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血塗られた鎧

 金の槍は緑の輝きを薄くまとい、空高く飛んでゆく。それを見上げる国王の腕の中で、エルフの少女は目を閉じぐったりとしている。

 それらの様子を尻目に仁王立ちしたギムレイは、全身から甲冑と同色のオーラを立ち上らせると敵兵たちを睨めつける視線に力をこめる。前傾姿勢をとって膝を曲げると、勢い良く地面を蹴った。

 砲弾の勢いで突進するギムレイ。金色の閃光が戦場を駆ける。

 閃光が通り過ぎた先々では、味方は武器や拳を突き上げて快哉を叫び、敵はその数を減らしてゆく。

 巨漢戦士による腕の一振りでスケルトンは細かい骨片と化し、コボルドどもは数匹ずつまとめてなぎ倒された。

 連携を失いつつあった攻城軍側は、目に見えて劣勢へと転じた。つい先刻までは、城門を破壊されて人外戦士どもがなだれ込んで来たことで大混乱に陥っていたのだ。しかし今、味方の士気はぐんぐん高まっている。

 金色の甲冑戦士は混戦模様の前線においてもかなり目立つ。その勇姿は味方に勇気を与え、敵に恐怖を叩きつけている。人外戦士には人間のような感情はあるまい。だが魔法攻撃部隊は、国王がざっと見たところ半数以上が人間だ。残り半数弱も感情を持つ魔族であろう。獅子奮迅の活躍を見せる甲冑戦士に対し明らかに怯み、魔法攻撃の手数が減っている。

 ギムレイの闘いぶりを見て満足げに頷いた国王は、腕の中の少女をゆっくりとその場に横たえる。

「……陛下?」

 苦しげに呻きつつも薄く目を開けたパーミラが声をかけてきた。応える代わりに着ていたマントを脱ぐと、それで彼女の身体を包んだ。

「気休めに過ぎんが、このマントには多少の魔法防御効果がある。しばらく休んでおれ」

「い、いけません! 守るべき立場のあたしが、逆に守っていただくなんて——」

 身じろぎする少女の細い肩を、国王は優しく押さえた。

「どうだ、動けまい。まだ痺れておるのだろう? 余はほとんど力を入れておらぬぞ」

「う……」

 なおも身じろぎする少女だったが、やがてぐったりと身体の力を抜いた。そんな彼女に話しかける国王は、柔らかく微笑んで見せた。

「エルフであるそなたに闘ってもらおうなど、端から考えておらぬ。万が一のことがあれば、ラージアンの英雄殿——そなたの長に申し訳が立たぬからな。それに」

 パーミラに広い背を向けて立ち上がると眉尻を上げ、戦場の一点に鋭い視線を突き刺す。

「あやつの狙いは余だ」

「まさか——」

 突如吹き荒れた強風が、続く言葉を掻き消した。

 舞い上がる砂塵が視界を遮る。反射的に両目をきつく閉じたパーミラに対し、国王は背中越しに声をかける。

「今の風は魔法攻撃の一種であろう。それが証拠に、マントが防いでみせた」

 そう告げられ、少女は目を見開いて周囲を見回す。風は今この瞬間も吹き荒れている。だが、彼女の頬を撫でるのはそよ風程度の勢いでしかない。

「それよりも、陛下。まさか、御身自ら戦うおつもりですか」

 その言葉に国王が無言で頷くのと同時に、聞き覚えのある声が響き渡った。

「褒めてやるぞ、ウォルケノ・サーマツ王よ。貴様に限って、戦に際し城の奥に引きこもることはないと信じてはいたのだがな」

「偉そうに吠えるでない、アイエンタール。この戦場を見よ。貴様に勝ち目はないぞ」

「くっくっく」

 風に乗って聞こえてくる含み笑いは、すぐに哄笑と化して周囲に響き渡る。

「骨やコボルドどもが何匹死のうと、いや、全滅しようと痛くも痒くもない。教えてやるぞウォルケノ。あんたらは使い捨ての駒と戦っておるのだ」

「なにっ」

「さすがは魔族に理解のある甘い男だな、あんたは。骨どもはともかく、コボルドにも命があるとでも? 知ったことか。もとより、この軍団はあんたらにやられるための咬ませ犬に過ぎぬ」

「…………」

 強風に髪を吹き乱されつつ、国王は砂塵越しに鋭い視線を左右に走らせた。噛み締めた歯を剥き出し、油断なく剣を構える。

「筋書きはこうだ。全ての黒幕はピエロ。ここには奴の首を持ってきた。あんたが奴を斬首したことにしてやる」

 足音を立て、声の方向に剣を向けた。が、国王の視線は別の方向を警戒している。気配が掴めない。そういう魔法なのか、相手の声が聞こえる位置が次々に移り変わるのだ。

「そのおかげで、奴に怪しげな術をかけられていた私が正気に戻る。そして!」

 アイエンタールは語尾のあたりで声を張り上げた。すると、それに呼応するかのように上空から強烈な音が鳴り響いた。

 霹靂もかくやと思われる咆哮。ワイバーンだ。

「ほぼ予想通りの時間だ。奴め、カールとやらを斃したらしいな」

 背後でパーミラが息を飲む。

「寝言は寝て言え。この目で見てもいないものを信用するつもりはない。特に、逆臣である貴様の言葉など」

「そうだな。あんたはそういう男だよ」

 感心したような、それでいて見下したような調子で言う。応えずにいると、すぐに言葉を続けてきた。

「さっきの続きだ。そして、あんたはワイバーンの餌食となる」

「黙れ」

「将軍をはじめ、死後もあんたに忠義心を持ち続けそうな連中にも巻き添えを食ってもらおうか。その上で、正気に戻った私がワイバーンを従えるのだ」

 砂塵ごしに青い光が瞬く。それに反応した国王をあざ笑うかのように、光は流星の勢いで真横へと移動した。

「無駄だよ。今の私はこのタイゲイラを使いこなしている。安心しろ、この国は強大な軍事力を誇るサーマツ帝国として生まれ変わる。なにせ私はワイバーンをも従える魔石タイゲイラを所有しておるのだ。初代皇帝としてこの上ない象徴だとは思わないかね」

 その言葉を聞き終えるや、国王の顔から表情が消えた。代わりに、細められた瞳が刃の冷たさを帯びて輝く。

「その口の利き方だけでも万死に値する。刀の錆にしてくれるわ」

 砂塵のカーテンを隔てながらも、姿の見えない相手の空気も変わる。互いの殺気が火花を散らした。

「大地を穿て、風撃の光槍!」

「闇を祓うは神威の灯火!」

 両者の呪文は同時だった。

 周囲に立ち込める砂塵が途絶え、視界が明瞭になる。その途端、小さな竜巻状の風が砂塵を巻き込んで柱のごとく立ち上がった。その数、約十本。

 青い燐光を放つ竜巻の大きさは、人間が扱う槍とほぼ同等か。それらはまさに槍さながら、先端を尖らせるとその切っ先を国王に向ける。

 砂塵が途絶えたことにより、アイエンタールの姿があらわになった。三日前に見たのと同じ鎧で身を固めている。ただし、赤く染め上げられていた。紅竜の象徴のつもりだろうか。

「まるで血塗られたような、禍々しい色……」

 パーミラの呟きは、風に紛れて誰の耳にも届かない。

「ぬうっ」

 稲妻の相似形をした輝きが複数、国王の掌から迸る。それらは風の槍と空中で激突するや、爆炎を撒き散らした。

 初手は互角か。互いに数歩ずつ後退するも、目立つ怪我なく睨み合う。

「ふっ」

 逆臣が漏らした吐息には冷笑の響きが混じる。

「私の勝ちだ」

 サーマツ城の一画から火の手が上がった。次の瞬間、国王と逆臣を取り巻くように炎の柱がそそり立つ。

 国王は慌ててパーミラに駆け寄るが、火の手が薄い場所からはスケルトンとコボルドどもが殺到してくる。味方の姿は見えず、退路を絶たれた格好だ。

 城に影を落とし、紅色の巨竜が低空を旋回し始めた。

「ふはははは」

 逆臣は大声で笑うと、とどめだと言わんばかりに腕を振り上げる。しかし。

「うおっ」

 雄叫びとともに、金色の閃光が奔る。逆臣と国王の間を遮るように横切った閃光は、スケルトンとコボルドどもを薙ぎ倒して止まった。

「ふん。おとなしく私にやられておけば一瞬で済んだだろうに。よかろう、ワイバーンの火炎で焼き殺してくれる。ふふふ、存分に苦しんで逝くがいいっ」

 言い捨てて飛び上がると、赤い鎧の逆臣はワイバーンの背に飛び乗った。

 国王が放った雷撃魔法はあと一歩のところでかわされてしまった。

「おのれ」

 ギムレイは国王とパーミラを庇うようにして仁王立ちしたが、彼等の刃は上空の敵には届かない。

「カール……」

 少女の祈るような声を聞きつつ、国王は奥歯を噛み締め、ギムレイは拳を握り締めて立ち尽くした。

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