第八章 王とは 3話目
――ホテル最上階のガラスの窓が割れる。しかしまだ誰も気がついていない。
ガラスの破片は宙を舞い、キラキラと光りを乱反射させながら落ちていく。ここで少数の人間が異変に気がつく。
ガラスは遂に地上へと降り注ぐ。けたたましく割れる音が辺りに響き渡ることで、ようやく大勢が異変に気がついて頭上を見上げる。
――そこで大勢が目にしたのは、ホテルの壁面に立って戦う二人の男の姿だった。
「ハハハハッ!! やはり拳を交えるが一番よ!!」
「チッ、建物の壁面で戦うのは初めてって訳じゃあないが……ッ!」
(流石は拳王といったところか。脚力さえあれば壁面を真横に走るのも不可能じゃないってところか!?)
互いに足を止めず、交差するように何度も拳と刀を交える。そうして徐々に高度を落としながらも、壁面を蹴った衝撃でガラスを割ろうとも、そんなことなど意に介する暇もないほどの高速で衝突を繰り返している。
そうしながらも地面との接触を頭に入れなければならなくなったところで、ジョージは壁を斬って大穴を開ける。
「ッ、悪いが最後まで付き合うつもりはない!」
「何ッ!?」
そのまま刀を屋内の壁へと突き刺すと、ホテル内へと再び入っていく。
「逃がすかァッ!!」
「きゃあああっ!!」
すかさず拳王も壁に大穴を開けて建物内へと入る。既に内部は混乱状態となっており、普通に過ごしていたであろう宿泊客が、部屋の隅で怯えているのが目に入る。
しかし拳王は一瞥しただけで興味もない様子で、そのままドアを開けて部屋から出ていく。
「クッ、奴はどこ行った……ッ!?」
不意に目の前を通り過ぎる刀に、拳王は思わずのけぞって回避する。
「……おいおい、武士道はどうした武士道は」
「ん? 拳王が戦いたいのはお行儀の良い刀王時代だったか?」
壁を斬って姿を現した初代刀王の問いかけに、拳王はただただ口角を上げて更に闘争心を高ぶらせる。
「いやいや、どちらでも構わん。貴様の全てを俺にぶつけてみろ」
「それでは、遠慮なくやらせてもらおう――」
屋内で始まる第二ラウンドを前に、お互いの殺意はより研ぎ澄まされていくこととなった――
◆ ◆ ◆
「……あと二十五分といったところでしょうか」
「何を悠長なことを言っているのです!? 早くジョージ様を助けないと!」
外の騒ぎを前にして慌てふためくアイゼと、あくまで当初の予定通りと冷静に時間を計測するシロとでは、今回の騒動に対して対処に差があった。
一階のロビーでも混乱が巻き起こっているのか、避難を進める従業員と、それに従って外へと出ていく客とで混雑を起こしていた。
そんな中で三人はその場にとどまり、上階で起こっているであろう戦いに思いを巡らせる。
「落ち着きなさい、駄犬。主様は一時間経っても戻ってこなかったらと言っていたのよ。それまでは信じてじっと待つのが伴侶としてあるべき姿よ」
「伴侶って…………じゃあ私は別に愛人でいいので、上に登って加勢に――」
走り出そうとするアイゼだったがその眼前に毒針を放たれてしまい、ラストによって無理矢理その場に止められることに。
「ちょっ……何をなさっているんですか! ジョージ様が――」
「主様が拳王に負けるとでも言いたいのかしら。私も、貴方も信じるあのお方が」
「っ……負ける、とは思っていないですけど」
「だったら大人しく待ってなさい。そうすれば、私達にも役に立つ場面が来るはずよ」
頭上で起こる轟音、そして振動。それらが続く限り、戦いは終わっていない。しかしいずれも不安を募らせるものでしかないと、アイゼはまるで主人を待つ子犬のようにその場をうろうろとしている。
「うぅ~……もどかしい……」
「主様を信じて粛々と待ちなさい。駄犬」
そうして平静を装っているラストであったが、彼女もまた、全く心配していないという訳ではなかった。
(今回は導王の時とは違う、戦いも前提にあった話し合い……どうか、ご無事で……!)
一時間という長さにやきもきしながらも、ラストはあくまで主人を信じて、頭上で行われているであろう戦いの方へと目を向け続けていたのだった。




