蜜
暗い。
酷い耳鳴り、焼けるように痛む喉。
水を、飲みたい。
ぴちゃり、ぴちゃり
水の、音。
音の方向へ、幽鬼のような足取りで歩く。
…ッ、痛い。
なにかに躓いて、転んだ。
びちゃっ
指先に、何かが触れた。
…液体だ。
地面に溜まった液体をすくい、口元に運ぶ。
少しドロドロとしている。
土でも混じっているのだろうか。
唇が液体に触れる。
ああ、甘い。
水では無いが、関係ない。
乾いた喉が潤っていく。
もっと、もっとだ。
手探りで源泉を探す。
やがて、液体が柔らかいものの隙間から流れ出るのを見つけた。
ああ、これだ。
隙間に口をつけ、とめどなく流れる蜜を喉に流し込む。
蜂蜜のような舌触り、鼻を突き抜ける鉄の香り。
いつの間にか、目は暗闇に慣れていた。
眼下に横たわるのは猫人のメイド。
胸元に空いた裂傷から血を流し、同じく横たわるエルフの少女を庇うようにして、死んでいた。
顔はよく見えない、モヤがかかっているようにぼやけている。
まあ、いいや。
私は傷口に唇をつけ、止まらない蜜を貪り始めた。
「…かはッ!?」
「わあっ!?びっくりしたにゃあ…」
目を覚ますと、いつものベッドの上だった。
ミーナが掃除をしており、心配そうに顔を覗き込んでいる。
「体の調子はだいじょぶにゃ?なんだか顔色悪そうに見えるけど…」
「ミーナ…生きてる…」
「何言ってるにゃ?こっちのセリフ…にゃぁ!?」
気づいたら、ミーナを抱きしめていた。
ドクンドクンと鳴る心臓、紅潮していく頬。
ああ、生きてる…よかった、ミーナは生きている。
夢の中の私は俺では無かった…はずだ。
俺がミーナやアニスよ死体から、淡々と血を啜る化け物のはずがない。
「なな、何するにゃあ!セクハラにゃ!?」
「ごめん、嫌な夢を見たから、お前の顔を見たら安心して…」
「…じゃあ、別にいいにゃ。落ち着くまでそうしてていいにゃ」
誰の夢だ。
一体、俺は何・になっていたんだ。
…もしかしたら、俺には殺人願望でもあるのか?
無意識のうちに大切な人たちを殺したい、と?
ヘイル達に信じろと言ったばかりなのに、これじゃ…
「顔が真っ青にゃ。そんなに怖い夢だったのにゃ?」
そう言って、俺の体を抱きしめてくれるミーナ。
ああ…
俺がこいつを殺せるはずがない。
ただの夢なんだ。
何をこんなに重く考えていたんだろう。
「ありがとう、もう大丈夫だ」
「そうにゃ?それじゃあ、とりあえずメレス様のお部屋で診察を受けてくるにゃ。あと、魔王様も心配してたからお話しに行くにゃ」
「ああ、わかった」
そう言って、部屋を出た。
そう、夢なんだ。
でもなぜだ。
何故こんなにも心がざわつくのだろう。




