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ダンケルク攻囲戦 二

 グレゴリオ暦 1793年 9月6日






 辺りが夕暮れに染まり始めたころ。レイはオンショットに撤退している途中の擲弾兵中隊と合流した。


「――おお、無事でよかった、アルフォード大尉。こうして無事に撤退できたのは君たちの奮闘あってのことだ、改めて礼を述べさせてくれ」

「こちらからも感謝を、クーパー大尉。部下たちが世話になりました」


 ひとしきり礼を言い合って、早速二人は本題に入った。


「それで退路の確認なのですが、やはりレクスポエドの村を経由するルートで?」

「ああ、近辺で運河に軍が通行できるほどの橋があるのは、あの町だけだからな」


 司令部と前線の間に隔たっているベルグ運河。

 故に、司令部の設けられたオンショットまで前線から撤退するには、レクスポエドの村近くに架けられた橋を渡らなければならない。


「フランス軍の追撃は遅れているようだが、迂回を選択して時間をかけるわけにはいかん」

「数が多く素人同然の集まりという弊害が出たようですね」


 規律ある軍隊でなければ有効な追撃は出来ないものだ。

 それだけに、新兵ばかりで練度不足のフランス軍は、再編成に手間取り未だ追撃を行えずにいた。


「現在の詳しい戦況は把握できていないが、我々がこうして撤退しているのと同様に、他の拠点も落とされているかもしれん」


 あまりにも広すぎる戦線で戦闘当初から途絶え気味だった伝令も、戦闘終盤の混乱に伴い完全に途絶えている。


「それだけに最短距離で一刻も早い撤退を目指すべきだ」

「……ええ、そうですね」


 誰しもが認める、的を射た意見。

 だからこそ、一抹の不安がレイの胸を掠めたが他に代案も思いつかず、おとなしく撤退の途に就いた。







 30分後、レイ率いる軽歩兵中隊70名は擲弾兵中隊を同行させて、レクスポエドの村から南に半マイルほどの場所まで到着した。

 村が見え始めると、隣接する形で橋が架かっている。

 その橋の手前には、同じく撤退してきたであろうイギリス軍の3個連隊が集まっていた。


 そうして、撤退の際に逸れた味方とある程度合流し終えたのか、再び行軍を開始し橋の半ばに差し掛かった。


 ――刹那。


 レクスポエドの村一帯に雷鳴にも似た轟音。


「――なッ!砲撃音だとッ」


 内心の動揺が収まらない中、友軍へと降り注ぐ砲弾の雨。


 ――初弾から命中したそれは、明らかに待ち伏せしていたとしか考えられない。


 完全に安全圏だと思い込んでいた場所での背後からの急襲に、早くも一部の兵士たちが橋に向かって敗走し始めていた。


 だが、橋の上は行軍の最中だったこともあり団子状態。

 後ろから敗走してきた仲間に背中を押され、多くの者が川に突き落とされる。


 他にもマスケット銃や背嚢を放り投げ自ら川に飛び込む者、とにかくこの場から逃れようと走り去る者。


 それらの無分別な行動から、規律を取り戻そうとした将校が逃走する兵に発砲するも、一方的な砲撃に晒されている状況では、むしろ混乱に拍車をかけるだけであった。


「――アルフォード大尉!」


 目前の光景に唖然としていたレイだったが、クーパー大尉の声で我に返る。


「ッ、この砲撃はどこからだ!」

「どうも、この森林を抜けた先のようです」


 部下の一人がそう言うと、レイも静かに耳を澄ませる。


 ――確かに、右手に広がる森林の向こう側から砲撃音が木霊していた。


「……そう遠くはないな」


 視線を森林に這わせながら、焦燥を滲ませた声音で口にする。


「――行くぞ」

「ま、待て!アルフォード大尉」


 レイが背を翻した瞬間、クーパー大尉に引き留められる。


「こうして、我々の退路に先回りしていた相手だ。この先にいるのは相当な難敵なはずッ!敵も備えをしているだろうし、200人にも満たないような我々だけで排除できるとは思えん」

「……」

「ここは、大人しく後続の部隊を待つべきではないか!?」

「いつやって来るかもわからない後続を、待っている猶予はありません」


 ただでさえ、疫病や戦闘で甚大な被害を被っているイギリス・ハノーヴァー連合軍。

 これ以上の損害は、フランダース遠征軍の存続すら危うくさせるものである。


「それに、こうしてフランス軍が先回りしていた現実から、後続が友軍であるという保証もない」

「……っならば、せめてどこかに身をひそめながら日没を待つべきではないか!?それなら、少数の我々でも暗闇に紛れることで対抗できる」

「今は9月ですから日没までには、まだ二時間は掛りましょう。それだけの時間をじっと待っていては友軍を徹底的に叩いたフランス軍が、レクスポエドの村を占領し退路を封鎖すると思われます」


 淡々とした、それでいて揺るぎない口調。


「そうなれば、ベルグ運河以降南に取り残された撤退中の友軍は、フランス軍の更なる追撃部隊との間に挟撃され、全滅の危機に瀕するでしょう」

「――ッ!」


 理路整然とした説明に、大尉は奥歯を噛んでいっとき沈黙した。


「……貴官の言葉はもっともだ」


 ついで、彼はため息交じりに肯首する。


「分かった。貴官に我々の命も預けよう」

「よろしいので?先任なのはクーパー大尉ですが?」

「ああ、たしかに先任だが、ここで迷った私より、アルフォード大尉の方が指揮をとるのに相応しいのは明らかだ。それに貴官はただ死に行くつもりはではないのだろう?」

「ええ、もちろん」


 張りつめていた雰囲気をあえて、ほぐすように微笑する。


「では、何も問題はない」

「了解しました。早速向かいましょう」


 一度、二人は頷き合うと、新たな戦場に向かって走り出す。





 森林の中を駆け始めて数分。

 微かに枯れ木の枝を踏み折る音が、レイの耳元まで届いた。

 次の瞬間には、20ヤード先にある木の影から、青い軍服を纏った軍人が出てくる。

 数は四人ほどで、状況からして陣地の周辺を索敵していたフランス軍の斥候か。


「な、貴様ら!」


 敵斥候は反射的に小銃を構える。

 が、その引き金を引き絞るより早く、別ルートで先行していた軽歩兵が背後から刺殺した。

 瞬く間に三人を排除し、最期の一人に部下が銃剣を突きつけた、そのとき。


「ま、待ってくれ、降伏する! 降伏するから殺さないでくれ!」


 身なりのいい若い下級将校が、両手を上げて懇願する。

 他の部下に周辺を索敵するよう命じ、ゆっくりと彼の傍まで近づく。

 レイは、フランス語で青年将校に問うた。


『貴様の所属と名前は?』

『フ、フランス共和国第16連隊第2大隊所属、シリル・ド・セリニー中尉……』

『では、中尉。持ちうる限りの情報を教えてもらおうか』


 わずかに逡巡する様子を見せたセリニー中尉に対し、レイはサーベルを鼻先に突きつける。

 もはや助かるためには仲間を売ってでも、レイの慈悲にすがりつくしかない。

 それを理解すると恐怖で声をうわずらせながら、彼は情報を吐き出し始めた。


『――へ、編成は、こんなもんだ。満足してくれたか?』

『砲兵289名に、6ポンド砲16門、他歩兵およそ800名の編成か……』


 黙って耳を傾けていたレイが、情報を馴染ませるように呟いた。


『想定していたよりずっと少ないが……』

『本当だ!俺たちは森林地帯付近に陣取っていた連合の拠点を攻略したものの新兵が多く追撃の編成に手間取ったんだ!それを見た第2大隊の隊長が、連隊に新兵を残して野砲と精鋭だけで追撃を選択したから、あんたらの想定より少なくなったんだよ!』


 胡乱げに唸ったレイに、信じて貰えなかったと思ったのか、セリニー中尉は必死の形相で言葉を続ける。


『一応、話の筋は通っているな』


 その言葉で胸を撫で下ろした青年将校に対して、侮蔑の視線を向けながらエルマーがこちらに歩み寄る。


「……保身のために仲間を売った奴の言葉など、本当に信じられるのですか?」

「保身を第一に考えているからこそ、ある程度は信用できる」


 そう言うと、レイは一転して儀礼的な対応に出る。


『失礼した、中尉ムッシュー。状況が状況だけに少々余裕がなかったのだ。私は貴族であるあなたを相応な待遇で歓迎しようと思う』

『あ、ああ』


 先程とあまりの変わりように、唖然として頷くしかない青年中尉。

 その内心の隙を突いて、レイはある質問を投げかけた。


『ところで、貴族である貴官が、なぜ未だフランスに留まっているのかな?』

『……ッ!』


 一泊、唇を噛み締める沈黙。


『……それは、どうしようもなかったからだ』

『どうしようもない、とは?』

『俺はフランス西部の地方都市から少し外れた田舎領主の次男として生まれた。だけど、革命の混乱の中で家族はみんな殺されたッ!運よく軍隊に入っていた俺はその殺戮から逃れられたものの、頼るべき知り合いおらず、遺産である領地や財産の殆ども政府に押収されたとなれば、軍人として生きていくしか他に道がなかったんだッ!』


 吐き捨てる声音に、レイは神妙な表情で一つ頷く。


『当面の生活が保証されるならば、今でも亡命を選択するので?』

『ああ、当然だ!敵どころか貴族というだけで、いつ処刑されてもおかしくない国だ。もはや、それを捨て去ることに抵抗はない!』


 その答えを聞いて、レイは微かに唇の端を吊り上げる。


『では、私に少しばかり協力してくれるなら、捕虜ではなく客人として我がアルフォード家にお迎えすることを約束しよう。如何ですかな?』






 取引が終わってすぐ、レイは部下たちを引き連れて森林の中を進んだ。

 ほどなく森林の暗闇が薄れ、目的の場所に辿り着く。

 森林を抜けた先は、小高い丘になっていた。

 丘の麓をぐるりと囲むように、見張りとして300を数えるフランス歩兵が立っている。


「……やはり、我々のような襲撃に目を光らせているか」


 呟いていると、隣の茂みに隠れたハバード軍曹が呆れ果てた顔を向けてきた。


「しかし、正気ですか?大尉自ら潜入工作をするなんて……」

「――納得したのではなかったのか?」


 そう返して、彼と自身を見下ろせば、緑とは異なる青色の装い。

 これらは、敵中に潜入するために鹵獲したフランス斥候の軍服であった。


「それに何のために、セリニー中尉の手まで借りたと思っている。少ないが勝算もある」


 セリニー中尉に提案した条件は、砲兵陣地に潜入した際の案内役であった。


「下手をしなくとも生きては帰れませんよ」

「だからこそ、俺が行くしかないのだ。そのような任務に軍曹含めた部下たちを同行させるからには、な」


 安全な場所から部下に命じたところで、逃亡されるか反逆されるかのどちらかだ。

 ――任務を成功させるには、我が身を顧みず渦中に自ら飛び込むしかない。


「それで、あの見張りをどう突破するつもりで?」

「ちょっとした演技というよりは、敵に味方だと誤認させるための舞台装置を用意する」

「……舞台装置?」

「ああ、鹵獲した軍服だけでは心許ない。そこで、軽歩兵中隊のメンバーに潜入する我々を背後から撃たせるのだ」


 レイの口から淡々と紡がれた説明に、ハバード軍曹は思わず絶句した。


「敵に追われている体を装えばすぐに敵だとは認識できまい。そのあとすぐ見張りの部隊に対して軽歩兵、擲弾兵中隊が総攻撃を行えば乱戦となり、碌に我々の身元を確認している余裕もなくなるだろう」

「イかれている!?味方に自らの背中を撃たせるなどッ!」

「軍曹ですら、そう思うのだ。敵ならば、なおさら味方に撃たせているとは考えまい」

「……あなたは死にたがりだ、大尉」

「馬鹿を言うな」


 苦々しげに見下ろす双眸を見返し、レイは肩をすくませて口にした。


「――私ほど生に執着している者もこの世には他にいない」


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