…!おまえらぁ!私の美琴に何してんじゃあ!!」

「きゃあ!!何か来たぁ!!」

「ちょちょっと待って!何この子、こんなに胸でかいくせにめっちゃくびれてるんだけど」

「え!何このお肌!もちもちすべすべ!赤ちゃんみたい!!」

「あっ、まって!私肌すっごい弱いの…!あっあっ!あぁ~ん!!」

「……体育館行こ」

「あっ!まっへ、みことぉ、つらい、ちゅらいのぉ~」


 遅れて体育館に来た女子多数は、全員もれなく顔を赤くしていた。一応未遂らしい。



◇◇◇◇



「それじゃ、今日は先週言っておいた通りバスケをするわよ。とりあえず体育委員は前に出て準備運動を初めて、それが終わったら簡単な筋トレとランニングを挟むから。そしたらチームに分かれて試合よ!はい広がって広がって!!」


 先生が手を叩きながら指示を出す。

 私は指示に従いながら欠伸が出る様な準備運動をこなす。

 個人的に、準備運動はあんまり好ましくないと思う。慣れない内はやりすぎて痛める事があるからだ。昔それで筋を痛めた事があるだけに、まだラジオ体操の方が身体が温まって身体に優しい。


 そうやって物思いにふけながら、準備運動が終わると今度は本当に簡単な、各種10回程度の筋トレに入る。

 腹筋、背筋、腕立て体幹に柔軟。

 二人一組に分かれて順番に進める。

 私のペアは東城 夏樹だ。里沙のペアは九条院 純花の様でとりあえず安心する。


「お互い筋トレは速攻で終わったし、柔軟するか」

「そうだね、私が先に押す役やるよ」

「んじゃま、お願いしようかな」


 東城 夏樹は地面にお尻をつき、開脚して身体を股に入れる様に倒す。私が手を貸す必要性を感じないが、一応背中を押す。

 規定時間を終えると今度は入れ替わる。


 私も別に押してもらう必要は無いが、東城 夏樹は背中に胸をつけ右手を首に添えながら、密着しつつ押してくる。


「些か不用心じゃないか?暗殺者」


 密着しながら左の耳元で、いつもと変わらない声音に少し冷たさを含ませながら囁く。まるで背後から喉元にナイフを突きつけられているように。

 内心、私は若干動揺するがそれを表に出さない様にし、おどけた様な態度をとる。


「え?どうしたの夏樹。暗殺者?ちょっと良く分かんないんだけど」


 これがカマかけなら下手に反応した瞬間に私の負けだ。彼女が何処まで知っているかは分からない以上、不用意に情報を漏らすような真似はすべきではない。白を切る私の反応に、彼女は小さく息を漏らす。


「流石にぼろは出さないか」

「えっと…何かの真似?ごめんちょっと良く分からないや。あと重いからそろそろ退いて?」

「女の子に重いとは失礼な奴め」


 彼女は全く傷ついた様子もなく身体を離す。私は開放感から一度伸びをしながら立ち上がる。

 白を切り通す私に彼女は楽しそうに口元に弧を描きながら、不遜に胸を支える様に肩にジップパーカータイプのジャージを羽織りながら腕を組む。


 不思議とそれがダサく見えないのは顔とスタイルが良いからだろうか。

 長い黒髪をポニーテールに括り後ろで揺らしている。白いTシャツの袖はまくられ、下は赤い短パン。肩にパーカーを羽織っている彼女はその恰好が無性にあっている。


 対して私は上下ジャージを着ているが、腕まくりしながら前は開いていて下はひざ下まで畳んでいる。


 里沙は半袖短パン。相変わらずツインテールのままだ、十中八九やる気が無い。

 九条院 純花はお団子にして頂点に添えている。恰好が上下ジャージをしっかり着込んでいる所を見るに、運動が得意ではないと言ったのは嘘では無いのだろう。


 周りの生徒の大半は『なんでもお願いできる権』が利いてるのかやる気十分だ。


 東城 夏樹は私の方に歩みだし、私の耳元に口を寄せ、首を一撫でする。


「決めた。私が勝ったらあんたを貰おうかな、シェパード」

「!?」


 まさかの言葉が聞こえて振り返ってしまうが、その時には彼女は私に背を向けていて表情が見えなかった。

 その背を見ながら私は彼女に対して警戒レベルを引き上げる。


(私のコードネームを知っていた?という事は特選班の事も?いや、そう決めつけるには情報不足過ぎる。とりあえず一夜さんに相談しよう)


 今すぐスマホで連絡したいが、授業中に連絡して取り上げられたら溜まったものでは無い。基本皆先生にこの授業中だけ預かってもらっているのに倣って私も預けているが、流石に弄るのは許されていない。

 頭の中を整理しつつ、直後に行われる試合に負ける訳には行かなくなったとため息をつく。


「めんどくさいな」


 犬は犬でもこっちは番犬だ。それもとびっきりの狂暴な。

 負けるつもりは一切ない。

 逆に勝ってどうしてその名前を知ってるのか、洗いざらい吐いてもらおう。


 私の中で試合開始のゴングが鳴った。


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