(く+ノ+一+口+十+力=?)3
ゆっくりと思い出し、懐かしむ様に目を瞑る。
「旭が生まれた時は、私は立ち会えなかったんだけど。ま~当然ていったら当然なんだけど、要塞都市にいたからね……でも電話で私がお姉ちゃんになった事を知って、凄く嬉しかった事、今でも覚えてる」
色々と思い出したのか幸せそうに優しく微笑んでいた。
「でも直ぐには会えなくて、初めて旭に会ったのが十年前。大阪であったアグレッサー型のフェアリーホルダー襲撃事件知ってるよね? 私や旭の父親は、そのフェアリーホルダーに殺されちゃってね。それで監視付きではあったけど要塞都市から特別に出る事が許されて、大阪の実家に帰った時に旭と初めて会ったんだけど……」
表情は少し暗くなりながらも、その時の状況を訥々(とつとつ)と語り始める。
父親は旭の目の前で噛み殺されたらしく、残った体は下半身のみであったらしい。
通常は死など3歳くらいの子供には理解出来ないはずなのだが、余りにも衝撃的な場面のせいであろう、ずっと母親に抱き着いて泣いていた。泣き疲れて寝るまでずっと。
起きては泣いて疲れては寝ての繰り返しで、このままではこの子は持たないのではと、初めてあった姉である美和は思った。
美和はただ母親に抱かれ泣いている旭を見ている事しか出来なかった。美和自身も父親が死んでしまい悲しかったが、それよりもこの子から涙を消し去りたい。父親の記憶を消せるものなら消してあげたいと思う程に……。
それから父親の葬儀が始まり、母は葬儀の準備や挨拶等で悲しい気持ちを殺しながらに忙しく動き回る。旭は母親から離れたくない、行かないでと泣き叫ぶ。
居なくなると旭はその時、思ったのかもしれない。一度離れれば二度と会えないかもしれない。そんな旭を美和が母に自分が見ているからと伝え、泣き止まない旭に一生懸命に話しかける。
「私は美和っ……。旭のお姉ちゃんなんよ。お母さんは居なくならへんから、大丈夫やから泣かんといて」
自身も涙を流しながら抱きしめ大丈夫だと、もう誰も居なくならないと……それは旭が疲れて眠るまで続いて、美和に抱っこされながら目が赤く腫れ、涙でぐしゃぐしゃになっている顔をティシュで拭き、頭を撫でる。多分起きたらまた泣くのだろうと感じ胸が痛くなった。
こんなにも弱くて愛おしく可愛い旭。私が頑張って守ってあげたいと、いや、守るんだと、その寝顔に美和は誓う。
そして葬儀が終わり、美和は監視役のフェアリー部隊の人間に連れられて、ちゃんと顔も覚えてもらえたか定かではない中、旭と別れて東京へ帰らないといけなくなり、心残りを残したままに帰って行った。
それからというもの必死に勉強し、早く旭を守れる近くに居られる様にと美和は頑張り続け、16歳になった頃には飛び級で高校、大学を卒業し、要塞都市東京の治安部隊に配属する所まで上り詰めていた。
フェアリーホルダーの治安部隊は国の管轄であり、ある程度の自由が利き、休みや有休等で要塞都市の外に出る事も出来る。それが何故許されるのかはリミッターに内蔵された発信機で常に監視されているからであるが、監視されようがされまいが美和には関係無い事であるので気にしてはいない。
勿論治安部隊では命令や、災害、フェアリー等の事件にて活躍し信用を得て行く。それは全て有休をしっかりと取る為に、旭との時間を取る為に美和は頑張っていた。
一年間休まず仕事に励み、ある程度の信頼と実績積み重ねる。それを武器に有休を連続で使い切ると言う普通なら怒られ却下されるであろう事柄を強引に許可を得て、早速実家に向かった美和。
特殊車道――リニア対応搭載車専用トンネル――での送り迎えまでもお願いしており大阪に早く到着。実家の家前まで送ってもらえ、帰る時期は伝えているので、その時にまた迎えが来るとの事、物凄い待遇の良さであった。
「ただいま~っ!!」
ドアの鍵を開けて開き帰宅をした事を大きな声で知らせ、その声に気付いた母親がこちらに「あらっ?」っと玄関に向かい、
「おかえり~、疲れたやろ~? ほらほら早う入りっ」
「うん、ただいまって……旭?」
母親の後ろに隠れている旭に美和は気付き声を掛ける。すると母親の脚で顔を隠す旭。
靴を脱ぎ、母親の脚に隠れた旭の目線に合わせる様にしゃがむ。
「旭っ! 久しぶりやね~。お姉ちゃんの事、覚えてるっ?」
困った表情になり、母親の顔を伺う様に顔を上に目を向け、その視線に母は笑顔で頷いた。
「……あの、僕、お姉ちゃん知らない……。誰? お姉ちゃんは誰っ? なの?」
旭のその少し怯えた様な顔を見て、少し寂しそうに笑い眉毛を下げる。
「そやんな~。あん時は三歳やし、それどころやなかったし……。でもなっ? 今回は覚えて欲しいな~お姉ちゃんの事を」
更に足をちょこちょこと動かし近付いて、旭の頭を優しく撫でる美和。
「私は旭の本当のお姉ちゃんで美和って言うの……よろしくねっ?」
不思議そうに美和を見つめ、
「僕のお姉ちゃん?」
「そっ、お姉ちゃんやよっ」
そう宣言した美和だったが、子供にも個性があり元気で人懐っこい子供も居れば、内気で人見知りが激しい子供も居る。旭は後者の方であり、なかなかに美和をお姉ちゃんとしては見てくれない。
その事は何となく分かってはいたから、有休を全て使い果たすまで旭と一緒に居ようと美和は決めていたのだ。そして1日目、2日目と時間は流れて行くが上手い具合に懐いてはくれない。
そこで美和は思い付いた。心の壁を突破するにはお風呂だと、裸の付き合いだと考えたのだ。
思い立ったが吉日と言う事で、美和は晩飯を食い終わって直ぐに母親や祖母、祖父に自分が旭とお風呂に入る事を伝え、危険を察知したのか逃げようとする旭だが、即座に捕まえられた。
「今日はお姉ちゃんとお風呂入ろかっ」
音符のマークが語尾に付きそうな程に上機嫌な美和に怯える旭。そのまま旭を持って風呂場に向かい、良いではないかと言う感じに脱がしていく。
「脱ぎ脱ぎしましょうね~っ」
そこでふと下半身に目が行き、
「あれ? 旭って男の子やったんやね。ふ~ん、そうやったんや~。このこの~こんな美人さんと一緒にお風呂に入れる旭は幸せもんやな~」
「別に一緒に入りたくないもん……」
頬をぷくっと膨らませて怒っているんだと主張するが、
「あ〜やばいっ! めっちゃ可愛いねんけど~っ!」
そこで旭は理解した。この人に何を言っても同じなのだと。
美和は旭を抱きかかえて脱衣場からお風呂に入り、シャワーで全身を濡らし、体を洗ってシャワーで流してから、まずは旭を風呂に浸からせ自分の体を洗い始めた。
「旭……? まだ私の事、お姉ちゃんやって信じられへん?」
お湯に浸かり考える素振りをする旭。
「う~ん……分からへん」
旭の答えに苦笑し、
「そ、そっか~そうやんね。旭にしたら初対面みたいなもんやもんな~」
シャワーを頭から浴びて泡を落とし、旭が入っている湯船にゆっくりと入る美和。
道場のお風呂とあって結構でかいお風呂なので、旭と美和が足を伸ばしても窮屈感無く入れる。しかし美和は大きなお風呂なのに、旭にベッタリとくっ付いて気持ち良さそうな声を上げた。
若干嫌な顔をする旭を背後から軽く抱きしめて、頭をなでなで。
「あ~っほんま気持ちいいわ~」
「あの、お姉ちゃん?」
「いやいや、そこは疑問形や無くて、普通にお姉ちゃんって言って欲しいな~。ほんまに血の繋がった姉弟なんやから……。それで、なに?」
少し恥ずかしそうに、口まで湯に浸かりぶくぶくとしてから、
「えっと、美和お姉ちゃんはどうして離れて暮らしてるん? 一緒に暮らせられへんの?」
美和お姉ちゃんと呼んでくれた事の幸せに少し浸りながら、旭の質問にどう答えたら良いかと悩んだが、ありのままを話す事にする美和。
「旭はフェアリーって知ってる?」
「うん、知ってる。おじいちゃんもおばあちゃんもお母ちゃんも、全員フェアリーホルダーやから、僕以外全員……。もしかしてお姉ちゃんも?」
寂しそうな顔でそう語り、その表情のまま美和の方に顔を向けた。
旭が実家に住んでいると言う事はフェアリーホルダーでは無いからと理解している。なかなかどうして、どんどんと言いづらい問をして来る旭に困る美和だったが、
「うん、お姉ちゃんも実はフェアリーホルダーなんよ。それでな? フェアリーホルダーになると東京で暮らさなあかんくて、だから今は旭とは一緒に暮らされへん。でも国から認められたらおじいちゃんやおばあちゃん、お母さんみたいに東京以外でも暮らせる様になるんよ。今のお姉ちゃんは少しだけ国に認めて貰ってるから、今みたいに旭と少しだけやけど一緒に居れるんやでっ」
「そっか、て事は東京に戻っても、またお姉ちゃん家に来てくれるん?」
また寂しそうに見つめる旭の頭に手を乗せ、
「勿論っ! だから言ってるやろっ? お姉ちゃんは旭のお姉ちゃんなんやから、当然旭のもとに帰ってくるっ! 分かった?」
「うんっ!」
金色に光る髪を愛おしそうに撫でる美和。先程までは少し嫌がっていた旭だったが、今は嬉しそうに笑っていた。
それから、頭を洗ってシャワーで流し、風呂場から脱衣場で旭の体を拭きながら自分の体も拭く。
替えの下着とパジャマを先に美和が着てから旭に着せて、旭の部屋まで送って行く。
そして直ぐに寝てしまった旭を見つめていた美和の表情は幸せそうに微笑んでいた。
旭の部屋で少しの間旭の頭を撫でていたのだが、時計をちらりと見る。まだ夜の九時過ぎ、寝るにはまだ早いと一階に下りて、茶の間に向かいテレビを見ようと思い、部屋から出て階段を下りて行き、茶の間に入るとそこには母がテレビを見ていた。
(テレビ好きなん見れへんな~これはっ……)
等と考えながら、ちゃぶ台の空いてる場所に座り、美和に気付いた母は、
「あ、美和? お茶でも飲む?」
「うん、飲むっ」
「ほんじゃあちょっと待っててな~」
「うんっ」
やはり長い間離れていた為に美和は、母にどう接していいか分からないでいた。しかし、こればっかりは旭と美和との事と同じで、少し時間が必要なのだろう。
何か話題はないか、母親と何か話そうと考えを巡らせる美和は旭の事ならと話し掛ける。
「ぁっと……お母さん?」
「ぅん?」
「旭って男の子やってんね。風呂一緒に入るまで分かれへんかったわ」
「へっ? あ~うん……。そうやね、そう言えば美和にはまだ話してへんかったけっ」
「?」
奥歯に物が挟まった様な言い方に疑問を抱くが、久しぶりの会話だからなのだろうと判断するに留めたのだが、
「美和? ちと、お茶の前に美和に話さなあかん事があるんよ。せやけどお母さんだけや、いかん思うからおじいちゃんとおばあちゃん今呼んでくる。だから少し座って待ってて」
「あっ、うん分かった」
何なんだろうか? と思う美和であったがとりあえず待つ事にした。
それから少し経って、少し不安そうな表情の母親と祖母に、眉間に皺を寄せた祖父が茶の間に入り、ちゃぶ台の前に座る。
皆が神妙な面持ちであり、家族のその様な表情を見た事が無い美和は、困惑しながらも母親達が何を言い出すのかを静かに待つ。
しかし、なかなか話を切り出さない3人。
何だかこの雰囲気に我慢出来なくなってきた美和は手を小さく上げて、
「えっと~それで? 私に話さなあかん事って……?」
母親である天乃風・恵実はその声にびくっと体を揺らし、恵美は視線を祖母と祖父に向ける。二人は頷き、恵美自身も返す様に頷いた。
それから美和の方に体を向けた恵美は考え悩む様に下を向き、深呼吸を一つ。視線を美和に合わせてゆっくりと話し始める。
「えっとな、それで話さなあかん事って言うのがやね……。あの、美和もまだ子供やったし大阪と東京で離れて暮らしてたから、なかなか話せんでいたんやけど、もう美和も立派な大人になった。やから今まで言えんかった事、隠してた事、今から話すけど落ち着いて聞いて欲しいんよ」
美和は六歳の頃にフェアリーホルダーに目覚め、祖父と一緒に要塞都市東京に住む事になった。母親達が暮らしている実家の大阪よりも東京に居る方が長くなっていた為に、母にどの様に接したら良いか分からないでいた先程の美和と同じく、母自身も美和に対しての接し方が分からないのだろう。最初は美和の目を見て話していたが、今は表情は強張り、目が泳いでいた。
そんな初めて話す様な顔をしている母の態度に少しチクリと胸が痛む美和だったが、それは自分自身も同じだろうと自分に言い聞かせ、表情には出さぬ様努める。
「さっき美和は旭の事を男の子って言ったやろ?」
何故、旭の名前が出てくるのか分からない美和だったが、母の問に「うん」と素直に答える。
「確かに周りには性別は男って言ってるけど……。あの……」
言葉を途中で詰まらせる母。美和はそんな母親を不思議そうに見つめていた。
祖父はただ腕を組み目を瞑ったままで、祖母は心配そうにしている。
旭の性別に何があると言うのか、その様な顔をする程の事があるのだろうかと美和は静かに母を見つめ考えていると、決心したのだろうか、口を再び開いた母は、
「お医者さんが言うにはなんやけど、旭は男の子の要素と女の子の要素が混ざった状態。真性半陰陽って病気やって……先生に手術をするかどうか聞かれたけど、正直私どうしたらええか、もう分からへんくて」
真性半陰陽とは、男性、女性両方の生殖器が付いている状態である。これを説明するには長くなってしまうので簡単に言うと、性染色体と言うものが子供が出来る際に母親のお腹の中で性別を決める。女性の場合はX染色体が2本。男性の場合はX染色体とY染色体が1本ずつと、通常はこのどちらかになる筈なのだが、何かしらの遺伝子の異常により、女性のXXと、男性のXYの両方が入っているXXXYと言う状態で産まれてくる赤ちゃんが希に存在し、それが旭である。
今母が言っていた言葉、初めて聞く病名に美和は頭が真っ白になる。
(男でも女でも無いって……)
だが、母の話はまだ続いおり、
「それで手術をするかどうか家族皆で話しおうてんけど、旭がこれからどうゆうふうに成長するんか分からへん状態やったから手術はせえへん事に決めて。戸籍の性別はまだ決められへんから、性別保留って手続きで空欄にしてもらってって事なんやけど……」
終始無言のまま美和は下を向いていた。




