第八章 王とは 4話目
(さて、残り時間十分程度ってところか……)
怒涛の攻撃を凌ぎながらも、ジョージは廊下の壁にかけてある時計をふと目にして考える。
(あんまり遊んでいる訳にもいかないか……)
「悪いが、ここから少し本気を出させてもらう」
「んふはっ! まだまだ楽しめるという訳か!!」
刀王が壁を切り裂く――これならばまだ常人は理解を追いつかせることができるだろう。
ならば拳王が壁を引き裂く――これならばどうだろうか。人間が壁を突き破り、空いた穴をこじ開けて広げる光景は、中々に想像がつかない。
しかし拳王はまさにその通りの行動をその場にいる者に見せつけている。
「きゃああっ!!」
「うわぁっ!?」
周りに人がいようが関係ない。己が闘争心を満たす為に、王はひたすらに暴挙に打って出る。
「そぉらっ!!」
「ぐっ!?」
突き出すような前蹴り。刀で受けようものなら折れかねないような一撃だが、それでもジョージは己が技量を信じて刀で受ける他ない。
そのまま蹴り飛ばされて壁へと叩きつけられそうになるが、ジョージは蹴りの威力に合わせて体をひねり、そのまま壁を斬って衝撃を減らして何とかその一撃を受けきる。
「……ん?」
しかしジョージもただで吹き飛ばされたわけではなかった。直前に蹴りに合わせて足を斬ることで、相手の次の一撃を弱めることを目論んでいる。
「ははははっ!! これほどまでに楽しい戦いは中々ないな!」
「そうかい? 外に出ればもっと楽しめるだろうよ」
「……そりゃ無理な話だ。俺も一応、王だからな」
同じ階で壁を破壊しすぎたのか、残る壁にもヒビが走り出す。
「……そろそろ終わりの時間だ」
ジョージはそう言ってこれまで防戦の為に振るっていた獄刀を鞘に納め、初めて居合の姿勢を取り始める。
「ほう……ようやくその刀の力を使うか」
「悪いが、堪能している時間は無いぞ」
獄刀“摩訶鉢特摩”――抜刀。そして同時に展開される、叛逆地獄の世界。
(これだ……! この感覚は、あの時と同じ!)
一度目は理解ができなかった。ただモニターが壊れたのかと思った。
しかし二度目は違う。明らかに反応はできていても、身体が凍り付いたように動かない――
「抜刀法・壱式――」
――居合。
「疾ィッ!!」
防御不可、ガード貫通の一撃。拳王の腹に、横一文字の刀傷が刻み込まれる――
(なるほど……あのふざけたチャンピオンベルトがあったからこそ、貴様はこの空間で八回も喰らうことになったのか――)
本来であれば、この一撃で充分――しかしなまじ動けたばかりに、ゲーヴァルトは八回の斬撃を浴びせられていた。
そして今、決定的な一撃がジョージによって拳王は与えられた――筈だった。
「……ッ!?」
視界が氷解し、崩れ落ちていく。しかしその時に拳王は倒れておらず、膝をついてなお闘志を失わずにいる。
「チッ!」
(見誤ったか!?)
ジョージとしては今の一撃を手打ちの決定打として、あくまで拳王を倒すという形でこの場を去ろうとしていた。しかし拳王は倒れず、大量の血を流してもなお立ち上がってくる。
「……どうやら、力量を計り間違えたみたいだな」
「……そのようだな」
ジョージはまたも壁にかけてある時計の方を見やる。するとその時間を気にするような様子が気に入らないのか、拳王は声を荒げ始める。
「貴様、まさかこの俺を相手に短時間での決着を見ていたつもりか!?」
「いや、そうじゃない……いや、すまない。やっぱりそういう意味になる」
既に目的の時間を過ぎているのか、時間切れといった様子で、ジョージはフードの奥で残念そうな表情を浮かべる。
「舐めおって……貴様一人に倒れる拳王だとでも――」
「ああ、その通りだ」
怒りを露わにする拳王の背後から、黒い影が伸びていく――
「――俺一人で相手する時間は終わりだ」
「がっ!?」
次の瞬間には、拳王の背中には毒針が深々と刺さっている。そして拳王の背後に立っていたのは、ジョージにとって一番の相棒であり、唯一の戦術魔物。
「悪いな。少し遊びが過ぎた」
「フフッ、主様のことですから、そんなことだと思いましたわ」
意識外、視覚外からの一撃。それを迅速かつ的確に、王相手ですら喰らわせる。
「悪いな拳王。うちのラストは正面向き合ってのお行儀の良い戦いよりも、こういった戦い方の方が強いんでな」
「う……ぐっ……」
「あんたなら恐らく残りのLP的にも生き残るだろうが……まあ、今回はここまでだ。この貸しでもって、例の件については頼んだからな」
敢えて止めを刺さず、生き残らせる。それはナックベアとの衝突を避けることと同時に、拳王に対して実力差を示すことを意味する。
「……貴様ぁああ……!」
「リベンジマッチなら歓迎だ。まあ、先にベヨシュタットを片付けてからだがな」
そしてそのような屈辱を受けてなお、国ごと背後から攻め入るような卑怯な輩ではないことをジョージは分かっていた。
分かっているからこそ、“貸し”という言葉を選んで、ジョージは口にした。そして悠々とその場を後にするとともに、根城とするベヨシュタット領へと帰路につくのであった。




