住人の記憶
ドンドンドン
「開けろ!無駄な抵抗はやめて出頭しろ!」
ドアの向こうからは複数名…いや、街の人たちも野次馬としているのか、ざわざわと大騒ぎになっているようだ。
「メレス、お前は避難路から隙を見て逃げよ。余は奴らと話をする」
「い、嫌だ!僕は、最期までお母様の傍に…」
「何が最期、だ。縁起でもないことを言うな。ほら、思い出せ。お前のお母様は誰だ」
「ひ、ぐっ…お母様は、最強の、えぐっ、魔女様…」
「ああそうだ。余は最強の天才魔女だ。死ぬはずが無かろう。そら、先に行け、余も後から追いかける。メリア…お前は留守番を頼むぞ」
「にゃう」
「よしよし…そうだメレス、これをやろう。まじないをかけたペンダントだ。さあ、行け。べリーフの街は安全だ。遠いが、難民も受け入れてくれる温かい街だから、心配はいらぬ。セフィーに乗っていけ」
「分かりました…お母様、大好きです」
「もちろん知っている。余もお前を愛してるぞ」
額にキスをし、娘を避難路に入れた。
扉を閉め、カーペットをかぶせた。
その瞬間ドアが強引に破壊され、複数人が家の中に入ってきた。
「ふふふ…余程この身体が欲しいようだな。国王よ」
「ああ、お前の身体を求めてどれだけの時間を弄したかなど知らぬだろう。後には引けぬ」
「悪の魔女、この国を破壊するもの…ね。余を悪に仕立て上げ、自身の行いを正当化するとは…。堕ちたな、国王」
「黙れ、貴様の身体でどれほど我が国の技術を支えられると思っている」
「ふん、そのような些事に興味はない。それに、貴様は国民のことなどぞ考えておらぬ。余の力に怯えているだけだろう。この臆病者め」
「…」
「余は何もせぬと言っておるだろう。余は我が娘と共に、静かに暮らせればよいのだ」
「ふん、娘とな…あんなもの娼婦の捨て子だろう。そんなに奴が大事か」
「ああ、大事だ。余は命を奪う魔術や呪術は得意だが、その分、命の尊さにも精通していてな。子は可愛がるものだ」
「笑わせてくれるわ。今までに奪ってきた命の数も覚えておらぬだろうに」
「1082人、それくらい覚えておるわ。貴様の方こそ不当に処刑した無実の人々、暗殺した政敵の数なぞ覚えておらぬだろう?」
「ど、どこでそれを…!」
「ふん、余は貴様よりも命には誠実に向き合っておる。このことは外に居る野次馬に言わないでおいてやる。早く帰ってはくれないか?娘が起きてしまう」
「そういうわけにはいかん…そのことを知っているお前には死んでもらうしか…」
「はあ…」
玄関に立つ国王と傭兵に掌を向けた。
「ッ!その腕を落とせ!」
ザシュッ、ボトッ、ビチャビチャ…
傭兵の剣によって腕を切り落とされた。
「く、ククク…冗談を真に受けるとは…かわいいところがあるではないか」
「チッ、化け物め」
「腕くらいなら簡単に治る、いくらでも叩き切るがよい」
「ッ…縄にかけろ!連行する!」
即座に蘇生された腕に縄を巻かれ、外へ連行された。
ちらりと馬小屋を見ると、泣きながらこちらを見つめる娘の姿。
最期になるかもしれない可愛い愛娘の姿を目に焼き付け、微笑んだ。




