12 レイチェル=ガブリザードについて(前編)
「で、誰の話が聞きたいんだ?」
部屋についてから、俺は腰を下ろして指折り数える。
「万夫不当の人間要塞、ルートヴィヒ=ネッセンベルクか。史上最高の露払い、ロドヴィーゴ=エステラントか。死を克服した天才回復術師、リーゼロッテ=ラスターニャか。輝ける破壊の申し子、レイチェル=ガブリザードか。それとも最強無敵の英雄、ラウレンツ=デステルシアか」
一通りの名前を挙げ終えると、アリソンが感嘆するように息を吐いた。
「改めて聞くと、そうそうたる顔ぶれね。過去遡ってもこの人数でこれだけの人材が充実していた冒険者パーティなんて、記録にないんじゃないかしら」
そう。そうそうたる顔ぶれなのだ。
俺が世界中を渡り歩いて選び抜いた、全員がたった一人で超一流パーティを成立させうるほどの逸材たち。
この輝かしい五人によって構成された『暁の殲滅団』は、誰もが認める当代随一の冒険者パーティだ。
こんなすごい奴らの中にあったら、そりゃ俺みたいな凡才は追い出されてしまうのも無理はないのかもしれない。
……でもなあ!
俺だって、あいつらをやる気にさせたりあいつらの障害を取り除くのに、かなり手を焼いたんだけどなあ!
「……頑張ったん、だけどなあ」
「ヴィンセントさん?」
「大丈夫!? また感傷モードに入ってるわよ!」
い、いかん。目から水が。
さっきから泣いてばっかりだぞ。男が情けない。
「それじゃ、シャーロットが聞きたい奴の話からしていこうと思う。仮にも十年近く活動していたわけで、その頃の思い出を全員分語ろうったってきりがないからな」
「あら、私のリクエストは聞いてくれないの?」
「お前は本来語る側のはずだろうが。大人しくしてろ」
まあ、アリソンが『行進曲』でどんな辛い目に遭ったかとか、俺はちっとも聞きたいと思わないが。
「で、誰の話から聞きたい?」
「誰というのはないですね! お勧めの一人でお願いします!」
「おすすめって言うなら、このまま誰の話も聞かずにお休みするのがおすすめだぞ」
なんでファンだった冒険者パーティの黒い噂を聞きたがるのか理解できない。
「それはないです! 私の方は特に拘りはないので、ヴィンセントさんの話しやすい順番で大丈夫です!」
だが引く様子はないようだ。なんでこの子そんなにゴシップ好きなんだろう。
俺の話しやすい順番……と言っても特定の誰かを思い出そうとすれば今朝の罵倒がフラッシュバックしてくるわけで、事実上全員が地雷原のようなもの。正直誰にしたって話しやすくは――――。
「……あ」
「どうしました?」
そういえば、比較的……誤差レベルだけど、話しやすい奴がいた。
レイチェル=ガブリザード……レイチェル。
追放の時に寝ていたあいつには、俺は直接罵倒されていない。
他の四人に比べればまだダメージが少なく済むはずだ。
「い、いや。なんでもない。じゃあ、今日はレイチェル=ガブリザードとの出会いについて話そうか」
レイチェルとは六年前、フレスベンの二つ前の町アッツェルで出会った。
その時点で他の四人とは組んでいたから、最後の仲間ということになる。
次の町に進む前に、狙撃手が一人欲しいなと思っていた最中の夕暮れに、三階建ての屋敷の窓辺から物憂げに空を眺める彼女の姿を見つけたのだ。
俺は『人を見る目』を行使してすぐに彼女が狙撃手として有力な才能を持っていることに気付き、彼女に興味を持った。
「あいつこそうちのチームに欠けていた最後のピースだ! 是非仲間にするべきだぞ!」
それでロドヴィーゴに素性を調べてもらったのだが……
「仲間にするのは勝手だけど旦那、こいつを引き入れるのは骨が折れそうだぜ?」
これが困ったことに、超弩級のくせ者だったのだ。
というのも彼女は、アッツェルに住む大富豪の一人娘で、かつ十年以上一切家から出ていないという凄まじい引きこもり。
仲間は皆、彼女を引き入れるのは無理だと言った。
だが俺だけは彼女を引き入れることに拘って、結局一人で大富豪の屋敷に潜入することになった。
『目』を応用しながら上手く彼女の部屋までたどり着いた俺は、レイチェルと接触することに成功する。
「だ、誰、貴方は……!?」
「こんばんはお嬢さん。俺は冒険者で盗賊です。貴方の事を奪いに来ました……なんて。ちょっとお話いいかな?」
突然現れた俺に困惑していた彼女だったが、少し話してみると気さくで明るい子で、十年来の引きこもりだというのが信じられないくらいだった。
なんでもレイチェルの父親である大富豪ガブリザード卿が過保護傾向で、彼女を心配するあまり監禁に近いレベルで保護するに至ったらしい。
俺がレイチェルの才能に惚れ込んだことを話すと、彼女は今この場で連れ出して欲しいと言った。
しがらみのない冒険者なら、自分を父の手が及ばないところまで連れて行くことができるだろうと。
だが俺はそれを断った。
「奪いに来たのではないのですか? 泥棒さん」
「奪うのは簡単だけど、あんたが幸せに旅立つには、そんな簡単なやり方じゃ足りないからな」
無理やり連れ出せば、それが必ず後の禍根になることがわかりきっていたからだ。
その日は一旦別れて、俺は次にガブリザード卿への接触を試みた。
彼が館付きのメイドを探しているという噂を聞いた俺は、アッツェルのスラム街に潜り込んで家事用才能を持つ孤児を見つけ出し、身ぎれいにした上で採用試験に潜り込ませた。
無事その孤児は就職先を獲得し、斡旋者である俺もガブリザード卿に正面から接点を持つことに成功する。
「君の審美眼には感嘆したよ。一体どうやって、あのスラム街からあそこまでの逸材を見つけ出してきたんだか」
「その審美眼ついでに一つ提案があります閣下。お嬢さんには冒険者としての才能がある。うちにいただけませんか?」
「は?」
まあ、それからしばらく殺されそうな勢いで追い回されたが、それはそれ。
後から事情を聞いたところによると、なんでもガブリザード卿は自身の妻を盗賊に殺されて失っていたらしい。
娘のレイチェルに対する行き過ぎた過保護もそこから来ているのなら仕方ないのかもしれないと思った。
ともかく、この時点ではガブリザード卿は取り付く島もない様子で、俺も引き下がるしかなかった。
その後は警備が厳しくなってしまって、おちおち潜入することもできなくなってしまっていた。
一時はこのまま彼女のことも諦めようかと思ったが、その数日後にガブリザード邸を盗賊団が襲おうとしているという噂を聞いてまた話が変わってきた。
なんでもガブリザード卿は妻が殺されてから盗賊や無法者の類を撲滅するために冒険者に多大な資金援助をし続けてきたらしく、それが一部の冒険者の怒りを買っていたようだ。
ラウレンツに『そのどさくさに紛れて彼女のことを奪ってしまえばいい』と提案された俺は、それも一案かと思って決行予定日に屋敷の近くにやってきた。
そしてなるほど確かに、屋敷の中からは大勢の荒くれ者の声が聞こえてくる。
ガブリザード卿がいる本館周りからは争うような声も聞こえてきた。
今がチャンスだと思った俺は、屋敷に侵入し、比較的静かなレイチェルのいる離れを目指した。
レイチェルはいつものように窓辺から外をぼんやりと眺めていた。
屋敷内の喧噪も、彼女にとってはどうでもいいことだったらしい。
俺は彼女に手を差し伸べて言った。
「待たせたな」
「盗賊さん! やっと来てくれたのですね。ずっと待って――――……」
「今から、あんたのお父さんを助けに行くぞ」
レイチェルの困惑した表情は、今でもはっきり覚えている。




