第二章 娯楽都市アルカディア 5話目
「――待たせてしまって申し訳ありません。ただいま戻りました」
「いえいえ、こちらこそ任せっきりにして先にくつろいでしまいました」
「お疲れ様です! ひとまず何か注文を!」
二階へと階段を上ったばかりのヴェイルの前に、メニュー表が差し出される。この場において一番立場が下だという自覚を持っていたユーゴーは、少しでも役に立とうとヴェイルの注文を伺うべく前のめりの姿勢を見せる。
「え、あ……ありがとうございます。では冷たいウーロン茶を一杯頂けますか?」
「承知しました! 早速注文してきます!」
そのまま下へと降りていくユーゴーの背中を見送った後、困り顔を浮かべるヴェイルはそのままシロに対して彼の様子を伺う。
「……彼はいつも、あんな感じなんですか?」
「ええ、まあ……そうですね。少し生真面目過ぎるというか、下っ端根性が身についているというか……」
素直で愚直。それがユーゴーという人間の第一印象。しかしそれも度を過ぎればこのように相手を引かせる事態を招く。
「ここはあくまで仮想空間。ロールプレイならまだしも、あそこまで遜った対応をされると、こちらとしても気を使ってしまいます」
「ええ、そう思ってボク自身も言い聞かせているのですが、癖が抜けないとでもいうのでしょうかね……」
下手すれば自身が警察官だということすらすんなりと口に出してしまいそうな、よく言えば正直者、悪く言えば愚直な男というのがシロから見たユーゴーの姿だった。
「さて! じゃあ宿まで取れたってことで、あたしはここで帰らせてもらうね!」
「分かりました。ここまで色々とお世話していただきありがとうございます」
役目を終えてその場を立ち去ろうとするシャルトリューに礼を告げるシロだったが、シャルトリューはお構いなくといった様子で手を振り、そしてにこやかに別れの挨拶を告げる。
「まあまあ、どうせ明日にはお互いに真剣勝負をする身ですから! 明日は悔いのない戦いをしましょ!」
「ちょっと待たれよ。その言い分だと、貴殿も戦うように聞こえるが」
シロガネのいう事はもっともだった。まるで明日の団体戦に自分も選手として出場するような口ぶりを前にして、他の四人にも緊張感が生まれてくる。
「……まさかよもや、敵情視察とでもいうつもりか?」
「そんなつもりはなかったかなー。だってそんなことをしなくても、拳王軍が勝つのは分かりきってることだし」
これら全てが、敵に塩を送るようなもの――裏を返せば舐められていることを理解したジョージだったが、特に何も言い返すことなく、その場に座り続けていた。
代わりに怒りを露わにしたのは彼が従えている戦術魔物、ラストだった。
「貴様等の勝ちが決まっているだと……? 戦う前から、よくもまあそんな寝言が言えたものだな」
「確かにかつては最強だったギルドだって聞いているけど、こんな大事な戦いに他所からの助っ人を連れてきている時点でねぇー。それに一人は完全に足を引っ張るレベルの人を連れてきてるみたいだしさ」
シャルトリューの嘲笑の混じった視線が、ヴェイルとシロガネに向けられる。そして更には下から飲み物を運んできている、ユーゴーの方にまで。
「噂のベスとかグスタフも来てないみたいだし、やっぱり人手不足なのかなーって」
「くっ、それは残りの二人には――」
「それ以上喋るな、ラスト。余計な情報まで聞かせる必要はない」
ジョージはそう言って無理矢理話を終わらせようとしたが、シャルトリューの方は更に挑発を続け、下の階の人々以上に怒りを煽っている。
「あーあ! 同じ戦士職として、グスタフって人とは戦ってみたかったんだけどなー、この様子だとそんなに強くないんだろうけど――」
「待ちなさい」
ここで話に割って入ったのは他の誰でもない、ヴェイルだった。
「この場にいる面々についての率直な感想……それについては別に何も言いません。しかしこの場にいないあの方のことを勝手に想像してけなすのは、止めていただきましょうか」
常に冷静沈着、そして礼節を欠かさない。そんなヴェイルでも、聞き捨てならないことがある。
自身が今も所属しているギルドの創設者であり、そしてギルドを移籍した今でも元団長として敬意を示している男の名をけなされて、黙っていられるほどヴェイルは冷たい男ではなかった。
「明日、貴方に対して証明して見せましょう。あの方が貴方にとって、どれだけ遠い存在なのかを」
「へぇー……面白そうじゃん。だったら証明してもらいましょうか」
そうしてシャルトリューは狙いを定めたかのようにヴェイルを睨みつけ、そして挑発的な笑みを浮かべてこう宣言した。
「明日、あたしは二番手で出る予定だから。貴方に度胸があるのなら、順番を合わせて出場してみたら?」
「いいでしょう。貴方を完膚なきまでに倒すことで、グスタフ元団長の強さの証明とさせてもらいます」




