動く死人2
ざわざわと野次馬に来た人々が騒ぐ中、黒々とした煙が上がっていた。
何か交通事故があった様だと、誰かが話してるのが聞こえた。
何かが燃え、黒い煙吐き出している場所を眺めていると、あの夢を思い出す。
旭自身、この場で何か出来る事など無いのだが、じっとしては居られず、その中心に向けて無我夢中に走っていく。そんな旭を恵愛達は止めようとするが、こんな人混みの中では自由に動けずに、見失ってしまうが、何とか旭を止めるべく、三人は旭を探し追いかける。
旭はそのまま人混みをかき分け、真っ直ぐに進むと、交通事故が起こった場所に辿り着いた。そこには車同士が何台もぶつかり合い、車が燃えあがっていた。
燃え上がる火を消そうと消防隊の隊員が消火活動をしていた。が、突然の爆発により、隊員達は飛ばされてしまう。
ぶつかり重なり合っていた車も爆風でバラバラに飛び散り、野次馬に来ていた人々に襲いかかった。
旭はすぐにジャンヌとスサノヲを呼び、武装した。しかし、広範囲に散らばる様に車の部品が飛んでおり、どうにも一人では対処する事が出来ないが、何とかしようと走り、散らばりながら人々に襲いかかる部品を必死に弾いていると、そこに治安部隊が現れ、人々の上に降りかかる部品を全て弾き返す。それにより何とか大事に至らずにすんだのだった。
それを見て、ホッと胸を撫で下ろした旭は、武装を解除しようと思ったその時だった。燃え上がる火の中から何かが凄い速度で飛び出していき、治安部隊の隊員一人に突っ込んで行くのが見えた。
その隊員は背後から向かって来る何かに気づいていない様だった。旭は直ぐ様、剣を握り直し、隊員の近くまで全速力で向かう。そして猛スピードでむかってくる何かを、二本の剣を交差させて受け止めて踏ん張り、何とかその物体を止める事が出来た。その目の前にある何かを間近で見た旭は驚いた。
それは人の形をしており、元の顔など分からないくらいに焼け爛ただれた人間。そこから漂う肉の焼けた臭い、くろぐろと焼けた皮膚、焼けて瞼が無く丸出しになっている眼が旭を見ていた。その姿に旭は背筋が凍り、動けなくなる。
先程の隊員は衝突音に気づいて振り向き、旭の状況や、その目の前に居る何かを見て驚きの表情になるが、直ぐに我に返った隊員は即座に構え、下がりなさいと、旭に強く肩で当り、離れさせた。そして隊員は、そのまま突っ込み攻撃を開始した。
弾き飛ばされ地べたに尻餅をついた旭は、呆然としながら隊員とゾンビの様な化物との戦闘を見ていた。それからふと周りを見回す旭。そこには前で行われているのと同じ様に、化物と治安部隊との戦闘が行われていた。その化物はどれもこれもが人間の形をしており、しかしどうにも生きているはずが無い程に焼け爛れ、首や腕、足などが不自然な程折り曲がっている。だが、その動くはずの無い体を動かし、人々に襲いかかる四体の化物、それを必死に、治安部隊の隊員達六名が抑え戦っていた。
旭は立ち上がり、前で起こっている地獄絵図の様な惨状を、ただ見ていた。そこに恵愛達が駆け付け、何が起きているか理解し、直ぐ様、旭の手を掴む。
「旭君! 此処は危険過ぎる! 早く逃げないと! このまま居たら治安部隊の人達の邪魔になるし、こっちにもグールが来ちゃうかもしれない! だから早く!」
掴んだ手を引っ張る恵愛のグールっと言う言葉に旭は反応した。
「恵愛……そのグールって何? 何か知ってるん?」
「……とりあえず今は逃げよう? ねっ?」
手を引っ張られるまま旭はその場所から離れて行くが、途中で力を込めて止まった。
「あ、あれって人間なん? でもどう見ても生きてるはずが無い状態やのに……やのに何で動いてるん!? 恵愛は何か知ってるんやろ!? なんで死体が動いて、誰彼構わず人を襲っているのか!」
治安部隊がそのグールと呼ばれる者と戦う姿を見て、恵愛の方に振り向いた。
恵愛は溜め息をひとつ吐き、旭に顔を向けて話し始める。
「さっきの話を覚えてる? まだ他にも別の種類のフェアリーが居るって話。その一つがあそこに居る化物。アンデッド型のフェアリーで、グールって呼ばれているフェアリーホルダーなの」
恵愛の説明を聞き、もう一度グールと呼ばれる化物を見る。
「えっ? フェアリーホルダーって……でもあの人等って死んでるんやろ? そんなん、動ける訳無いやん!」
「そう、あれは死んだ人間なんだよ……」
恵愛の言葉に驚愕する旭。その驚く顔を見ながら説明を続けた。
「アンデッド型のフェアリーは、死んだ人間に寄生する。元から体内に隠れて居たのか、死体になってから取り憑くのかは分からないけどね。そしてグールと呼ばれるアンデッド型は知能が低く、でも私達の様な未熟なフェアリーホルダーにとっては恐ろしい存在なの。通常のフェアリーホルダーは時間をかけ、フェアリーと同調率を上げる事によって、力を使う事が出来る。でもアンデッド型は最初から同調率なんて関係なく力を使う事が出来るの。そんなグールに同調率50%以下の私達には危険な存在、グールにとっては餌も同じ事なんだよ」
「え、餌って……。グールって、人を食うって事なん?」
「うん。グールは人を食う事によって、自分の体を保つ事と再生する事が出来る。そうしないと元が死体だから腐っていき、最終的には体を保てなくなり消滅する。あのフェアリーは本能だけで動く化物。言葉は通じないんだよ」
恵愛の説明が終わり、心の中で一人考える旭。
(事故で死んで、フェアリーに取り憑かれたあの人等の意志とは関係なく人を襲う。でも、そやからってグールとなったあの人達の体を壊し、処分するなんて酷い。けど放置すれば誰かが食われ、殺されてしたまう……。何やねんこれ! こんなん可哀想過ぎるやろ! もし、治安部隊の人等があの人達を攻撃し、無力化したとして、顔も体も原型を留めていない、その人の体を見る事になる遺族の人達は、どんな気持ちで見なあかんのやろ……)
あの日の出来事を、父親が巨大な蛇に喰いちぎられた瞬間を見たあの日の事を、下半身だけになってしまった父親の体が鮮明に思い出される……。そんな時、心の中でジャンヌが話しかけてきた。
『旭ちゃん。私の力を使えば、あの人達の体を傷つけずに、止める事が出来ると思う。私はあんな風に動く死体を何度も見てきたし、その死体の中に巣くう何かを、最初の主と一緒に消し去り、死体を癒してきた。あれが私達と同じフェアリーって事は知らなかったけど、私の司る、守りと癒しの力で、そのアンデッド型のフェアリーだけを消し去る事が出来るはずだよ! けど、体の傷は癒す事が出来ても、残念だけど生き返らせる事は出来ないんだけどね……』
(えっ? そんなん出来んの!? それ、どうすれば使えるん!?)
止まって、黙ったままの旭を、無理矢理にでも引っ張って行くべきかと、恵愛達は悩んでいた。そんな事も知らずジャンヌの言葉を待つ旭。
『私達、フェアリーの力を使う時はフェアリーの能力を知り、想像し言葉にする事で発動するんだけど、とりあえず前と同じく、記憶の共有で伝えるね』
(生き返らせる事が出来ないのは残念やけど、でも、体だけでも癒してあげられれば、少しは残された人達の為になると思うからっ! ジャンヌ! 頼む!)
ジャンヌは了解っと元気よく言葉を放ち、記憶の共有を開始する。
頭の中に、前と同じく知らない景色や知らない人達の頭が浮かぶ。どうすれば、どう動けば力を使う事が出来るか、どうしたらあの人達を助ける事が出来るのか、頭に情報が直接流れてくるのを感じた。そして理解した旭は、スサノヲに心の中で声をかけた。
(スサノヲごめんやけど、ジャンヌだけやないと失敗するかもしれへんから、今回は力を抑えて欲しいんよ)
『うむ、話は聞いていた。主よ、了解した。ご武運を』
ありがとうっとスサノヲに礼を言い、恵愛達の方に顔を向けた。
「みんなごめんなんやけど、僕ちょっと戻る! ジャンヌが教えてくれたんやけど、グールになってしまった人達からフェアリーだけを消滅させ、遺体にある無数の傷を癒す事が出来るみたいなんよ。だから、これ以上被害がでえへん様に今直ぐ行ってくるわ!」
その言葉を聞き恵愛は、
「その話が本当なら、被害を抑える事が出来ると思う。けど、もしも旭君が行って、グールが全員、旭君に集まって来たらどうするの!? 死んじゃうよ!」
どうにか旭を止めようと恵愛は声を荒らげる。しかし、椿は仕方ないなっとでも言う様に旭に近寄った。
「あたしが旭を連れて真ん中まで飛んで送るよ。別に戦う訳では無いんでしょ? なら治安部隊も居るし大丈夫しょ!」
恵愛は「椿っ!」と怒鳴るが、まあまあっと椿はセイレーンを呼び、翼を出して旭を抱きかかえた。
「椿、ありがとう。本当に助かるわ」
「いいよいいよ。でも、後で送り賃として何か奢ってね」
とニッコリ微笑む。旭も笑顔で了解っと言い、椿と旭は飛んで現場に向かった。
「後で覚えておきなさいよ! 静華と私にスイーツいっぱい奢ってもらうからねっ!」
恵愛は叫んでいたが、聞こえないフリをする二人だった。




