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フランス革命  sideナポレオン(書籍版第12部相当)

 

 グレゴリオ暦 1789年 9月9日





 あの日、フランス革命の本格的口火を切ったのは一万人近いパリ市民であった。

 彼らは、7月12日に届いたネッケル罷免の報に激怒した。財務総監のネッケルは、第三身分である平民の出身で、一般市民から熱狂的な支持を得ていたからだ。


 同時に、パリには数日前から改革に反対の者が軍隊を招集しており、ネッケル解任に続いてその軍事力を背景に、さらなる横暴な政治運営に突き進むのではと恐怖に駆られていた。


 そこでパリ市民は、国王の軍隊に対抗する目的で国民衛兵隊を組織し、武器を求めて廃兵院から多数の小銃と大砲を手に入れると、今度は弾薬調達と絶対王政に対する不満から、その矛先をバスティーユ要塞に向けたのだ。


 ――これこそが、フランス革命の始まりとされるバスティーユ襲撃である。


 バスティーユは、かつて王政を批判した政治犯を収容する牢獄であり、絶対王政の象徴であった。それを民衆が襲撃したというニュースは、瞬く間にフランス各地に広がり、悪弊に苦しめられた人々に大きな衝撃と勇気を与え、地方都市や農村でも大恐怖グランド・プールと呼ばれる民衆の武力蜂起が始まったのだ。


 そのような情勢を踏まえ、国民議会から改称された憲法制定議会は8月4日。第三身分の人々にとって悲願である封建制度の廃止を宣言した。




 そんな革命の真っ只中の9月の終わり。

 まだ観客の一人でしかないボナパルト少尉の姿は、歴史の表舞台であるフランス本土には存在せずコルシカ島の故郷アジャクシオにあった。


 生家ボナパルト邸の二階にある客間サロン。その中央には貝殻と曲線が刻まれたロココ調の長椅子(カナペ)があり、ナポレオンともう一人の青年が並んで腰かけている。彼はナポレオンより一つ年上の兄であるジョゼフ・ボナパルトだ。


「しかし、よくこの混乱の時期に将校であるナブリオに休暇が許されたよな……」

「それだけ、軍も動転していたというわけだ」


 そう言いながら、ナポレオンは興奮したようにその場から立ち上がる。


「だからこそ、コルシカ人が立ち上がる機会は今をおいてほかにない!」


 彼はコルシカの悲願を達成するために、混乱の情勢に乗じて帰省してきたのだ。


「……立ち上がるって言ったってどうするのさ?フランスがどれだけ混乱しようとコルシカの独立なんて現実的じゃないのに」

「そんなことは俺だって分かっている。それでもせめて、革命の混乱につけこみコルシカ人も島の行政に参加できるようにしなければならん!」


 コルシカは併合されて20年近い年月が経った今でも、監視役であるフランス人総監がいる状況であり、島の行政もほとんどはフランス人しか関与できなかった。


「でも、村と村の争いしか知らないコルシカ人に階級闘争なんて無理だよ。第一、本土の封健制度と違って、コルシカでは貴族と僧侶による富の独占が行われていないだろう?現に、革命後も島では平然と税の取り立てが行われているぐらいだ」


 こうした背景で、コルシカでは革命が起きた後も、大きな混乱は見られなかった。


「待ち望んだ千載一遇の機会だというのにッ……ここの島民たちは動きが遅すぎる!」

「まあ、パオリが帰ってきたら状況も変わるだろう」


 もどかしげなナポレオンに対して、呑気な様子のジョゼフ。

 そのこともあり、いよいよ苛立ちを滲ませた声で叫んだ。


「しかし、俺が革命前にパオリ宛で出しておいた手紙にも、彼はどういう訳か反応を示さんぞ!」


 すると、その叫び声が一階にまで届いたのだろう。二階に上がってきたレティチアが二人の会話に口を挟む。


「彼は私たちブオナパルテ家に、複雑な感情を抱いているんだろうねぇ」

「それは、どういうことですか?」

「多分だけど、シャルルがフランスに大人しく降伏したのを、未だに恨み続けているのでしょう」


 コルシカ独立戦争の敗戦後、パオリの副官であったシャルルは、亡命を選択せず島に留まりフランスに対して忠誠を誓っていた。


 それは、現実主義的なシャルルの性格もさることながら、当時ナポレオンを孕んでいた妻レティチアの存在も無視できなかったからである。


「……そういった事情なら、彼に頼れないことも考えなくてはいけません」


 もともと独立独歩の傾向が強いナポレオンは、さほど抵抗なくその事情を受け入れる。


「――で、あるならば、我々も独自にブオナパルテ家の派閥をつくりましょう」


 そして、不敵にほくそ笑むと、野心に染まった双眸を二人に向けた。


「幸いなことに我が家は、その家柄から親戚は多いですし、このコルシカではまだまだ門閥がものをいいますから」


 かくして、ナポレオはコルシカでの覇権を握るため、政治の世界に身を投じたのだ。




 雪が降りだしそうな12月末。

 ボナパルト邸の玄関口の扉が乱暴に開かれた。


「兄さん!いい知らせだ!」

「どうしたんだ、ナブリオ?」


 やかましく入ってきたナポレオンに、ジョゼフは眉を顰めて問うた。


「議会でコルシカが改めてフランスに属すことを宣言し、その住民も他のフランス国民と同様の憲法のもとに統治されるという旨の宣言がされたんだ!」

「それは良かった!議会の判断次第では、最悪ジェノヴァに返還されることもあるかもしれないと不安だったから」


 二人がこれほど喜んでいるのには深い事情があった。

 11月5日のバスティアで武装市民を交えた数百人の革命派が、国民衛兵隊ーーコルシカ義勇軍ーーの結成をスローガンに掲げて教会に集まった。

 そこで終わるなら何も問題なかったが、騒ぎを聞きつけやってきたバスティア駐屯の二個中隊と早まって軍事衝突を起こしてしまったのだ。


 当然、そのニュースはナポレオンにとって都合が悪いものであった。

 何故ならナポレオンの目的は武力を背景に本国に対して要求を通すことであり、フランスの軍事権を手中に収めた憲法制定議会との戦争が目的でなかったからだ。


「しかも、地方自治を認める県設置令の制定にコルシカが含まれるとのことだ!これでこれまでの植民地体制は事実上の崩壊だ!」


 ナポレオンは、片手に持っていた新聞をジョゼフに突きつけながら、そう告げる。


「なになに、おお!自由のために戦ったにも拘らずコルシカ征服の末に亡命した者の帰国も認めるとのことだ!」

「ああ、ミラボー議員の言葉か」


 ミラボー議員は、全国三部会でも第三身分議員として参加した革命初期の中心的指導者であり、今回のコルシカに関する決議においては、「私の青春時代の初期は、コルシカ征服に参加したことによって穢れてしまった」という悲惨な言葉を残しながら、コルシカ島民のために尽力していた。


「これで、パオリも帰ってくるな!」

「……ああ」


 声を張り上げたジョゼフの言葉に、一瞬ナポレオンは鼻白む。

 しかし、すぐに表情を改めると野心を宿した瞳でこう言った。


「そうだ、年が明ければコルシカの新体制に向けて忙しくなるんだ!こうしてはおれん、一刻も早く休暇延長願いを出さねば!」


 そうして、理由はどうするか、また健康上の理由ということでいいか、などと口にしつつ、ナポレオンは二階に向かう。


 そんな弟の後姿を見送り、ジョゼフは深く溜息を吐いた。


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お読みいただき有難うございます

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